第0話 地球滅亡の日
子どもの頃に友だちと話したことがある。
「もし地球が滅亡するんだったら、その最後に何をする?」
そのときは、自分の好きなアニメをずっと見たいって答えた気がする。
友だちに、環ちゃんって本当にアニメ好きだよね、って笑われた。
実際、本当に好きだったし。
十数年越しに、職場の同僚とその話をすることになるとは思わなかった。
「環さんって、明日どうするつもりですか?」
「明日?」
だって、と言って同僚は続ける。
「明日、地球に隕石が降ってくるそうじゃないですか」
「らしいね」
私は頷く。
「あれ、思たより冷静ですね」
「冷静っていうか、目の前の仕事で手一杯だからさ」
明日のことなんて考えてる場合じゃないって、と付け加える。
実際、あと2分ここにいたら面倒なことになる。
「とりあえず、仕事片付けてからその話するよ」
「そうですね」
私たちはオフィスに戻った。
仕事が終わったのは20時。
「地球が滅亡するっていうのに、シラフで残業するってヤバいですね」
「そう?」
もっと時間大事にしましょうよ、と言われた。
「その割には、君も残ってるけど」
「私は地球滅亡の日、いつも通りの生活をして終わりたいっていうタイプなんで」
「そんなタイプあるの?」
ありますよ、といって同僚はスマホを見せてくる。
若者向けの動画サイトに投稿された動画だった。
「このサイト、私全然見ないんだよね」
「私と2つしか離れてないですよね?」
そんなことあります? と尋ねられた。
「で、それってどんな動画なの?」
そう言って動画を再生するように促した。
会社の入り口にどこかで聞いたことあるような、そんなことないようなポップなBGMの中、私たちと同い年くらいの女性が喋っていた。
「みんなはどのタイプ? 地球滅亡の日!」
重めの話の割には、大分軽い語り口だな。
いくつかタイプがあげられていて、それはどんな人か、みたいな説明が加えられていた。
1. 大切な人集中型! 人間関係が最優先! 地球最後の日こそ、大切なあの人と一緒にいたい!
2. 日常維持型! いつも通り学校や会社に行って家に帰る! 現実逃避じゃなくって選択!
3. 欲望解放型! 地球滅亡の今こそチャンス! 抑圧から解放されたあなたこそ、本当のあなた!
4. 記録・発信型! もし地球が滅亡しても、誰かの記憶に残れば良い! あなたの存在はあなた自身で証明しよう!
「みんなはどのタイプだった? コメントで教えてね!」
そこで動画が終了し、次の動画が再生される。
「…って感じです」
動画を止めてから「どうでした?」と尋ねられた。
「どうって?」
「この中で、環さんに当てはまるのありました?」
「うーん、どちらかと言えば3かな」
「おっ、意外ですね」
アナーキスト環ですか? と揶揄われた。
「いや、普通に眠いから寝させてほしい」
「本当に純粋な欲求ですね」
それなら邪魔しません、さようなら! と言って同僚は自分の家に帰っていく。
私ひとり、会社の入り口に取り残された。
「…眠い」
その私の声は、いつも通りの夜空に消えた。
「ただいまー」
誰もいないけど、一応呟く。
あり得ないけど、私みたいな欲望解放型が泥棒に入っているかもしれないし。
物音が全くしないので、多分大丈夫だろう。
コンビニで買ったカップラーメンをテーブルに置き、電子ケトルでお湯を沸かす。
その間、SNSで時間を潰すことにした。
SNSのハッシュタグの上位はすべて隕石による地球滅亡に関係するものだった。
時間を大事にしたいって言う割には、スマホばっかり見て暇なんですね、と皮肉を考えているうちにお湯が沸いた。
お湯を注いで3分待つ。
上司から仕事の連絡のメールがプッシュ通知で来ているのが分かったが、それは無視して横にスライド。
動画サイトを開いてみた。
数十秒程度の動画では、今まさに向かっている隕石の映像が1分で1,000万回再生されていた。
その次に流れてきたのは著名な科学者たちの見解をまとめた動画。
隕石は直径10キロメートル程度。
大体、東京都23区の三分の一くらいの大きさ。
秒速20キロメートル前後。
エネルギーは広島原爆の数十億倍。
隕石衝突の数分前には、空に太陽くらい明るい光が出る。
それが見えた瞬間から数秒遅れで低くて重い轟音が届く。
衝突する直前には、衝撃波が来て人間はおろか、建物も吹き飛んでしまうらしい。
隕石が衝突した直後、直径100キロメートル級のクレーターが生まれ、空から火の雨が降る。
森林はなくなり、海では数百メートル級の津波が生まれる。
