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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第三章 「教導学塾」
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第三話 白い影



「あれ、どこ行った?」

「ねえ深夜、あの制服って真昼じゃない?!」


 ラウムが指し示したのは両脇をオフィスビルに挟まれた細い路地裏。深夜はその奥に入って行く制服のすそを一瞬視界に捉え、その前まで走り寄る。


「何だってこんなところに……」


 日が暮れ始めていることもあり、薄暗く見通しの悪いその狭い裏通りはチューハイの空き缶などのゴミが無造作に転がっており、深夜達のいる表通りから一転して不穏な気配を漂わせている。


「ゴミ拾いが行き届いてないなぁ……」


 ラウムは眼前の不衛生な光景に不快感を隠さず、うへぇ、と表情を歪める。


「ねえ、深夜。本当にここ入るの?」

「カラスだろ? これくらい我慢しろ」

「カラスだからって別に汚い所が好きってわけじゃないんだけどな」


 おーぼーだー。と頬を膨らませて不満を漏らすラウムを無視して、深夜はその路地裏に足を踏み入れてく。

 先ほどの制服の影は今はもう見える範囲には無く、いるとすれば更に奥だろうか。先ほど見たのは本当に真昼なのかという疑念も胸に抱きつつ、闇に眼を凝らす深夜。そんな彼の上着の裾をラウムが控えめに引っ張った。


「この先から、なんか……変な匂いがする」

「それって悪魔の匂い?」

「ううん、そういうのじゃない」

「じゃあ、ゴミの臭いでしょ」


 狭い路地に響かないように抑えた声でラウムは告げるが、そもそも場所が場所なので不快な異臭は深夜も少なからず感じている。だが、どうもラウムの感じているのはそういうモノとも違うようで。


「なんだろ……芳香剤とか石鹸の匂いっていうか……妙に小綺麗すぎる感じというか」


 ラウムが口に出したのは、この場の薄汚い雰囲気とはおよそ似つかわしくないもので、彼女自身もその明らかな不一致に違和感を覚えているらしいがその言語化に苦戦している様子だ。


「……わかった、何か気付いたらすぐに知らせて」

「了解であります」


 ラウムの言っていることはまだ要領を得ないが、些細でも違和感があるのなら警戒はおこたらない方が賢明だ。深夜はそう判断し、少しずつ路地の奥に進んでいく。


【深夜の視線の先、四つのビルの裏の十字路を横切るように特徴的な金色のラインが入った白いケープをはためかせた一人の女が現れた】


「ラウム、隠れろ! 誰か来る!」


 五メートル先の十字路を人が通る未来を視た深夜は業務用の大型ごみ箱の影にラウムを押し込み、自らも十秒後に現れるケープの女に見つからないように身を隠す。


「うぅ……この壁なんかベタベタするぅ……」

「我慢しろ……っ?!」

「およ?」


 深夜の驚愕はラウムにも伝わる。何しろ、特徴的なケープの人間は一人ではなかったのだから。

 数にしておよそ十五人ほど、フードを深く被っているので顔は見えないが体つきや服装から類推できる年齢や性別には統一性が感じられない。そして、その中に先ほど深夜達が見かけた霧泉市立中学の制服を着た少女の姿もあった。


「さっき見えたのはあの子だよね」

「ああ……だけど、真昼じゃない」


 フード越しに見える顔は遠目でも明らかに真昼とは違う別の少女だった。だが、その集団がかもし出す異様な雰囲気を感じ取った二人にはもうただの人違いで済ませることはできない。


「ラウム、アイツらは……」

「悪魔の匂いはしない。けど……」

「けど?」

「さっき言った変な匂いの出所はあの集団だ」


 今ならラウムの言っていることが深夜にもよく理解できた。あの集団が被っているフード付きのケープ、それは白地に黄金色の縁取りがされたある種の聖衣を髣髴ほうふつとさせるデザイン。しかし、それを身に纏った集団から発せられるのは無機質な冷たさ。その気配を無理やり言語化するならば、そう、やつらは病的に潔癖臭い。

