イタクァ戦① 風避けの加護
何とか6月までに出せた...まさか、「風に乗る」がここまで強力だとは思わなかった...
1度、状況を整理しよう。
今いる空間は広く、障害物となるものもほとんどない。強すぎる風は、骨や木材を尽く壊していた。
幸いにも細かくなっていることで、風に巻き上げられこちらに飛んでくることは無い。不意の飛翔物の心配はいらないだろう。
魔獣は見えない。全員自死し、<儀式>の糧となった。おそらく、この層にもう魔獣はいないのだろう。
当然助けも来ない。まだ俺は戦闘不能になっていないから。
「うぐっ!?」
...そして、この空間には今、大きすぎる風が吹いている。
通常、大きな風は竜巻などに分類されることが多いが、それは極めて小規模で、極めて威力の高い風だ。
空気の触れている、いや触れてすらない密度の高いものでさえ通り抜ける、細やかだが荒々しい風。
優しさなど微塵もないそれは、常に空間を自由に動き回っている。
「っあ!?」
...大体の感覚は、掴めてきた。気配こそないが、空気は動く。
倒れた体は地面から冷気を吸い上げ、相当に冷たくなっている。心臓の動きも、かなり緩やかになってきた。
吐き気、平衡感覚の消失...今の俺の体は、まともに動かせない。手を広げるのが関の山、指先ならまだ少し動くか。
「く、うぅ」
…アルカマは、地面に突き刺さったままか。風で吹き飛んではいないみたいだ。さっきから何かを言っている気もするが、どうやら俺の耳は壊れているらしい。
耳を治す力もない、ということだ。
「っ...」
…今の俺に足りないものは、純粋な体力だ。気力こそあるが、体を動かすエネルギーが無い以上動くことは無い。
「う...」
…<インベントリ>の中に、<エナジーポーション>があるはず。
「あ...」
...どうやって?手は届かない。
「…」
…右腕を、左腕の元に。
「…」
…アルカマ。
「」
…頼む。
。
鈍痛。
意識が、戻ってくる。
右腕は...離された。
風は、それを持ってくる。
もはやただの物は、上空に吹き飛ばされて。
目の前に、落ちてきた。
右腕を伸ばす。伸ばせないのに。
それは届く事がないはずだった。だが、届いた。
<メヌー・リング>を操作、<インベントリ>を開く。
<エナジーポーション>を取り出し、風。
吹き飛ばされる瓶は舞い上がり。
雫となって、降ってきた。
...それでいい。これでいい。
身体中に染み渡る、飲みなれた味。
体力の前借り。そして、一瞬の回復。
ドクン!
握った左手を地面に叩きつけ、起き上がる。
すぐに右腕を手に取る...骨も見えてもうボロボロだな。
ぐちゃぐちゃの右腕その断面を肩側の断面に押し当て、上から<ヒールポーション>を撒く。
…少しの痛みを我慢して、無理やり押し付ければ...
元通り。
「ありがとう、アルカマ」
倒れたアルカマを手に取る。右手の調子は問題なさそうだ。
"..."
「アルカマ?」
"いえ...それよりも今は目の前の"
「ああ、そうだな」
風...恐らくそれを操っているのは、あの神話生物だ。
それが今どこにいるのか分からないが、鍵は風の中にありそうだ。
やつが見えなくなってから風は吹き始めた、がそれ以上のことは分からない。しかしその他情報から考察することは出来る。
1番わかりやすいことと言えば、風が俺の方へ来なくなったこと。まだ起き上がって間もなく、少しふらついているにも関わらず。恐らく急に起き上がった俺を警戒しているのだろう。
知能はやはり高いな。神話生物は揃いも揃って、頭が良いらしい。
でもそれはむしろ好都合だ。考える時間ができる。そしてそれは奴もわかっているはず。
…<風属性>と相性がいいのは<土属性>だ。神話生物はこの世の仕組みとは全く異なる存在のように見えるが、この世界にいる以上こちらのルールには則っている。
だが、<土属性>か。他の属性よりMPの消費効率が良く、また扱うのも簡単であるのは知っているが、如何せん<魔技>と相性が悪い。<氷属性>でも有利を取れるが、俺が上手く扱えない。この環境をものともしない存在ともなれば、そもそも効かない可能性もある。
となると<魔法属性>ではなく、自然現象としての風として見るべきか。風は空気の動き、<空属性>ならいけるか?