そして数日後には光が消え、気温が徐々に低下していく、という感じ。
「ふーん」
動画を一旦停止し、台所からお箸を取ってくる。
「いただきまーす」
今日はちゃんと地球に感謝しようかな、と思って珍しくその言葉を口にした。
いつも通りの味だった。
地球に感謝してもおいしくなるわけないか。
食べ終わって、ゴミ袋の中に容器を放り込んで歯磨きをする。
虫歯なんて考えなくてもいいんだから、歯磨きする必要もない気がするけど。
「そういえば、いつ隕石は降ってくるだっけ」
重要なことを確認していなかった。
再び、上司からメールが来ていた。
いつも即レスしていたことで、上司はメールが届いてないのでは、と思ったのかもしれない。
通知はオフにして、ネットで検索する。
「『隕石の衝突 日時』っと…」
サジェスト機能には『い』と入れた時点で隕石関連が出てきた。
今、日本中の人が検索しているからだろう。
「えーっと、衝突時刻は、今から4時間後か…」
微妙な時間に落ちてくるなよ、という言葉を飲み込んでからシャワーを浴びる。
浴室の鏡に映る私の目にはかなり濃い隈ができていた。
睡眠負債ってのがどうこう、みたいな話を同僚にされた覚えがある。
そうなんだ、って生返事しただけで、私の生活は変わらなかったけど。
いつも通り身体を洗って、すぐに浴室から出た。
動画サイトで流れてきたおすすめの動画を聞き流しながら、無心で髪を乾かした。
「…はぁ」
スマホで時間を確認する。
隕石衝突まであと3時間。
最近は寝つきが悪いから、実際寝れるとしても2時間くらい?
「どうせだったら、深い眠りに入った状態で迎えたいな…」
ネットで『深い睡眠 方法』と検索してみた。
一番最初に出てきたのは、ブルーライトを浴びないようにすること。
寝る2時間前にはブルーライトを見ないように、と書いてあった。
「だっる…」
スマホをテーブルに放り投げる。
ガタン! と音を立ててテーブルの上を滑り、床に落ちた。
「もう寝よ…」
ブルーライトの影響があるからって、普通に寝れるでしょ。
ベッドにダイブした。
枕を抱きしめながらゴロゴロする。
子どもっぽいって思われるかもしれないけど、こうするとリラックスできた。
「一応、目覚ましもセットしておかないと…」
とりあえず、いつも通りの5時30分にセットした。
隕石が衝突しても、この目覚ましだけずっと鳴ってたら面白いのにな。
まあ、熱で溶けるとは思うけど。
本当にすることがなくなったので、私は目を閉じた。
なるべく思考をシャットアウトしていたが、徐々に昔の記憶が蘇ってきた。
走馬灯ってヤツかな。
よく考えたら、走馬灯って光じゃん。
人類全員を合計した走馬灯の光と隕石の光ってどっちが明るいのかな。
そういうことを考えているうちに、私は眠りに落ちてしまった。
ジリリリリリ!!
「え、もう朝?」
目をつむったまま、慣れた手つきで目覚ましを止める。
「あれ、今何時?」
髪を手で整えながら、目覚ましのライトで時間を確認する。
朝の5時30分だった。
「会社行かないと…」
すぐに起き上がり、部屋の電気をつけた。
カーテンの隙間から漏れる光にイラっとしながら、冷蔵庫を開ける。
二日前に買った食パンをテーブルに置き、電子ケトルでお湯を沸かす。
それを待っている間に、床に落ちたスマホを拾って電源を入れる。
「やっば、充電するの忘れてた…」
赤くなった充電のマークの下にでかでかと表示される時間に眉をひそめた。
時刻は午前2時。
「いやいや、そんなわけないでしょ…」
だって外、めっちゃ朝だし。
カーテンを開くと、やっぱり朝。
普通に良い天気だった。
「あれ、そういえば何か忘れてるような…」
なんだっけ、と思い出そうとする前にお湯が沸いたので、そっちから先に片付ける。
おいしくないインスタントコーヒーを一口含んでから、さっき何を考えようとしていたか考える。
「…私、何思い出そうとしてたんだっけ?」
全然思い出せなかった。
とりあえずスマホを開く。
「…あれ、スマホの時計動いてないじゃん」
少なくとも3分は経過しているはずなのに、現在時刻は午前2時のまま。
でも目覚まし時計は5時30分に設定したような。
「スマホが壊れることってあるんだ」
会社のパソコンでどうすればいいか調べよう。
「…いや、そうじゃなくって」
昔から思考が脇にそれて、結局自分が何を考えているのか分からなくなる。
落ち着いて考えよう。
まず、私は何を疑問に思っているのか…
「…地球滅亡の話、どこいった?」