 悪魔契約者ではない、だからこそ二人は目の前の集団の異質さをより鮮明に感じてしまう。機械のように画一的な歩幅、十人以上が集まっているにもかかわらずその全員が一言も発さない。隊列を組むように真っすぐ進んでいくそれは死者か人形の行進のように見えた。


「なにかを運んでる?」


 深夜はその集団の中心にいる最も背の高い筋肉質な男の肩に大きな荷物が担ぎ上げられている事に気づき、その正体を見極めようと目をらす。


「深夜、あれって、人間……だよね」


 人間の脳というのは、よくできている。ついさっきまでは暗く影になったその荷物の輪郭はあいまいだったはずなのに、ラウムの言葉が耳に入った瞬間から、視界に補正がかかり、くっきりとその正体が浮かび上がってきた。

 それはラウムの言う通り一人の人間だった。そいつだけは群衆の中にいて唯一、特徴的な潔癖じみた白いケープを身に纏っておらず、タンクトップの袖からだらりと垂れた腕には蛇のタトゥーが彫られている。


――とりあえず、こいつらと真昼は無関係。と思ってよさそうだな――


 深夜はその運ばれている人間が真昼ではない事に一応の安堵あんどを覚える。冷酷ではあるが深夜にとっての最優先事項は肉親の安全の確認だ。

 そんな中、機械的な行進を続けるケープの集団の一人、真昼と同じ制服を着た少女の首がぴったり九十度捻り、深夜達が隠れる路地に視線を向けた。


――マズい、気づかれたか?――


 深夜は呼吸を止めて、気配を殺す。最悪の場合、ラウムを武装化することも視野に入れるが、集団の動きは淀みなく十字路を横切り、画一的な歩調で路地裏から歩み去って行った。


「行ったみたい、だね」

「……っはぁ……はぁ」


 息を止めていたのは十数秒にも満たない短い時間のはずなのに肺と脳が酸素を求め、心臓が激しく高鳴る。


「何なんだよ。アイツら……」

「酔いつぶれたお友達を介抱してあげてた、って雰囲気じゃないよね」


 深夜に押さえ込まれていた体勢から解放されたラウムはその場で立ち上がり、ケープの集団の去って行った方角を見つめて呟く。順当に考えれば深夜達が目撃したのは集団による誘拐の現場と言ったところだろうか。もちろん、それも推測の域を出ないのだが。


「ラウム……お前は、アイツら、どう思う?」


 深夜は今更ながら足に重い疲労を感じ、しゃがんだ姿勢のままラウムを見上げて問う。それに対する相棒の答えは深夜の抱いたものと同じだった。


「よくわからない。けど……すっごく気持ち悪くて……苦手な感じ」


 ◇


 翌日の朝、深夜は教室に入るや否や既にいた和道を捕まえ、他の生徒のいない階段の踊り場に連れ出した。理由はもちろん、先日の謎のケープの集団に関する話をするためだ。


「御城坂の奇妙な白ケープの集団? なんだよそれ、新手あらての都市伝説か?」

「少なくとも実在するのは俺とラウムが確認済み」


 突然の突飛とっぴな話題に和道は面食らったように茶化しを入れるが、深夜が冗談に付き合う気が無いと察し、腕組みをしながら返答する。


「俺もそんなヤツラの話は初めて聞いたな……その集団が悪魔と関係してるかもって話か?」

「まだ確証は無い、というか現状は白寄りのグレーって感じ」


 ラウム曰く、少なくとも昨日見た集団の中には悪魔も悪魔の契約者もいないという話だ。一応、その後もラウムの言う『変な匂い』を頼りに御城坂を探ってみたが成果は無く、それどころか真昼の方が先に家に帰っていて逆に遅くなった理由を糾弾きゅうだんされかけた。

