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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第三章 「教導学塾」
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第二話 兄、妹、居候


「おおぉ! ここが御城坂《みしろざか》かぁ、霧泉市より都会って感じ!」


 改札を抜けて、駅から駆け足で太陽の下に飛び出していったラウムはきょろきょろと御城坂市の街並みを見渡し感嘆《かんたん》の声を上げた。


「田舎者みたいなリアクションを……」

「ラウムさん。一人で行くと迷子になるよ」


 そして、そこからすこし遅れて深夜と真昼が駅前の広場に出て、リードを放された子犬のようにあちこち動き回るラウムに駆け寄るのだった。


「深夜ー! 真昼ー! 早く早くー」


 深夜と真昼の兄妹は学校の授業を終え、そのまま駅前に集合して訪れたので制服姿のまま。唯一ラウムだけが私服姿なので三人が並ぶと妙なミスマッチ感が出てしまう。


――俺も久しぶりに来たけど、やっぱり人が多いな、御城坂は――


 駅前のロータリーでは市営バスを待つ人や、何か熱く語っている政治家とその支持者らしい人だかり、深夜達と同じく他の町から遊びに来たと思われる制服姿の学生達などバラエティに富んだ人々で賑わっている。

 あまり騒がしいのを好まない深夜はこの街に来る度に通りを歩く人の密度を霧泉市と比較してうんざりとした気分になるのだが、今日に限っては妹の前でそういう顔をするわけにもいかないので必死に堪《こら》えている。


「そういえば、部活は大丈夫なの? いつもなら放課後は遅くまで練習してたと思うけど」


 インドア派かつ、中学校から現在進行形で帰宅部の兄とは対極的に、真昼は中学校では一年生の頃からテニス部に所属し、三年になった今では主将を務めているバリバリの体育会系。なので、放課後はてっきりテニス部の練習で忙しいと思っていたのだが、深夜はそんな疑問を投げかけたのだが、真昼は答える代わりに大きなため息をつき、深夜を半目で睨《にら》むように見上げた。


「霧泉市の学校は全部、一学期の間は放課後の部活動が全面禁止になってるの、知らないの?」


 そこまで言われて、深夜は半月前の三木島との一件を思い出す。


「あぁ……連続襲撃事件の……」

「そ、兄さんの学校の先生が犯人。だったんでしょ?」


――襲撃事件自体は俺が犯人だけど……――


 正確には三木島に唆《そそのか》されて悪魔と契約していた黒陽の生徒との戦いの結果。なのだが、世間的には『黒陽高校の教員が生徒を襲った連続襲撃事件』として扱われている。

 しかしながら、当の深夜本人も自分の戦いの結果がまさかそのような形で妹に影響を与えているとは思ってもいなかった。


「放課後の部活動が無くなっているのは知ってたけど、てっきり黒陽だけの話かと」

「襲撃事件のあとも、ファミレスのガス漏れ事故とか、児童保護施設の門にトラックが突っ込んだって話とか、色々と物騒だから、ってことで延長になったんだよ」

「……へぇ……そうなんだ」


 真昼が口に出したその二つの事件にも実は兄が関わっている、とはとても言えない。しかし、雪代が必死になって辻褄合わせを考えた協会の情報操作のおかげで一般人視点ではちゃんと悪魔の事は隠し通されているということも再確認できたのは嬉しい収穫だ。


――しかし、あの集団昏倒はガス漏れってことになってたのか――


「そういうわけだから、一学期の間は放課後の予定が無くて暇なの」

「なるほど」


 中学生活最後の部活動がそう言う形で制限されるのは忍びないが、一市民に過ぎない深夜が学校の方針に口を出せるわけもないので、それ以上は真昼の部活については言及しないことにした。