"ソルス、風が"
「...来たか」
<空属性>。<理属性>に分類される<魔法属性>。あの風は防ぐことができない特殊な風だが、断ち切ることが出来れば...
剣を構え、風と相対する。それは見えないが...
風は空気が流れ動く現象、室内では上手く身動きが取れなくなる。この場所は広いからマシであろうが、それでも小回りが利くように風そのものの規模が小さい。それは先程までもわかっていたこと。肉体を通り抜けることも理解している。
そして、そんな異質な風は、この世界にどこにもない。どこにもないからこそ、本体がどこにいるかを教えている。
「風そのもの...それが正体だ!」
剣に<魔力>を纏わせる。<空属性>は燃費が悪いが、ここで本気を出さないで成果なしは何の意味もない。しかし依然として後のことを考えればMPは使いたくない…
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「互いに剣を引け。お前も少し前と比べ成長したな、ソルス」
「父さんや師匠に教えを乞うているからです」
「確かに私たちは教えている。だけどそれを成長に変えているのはソルス、君自身だ。そこを謙遜しちゃ行けないぞ」
「こいつの言う通りだ。前にも言ったろう、自分を認めるとことも研鑽の道に必要だ」
「!、はい、わかりました!」
「いい返事だ、では俺はそろそろ戻って料理を作ってくるから。お前たちも訓練をそこそこに戻ってきてくれ」
「父さん、それなら俺も料理を」
「おっと?成長したとは言ったが完璧とは言ってないぞ?」
「え」
「そういうことだ。わかったのなら、あとは頑張れ」
「...行ったな」
「では次は何の訓練を」
「まあ待て。いくら肉体を鍛えても休息させなければ意味は無い」
「なら屋敷に」
「肉体が休息中なら、その間に頭を良くするべきだ。だろう?」
「...」
「メモを取り出すのが早いな、物分りが良くて大変よろしい。でも、今回はいつもと違って楽しいぞ?なんたって、<魔技>について教えるからな」
「ほ、本当に!!」
「私はあまり嘘はつかないよ。ただ時間は無いからな、今日は<魔技>の性質とその派生について教えようか。そもそも<魔技>とは...
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<魔技>、その派生系の1つ。それは自身の命、HPを使ったもの。
「<切空>。ぜああぁぁ!」
空間そのものを切る<命技>。その攻撃は風を切断することなく宙を切った。普通、自然現象そのものを切ることなんて不可能だ。
しかし、この<命技>の本質は、空間が切られたあと直ることにある。
切られた空間は、そのズレを直そうと元に戻る。だがそれで直るのは空間のみ、そこにあったものは巻き込まれる。
例え、それが空気であったとしても。
風の音が不気味なほど急に止まった。風のあった場所は歪み、風が質量を得ていく。
空気が凍え、固まり、血肉を構成していく。いつしかそれは、やせ細った肉体へと姿を変えた。
目の前のそれは酷い傷を受けていた。股から頭にかけて、真っ二つに裂けていた。
それは手で傷を拭っているようだった。赤...いや青、緑?黒なのかもしれないその色が手を濡らしている。
「...私に、傷をつけるか」
その声はやはりあの声だった。どうやらこの<命技>なら攻撃が可能らしい。
「<装甲>がなかったとはいえ...いや、だがあの攻撃は...」
わかっていたことではあるが、やはり致命傷では無いらしい。




