前回までのあらすじ 戦闘中に筋肉が勝手に動いたら、そこに待つのは死のみであり、この槍はそれを誘発するものである。
大体合ってる。
「それは...」
「言ったでしょ?私は粗大ゴミなのよ。武器なのに、刃を向けるのは所有者自身。諸刃ではない逆刃の剣...剣ではないわね」
理解してしまったら、もう擁護することはできない。
無限再生。その代償としては明らかに重すぎる。
...だけど、そうなると尚更気になることが生まれる。
「そうかも、しれない。だけど、じゃあなんでアンジェリアさんはあんなにも普通に動いているんですか?」
最たる例こそ、クタニド様と戦った時のことだ。
生死に関わる大ダメージを受けて、なお時間経過のみで立ち上がった。
そんな痛みが、快感へと変わったのなら。
許容値なんてものを限界突破していないわけがない。2桁、いや3桁回数は絶頂を経験することになるはず。もしかするとそれですら全然足りないかもしれないけど、普通なら耐えられないってことくらいは当事者でない僕だって理解できる。
「そうね。確かに彼女が受けている苦しみは他の人間とは比べられないわ」
「やっぱり...」
「だって、そもそも受けている苦しみが違うのよ?」
え?それってどういう...
「性機能不全、そういう病気なのよ」
「っ...!?」
「だから、溜まった快感を放出することができていないの、あの子は、私を握ったあの時から」
ずっと。ああそうか、だからあの人はあんなにも強かったんだ。
おそらく、<愛と名声と金のために>によって得られる身体能力向上は一時的なものだ。そもそも性的感覚というもの自体がそうだし、それらが収まったら無くなるのは必然。
でもそれが溜まり続けるなら...
「それに加えて、その病気のせいなのかあの子自身の許容量も大きくてね。文字通り、無制限に強くなれる」
「じゃあ、苦しみっていうのは...」
「苦しみそのもの。ただとても大きい、さりとて全く無視できないほど強い不快感」
...ようやく、理解した。心の底から。
槍が言っていた意味。伝説には、槍が絶頂を阻止すると言われていた意味。
「あなたは...依存しているんですね。アンジェリアさんに。そしてそれはアンジェリアさんも同様だ」
「ようやっと理解してくれたのね♡」
理解していたつもりだったけど...いや、多分今だって理解しきれていない。
僕の専門はクトゥルフ神話で、こういうごちゃごちゃした話はあまり得意じゃないから。
「...もしも、今のアンジェリアさん。いえ今でなくていい、例えばあの<ゴブリン王国>の中であなたがいなくなった場合、どうなるんですか」
「あまり想像したくないことだけど、おそらく押さえつけていた神経系の電気信号が急速に脳に流れ込むわ。そうなった場合」
「電気信号の量に耐えきれなくて、脳が焼き切れる...ですか?」
「あら、よくわかったわね」
「人体に関しては一定の知識がありますから」
やばすぎる。物理的に脳が焼き切れるほどの、神経からの電気信号。一体どれだけ溜まっていたんだ。
ざっと見積もっても数百年分。同時に来るわけだから、苦しむことなく安らかに死ねるだろうけど...
「ふふ、不思議なものよね。ついには溶かされてただの金属に戻されそうになった時に、その場にいた女の子の奴隷が私を手にとってね」
「...」
「こんなに美しい槍がゴミなわけがない。って言って、そのまま持ち出したのよ。熱い鉄をぶつけられても、金槌を投げられても、再生し続けたあの子は結局逃げることができた」
それが出会い、ってわけですね。
「そ。あれからもう随分経つけど、今じゃあの子は私がいないと死んじゃうし、私はあの子以外に使うことができない。共依存ってやつよね?」
「だから、あの時止めなかったんですね。アンジェリアさんを守るために」
おそらくアンジェリアさんが幻覚を見続けて、すでに操られていることに気づいていたはず。
でもお互いにいなくてはいけないから、槍は自らの意思で止めることを選ばなかった。
敵は強大だ。自分たちでは勝てると思えない存在だ。
普通は逃げる。でもそれが許されないのであれば、普通は死神が迎えをよこすだろう。
だけどこの槍は、その死神が絶対に通れないフィルターを自分で作っていた。
作ってしまっていた。
「...本当に、察しがいいのね。そうよ、あの子は私を持っている限り、寿命で死ぬことはない」
擬似的な不老不死。快感を溜め続けるものと、快感をあまり得られない人。合わさった結果、パズルのピースが埋まってしまった。
「だから私たちはおばさんなのよ...もう、私もあの子も疲れちゃった」
「...死にたいんですか?」
「死に場所を探して数百年。いまだに見つけられていないわ」
「それは」
「もちろん、死を望むことは良くないわ。私も、あの子には生きていてほしい。老衰で、ゆっくりと死んでほしい」
でもできない。アンジェリアさんもまた、生きたいと願ってるから。
だから手を離さない。離したら最後、待つのは暗闇だけだから。
「私、この状況になってよかったとすら思った。ついにあの子が死ぬことができる。私も、あなたを助けられる。あなたは助かって、あの強大な敵を討てる」
「でも...」
「...バカな女よね。プレゼントを贈ることも、もらうこともできないんだからっ...」
啜り泣く声が聞こえてくる。生きていてほしい願いと、死んでほしい願いがぶつかっている。
再生し続ける、<魔力>の溜まり場。もはや意思決定などなく、ひたすらに<魔力>を産むための装置。
それを生きているとは言わないかもしれない。しかし生物学的には生きている。
助けたい、だけど、<愛と名声と金のために>には無理だったんだ。
...
