第2話 8歳/遡行
第2話となります。
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※サブタイを修正しました。
「グヤコールス様、どうされたのですか?」
呆然としている私に誰かが声をかけてきた。
その声の主に私は懐かしさを知る。
私はすぐさま後ろを振り返る。
視線の先には初老の執事がいた。
私は彼を確かに覚えていた。
エミーナとの婚約の前まで私の側にいてくれた優しい人。
執事を引退後も断罪の前まで私に手紙を送ってくれ心配してくれた数少ない味方だった人。
名前は確か・・・。
「ピエール?」
私は執事の名前を思い出す。
とは言えその名前が合っているかどうか自信もなかった。
「はい、ピエールでございます」
執事は不思議そうな表情を浮かべつつ返事をしてくれた。
そうだ、彼はピエール・エステバン。
私は彼と再会できたと思うと嬉しくなる。
「どうされたのですか、こんな場所に座られて?」
そう言うとピエールは私の体をゆっくりと起こしてくれた。
私の体を軽く持ち上げてくれた時、私の体は大人ではないと実感する。
「ご、ごめんなさい。ちょっと驚いてしまって」
「驚いた?」
「いや、何でもないよ」
私はこの現状をどう話せばいいか困ってしまい何も言えなくなった。
まだ、話せない。
私が時戻りを起こしたかもしれないことを。
「体調でも悪いのですか?」
「そうじゃないよ。ただ・・・」
「ただ?」
「ピエールの顔を見て安心した」
最初に会えたのがピエールで良かったと私は思った。
もしこれが両親や兄だったら時戻りの前のことを思い出していたかもしれない。
あの断罪劇の前の家族の態度は許せるものではなかったから。
王家よりエミーナとの婚約を強引に解消された後、彼女がパルダビュー王子と婚約した後のことだ。
両親は慰謝料として王家の直轄地の一部を譲り受けた。
その際、私は直轄地を受けらないで欲しいと頼んだことがあった。
せめて受け取るにしても時間をかけて欲しい。
それが王家に対する自分の矜持だと。
だが、両親は「何を小さなことを」と取り合わなかった。
それは兄も同様であった。
「そんな態度だからエミーナを取られたのだ」
兄は冷たく私をあしらった。
私はこの時、家族に対して初めて不信感を抱いたと同時にこの後の事が不安で堪らなかった。
そして、私の予感は当たる。
王家が私の悪い噂を流したのだ。
私がパルダビュー王子とエミーナの恋仲を邪魔したのだと言う内容が王都中で流れた。
そのため、私は一瞬にして悪役に躍り出た。
「お前は疫病神だ」
私の気持ちを理解しない家族はその後も私を蔑んだ。
断罪の行われた日の朝などは私と顔さえ合わせなかった。
その記憶が残っている限り、今は家族と会うのも不安で仕方なかった。
「ピエール、聞きたいことがあるんだけどいい?」
「はい」
「僕は今、何歳?」
「何歳と言われましても、八歳ではございませんか」
ピエールは首を傾げながら答えてくれた。
「そうか・・・八歳か」
私は八歳の時に戻った。
計算すると私が断罪の日より12年も前に戻ったことになる。
これは何を意味するのか私にはわからなかった。
ただ言えるのは私の時間が戻ったと言う事実だった。
「今日はどうされたのですか?いつもと違いますよ?」
ピエールは私の額に右手を置く。
「熱はないようですね。他に体調が悪いところはないですか?」
「違うよ。寝ぼけていただけだよ」
私はその場を取り繕う。
時戻りの話を今この場にしても優しい性格のピエールでも理解できないだろう。
私は笑って誤魔化すしかなかった。
◇
家族との再会はあまり苦にならなかった。
この時の家族はまだあの時の嫌で仕方なかった家族ではなかった。
ピエールに案内されて食堂に案内されるとそこには若い頃の両親とまだ幼さの残る兄の姿があった。
