第3話 9歳/祖母
第3話となります。
ご意見ご感想などお待ちしております。
※サブタイを修正しました。
お祖母様が屋敷に来られた日が来た。
お祖母様が我が家に来る1週間前から屋敷は準備で混乱を極める日々が続いていた。
訪問の三日目前になると両親はピエールや使用人と共に何やら問題がないか何度も確認をしていた。
その様子を見てもしかしたらお祖母様は面倒な方ではないかと不安に駆られた。
つまり私はまだお祖母様のことを思い出せていなかったのだ。
私はそのような状況の中で自室でお祖母様とどのように話かけるかそのタイミングを考えていた。
ボヴァリー・ペパリッチ。
私のお祖母様はどんな人だったのだろう。
色々とお祖母様のことを思い出してみるが思い出せないようなことがあるようでお祖母様の人となりが掴み切れずにいた。
そんな中で兄が心配そうな面持ちで私にこんなことを尋ねてきた。
「大丈夫なのか?」
「何がですか?」
「お前、昔からお祖母様が苦手だと言っていたじゃないか」
「僕がですか?」
私の話を聞いた兄は驚いていたが、むしろ私自身も驚いてしまった。
「最初にお祖母様に会った時に甘えるなと言われて説教されたじゃないか」
「・・・そうだった」
思い出した。
私が最初にお祖母様と会った時、私はお祖母様に会うなり抱きついてしまった。
それがよろしくなかったのか、お祖母様は両親の前で私に初対面の相手に挨拶もそこそこに抱き付くとは何事かときつく注意された。
それがしばらくトラウマになったのだが、そうなると私が脳裏に疑問が生じた。
・・・私はいつお祖母様と打ち解けたのだろうか?
どうも時戻りの影響か、所々に記憶が薄れているようだった。
ピエールの時のようにその人と顔を合わせなければ思い出せないこともある。
「お祖母様もまだ六歳だったお前に説教をしたのはどうかと思うが、今日はお祖母様の機嫌を損ねないようにするんだぞ」
「わかりました」
兄はお祖母様への印象がよろしくないようだ。
その一端は幼い私が説教されたことがあるのだろうか。
兄の気持ちを考えると私もお祖母様の訪問の際は気を使わなければならないと思うと不安が募るのみだった。
我が家に来たお祖母様は玄関先に来るとゆっくりと屋敷の中に入る。
私はお祖母様の姿を見て感心した。
お祖母様のその姿は淑女としての矜持をさらけ出しながら老いを隠そうとしない凛々しいものだった。
上品で洗練された私服の着こなし方、上半身を引き上げるようにして下半身が自然と体勢が崩れない歩き方や姿勢、すべてが品位のあるものだった。
きっと若い頃は多くの男性から好意を抱かせたのだろう。
だが、内面は違う。
幼い頃の私に怒ったのだから、何かの琴線に触れれば機嫌を損ねる可能性がある。
そうなれば私はお祖母様に時戻りの話をするのが厳しくなってしまう。
とにかく慎重に動かなければならない。
「お久し振りですね、皆様」
お祖母様はそう言うと私たちにカーテシーを行う。
私たちも家族全員でお祖母様で礼を取る。
「こんな場所で話をするのは無粋ですね。そうね、お話は食事の時にしましょうか」
「わかりました」
私から見ればお祖母様の気を使い方は素敵だった。
その場で立ったまま話すことは皆が疲れると思ったのだろう。
そこで食事をしながら家族の話をした方が皆が気が楽になると。
・・・本当に厳しい人なのだろうか。
私はそう思っていると、お祖母様が私に視線を向けたことに気付いた。
私は一瞬、動揺したがすぐにお祖母様に頭を下げて兄の後ろに移動した。
これは時戻りの前から行っていた規則的な動きだった。
いつも両親や兄の後ろにいることで身を引いた形でいた。
お祖母様がその様子を見て目を細めながら微笑む。
・・・微笑んでくれた。
だが、ここで喜んではいけない。
時戻りの話をするまでは話すことは自重すべきだった。
◇
しばらくして昼食会が始まった。
並べられた食事やティーセットを嗜みながら、父や母はお祖母様との話を進める。
話の内容はほとんどが家族のことや家の経営のことだった。
