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【番外編】戦場より苦手なもの

 ――あの朝、私は確かに命の危険を感じていた。


 いや、賊でも魔獣でもない。もっと恐ろしい存在だ。

 そう、女性である。


 賊に襲われたルイ様と王都に戻る途中、朝の市場を馬で進んでいたときのこと。

 いつものように周囲を警戒していたのだが――突如、耳をつんざくような黄色い悲鳴が飛んできた。


 「きゃあっ、ルース様よ!」


 ……しまった。


 その瞬間、血の気が引いた。

 手綱を握る手に汗がにじみ、心臓がいやに早く打ち始める。

 (落ち着け、ルース。敵ではない。敵ではないが……いや、敵より厄介かもしれない)


 自身の前方、両腕の中で馬に跨るルイ様が何か話しかけてこられたが、いまいち聞こえなかった。

 というより、聞こえたとしても返す余裕などない。

 視界の端では、城下町の女性たちが一斉にこちらを見ている。

 少女、婦人、果ては老婆まで――目が合うたびに、なぜか頬を染めている。


 私は焦って馬の速度を上げた。だが、時すでに遅し。


 「ルース様、こっちを見てください!」

 「素敵ですわ!」

 「目が合った!今、私のこと見ましたわよね!?」


 ――見ていない。私は...俺は誰も見ていない。お願いだから静まってほしい。


 「どうかしたか?」「まさかまた賊的な何かが......」と、ルイ様がこちらを振り返りながら声をかけてくる。

 ああ、やめてください。そんな心配そうな顔で声をかけられたら、余計に冷や汗が出ます。なんでもない、なんでもないのです。……いや、本当はなんでもなくないのだが。


 ルイ様はさらにおっしゃる。

 「なんなんだ!?腹でも壊したのか?着く前にどこかトイレに寄っても俺は大丈夫だからな?」


 (違う!そういう問題ではないんです!)


 私は必死に否定した。

 「い、いえ、腹痛ではありません。だい……大丈夫です!」


 完全に動揺していた。

 ルイ様の困惑された様子が、彼の背中越しにも伝わってくる。申し訳ない。本当に。

 だが私は、どうしても女性が――苦手なのだ。


 それには理由がある。

 かつて王宮で騎士団に入ったばかりの頃、私は“女性人気が高い”などと言われ、よく声をかけられていた。

 最初は丁寧に断っていたつもりだったのだが……。


 ある日、こともあろうに城内で「ルース様争奪戦」が勃発した。

 侍女、書記官、果ては貴族の娘までが入り乱れ、手紙を投げつけ合うという前代未聞の“恋の内乱”である。


 書庫の窓ガラスは割れ、香水の匂いが立ちこめ、私の名前を叫ぶ声が廊下を満たした。

 「ルース様は誰とお話しされたの!?」「嘘よ!私の方が先に!」――もう地獄だった。


 王宮警備の記録には、未だに「花嵐事件」として残っている。

 (なお、被害者は私一人である)


 以降、私は私に色目を向ける女性が複数いる場では緊張と動悸が止められない。

 たとえ敵兵百人を相手にしても冷静に対処できるが、乙女三人が微笑みかけてきたら足がすくむ。

 我ながら情けない話だ。


 ――だが、ルイ様には知られたくない。


 ルイ様は異界の客人であり、殿下の魂を宿す特別な方。

 その護衛を任された私が、女性恐怖症だなどと知られたら、どんな顔をされることか。

 (きっと笑われる。いや、優しいルイ様のことだ。「マジで?」と真顔で心配なさるかもしれない)


 そんなことになったら、地面にめり込んで消えたくなる。


 だから、あのとき私は必死に平静を装ったのだ。

 結果として、ルイ様は「腹痛説」を信じられたようだ。……それのほうがマシだ。


 もし「女性が怖い」と気づかれたら、きっとこう思われるに違いない。

 “この人、本当に騎士なのか?”と。


 ……想像するだけで胃が痛い。


 私は改めて誓う。

 次に王都を通るときは、顔を布で隠し進もう。アルバート様に頼んで、ルイ様がしているような認識阻害の魔道具をつけるのも良いだろう。

 いや、それでも視線を感じたらどうしようか。


 ――やはり、戦場の方が百倍マシだ。

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