第11話 鞭と愛
ポンプ小屋、と書いて何と読むか? エクスタシーハット、と読む。これは高校1年生レベルの現国である。
今まさに、浜辺はエクスタシーハットの戸口に立っていた。
絹織物に似たさらさらは、束ねてさえ激しくなびいた。嵐の予感? ジブリじゃねぇ、リアルの嵐が迫っている。
きめ細かい肌に、弾けた雫は汗か雨粒か。ごくり、と飲み込んだ唾液は少し粘り気があって、清潔な喉に不快を残した。
ドアノブが、デカい。ハッテン場じゃあるまいし。しかし、錯覚ではない。それに触れる少女の手は、小ささが際立って、心象のブルーを強めた。
浜辺はもう一度、唾液を飲み込んだ。そうして、ドアを開く。バイオハザードを彷彿とさせる軋みが、湿った空気を裂いた。
外部からの印象以上に、内部は広かった。窓がなく、ドアの開きから入る光も乏しくて、暗がりは森の深みに似た。
スマホのライト、その光を壁に這わせて、見つけた照明のスイッチを、浜辺はそっと押した。
光が満ちたのと、ドアが閉まったのは、同時だった。そうして、浜辺は見た。X字に拘束された花井の姿を。
絶叫マシンにおいて絶叫する人々。あの絶叫は全て虚偽だ。あれは絶叫するというプレイだ。そこに真の恐怖はない。真の恐怖に遭遇したとき、人は決して絶叫しない。その証拠に、ほら、浜辺ったら、餅を詰まらせたみたいに小刻みでか細い息を漏らしている。富士急よ、これが恐怖だ。
拘束台は縦型だった。必然、視線が真っすぐに絡み合う。
「来てくれたんだね、浜辺さん。ありがとう。ありがとう」花井はほほ笑んだ。「それじゃあ、始めようか」
「始めるって・・・・・・」つられてほほ笑んでしまう、恋人のサガ。「何を?」
「断罪の宴さ」花井は目をつぶった。「さあ、浜辺さん! 気が済むまで僕を罰して!」
罰すべきか、許すべきか、それが問題・・・・・・じゃない! それ以前の問題がある! 女にとって、最も重要な問題がある!
『花井くん、誰に拘束されたの?』
さすがは浜辺、クラス委員長として鍛えた眼力だ。たった一人で拘束されていた花井、その矛盾に気が付いている。そう、花井の両手首および両足首を固定しているのは機械っ気のないマジックテープ。SFに出てくるような全自動で固定できる代物ではないのだ。この物的証拠から、花井を拘束した第三者の存在を疑うのは自然な流れ。
『あの女なの?』湧き上がる怒りが、あの女、という言葉のチョイスから躊躇いを奪っていた。『あの女に拘束してもらったの?』
ここで花井の名誉のために言っておきたい・・・・・・花井は独力で自身を拘束しました! なに? 人体の構造上、独力で自身の両手首および両足首を固定するのは不可能だろうって? うん、そうなんだ。不可能なんだ、これ。でも、現に花井は独力で自身を拘束してしまったんだ。うん、それが事実なんだ。納得できないのであれば、飛行機について考えてごらん。飛行機って、なんで飛んでるのか未だに明確にはなっていないんだ。だけど、現に飛んでるよね、飛行機。それと同じことなんだ。現に花井は独力で自身を拘束したんだ。うん、これが事実なんだ。
事実は、潔白。けれどそんなSF、理解されるはずがない。しかし、ここでもう一つのSFが起こった。浜辺の怒りのボルテージが急降下したのだ。何ゆえ? これが俗に言う、女の勘、である。女の勘とは、超能力にあらず。女の勘とは、嗅覚である。どうだい、サイエンスっぽいだろう? 情事の際、女が大きな声を発するのは、周囲の雌に対して、「これは俺の雄だぞ!」という警告を発しているが為である。つまり、女は本能レベルで他の雌を警戒しているのだ。どれほど人間讃歌が極まろうとも、所詮ホモサピエンスは動物。動物の摂理として、警戒心は五感を鍛える。特に鍛えらるのが、嗅覚。他の雌のにおいに対してのみ、女が発揮する嗅覚はブラッドハウンドを凌駕する。これにより、エクスタシーハット内に他の雌の名残がないことを、浜辺は理解したのだ。
『井上くんにでも拘束してもらったのね、花井くん』
女に拘束されたのであれば、悪・即・斬、罰するまでもなく命を絶つ。しかし、男に拘束されたのであれば、Ka・wa・ii、全部許しちゃう。この女の心理こそ正しくSFである。
