第29話「不器用な一歩」
第29話です。
今回はふたばが一歩踏み出す回。
少し勇気を出して、れいじを誘います。
うまくいきそうで、なかなかうまくいかない――
そんなやり取りを楽しんでいただけたら嬉しいです。
女子会のあと。
ふたばは、ずっと考えていた。
(……どうしよう)
美月の言葉が頭から離れない。
『ちゃんと行かないと、何も始まんないよ』
その通りだと思う。
でも。
どうやって?
考えて、考えて――
ようやく一つ、思いついた。
(……ギター)
前に、れいじに言われたこと。
『弾いてみたらいいじゃん』
それを理由にすれば。
自然に誘える。
(……よし)
スマホを持つ。
震える指で、メッセージを打つ。
『あの、れいじさん』
送信。
数秒。
既読。
『なに』
短い。
でも、いつも通り。
『ギター、やってみたくて……』
少し間。
『へぇ、いいじゃん』
それだけで、少し嬉しくなる。
『それで……』
ここが本題。
深呼吸。
『一緒に選んでもらえませんか?』
送信。
心臓がうるさい。
数秒が、長い。
そして。
『いいよ』
あっさり。
「……え?」
思わず声が出る。
こんなに簡単でいいの?
でも。
嬉しい。
(……よし)
約束は、すぐに決まった。
場所は――
ビルの二階。
楽器屋。
当日。
ふたばは少し早めに来ていた。
鏡で何度も確認した服。
少しだけ、気合いを入れた。
(……大丈夫)
自分に言い聞かせる。
「早いな」
後ろから声。
「ひゃっ」
びっくりして振り返る。
「……そんな驚く?」
「い、いえ……」
心臓がさらにうるさくなる。
「じゃ、行くか」
れいじはいつも通り。
そのまま店に入る。
ふたばも慌ててついていく。
「どんなのがいいとかある?」
「え、あ……」
全然考えてなかった。
「……初心者向けとか」
「まあ最初はそれでいいな」
ギターを手に取る。
「軽いのがいい」
「はい」
「あとネック細めのほうが弾きやすい」
「ネック……」
「ここ」
れいじが近づく。
ふたばの手を軽く取る。
「こうやって持ってみて」
「……っ」
一瞬、思考が止まる。
距離が近い。
手が触れている。
(……ち、近い……)
「どう?」
「え、あ、はい……」
何もわからない。
でも頷くしかない。
「それならこっちのほうがいいかもな」
普通に戻る。
距離も戻る。
(……今の)
ドキドキだけが残る。
「弾いてみる?」
「えっ」
「簡単なの教える」
「は、はい」
椅子に座る。
れいじが横に立つ。
「ここ押さえて」
「はい」
「で、こう弾く」
音が鳴る。
「……おお」
思わず声が出る。
「いいじゃん」
れいじが言う。
その一言で、嬉しくなる。
(……今だ)
ふたばは少しだけ勇気を出す。
「れいじさん」
「ん?」
「……優しいですよね」
「は?」
止まる。
「いや、普通だろ」
「そうですけど……」
「誰でもこれくらい教えるし」
即否定。
(……あ)
空振り。
思った反応じゃない。
「……そうですよね」
少しだけしょんぼりする。
「?」
れいじは気づいてない。
完全に。
「どうした」
「い、いえ……」
笑ってごまかす。
(……難しい)
全然うまくいかない。
でも。
嫌じゃない。
むしろ。
楽しい。
「じゃあこれにするか」
れいじが一本差し出す。
「はい」
「最初はこれで十分」
「ありがとうございます」
「別に」
いつも通り。
でも。
その“いつも”が、少し特別に感じる。
会計を済ませる。
店を出る。
「頑張れよ」
れいじが言う。
「はい」
「弾けるようになったら楽しいから」
「……一緒に、弾いてくれますか?」
思い切って言う。
少しだけ間。
「いいよ」
あっさり。
でも。
それで十分だった。
「……ありがとうございます」
ふたばは少しだけ笑う。
うまくいかなかった。
アピールも、空回り。
でも。
ちゃんと一歩は進んだ。
距離は、まだ遠い。
でも。
ゼロじゃない。
その実感。
それだけで、少しだけ前を向ける。
ギターケースを抱える。
少しだけ重い。
でも。
その重さが、嬉しかった。
新しいこと。
新しい気持ち。
全部が、少しずつ動いている。
不器用でもいい。
うまくいかなくてもいい。
それでも――
進んでいる。
確実に。
その一歩が、未来に繋がっていく。
そう信じて。
不器用な一歩は、確かに踏み出された。
第29話を読んでいただき、ありがとうございます。
ふたばなりに頑張って距離を縮めようとするものの、れいじの鈍感さもあってなかなか思い通りにはいきませんでした。
それでも、確実に“何もなかった関係”からは前に進んでいます。
小さな一歩でも、それは大きな変化の始まり。
この不器用な距離感がどう変わっていくのか、ぜひ見守っていただけたら嬉しいです。
よろしければ、感想や評価もいただけると励みになります。
引き続きよろしくお願いします。