兄は無言で食事を進めており、時々はお祖母様からの質問に可もなく不可もなく答えていた。
私はその様子を注意深く観察しながらお祖母様からいつでも質問が来ても問題なく答えられるように頭の中でイメージをした。
だが、私への質問はなく昼食会が終わってしまった。
このような形なってしまい私は肩透かしをくらってしまった。
さて、どうしたものかと悩んでいるとお祖母様が声をかけてきた。
「お久し振りですね、グヤコールス」
「はい」
私は冷静にお祖母様に返事をする。
「そうね、あなたの話を聞いてみたいわ。しばらくしたら私の部屋まで来なさい」
「わかりました」
私は頭を下げた。
お祖母様が退室された後、兄が心配そうに声をかけてきた。
「一緒に行こうか?」
兄はまだ私が説教されるのではと不安になったのだろう。
あの断罪劇の時とは全く違う兄の態度に私は心の中で苦笑してしまう。
「兄上、大丈夫です。もしまた説教をされたら兄上の元へ参ります」
「そうか。わかった」
兄上は私の頭を撫でながら頷いてくれた。
ただ、兄上は知らないのだ。
私の精神状態は二十歳の頃の私自身なのだと。
昼食を終えた後、私はタイミングを見計らってお祖母様の滞在する部屋に足を運んだ。
入室の許可を得て部屋に入った私の前ではお祖母様が書物を読んでいた。
そして、かけていた眼鏡を外して近くのテーブルに置くとお祖母様は視線も合わせず手招きをして側に寄るよう伝える。
私は従うままにお祖母様の近くに行く。
「何が話したいことがあるのでしょ?」
お祖母様は私に視線を合わせず窓の外を見ている。
「お気づきになりましたか?」
「あなたの顔色を見ればわかるものよ」
そう言うとお祖母様が私に顔を向けてくれた。
「二年前だったかしら、あなたが私に会うなり抱きついたわね?」
「はい」
「それがどうして怒られたのかわかったのね?」
「はい。女性に対して無礼を働いたことが理由だと思います」
「そうね、どんな年齢であれ女性に対して礼儀正しく振る舞うことがこの国の文化的な慣習です。あなたはその事を知らなかった。だから私はあなたを怒ったのです」
「はい。今では感謝しています」
私はお祖母様に礼を取る。
その姿を見たお祖母様は何かを感じ取ってくれた。
「そう・・・では、私に話したいことを言いなさい」
お祖母様は私の気持ちを探るような視線を向けながら尋ねる。
「お祖母様は銀色のブレスレットをお持ちですか?」
「ブレスレット・・・ああ、私が持っているものね」
お祖母様は記憶力が良いようだ。
すぐに答えてくれた。
「でも、あなたはブレスレットのことをどうして知っているのかしら?」
当然、お祖母様は私に尋ねてくる。
ここまでは予想通りだ。
この後は天運に任せるしかない。
「私はお祖母様からブレスレットの言い伝えを聞いたことがあります。そのブレスレットはこれまで幾人として持ち主を変えてきた奇妙なブレスレットであり謎の力を秘めていると」
「・・・あなた、どうしてその事を知っているの?」
お祖母様の目が大きく見開いた。
さすがにそこまで知っているとは思わないはず。
むしろ私を気持ち悪がっているかもしれないが私は話を続ける。
「お祖母様は言われました、その力はどうやら時が戻るものだと」
「・・・グヤコールス、あなた、まさか・・・」
ここでお祖母様は察してくれた。
「私は12年前のある日から今の時間に戻ってきたのです」
「・・・まさか、時戻り!?」
「はい」
私の言葉にお祖母様は右手を顎に当てて考え込んだ。
頭の中を整理しているようだ。
これも当然か。
目の前にいる孫がとんでもない事を語ったのだからこれが正気かどうか迷っているのだろう。
少しの間を置き、お祖母様は私に目を向ける。
考えがまとまったようだ。
「時戻りはあくまで伝承だと私は聞いていました」
「ですが、私はこうして前世の記憶を持っています」
「ですが、それは証拠になり得ないのはわかっていますね」
「はい。ですから私は前世でお祖母様から聞いたブレスレットの話をしたのです」
