第六十五話~会稽~
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第六十五話~会稽~
悪魔王スイフル……否、嘗て勇者としてフィルリーアに転生をさせられた斗真に対し、彼の抱えていた事情についての確認を行う。その上で、俺はセレンへどうするかを問い掛けたのであった。
俺から下駄を預けられたセレンは、静かに斗真の前へ立つ。そんな彼女の顔には表情もなく、まるで能面でもつけているかと錯覚しかねない。それだけに、何とも言えない雰囲気を醸し出していた。
そのセレンと相対している斗真だが、彼はゆっくりと立ち上がっている。そのまま静かに対峙する二人であったが、やがてセレンが自身の右手をゆっくりと振り上げたのだ。その様子から平手打ちでもするのかと思ったが、そんな俺の考えは裏切られる。何と彼女は振り上げた手を握りしめると、間髪入れずに振り抜いたのだ。
「これは、マルーの分!」
腰の入った見事な右フックであり、何と悪魔である斗真が多少なりとも体勢を崩してしまう。しかし、セレンの行動はそれで終わりではなかった。少しだけだがたたらを踏んだ斗真に、彼女は返しの左フックを放つ。それは、思わず感嘆するぐらい返しのフックだった。
「これは、メイリーの分! そして……」
「え? 終わりじゃないの!?」
左右の連打を放ちそこで終わりと思ったのだろう、シュネが突っ込みを入れている。ただそれは、俺も同じである。その二発で終わるかなと、確かに思っていたからだ。
因みにメイリーとは、嘗てセレンとマルーと共に三人パーティーを組んでいた女性メンバーの一人である。彼女もまた、セレンを助けたエリド王国旧砦跡で亡くなっていたのだ。
なお、セレンのかつてのメンバーだが、三人とも女性であったことを記しておく。
「これが! あたしたち三人、全ての分よ!!」
そう啖呵を切ったセレンは、途切れることなく続けざまに左右の連打を放っていく。その情景は、日本の某ボクシング漫画で、釣舟屋の跡取り息子である主人公が放つフィニッシュブロウを彷彿とさせる連撃だった。
「で、でんぷしー・ろーる……」
「なによそれ」
「嘗て、ヘビー級の世界チャンピオンが編み出したとされている技だ。もっとも現代では、インファイトテクニックの一つとされているけど」
「ふーん、そうなの。それで、どうするのアレ」
「さぁ」
シュネからアレ扱いされているセレンの行動だが、彼女に処分を預けた以上、止める気はない。もし殴るのを止めるとするならば、彼女が自ら止めるぐらいだろう。少なくとも、俺には止めるその気はないのだ。
それはオルやキャスも同じらしく、この兄妹も動く様子はない。またビルギッタたちガイノイドたちに至っては、言わずもがなだった。
だが、そこで慌てたように動いた存在がある。それは悪魔妃フルンこと、悠莉である。セレンが取った行動に対し呆気に取られていた彼女だったが、漸く我に返ったらしい。慌てたように、止めに入っていた。
本来であれば、その行動も止めさせるべきかもしれない。しかし、つい先ほどまで流れていた空気とは違う状況となったことでその気がいささか失せていたことも事実だった。
「ちょ、ちょっとセレンさん。お、落ち着いてよ」
「そ、そうだ。舞華のいう通りだ」
「……ふん! これで勘弁してやるわよ」
悠莉だけでなく、彼女の行動で我に返ったのか舞華や祐樹なども止めに入ったこともあってか、セレンも斗真を殴るのを止める。それから、最後に一瞬だけ斗真を睨みつけると、視線を切って俺たちの近くに戻ってきた。
そして斗真はというと、見事にノックアウトされている。悪魔になる前は聖女であったという悠莉の膝枕で治癒術を受けているが、すぐに目覚める様子はなかった。
「見事な連打だった、セレン」
「そう?」
「それで、もういいのか?」
「ええ。敵が討てた! とは言わないけど、流石にあの事情を聞いたらね」
そういうことか。
実際、斗真にしても悠莉にしても犠牲者なのだ。しかも、その原因はフィルリーア側にある。各国はどうか知らないが、少なくともアシャン教の勝手な思惑によって呼び出されたことに間違いはない。しかも、最終的には斗真と悠莉を闇から闇へ葬ろうとしているのだ。
これに関して言えば、祐樹たちも同じ境遇にある。だからこそ、彼らもセレンを止めようとしたのかも知れない。とはいえ、俺とシュネも他人ごとではないのだ。
実は、祐樹たちからフィルリーアへ呼び出された経緯を聞いたあと、舞華から聞いた話がある。それは、彼女も何かの拍子で聞いたらしいのだが、どうも祐樹たちが呼ばれた時に想定外な事態が起きているらしい。その事態とは、人員の欠如である。本来なら、現れるのは五人だったそうだ。
だが実際に転生したのは、三人だけである。その話を聞いて不審に思った俺は、一緒に話を聞いていたシュネにあとで尋ねたのだ。といっても、彼女から答えを期待していたわけでもない。ただ、手近にいる自分より頭がいい人物だから思わず尋ねたに過ぎなかったのだ。