爆発物以上の危険物である花井に歩み寄る浜辺。女王様の気分だ。無理もない。好きな男がX字、これが本当のXメンなのだ。他の雌という不純物がないのであれば、Xメンはご褒美です。
「罰するって、何をして欲しいの?」
すごい声が出た。アバンギャルドとアバンギャルドがフィストバンプしたかのような声だ。つまり、エロい声だ。そんな声が自分の口から飛び出したことに、浜辺は羞恥を覚えた。そうして、この羞恥がまずかった。メス豚が己のヴォイスで性的興奮を強めるように、女王様もまた己のヴォイスで性的興奮を強めるのだ。本来、潤滑油となるべきヴォイスが腐ったローションの如く凝固して、そしたらプレイもクソもない、心は冷静と情熱のあいだの冷静寄りで、エロが生じるわけもない。生じるのは、躊躇のみ。
浜辺は、それこそ本来あるべき16歳のリアクションで、彼氏の痴態から目を逸らした。
鞭が無くてはイケない、それはマゾの素人である。マゾのプロは鞭を必要としない、放置でイケる。むしろ、放置がいい。言わずもがな、花井はマゾのプロである。16歳ながらプロのライセンスである。ヨーロッパのサッカー選手レベルで早熟だ。当然、浜辺の躊躇は焦らしとなって、花井のご馳走となっている。ありがとうございます、ありがとうございます! と心中で叫ぶマゾの鏡。開始早々、否、開始前から性のクライマックス。
性のクライマックス、しかし、ここに摩訶不思議な事象が観測された。花井の花井がジャイアントコーンと化していないのだ。ミニコーンのままなのだ、花井の花井が。この摩訶不思議が起きた理由は何か、考えてみよう! レッツ、シンキングタイム・・・・・・タイムアップ! 正解は、越後製菓! と言いたいところをグッとこらえて、正解は、既に賢者モードに突入している! これである。
愛する女性との逢瀬に際して、紳士がとるべき行動は何か? 身だしなみを整える? デートプランを完成させる? クレジットカードが利用停止になっていないか確認する? どれも違う。愛する女性との逢瀬、その10分前に毒をヌく、これこそが紳士ムーブである。キンタマの中身がスッカラカンになっていれば、弾みのジャイアントコーンで女性を不快にすることはない。先回りの思いやりが出来てこその、紳士。花井は、正しく紳士であった。
今更ではあるが、現在の花井のファッションについて説明しよう。パンツ一丁である。布切れ一枚を身に付けたファッションである。ちなみに、トランクスである。ブリーフ派みたいな可愛い顔をして、トランクスである。しかし、ミニコーンなら安心だ。テントを張らない、はみ出さない。女性に優しいのが紳士です。
エクスタシーハットを支配する、沈黙。10秒、20秒、30秒・・・・・・不意に、生じた好奇心で、逸らした目が彼氏の体に引き寄せられる。
『乳首・・・・・・』浜辺の胸がキュンキュン鳴った。『小さくて、かわいい・・・・・・』
PIXIVなんて存在すら知らない真っ当なJK。乳首さえ、レア。刺激、強すぎ。
羞恥の火が更に燃え上がって、視線は床へと深く落ちた。
エクスタシーハットを支配する、沈黙。40秒、50秒、60秒・・・・・・それで、限界だった。マゾのプロとはいえ16歳だ、焦らしに堪えられない。若さゆえの過ちで、肉体的な刺激を求めてしまう。
「ください」花井は懇願した。「浜辺さん。ください」
ここで改めて、女性の優れた共感力について記したい。とある高等学校にて、A子さんが前髪を1ミリメートル切って登校してきたそうな。そうして、友人のB子さんは出会い頭で、「前髪めっちゃ可愛いんですけど! MINAMIちゃんじゃん!」と言ったとさ。いくらオシャレに敏感なJKでも、1ミリメートル短くなった程度の前髪には気が付けない。B子さんは、『前髪を褒められたい! 可愛いって言われたい!』というA子さんの願望を共感力によって読み取ったのだ・・・・・・お分かりいただけただろうか? 女性の共感力の凄まじさを。
「ください。浜辺さん、ください」