...
「...助けることが、できるかもしれません」
「......え?」
「アンジェリアさんは、言ってしまえばあの<魔力>炉のコアです。僕にとっても、それを除去することは望ましい」
「ダメよ。あの肉塊は全てあの子なの。傷つければ、あの子も...」
「わかっています。だけどすでにやるしかない状況だった」
「っ...」
殺すにせよ生かすにせよ、あれは破壊するつもりだった。
だけどね...
「だけどね、ここまで足掻こうとする意志があるのなら、それは僕が引き継ぎます」
「...助かるの?」
「少なくともあなたは無理です。今僕はあなたの助けがなければ死ぬだけですから。でもアンジェリアさんだけなら、あるいは可能性があります」
「助けられる、かもしれない。そういうことね」
「はい」
そもそも今の状況自体、僕にとって一か八かだ。
再生能力を得たところで、それで助からないかもしれない。
助かったとしても、その後。ヴルトゥームの猛攻をなんとかしなければいけない。
課題はすでに積もっている。そこに可能性をさらにねじ込む。
無理難題に近いことだ。でもそれくらいで死んでいては、この世界では生きていけない。
特に僕は、触れ方を間違えれば死ねるような生物がずっと近くにいるんだ。この程度、なんとかしなくちゃいけない。
「だからこれは賭けです。確実にうまくいくとは言えません」
「方法は?」
「状況による、というのが正しい答えです。でも知り合いの天才外科なら、きっとうまくやってくれるはずです」
いかんせん何が起こるかわからない。運が味方するのか、しないのか。それだけで状況は変わってしまう。
「...それ、人にものを頼む時の言い方じゃないわよね。とても不安な気持ちにさせてくる」
「嘘は言えません。言ってしまえば、それは裏切りになる」
「よくわかっているのなら...それでいい」
...ぎゅっ
暗闇の中、背中から抱かれる感触が生まれる。
体はないはずなのに、しかし精神が触れ合っている。
「それは...」
「大胆な告白は受けることにしてるの。ね?」
「ぐっ!?」
瞬間、何かが這い上がってくる感触。
おそらく再生、その反動。
「現れてきたわね...しっかりと意識を保って。出ないとトぶわよ」
トんだら最後、再生が切れて死ぬ。
意地でも切らすわけにはいけない。
「ふうぅぅぅーー、ふうぅぅぅーー」
「何があってもイっちゃだめ...死ぬわ」
「ううう...ぐううう...」
乖離していた、いやあるいは元からいた現実が、ぼやけた姿と共に迫ってくる。
「あと...10秒」
長い。とても長い。
1秒が永遠にすら感じられる快感の連続。
羽から、足から、腕から、頭から、目から、心臓から。あらゆる痛みは快感へと変わる。
だけどそれは快感なんかじゃない。むしろ悪夢か何かでしかない。
自らの意思で気持ちよくなっているわけではない。強制的な、快感。
苦しみの正体とは、おそらくそれなのだ。
「...と8...頑...て」
残り8秒。意識が切れそうになる。
残り7秒。持ち直して前を見る。
残り6秒。とても高い場所。入り込んでくる液状の何か。
残り5秒。飛来する小さい物体。
残り4秒。体に空く穴。左目がなくなった。
残り4秒。新しい苦痛。痛みはない。
残り4秒。諦める...そんなわけない。
残り3秒。口の苦痛が消え、そして生まれた。
残り3秒。体の内側から、気持ち悪い。
残り2秒。手先の感覚が薄れる。
「っ、うおおおおおおおおお!!」
残り、1秒。
そして。
0。
次回。
反撃開始。




