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浴室で「僕が背中を流してやろう」

 夜が明けると、外の空気は澄みきっていた。

 民宿の窓の外には霧が薄く漂い、夜明けの陽光を反射して淡く光っている。塁は寝台の上で目を開けた。まだ体が重い。昨日の疲れが体の奥に残っているようだった。


 窓辺ではルースが既に身支度を整え、剣の刃を丁寧に拭っていた。


 「お目覚めになりましたか、ルイ様」


 「うん......」

 まだ眠気の抜けない声で答えると、ルースはくすりと笑み、軽く頷いた。

 「朝食を取ったら出発しましょう。陽が高くなる前に王都へ戻ります」


 宿の主人から分けてもらった黒パンとスープを手早く食べ、二人で外へ出る。部屋を出る間際に、ルースは慣れた手つきで塁にハンチング帽とメガネを装着した。


 馬の蹄が乾いた土を打ち、曇天の下を進む。冷えた風が頬をかすめた。

 俺はルースに背中を預けながら、背後の気配に小さく息をつく。


(この人……一晩中、眠ってなかったんじゃないか)


 森を抜け、やがて王都と王城の尖塔が見えてきた。

 白石で造られた城壁は朝日を浴び、静かな威圧感を放っている。


 城下街に入ると、市場には朝特有の「これから一日が始まる」空気感が漂っている。店の人たちは開店準備をしており、箒で店前を掃除したり、商品を店頭に並べたり。また、並びはじめた市場の商品を早速見繕っている客もいる。

 そんな中、馬で進む塁たちに町娘たちが目を向けた。するとーーーーーーー


 「まぁ、あれってもしかして...!」

 「きゃあっ、ルース様よ!」

 「あらやだ!もっとめかしこんでくればよかったわ...!」


 少女から年嵩の女性まで、至る所から女性の黄色い声が上がる。お目当てはルースだ。


 (そりゃあモテるよな、このザ・正統派イケメンめ)


 恨めしく思いながら背後のルースの顔をチラリと見ると、心なしか青ざめている気がする。

 (ん......?)

 顔だけではなく、緊張感が俺の背中に伝わってくる。


 「ルース?どうかしたか?まさかまた賊的な何かが......」


 そう声をかけると、ルースが慌てたように返事をする。

 「あ...は...いえ、な、なんでも......なんでもありません」


 (いや、全然なんでもなくなくないか!?)


 明らかに動揺している様子のルースの返答を受け、バッと再び振り返って彼の顔を確認する。


 気温は暑いわけでもないのに、ルースの額には汗が滲んでいた。


 「なんなんだ!?腹でも壊したのか?着く前にどこかトイレに寄っても俺は大丈夫だからな?」

 「い、いえ、腹痛ではありません。だい...大丈夫です」


 全然大丈夫ではなさそうな様子に、俺はどうしたらいいのか内心頭を抱える。

 (腹が痛いんじゃないなら、顔を合わせたくない知り合いでもいたのか?いや、馬に乗って痔が悪化したとか...)


 そうこう悩んでいるうちに、城門にたどり着く。

 ルースの顔を見た衛兵が敬礼し、無駄なやり取りはなく門へと通してくれた。ルースの様子は普段通りに戻っていた。


 城内に入ると、まずは身体の汚れを落としたほうがいいだろうと浴室へと案内される。先日より部屋を整えたり、何かと面倒を見てくれているメイドが風呂の世話をしようと浴室に付いてこようとするが、断っていた。

 滞在中、このメイドとは同じようなやり取りを何度かしているが、仕事熱心なメイドは毎度断られて少し不服そうである。


 (女の子と風呂なんて、恥ずかしくて無理だよ...)