「それに、私も久しぶりに息抜きしたかったから」


 だから、その言葉を発した瞬間に真昼が見せた疲労の色の真意も、あえて問いただすようなことはしなかった。


「そうだな。あの事故から二か月、真昼にも色々と苦労させて悪いね」

「いや、家の事はそこまで気にしてないよ。確かに、お母さんは偉大だったんだなぁ、と思うことはあるけど。ほら、いつまでも喋ってないで行こう、ラウムさん待ってるよ?」


 真昼は会話の流れを断ち切るように待ちきれなくなったのか既に歩き始めていたラウムを指さす。


「二人とも、早くしないと日が暮れちゃうよ!」


 ラウムは大きく手を振り、ぴょんぴょんと跳躍しながら周囲の人間が何事かと振り返るほどの声量で二人に呼びかけている。初めての地での買い物がよほど嬉しいのか、いつにも増してテンションが高い。このまま放置すると手が付けられなくなる気がした深夜は、彼女を呼び戻すために声を張り上げた。


「お前、店の場所知らないだろう!」

「……っは! そうだった!」

「とりあえず、戻ってこい」

「了解! ビシッ!」


 無駄に姿勢の良い敬礼をしてから駆け寄るラウム。


【彼女は走り寄ってきた勢いに任せて深夜に抱きつこうとする。】


 そんな未来が左眼に見えた深夜は両手を開いて抱きつこうと突進してきたラウムの額に手刀を打ち込んで押さえ込んだ。


「勝手に動くな。大人しくついて来い」

「いったぁ! まだ何もしてないのに!」

「何をしようとしてたのかは視えてるんだよ……」


 今日一日このテンションのラウムに付き合わないといけないのか。と深夜は心の中で愚痴《ぐち》る。真昼が一緒にいなければ間違いなく帰っていただろう。


「それで、今日の予定ってどういう感じなの?」

「あ、そういえば私もマグカップ以外は何買いに行くのか聞いて無い!」


 深夜が本日の買い物の発起人《ほっきにん》でもある真昼に確認すると、ラウムも釣られるように彼女に期待の目線を向けた。


――いや、なんでお前が知らないんだよ――


 と言いたくなったが話が横道に逸《そ》れる確信があったので堪える。


「とりあえず、雑貨屋さんに行ってラウムさん用のマグカップとかお箸とかを揃えてから、アウトレットモールでラウムさんの服を選ぶって感じかな。ラウムさん、古着しか持って無いらしいから」


 真昼はスマホのメモ帳に記した買い物リストを見ながら、今日のスケジュールを軽く説明し、ラウムに――正確にはラウムの服に目を向ける。黒いボブヘアと対照的な白いノースリーブのサマーニットに紺色のジャケットを、肩を出すように中途半端に袖を通す形で羽織っている。この格好はラウムのお気に入りなのか、深夜が一番よく見る服装だ。


「そういや、気にしてなかったけど、ラウムの服って今までどうしてたの?」


 有事以外はラウムとはあまり干渉しない関係を維持してきた深夜だが、記憶を思い返せば、何着か私服のバリエーションがあったような気がする。もちろん、深夜が彼女に買い与えたりしたということは今までない。


「えーっと……この服とかは友達のお姉ちゃんのお古を分けてもらったやつで、他にはボランティア先で集めた古着の中で気に入ったのを何着か貰って着てるよ」


 ラウムの答えは深夜の予想の斜め上をいった。


「……ボランティアってなんだよ?」

「深夜が学校行ってる間ヒマだから、町内会の人達とゴミ拾いとかリサイクル用の古着回収とかしてるんだよ」


 言ってなかったっけ? というような態度だが、もちろん深夜はそんな知らぬ間にご近所様と交流を深めていたなんて話は初耳だ。


――悪魔がゴミ拾いのボランティアをしてるなんて雪代が聞いたらなんて言うんだろうな――



 ◇



「いやぁ、いっぱい買った買った! ラウムちゃん大満足」


――買いすぎだよ……重い――


 数時間にも及ぶ長考の果てに選ばれた品物たちが詰まったビニール袋の重さを両手に感じながら、深夜は楽しそうに先を行くラウムと真昼の後ろを歩いていた。


「た、確かにちょっと買いすぎたかも、っていうか。本当なら私の服とかは買う予定じゃなかったんだけど……」

「あのスカートは可愛かったからね。真昼が我慢できないのも仕方ないよ。うんうん、ラウムちゃんが許す」

「兄さん、今月の生活費……大丈夫そう?」

「ぁあ……うん?」


――ヤバい、重すぎて話聞いてなかった――


 今更かもしれないが、小学生時代から体育の成績だけは平均以下を維持し続けている深夜に対して、運動部の主将を務めている真昼と人外の悪魔が実体化した存在であるラウム。誰が一番非力か、と聞かれれば間違いなく深夜だ。だが、その事実を口に出すのは兄の沽券《こけん》に関わるのでぐっとこらえる。