何をくださいなのか、浜辺はもう理解している。理解していて、責めない。プロの女王様ですか? 違う、そうじゃない。むしろ素人の女王様、責め手がないのである。Xメンに対するアクションを有していないのである。
「ください。浜辺さん、ください」
三度目の正直、花井は切実だった。故に浜辺の心中に生じた、AEDの使用を躊躇うが如き後ろめたさ。責任感の強い浜辺だ、こんな後ろめたさは初体験。AEDであったならば、上半身だろうが下半身だろうが、必要としている人間の必要な個所に迷わず10万ボルトを撃ち込める。けれど、Xメンには無理、何も撃ち込めない。
「ごめんなさい、花井くん」浜辺は膝から崩れ落ちた。「私、出来ない」
原始の時代より、女はコミュニティの中にあった。これが、女が優れた共感力を有する理由である。一方で、男は原始の時代よりコミュニティの外にあった。つまり、男は700万年以上もの間、モンハンのシングルプレイに興じ続けてきたのである。一狩り行こうぜ! なんて声を掛けられるフレンドなんて、700万年以上もの間、一人もいないのである。これでどうやって共感力が身に付くというのか? 断言しよう・・・・・・男は共感力を一切有していない! 男と女が永遠に分かり合えないのは、これが為である!
「大丈夫だよ、浜辺さん」悪意ゼロの良い笑顔で、花井は言った。「道具ならあるから、出来るよ」
花井が顎で指したのは、馬鹿デカいポンプの陰だった。後ろめたさのデバフで、サラっと誘導された浜辺は、陰に隠れた大量のブツに、小さな悲鳴を漏らした。
鞭はもちろん、ロウソク、電マ、アナルビーズ、エトセトラ・・・・・・質、量ともに、六本木セビアンに勝るとも劣らない。正にSMグッズの宝石箱や!
「どうぞ、浜辺さん、好きなブツを使って」悪意ゼロの良い笑顔をキープして、花井は言った。「これで幾らでも責められるね」
道具の有無が問題なんじゃねぇ! という正論は、狂ったスケベ空間に存在しえなかった。
徐に、浜辺が鞭を取った。男に尽くしてしまう女の悪癖が発動したのか? 違う、そうじゃない。怒りがぶり返してきたのだ。忘れてはいけない、浜辺は花井のイアーセックスに怒っていたのだ。怒って、このエクスタシーハットまでやって来たのだ。それじゃあ、鞭ぐらい握るさ。
試しに、鞭を振ってみる。空を切る音がオーバーなまでに響く。浜辺は身震いした。花井も身震いした。
唇が渇いているわけでもないのに、浜辺は唇を舐めた。
鞭を持ったまま、彼氏の前に立つ。イアーセックスに興じた、度し難い彼氏・・・・・・。
『それも、私の目の前で』
自ずと、鞭の握りが強まる。小指に力の入った、いいグリップだ。鞭の才がある。
鞭を持った右手が、上がる・・・・・・上がる、まだ上がる・・・・・・昇天するラオウ様より高いぞ!
すげぇのが、くる。SM童貞の花井でさえ、分かる。過去、脳内で打たれた鞭の数、66兆2000億回。そのどれも比較にならない、すげぇのが、くる。
花井は、初な少女のように目を閉じた。
大事なことなので2回言う。鞭の才がある。浜辺は、振り下ろしざまに手首をひねるメリットを本能で理解している。強い力を持ったら、それを使わずにはいられないのが人間のサガ。才は力である。
ここに三つの誘惑が成った。怒りを晴らしたいという誘惑、力を行使したいという誘惑、そして、愛する男の痛がる様を見たいという誘惑。自制心の強い浜辺だ、二つの誘惑にサンドイッチされたくらいなら、誘惑をはねのけられただろう。しかし、誘惑が三つ、トライアングル殺法で攻めてきたら、万事休す、誘惑に身を委ねるしかない。
「いくわよ」
意図せず出た声に、自ら驚愕。それは、大人の女の声だった。16歳、まだ大人の自覚はなかった。
「おねげぇします!」花井が、マゾの自覚に満ちた声を出した。「おねげぇします!」
いくぞ、いくぞ、いくぞ・・・・・・いかない! 山崎のアニキの蛇使いより、いかない! ここに来て焦らし? 違う、そうじゃない。浜辺、恐るべし! 自制心、恐るべし! 誘惑のトライアングル殺法を正面突破だ! 浜辺の自制心の強さは筆者の想像を遥かに超えている!