 彼女いない歴=年齢な俺が、羞恥心を感じないわけがないのである。俺は「はぁ」とため息をついた。


 浴室の扉を開くとむわりと湯気に包み込まれる。大きな浴槽は...否、もはや「大浴場」と呼ぶ方がふさわしい。今日も綺麗に整っており、とても気持ちよさそうだ。


 足先からそっと入れると、熱すぎずぬる過ぎずいい温度である。

 「くっは〜。いい湯だ〜〜」

 思わず口からそう溢すと、浴室の外からバタバタと走る音が聞こえてくる。

 

 「ルイ!」

 

 浴室に飛び込んできたのはアルバートだった。

 はぁはぁと息を切らしている。後ろからは、対照的に余裕そうなアルバートの護衛レオナルドと、困った顔のルースが付いてきた。


 「まったく、城を抜け出すなんて……心臓に悪いよ。まあ、やるだろうとは思っていたけどね」

 「す、すみません……」


 ギロリと睨まれバツが悪そうな塁を見て、アルバートは小さく笑う。

 「ふふ、いいさ。無事ならそれでいい」

 皇帝と瓜二つの塁が捕まって世間に露見していたら、実際のアルバートでないにしても大騒ぎになるはずだ。それなのに、ただ純粋に身を案じてくれているアルバートの姿に、塁はまた申し訳ない気持ちになる。


 「ところでルイ、僕が背中を流してやろう!」


 ペタペタと浴室の床を歩き、アルバートがそばにやってくる。やる気満々というように腕まくりもしている。


 「え。いやいいよ!てかお前そんな格好だし」

 アルバートの衣装は正装というにはラフなスタイルだが、今日は初日に会ったローブ姿よりはきちんとしたパンツスタイルだった。


 湯に浸かる塁のそばの床までやってきてしゃがみ込むと、いそいそとズボンの裾を折曲げて捲っている。

 どうしたものかと塁がレオナルドに視線を投げると、彼は軽く笑い、肩を竦めて浴室を出ていった。ルースも「失礼します」と一礼して出ていく。

 

 「案ずるでない、水魔法は得意なのだ!」

 ふふんふん、と鼻歌を歌いながら、アルバートは湯に手を突っ込む。

 (水魔法“は”なんて言ってるけど、本当は全部得意なんだろ?もう話に聞いてるんだからなー。全くイケてる男ってのは)

 決して驕らない態度のアルバートは、まるで友人や兄弟のようだ。実際、そんなアルバートを前に塁は非常にリラックスしている実感があった。


 ーーーーと、突然。湯船がボコボコとジャグジーのように気泡が沸き立つ。


 「ふふ、面白いだろう。浴槽の底で空気を発生させて、それを水流で勢いよく押し上げているんだ」

 「へぇ、魔術版ジャグジーか。気持ちいい〜〜〜、ってかこんなこともできるなんて器用だな」


 「じゃぐじー?」

 「ああ、俺の住む世界にもこういうのがあってさ」

 沸き立つ気泡に、手を遊ばせながら答える。疲れた身体に心地良い刺激だ。


 「なぬ、これは僕オリジナルの魔術活用だったのに!」


 アルバートは少し悔しそうにむくれている。言わないほうが良かっただろうか?


 「でも、もちろん魔術なんて向こうにはないからさ、人が......うーん、機械で作っているんだ」

 「魔術なしでこれを...... 具体的には、どうやって?」


 目を輝かせて質問してくるアルバートに、どう答えたものかと頭を掻く。


 「いやぁ俺もジャグジーの詳しいことはわからないんだけど、向こうには電気ってものがあって、それを使った色々な機械があるんだ。電気っていうのはーーーーーー」


 興味津々に聞いてくるアルバートに、向こうの世界の電気の大まかな仕組みや、それを使った照明や冷蔵庫、洗濯機、設定した温度に自動で湯を沸かしてくれる浴槽、電車などがあることを説明した。

 その間アルバートは非常に真剣に耳を傾けており、より塁の世界を鮮明にイメージしようとしているようだった。


 「百聞は一見に如かず、だからなぁ。見せられたらいいんだけど」


 そう言って塁は身体をずるりと湯に預け、頭だけを浴場の淵に乗せて天井を見上げる。


 アルバートは何かを考えているのか、隣でぶつくさと独り言を言っていた。

 「なるほど、電気というものが作れれば魔術に頼ることもなく、魔力を持たない者も便利に暮らせるのか。でもそのためには......」


 (始めてあった時は飄々としている印象だったけど、アルバートは真面目なんだな)