「確かにあなたの話は合っている。それにあなたの言葉使いは到底、八歳の子供のものではないわ」
「そこまで気付いて頂けただけでも嬉しいです」
私はお祖母様が私の話を聞いてくれているだけで嬉しくなった。
狂人と思われたらどうにもこうにもならないから。
「そう・・・つまり、あなたはこう言いたいのね。時戻りのきっかけを作ったのは私が大切にしている銀色のブレスレットだと?」
「はい」
「その確証を得るために私と話をしたかったのね」
「今はこうするしか方法はないので」
今の私にはこれ以上何もすることはできないのは事実だ。
「でもね、あのブレスレットはただの御守りよ。何かしらのきっかけがないといけないと思うの」
「そうです。ですからお祖母様、私の話を聞いて頂けますか?」
私は時戻りの前のお祖母様に事の全てを話した。
王家の王子に婚約者を奪われたこと。
王家の手で悪評を流されて家族から孤立したこと。
そして、王子が私に邪な想いを抱いて私を監禁して抱こうとしたこと。
私は嘘偽りなく前世で起こった話をした。
そして、今自分は改めて人生をやり直しているのだと。
お祖母様は私の話を聞きながらまた考え込んでしまう。
「そう・・・じゃあ、このブレスレットの言い伝えは本当だったのね」
「お祖母様は信じてくれるのですか?」
「ええ」
お祖母様は私の頬に触れる。
手の温もりがこんなに温かいと安心する。
「今のあなたに嘘をつくとは思いませんもの」
「嬉しいです」
私はその場で頭を下げる。
「あらあら、こういう時は抱き付いても良いんですよ」
「そうですね」
さすがにそこまで気が回らなかったので私は恥じてしまう。
その後、私はお祖母様に今後の話をした。
時戻りをしたとしても今後にあの王子の魔の手がいつやってくるかわからない。
油断など到底できなるものではなかった。
「私はどうすればいいですか?」
「そうね・・・」
お祖母様は考え込む。
「自分の身を守るためには何が必要かしら?」
「・・・わかりません」
今のできることは限られているし、先のことはまだ見通せないのは事実。
勉学に励むのは当然としてもそれが打開策になるのか疑問だった。
「では、これから剣術を学びなさい」
「剣術ですか?」
「そうです。自分の身を守る方法は自分の才能しかありません。その中でも命を守る方法は剣術ではないかしら?」
「はい」
確かにそうだ。
自分の身を守る方法は剣術を学ぶのがわかりやすい。
「私の知り合いにペラック・ベルドリッチと言う者がいます。彼は元騎士で優秀な剣術使いです」
「ペラック・ベルドリッチ様ですね」
ペラック・ベルドリッチの名前は微かに記憶の中にある。
どのような人物かは定かではない。
「おそらくこの国の中で一番の使い手でしょう。ただ、彼の剣術は少し変わっているのであまり弟子があまりいないのです。ですがあなたになら彼の剣術は合うかもしれません。この特殊な環境にいるあなたと特殊な立ち位置の剣術使い、案外相性が良いかもしれませんよ」
その話を聞いた私はお祖母様の提案に納得した。
「もし何かあれば私に手紙を送りなさい。ブレスレットの件は時期を見て改めて話しましょう」
こうして私の目的は達成することができたが、私はお祖母様に抱き付かなかった。
今のタイミングではないと思ったのは秘密だ。
お祖母様は自領に戻った後、私のためにペラック・ベルドリッチ様宛の紹介状を用意してくれた。
両親や兄は驚いていたが、私は無理を通して入門を認めてもらった。
そして、九歳になった。
私はこの後、剣術の師となるペラック・ベルドリッチの門を叩いた。
私が断罪されるまで残されたのは11年。
まだ時間があるかどうかさえわからなかった。
〇登場人物
・グヤコールス・ペパリッチ
この物語の主人公です。ペパリッチ家の次男。今、八歳の頃に戻っています。
・ボヴァリー・ペパリッチ
グヤコールスの祖母です。グヤコールスの時戻りの秘密を知ります。グヤコールスの初めての理解者となります。
・ペラック・ベルドリッチ
ボヴァリーの覚えがある有名な剣術使いです。