だが、予想とは裏腹にシュネは答えをくれる。推測だけど、と前提されたその答えだが、足りない二人というのは俺とシュネだというのだ。しかし神の采配かそれとも悪魔の悪戯か、俺とシュネは魂だけがフィルリーアに来てしまう。その為、本来発動する筈の呪術が不完全を起こし、俺たちへは掛からなかったのではというのがシュネの考えだった。
「科学者の私が言うのも何だけど、恐らく魂と肉体が揃っていないと呪術が働かないのだと思う」
「……う~ん? それだと、俺たちが先代のシーグヴァルドとシュネーリアの肉体に憑依した時、呪術が発動しないか?」
「そっちも、推測になってしまうのだけれど……」
シュネは苦笑しながらそう言うと、話を続けた。
彼女曰く、呪術の発動に厳密な条件があったのではないかというのである。具体的に言えば、肉体と魂が同時に揃っていなければならない……とかそういった類の物らしい。しかしながら俺とシュネは魂だけでこのフィルリーアに現れており、しかも肉体は既にフィルリーアで一万年以上前に用意されていたものである。だからこそ呪術の発動条件に合致せず、効果が表れなかったのではというのだ。
もしシュネの考えた通りであるならば、何とも綱渡りではある。
「だとすると、俺とシュネにも不完全ながら祐樹たちと同じ呪術が掛かっているのか?」
「そうなるわね。もっとも、まず発動はしないだろうけど」
「だからといって、あまりいい気分でもないな」
「勿論、解呪するわよ。あまりいい表現ではないでしょうけど、祐樹クンたちのお陰で臨床試験はできてしまったわけだしね」
確かに、いい言い方ではないよな。事実上の、人体実験だったわけだから。
ただ、シュネとしても、解呪の魔術が完成した時点では試しようがなかった。周りに呪術に掛った相手がいたわけではないし、俺とシュネが呪術に掛かっている可能性が高いと分かったのは祐樹たちと会合したあとでのことなのだ。
とはいえ、呪術を解呪しないという選択はない。それでも一応は解呪をする前に検査をしてみたのだが、やはり俺とシュネは不完全な状態とはいえ呪術が掛かっていたのである。当然、俺たちも解呪を行い、晴れて呪術から解放されたというわけであったのだ。
思わず回想していたわけだが、その回想が終わった頃に斗真が目を覚ます。左右の連打によるダメージ自体は悠莉によって癒されていたが、彼はセレンの拳を受けた両頬を押さえている。しかも斗真の視線からは、セレンに対する苦手意識のようなものあがるように感じられた。
「さてスイフル、じゃなくて斗真か。お前たちは、どうする? アシャン教へ復讐をしたいか?」
「知れたこと!! やれるならやる! 特に転生の秘術だか知らないが、アシャン教に伝わるあの術だけは何とかしたい!!」
確かに。
正直に言って、迷惑極まりないのだ。勝手に呼び出し、自身たちの都合でいいように操って解決させる。しかも終われば闇から闇へ葬り、あと腐れなくする。そんな術など、巻き込まれる側からしたらたまらない。この点だけで言えば、斗真の考えに賛同してもいいぐらいだ。
その上、斗真と悠莉を襲った嘗ての仲間というのもサブリナと同様の呪術を掛けられたことでのことだろうと推定できる。証拠もないので確定ではないが、多分間違いはないといってよかった。
「なるほど。そこには同意するな」
「だけど、もう無理だな」
その言葉には、諦観がありありと現れていた。
現状、斗真たち悪魔の生殺与奪権は俺たちが握っているといっていい。だからこそ、彼の口からそのような言葉がこぼれたのだろう。だが先ほど言ったように、アシャン教が抱えていると思われる転生の秘術は何とかしておきたいのも事実だ。
それに、斗真と悠莉が世界に喧嘩を売った理由、即ち嘗ての仲間から受けた攻撃というのもほぼ間違いなくアシャン教が仕掛けたものだろう。実際、サブリナという事実があったのだ。
ゆえにその点をついでとばかりに伝えると、斗真と悠莉の二人は怒りをあらわにしていた。
「何っ!!」
「そ、それは本当なの!?」
「ああ。少なくとも、祐樹たちの仲間であるサブリナには、その呪術が掛かっていたぞ」
「ふ、ふざけやがって!」
『え、えー!?』
斗真と悠莉が驚き怒りを現したのと同時に、なぜか祐樹たちから驚きの声が上がる。斗真と悠莉は兎も角、祐樹たちから上がった驚きの声を聞いて俺は不審気に眉を寄せる。すると、軽くシュネから後頭部を叩かれた。
「馬鹿。祐樹クンたちには、まだサブリナさんに掛かっていた呪術の詳細については伝えていないでしょ」
「え? ……あ、そうだった」
完全に墓穴というか、自爆した俺は、ばつが悪そうにシュネに叩かれた後頭部をかくしかなかったのであった。
今年最初の更新です。
色々と、抱えている情報が繋がってきました。
どうなりますやら。
ご一読いただき、ありがとうございました。