筆者が尊敬する漫画家、甘詰留太先生は著書でSMの社会的リスクを説いた。そう、鞭で打つという事は、とんでもねぇリスクなのだ。打ったほうも打たれたほうも、とんでもねぇリスクを負うのだ。そうして、今、浜辺の鞭を止める意志は保身からくるものではない。偏に、花井の、好きな人の社会的地位を傷付けないために、鞭を止めているのだ。これこそが、愛である。
「この鞭を振ればどうなるものか、危ぶむなかれ。危ぶめば道はなし。振り出せばその一打が道となる。迷わず振れよ。振ればわかるさ」じゃねぇ、馬鹿野郎! 猪木さんに降臨してもらって引っ叩いてもらうか、馬鹿野郎!? 道となるのは一足のみ! 一打を振り出せば道はなし、試合終了だよ! それが、道理。浜辺は道理を知る人間です。
小指から、解れていった。鞭が地に落ちた。
「話し合おう、花井くん」浜辺の一足が、道となった。「罰なんて必要ないよ」
愛されるよりも愛したいマジで・・・・・・それで救われる人間はいない。愛するよりも愛されたいマジで・・・・・・それで救われるのが人間である。鞭は愛ではない、セックスである。セックスは愛ではない、性である。
自分が愛されていることを知って、セックスモンスターと化していた花井は、人間に戻った。モンスターでは決して流せない涙が、証明です。
「浜辺さん。ありがとう。ごめんなさい」涙と鼻水が口に入って、呂律は拙かった。「イアーセックスの件、きちんと話します」
そうと決まれば善は急げ、拘束を解くのだ。まずは、足首・・・・・・何故に足首? 片方の手首の拘束を解いてやれば、後はひとりでできるもん! 無駄に浜辺が手を汚す必要はないではないか。そうだというのに、何故に足首?
はんすけ統計局の調べによると、ホモサピエンスの雄における足フェチの割合は17パーセントに及ぶ。では、ホモサピエンスの雌はどうか? 4パーセントである。これはホモサピエンスの雌における手フェチの割合28パーセントの7分の1の数字である。しかし、隠れ足フェチの割合となると、ホモサピエンスの雌は18パーセントという数字を叩き出す。なんと、ホモサピエンスの雄の割合を超えるのだ。つまり何が言いたいのかと言うと、「女にばかり足のケアをさせるな!」ということなのである。「男も女のために足のケアをしろ!」ということなのである。
屈んだ浜辺と花井の足の距離、ゼロ。文字通り、牙突零式の間合いだ。
『花井くん、中性的な顔をして、足はしっかり男の子なんだ』
平時であれば、浜辺は慎ましい鼻息が売りの上品な女の子だ。それが、荒くなる。ドレーク海峡よりも荒くなる。鼻息で鉄板がひっくり返っちまいそうだ。
「くすぐったいです、浜辺さん、ありがとうございます」
なんということでしょう! 花井ったら、足の甲に吹きかかる鼻息だけでくすぐったくなっちゃう! キンタマの中身がスッカラカンだというのに・・・・すごい感度だ。
「ごめんなさい!」
己の鼻息を自覚して、浜辺は羞恥の海に溺れた。その海も当然、荒れていた。
「謝らないで、浜辺さん。僕、くすぐったいの大好きだよ」
それならもっとくすぐったくしてやるぜ! とはならない。JKだ。そんなノリにはならない。
屈んだ浜辺と花井の足の距離、プライスレス。つまり、牙突零式の間合いの外だ。
鼻息はもう吹きかからない。けれど、マジックテープをはがす浜辺の手が少し触れるだけでもくすぐったくて、あふれ出る花井の淫らな笑い声は、エクスタシーハットのエクスタシー具合に拍車をかけた。そうして、強まるエクスタシーは、浜辺の興奮をも強めるのだった。