「兄ちゃんは強いから大丈夫……安心しろ」

「え? ……あぁ、わかった。兄さんがそう言うなら」


 兄としての威厳と男子のプライドがひねり出した精一杯の虚勢。もっとも、微妙に妹の質問の答えとしては噛み合っていないのだが。


「あ、そうだ、真昼」

「ん? 何?」

「せっかくだし、晩飯は何か食っていかないか?」


――一旦、どこかに座って体力の回復を図る!――


「ソレは賛成、どうせ家に帰ってもあるのはレトルトカレーか出来合いのパスタだけだもんね」


 数時間の歩きっぱなしの結果、棒のようになりかけている足を回復させるための提案ではあったが、時間的に夕飯時なのもまた事実。そこに兄妹揃って料理のスキルが致命的に欠けていることも相まって、反対意見は上がらなかった。


「食べたいものとかあるなら遠慮なく言えよ……予算の範囲内で、だけど」

「えー、深夜。ラウムちゃんには聞いてくれないの? ラウムちゃん寂しい、ショボン」

「居候が厚かましい」


――お前は悪魔だからそもそも食わなくてもいいだろうが――


とはいっても、ラウムが神崎家に住み着いて以降は真昼が不信感を抱かないように深夜達と同じように食事を摂っている。本人曰く、消化した食料は髪の毛一本分くらいの魔力にはなっているらしい。


「食べたいものかぁ……あ、じゃあフライドチキンのパーティーバーレルを買って帰りたいかな」


 わずかな悩む素振りの後に真昼が出した答えは深夜の目論見から外れるものだった。


――持ち帰りだと帰りまでの荷物が増えるだけで全く休めない――


「……クリスマスはまだだいぶ先だぞ?」

「兄さん、チキンはクリスマスじゃなくてもいつだって美味し…………あっ」


 フライドチキンの素晴らしさを兄に説こうと振り向いた真昼の目が見開かれ、深夜の肩越しの奥に釘付けになり、兄妹の他愛もない会話はそこで途切れた。


「なんだよいきなり」


 そのただならぬ雰囲気に気づいた深夜はその場で振り返ってみるが、そこにあるのは深夜達と同じくこれからそれぞれの帰路につこうという会社員や学生の人混みだけで、真昼が何を見つけたのか皆目見当がつかなかった。


「真昼? どうかしたか?」

「ゴメン! 兄さん、ラウムさん。ちょっと急用を思い出したから、先に帰ってて!」

「あ、おい!」


 真昼は一方的にまくしたてて深夜の隣を走り抜けていった。両手に中身の詰まったビニール袋を提げていた深夜では彼女に追いつくことはできず、妹の背中が人混みの中に紛れて消えるのを見送る事しかできなかった。


「なんだよ……いきなり」


 何かに突き動かされるような妹の豹変ぶりに困惑してしまう深夜はそんな疑問を漏らすが、当然答えは返ってこない。


「彼氏さんでも見かけたとか?」

「ラウム……お前、冗談でもそんな恐ろしいことを言うな」

「深夜、声が震えてるよ」


 深夜の脳裏によぎる、見知らぬ男に微笑みかける妹の姿。

もちろん、ラウムがいつものように適当な事を言っていることは分かっている。だが、真実を確認するまではその可能性は常に存在するわけで。


「この荷物半分持って」

「え? 深夜まさか……」


 深夜のやろうとしている事を察し、珍しくラウムの表情が困惑の色に染まる。


「真昼の後を追うよ」

「……マジ?」

「マジ」


 そう言うや否や、深夜は手に持っていたビニール袋の半分を無理やりラウムに押し付け、真昼が消えていった人混みに向かって動き出していた。


「ちょっと深夜! 過保護も度が過ぎると真昼に嫌われちゃうよー」

「真昼のためになるなら嫌われても構わん!」

「なんか、いつもとキャラ変わってない?!」


 普段とは比較にならないやる気を発揮している深夜に戸惑いつつ、ラウムもその後を追うのだった。


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