 と、塁はアルバートを横目に見ていると、ふと大きな浴場で湯がゆっくりと大きく渦巻いていることに気がついた。アルバートが何か別の魔法を使おうとしているのだろうか。


 そしてそれはだんだんと強い渦となる。いよいよ、危うく身体が持っていかれそうだ。


 「おい、アルバート!お前ちょっとこれ強すぎないか。これじゃ流れるプー.....ぼはぁっ.」


 頭を上げようとしたところ、さらなる強い流れでついに飲み込まれた。体勢を立て直せず、そのまま俺の身体は浴場の床を這うように流れていく。


 「とこで......、ルイ!? ルイーーーーーーー!?」

 

 状況に気づいたアルバートは、水流を元に戻し、塁は無事酸素を手に入れた。

 塁の日本の話への興奮し、集中するあまり、魔術調整をミスしたらしい。


 そんなこんなで塁は湯船から出て、用意されている石鹸と洗い用のタオルで頭や身体を洗い始める。


 その間もアルバートは、向こうの世界の生活について興味津々に質問を重ねた。塁がシャンプーを流そうと桶を手に取ると、話しながらも水魔法で顔にかからないように湯を流してくれる。

 塁が身体を洗い始めると、「背中は僕がやる!」と塁の手から洗い用タオルを奪っていった。

 

 アルバートの魔術で素早く身体を乾かしてもらい、腰にタオル一枚を巻いた状態で浴室を出る。そこにはレオナルドとルースが待機しており、先ほどまで二人で何かを話していたようだった。


 出てきた塁たちに目を向けると、レオナルドが「おや」と塁の身体に目を止める。


 「ルイ様、なかなかいい身体してるじゃないっすか。手にも少しタコがあるようですし、剣を?」


 スポーツしか取り柄がないと自負している塁にとっては、この上なく嬉しい言葉である。思わずヘラリと笑みが溢れる。


 「ははっ、言っても騎士の皆さんと比べたら全然だろ。

 俺スポーツ...運動が得意でさ。クラスの中では運動神経はいいほうだったし、今でもトレーニングは欠かさないんだ。手のタコは、昔親父にやらされていた野球のあとかな。剣なんて、そんなもん向こうにはないしな〜」


 「剣がない?魔術もないのに?何で戦うんだ」


 ヘラヘラと笑う塁に、アルバートがまたしても食い気味に聞いてくる。


 「いや基本戦わないっていうか......一応銃っていう飛び道具とかがあるけど、『銃刀法』っていって剣や刀、飛び道具の銃とか、そういう危なかっかしいものを持ち歩いていけない法律があるんだ。

 だから普通の人は剣も銃も、手にしたことがないよ」


 「ふむ?それだと、国防はどうするんだ?」

 ルースから手渡された服に着替えながら答える。


 「自衛隊っていう、うーん、軍隊みたいなのがいる。でも自衛隊は基本防ぐ専門で、他国に積極的に攻め込んだりしないよ。そういう決まり」


 レオナルドもルースも、興味深そうに聞いている。

 「なるほど。聞く限りだと、そもそも戦が少なそうっすね」

 足を拭いていたアルバートからタオルを受け取りながら、レオナルドが塁を見る。


 「まあ俺の住んでいる日本っていう国では、今はそうだね。世界で見ても、とくに平和的な国だと思う。

 でも100年にも満たない数十年前までは派手に戦争してたよ。今でも、世界では戦争している国もある」


 「そうか、やはり全世界で戦がないという風にはならないのだな。でもニホンという国は参考にしたいところだ」

 アルバートがまた教えて欲しいとばかりにこちらを見つめていたため、塁は頷きでそれに応えた。

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