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「王の影」とは俺のこと!〜背中を押されたら〜  作者: 大木 雫


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13/22

深夜の鈍い音

 その晩。

 王都の静けさが夜の帳に包まれ、塁は自室で寝台に身を横たえていた。

 けれど、どうにも眠れない。


 (喉が渇いた。水でももらいに行くか)


 上着を羽織り、メガネとハンチング帽をかぶって部屋を出る。

 廊下は静まり返り、月光が石床に細い筋を描いている。

 そのとき――。


 少し遠くから、押し殺した声と、何かが壁にぶつかる鈍い音が聞こえた。

 「……?」


 反射的に足を止め、耳を澄ます。


 声のする方へそっと近づくと、曲がり角の先で二つの人影が見えた。そのうち一人はルースだ。

 ルースが、誰かの胸ぐらを掴んで壁に押し付けている。

 月明かりの下、相手の男の金髪が輝く。がっしりした体躯に、気怠げな態度――だがそのグリーンの目には妙な光が宿っている。


 「なぜあんな真似をした、テオ」

 ルースの声は低く、怒りを抑え込んでいるようだった。普段の穏やかなルースからは想像もつかない。まるで別人のようだ。


 テオと呼ばれた男は、にやりと口の端を上げる。身につけている服装は、ルースと同じ意匠のものだ。


 「そんなこっわい顔して、なんのことですかー?」

 「とぼけるな」


 ルースの拳が壁に打ちつけられ、鈍い音が響いた。

 「お前は私の部下として、ルイ様に密かに付き従うよう命じたはずだ。城を抜け出した時点で止めるべきだった。おまけに俗に襲撃されている間も……なぜ放置した」


 テオは相変わらず飄々とした口調で答える。

 「なに、やばそうだったらもちろん出るつもりでしたよ。だからちゃーんと、ずっと付いて行ったでしょう?」


 テオの胸ぐらを掴んでいたルースが、再びダンッと壁に押し付ける。

 「それにほら、あの生ぬるい感じから少し危機感も持てたでしょうし。“いい刺激”になったと思いません?」

 その軽口に、ルースの指先がかすかに震える。

 怒鳴りつける寸前で、彼は深く息を吐き、拳を緩めたようだ。


 「だいたい、過保護すぎやしませんか。本当にエトヴィン殿下の魂だってんなら、あの程度のことなんでもないでしょう。陛下ほどではないにしても、エトヴィン殿下だってかなりの魔術の使い手でしたし」


 「......ルイ様にここでの記憶はない」


 「それに、やーっと戻ってきたと思ってたら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 テオの言葉を聞いて、ルイは少し胸がちくりと傷む。


 「陛下には、レオナルドが付いている」


 「......っ、そういう話じゃないでしょう。あなたはずっとアルバート様の護衛だった。アルバート様を育てたのもあなたみたいなもんだ。

 あの時あなたが職を辞したのだって、いまだに意味がわからない。前皇帝とエトヴィン殿下は殺害されたが、歴代のどの王よりも強大な魔力を操り、国の“光”とされていた強きアルバート様は生き残った。

 これは国の幸運であり、必然だ。

 “知のエトヴィン殿下”が亡くなってしまったのは、確かに悔やまれる。アルバート陛下の肉親ということもあって、あなたは彼も守りたかったのかもしれない。

 しかしエトヴィン殿下の護衛はあなたではなく、亡くなったオリヴィア元第二隊隊長だ。アルバート陛下の即位時にそばにいるべきだったのはあなたでしょう」


 ルースは何も言わない。


 「陛下だって、それを望んでいたはずだ。

 実際、あなたが騎士団を辞してから今まで、第一隊隊長のポストにはあの引退クソじじいを添えて、“実質の空白”にしていた。誰だってわかる、陛下はあなたの帰りを待っていた。

 俺だって、ほかの隊員だってそうだ。あなたの戻りを信じていた。それだけ、あなたの辞職があり得なかったからです。

 あなたの護衛対象だったアルバート様は生き残った。

 なのに、なぜです?自分の責任、みたいな顔をして出ていって。()()()()()殿()()()()()()()()()()()()()()()()とでもいうんですか」


 辺りが静寂に包まれる。聞こえるのは、微かな風音だけ。

 ルイはルースの言葉を待った。テオもそうなのだろう。じっとルースを見つめ、ただ言葉を待っている。


 「......お前は何も知らない。知る必要もない」


 しばらくした後、ルースは小さく言った。

 テオはルースの顔を見て、はぁとため息をつく。ルースは軽く俯いていて、ルイからは表情が見えない。


 「なんて顔してんですか。へーへー、もういいですよ。戻ってきて下さっただけで、俺たちはうれしいんですからね。あの老ぼれの下でいつまで待ちゃいいのか、と思ってましたからね〜」


 「すまない」


 ヘラりとテオが笑ってそれに応じた。


 「とにかく、今回はお前の軽率な判断が、陛下と殿下の両方を危険に晒したことに違いはない」

 「殿下って。あの王の影は“殿下”じゃ、ありやせんよ?」

 「......わかっている。とにかく、次はない。わかったな」


 テオは肩をすくめ、面倒くさそうに答えた。

 「了解ですよ、隊長さん」


 廊下の影からやりとりを覗き見ていた塁は、気づかれないようにそっとその場を離れた。


 “影武者の護衛”は、実はルース一人ではなかったようだ。俺が城を抜け出したタイミング、ルース不在時の護衛は、テオと呼ばれるあの男が護衛だったのか。


 そして話を聞いた限り、おそらくテオという男はわざと塁の脱走を見逃し、ゴロつきに襲われている間もあえて放っておいた。しかし、いざとなったら動いてくれるつもりだったようだ。

 あえて放っておいたのは、塁のことを良く思っていないからなのか、社会経験をさせたかったからなのか。真意はわからないが、塁はありがたく思った。


 (実際、あの一件で危機感持てたしな)


 ......にしても、色々と気になることが増えた。塁の魂の元の持ち主でありアルバートの弟「エトヴィン」は、どんな人物で、どんな最期だったのだろう。殺害されたと言っていたが、テオという男が言うように、ルースはそこに何か関与していたのだろうか。


 (いつか機会があったら、誰かに聞いてみよう)

 少なくとも、ルースに気軽に尋ねていいような内容ではないと思った。


 夜更けであり使用人は少なかったが、途中、使用人の男性に出会ったため水をもらい、自室へと戻った。

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