#3
その台詞は確かにそうだと思った。
あの青年は毎晩外を出歩いていた。それも、そう遅くない時間。町の住人は寝るのが早いが、平和ゆえ夜に犬の散歩をする者も大勢いる。しかし彼を見た者はひとりもいない。
いやはや不思議。
そういえば、家の前にあった獣の足跡は車道の手前で途切れていた。
山の中なら今も野生動物はわんさかいるだろうが、町中に下りてくるのは久しぶりだ。特に畑を荒らされた様子もないし、どうせならちょっと見てみたかった。
そう考えていたところで、自分は動物ではなく宿泊客を捜すのだった、と思い直し首を横に振る。
店を出た後、ついでなので交番にも顔を出しに行ったが、結局青年の目撃情報はなかった。宿代を払ってるとはいえ、なにか事故や事件にでも巻き込まれていたら……不安が募ってどうも落ち着かない。
再度受付時に聞いていた住所を交番のパソコンで借りて調べてみると、そこは京都の山奥だった。一番近い民家でも遥か離れた位置にあり、そこから上はマップ上だと車も通れない獣道だ。
自分の勘違いかと思い駐在の警官にも確認してもらったが、やはり彼も「おかしいなぁ」と首を捻った。
そこには何も無い。人が住めるような環境でもない。
「何だかなぁ……」
釈然としないまま家に帰ると、妻が玄関まで出迎えにやってきた。ちょうど食事の支度をしていたようで、エプロンで手を拭いている。そして言った。
「どうしたの、狐につままれたような顔して」
一日中客の行方を捜して回った夫にかける第一声がそれか、と思ったが、確かにそんな顔をしているのかもしれない。反論せずに鏡を探した。
一応青年の行方を捜し回り、調べに調べたものの成果がなかったことを丁寧に説明した。妻はまた何で! とヒステリックに大騒ぎすると思ったのだが、あにはからんや、「そうなの」と腑に落ちた様子で答えた。それには拍子抜けすると同時に若干の怒りを覚えた。しかしここでなにか言えば面倒な争いが勃発するので、口を噤んでサンダルを脱ぐ。
妻はもうしようがない、と諦めよく台所へ戻った。だが直後、思い出したように手を叩く。
「あぁ! それより大変だったわ、何か部屋が獣くさくて。ねえ、あの人ペットなんて連れてきてなかったよねぇ」
「えぇ? ……んん、そうだな……」
毛でも落ちていたのなら確信的だろう。だがそこまで訊く気にはなれなかった。もう疲れて早く休みたいからかもしれない。
ただ、不思議なこともあるもんだと窓の外から山の稜線を眺めた。
宿に泊まりにきたあの青年は一体誰だったのだろう。若いながらどこか懐かしく、存在感のある人物だった。
そういえばあそこの頂に廃れた神社がある。子どもの頃はよく遊びに行ったけど、最近は存在も忘れていた。久しぶりに掃除がてら、なにか供え物を持って行ってみるか。