「どうしたのだ、早く座りなさい」
父は私に微笑みながら優しい声で着席を促した。
「は、はい」
私はすぐに席に座る。
私は改めて食事を取る家族の顔を見る。
父のファブリツィオ。
母のビオレット。
兄のラヴェル
そこには昔懐かしい顔ぶれがある。
家族も当然、若い頃の姿をしていた。
「どうした?早く食べなさい」
隣に座る兄が私に食事を促す。
「はい」
私は言われるままに食事に取り掛かる。
その様子を見て兄は頷きながら微笑む。
婚約破棄の前までは四歳年上の兄はいつもそうだった。
私に厳しく接してくるがそこに悪意はなかった。
この家の跡取りである兄は私を両親と違う接し方で私の事を見守ってくれていた。
勉学も剣術も兄は自身に時間があれば教えてくれたし学園に通った後もその手助けをしてくれた記憶がある。
そう、私たち兄弟仲は良かったのだ。
一方で両親は私と兄の様子を見ながら食事を続ける。
そこには昔懐かしい温かみのある場所があった。
私は食事を続けながら家族の様子を観察する。
父は母と和気藹々と話しをしており、兄はその話を聞きながら時折だが感想を述べている。
私はその様子を見て段々と安心できるようになった。
それもそうだ。
今、断罪の日から12年前に戻っており、12年前と言う事実がここでも確認できた。
グヤコールス・ペパリッチは第二の人生を迎えたと。
この事実を納得できた私はそこで空腹を感じると食事を進めた。
この時ほど目の前にある料理が美味しいと感じたことはなかった。
◇
家族との食事が終わった後、不意に父がこんな話を始めた。
「そう言えば、お祖母様がここに来られると連絡が入った」
「お祖母様が?」
「ああ。久方振りに家族の顔を見たいそうだ」
「あらあら、また急なことね」
母が笑いながら私や兄の顔を見る。
「あなたたちもお祖母様が来たらちゃんとご挨拶するのよ」
「わかっていますよ」
兄も苦笑しながら紅茶を飲む。
そう言えば・・・お祖母様はどんな人だっただろう。
私はお祖母様の事を思い出す。
お祖母様の思い出は・・・あの時の・・・。
「あっ!」
私は声を上げて立ち上がると思わず左手首を見る。
今、そこにはないがあの時にあった物を私は思い出した。
「どうしたのだ、グヤコールス?」
私は父の前に身を乗り出した。
「父上、お祖母様はいつ来るのですか?」
「どうしたのだ、急に?」
「ですから、いつ来られるのですか?」
「手紙には二週間後と書いてあったが・・・」
「二週間後ですね?」
「ああ」
「ありがとうございます」
私は礼を言うとまた席に座った。
「おかしな子ね」
考え込む私の姿を見てあらあらしょうがないわねと母が笑う。
そんな様子を尻目に私はお祖母様に会わなければならない理由を知る。
もし私の考えが正しいのならお祖母様は時戻りの事を何かしら知っているかもしれない。
それが正しければあの断罪の日から逃れるきっかけと得る事ができるかもしれないと。
そして、二週間後。
お祖母様ことボヴァリー様が我が屋敷にやって来た。
〇登場人物
・グヤコールス・ペパリッチ
この物語の主人公です。ペパリッチ家の次男。今、八歳の頃に戻っています。
・ファブリツィオ・ペパリッチ
グヤコールスの父親でペパリッチ家の当主です。
グヤコールスの断罪の前までは優しい父親でした。
・ビオレット・ペパリッチ
グヤコールスの母親でファブリツィオの妻です。
彼女もグヤコールスの断罪の前までは優しい母親でした。
・ラヴェル・ペパリッチ
グヤコールスの兄でペパリッチ家の長男=次期当主です。
彼もグヤコールスの断罪の前までは優しい兄でした。
・ボヴァリー・ペパリッチ
グヤコールスの祖母です。何か時戻りの秘密を知っている?
・ピエール・エステバン
ペパリッチ家に長年勤める執事です。
断罪の前までグヤコールスの身を案じていました。