 揚げたてのフライドチキンが無ければ機嫌を直してもらうことはできなかっただろう。


「でもなぁ、御城坂は俺も最近は全然行ってねぇし……あ、ちょうどいい所に」

「何か心当たりあるの?」

「いや、俺じゃなくて。おーい! ヒナちゃん! ちょっといい?」


 そう言うと和道は踊り場から大声を張り上げ、下の階の廊下を歩いていた若い女教師を呼び止めた。


「もう、だから。先生を付けてっていつも言ってるじゃない」


 和道に呼び止められたヒナちゃんこと、大賀比奈先生は少しばかり疲労の混じったため息をつきながら訂正する。とはいっても、められているわけでは無く、この愛称は生徒達が彼女に年齢の壁を感じずに慕っているからこそなのだが。


「先生、ちょっと目の下クマになってるけど、大丈夫ですか?」

「あぁ……うん。はは、まさか一年目から担任を持つことになるとは思ってなくて……あ、ごめんなさい。生徒に言う事じゃなかったわ。忘れて」


 そう、彼女は今年の四月から黒陽高校で教鞭を取る事になった新任教師にも関わらず深夜達一年三組の担任を務めていた。

 というのも、先月までは彼女は深夜達の副担任だったのだが、元担任の三木島が深夜との戦いの末に意識不明の重体となったことで急遽彼女が繰り上がりで就職一か月にして担任教師としてクラスを受け持つことになってしまったのだ。


「手伝えることがあったら俺や神崎が手伝うから、何でも言ってくれよな」

「ありがと。それで、急に呼び止めて何の用? もうすぐ始業の時間だからあまり時間は取れないけど」

「大賀先生って御城坂に住んでますよね? その……最近変な奴らの話とかって聞いたりしませんか?」


 チラリと手首の腕時計を確認する大賀先生に深夜達は単刀直入に要件をぶつけた。一方の大賀先生の方は質問を促したはいいが投げかけられたのがおよそ予想していなかった内容故か、思わず目を細め怪訝けげんそうな表情に変わる。


「質問の意図が読めないのだけど、変な奴って具体的にどういう話をしているの?」

「えっと、白いケープを着た年齢も性別もバラバラの集団、といいますか」


 深夜がそこまで言うと、大賀先生は思い当たるものがあったのか「あー」と逡巡しゅんじゅんする素振りを見せてから周囲を見回し、声を潜めて答えてくれた。


「それ、多分『教導学塾きょうどうがくじゅく』の人達ね」

「教導、学塾?」

「塾って、勉強する、あの?」


 大賀先生の言葉を復唱して首を傾げる深夜に代わって、和道がその詳細を確認する。


「うん……一応は、ね」


 深夜はてっきり、あの特異な風貌から新興カルトの一つかと予想していたのだが、その名前の通り学習塾の生徒達だったようだ。だが、大賀先生のリアクションはとても普通の塾に向けるものとは思えない。そこも踏まえて、掘り下げようとした深夜だったがその言葉が口を付くよりも先に予鈴が鳴った。


「ちょっと私の立場的にこれ以上の事は言えないから、後はネットで調べてみてくれないかしら。多分すぐに出てくると思うから」


 大賀先生は無理やり会話を断ち切るように早口でまくし立てて、教室に向かいきびすを返した。今度は深夜達が怪訝な表情を浮かべる番となり、眉をひそめて顔を見合わせる。


「ただの塾、ではないってことだよな。なんか、思ったよりヤバそうじゃないか?」

「……はぁ、面倒くさいなぁ」

「ほら、私より後に教室に入ったら遅刻扱いにするわよ」


 そして、一足先に教室に向かっていた大賀先生は一向に動かない二人に振り返って急ぐように促す。


「あ、ちょっと待ってよ、ヒナちゃん!」

「だから、先生をつけて! あと、ちゃんと待つから廊下は走っちゃだめよ」


 早歩きで教室に向かう道すがら、深夜は一つの可能性を考えていた。


――教導学塾……昨日俺達が見たのが本当に誘拐の現場だったんだとしたら――


 深夜の脳裏に想起されるのは『真昼と同じ制服を着た少女』。


――霧泉市に住む俺達には無関係、とは言い切れないのかもな――


 そんな、嫌な想像を頭の片隅に、深夜はその日の授業を受けるのだった。


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