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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第三章 「教導学塾」
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第一話 くれぐれも!


 今年の梅雨は深夜の知らぬ間にどこかに消え去ってしまったらしい。

 朝の天気予報が一向に梅雨入りを告げないまま六月は二週目の半ばに差し掛かり、気温は早くも一部では夏日を記録し始めていた。霧泉市むせんしは周囲を山に囲まれた立地上、夏は非常に暑くなる。これからどんどん寝苦しくなるのかぁ、と思うと睡眠が人生最大の生きがいである黒陽高校の一年生、神崎深夜かんざきしんやはため息が漏れるというものだった。


「あぁ……、やだなぁ、夏」


 教室から出てすぐの廊下の窓際にもたれかかった姿勢で、深夜は画面に『雪代紗々(ゆきしろさしゃ)』と表示しているスマホを耳に当てる。


「はい、もしもし」

『こんにちは、神崎さん、今は授業中でしたか?』


 丁寧な物腰ながらも芯を感じさせる女性の声。深夜に気を使ってというわけではなく、ただの確認以上の意図が無い質問。実に雪代らしい話し方だなと深夜は再認識していた。


「いや、今は昼休みだけど。いきなりどうしたの?」


 現在、深夜達の住む霧泉市を離れて、国内の悪魔(はら)い達の総本山『協会』の日本支部にいるはずの彼女がわざわざ直接電話をかけてきたことを不思議に思う深夜だったが、雪代はそんな深夜の態度こそ不思議だと言わんばかりに短い嘆息たんそくを交えて返す。


『神崎さんと和道さん。と言うよりはラウムとセエレに関する現状確認ですよ』

「現状確認って、なんでさ?」

『貴方は自分達が私の監視対象である自覚がないんですか……』

「ああ、そういう」


 深夜はのんびりと納得の声を上げる。


『それで、悪魔達はどうですか?』

「ラウムはいつも通りやかましい。セエレは、なんか知らない間に和道の家に居候いそうろうすることになってたけど」

『はぁ?!』

「突然大声出さないでよ……」


 スマホから耳を少し離して、耳鳴りが止むのを待つ。


『居候ってどういうことですか! ご両親が入院中の神崎さんと違って、和道さんは普通に保護者と生活しているはずですよね。彼はなんと説明しているのですか』

「俺もそこに関しては突っ込み入れたんだけど、なんか『家庭の事情で家出中だから、しばらく居候させたい』って言ったら落ち着くまで面倒を見るって話になったらしくて」

『セエレが悪魔じゃなかったら未成年略取で犯罪ですよ……』


 セエレは()()()()なら十歳の少女なので、雪代の言っている事はもっともではあるのだが、そもそも深夜も和道も既に不法侵入やら器物破損やらと日本の法律的にアウトな身なので今更感も否めない。


「そこは、あの和道を産んで育てた人だから、仕方ないよ」

『あー……ハイ』


 この一言で納得できてしまうのもどうかと思うが、長年の付き合いのある深夜だけでなく、つい数日前に特大の『お節介』を見せつけられた雪代も諦めたような納得の声を出す。


『ま、まあ。私が霧泉市に戻るまでの一週間、問題を起こさなければ多少のことは構いません』

「え? 一週間もかかるの? 数日って話じゃなかった?」


 元々は第一級悪魔契約者である『蒐集家コレクター』を日本支部に護送ごそうと確保に関わる報告が主、と言う話だったので深夜もまさか一週間以上も戻ってこないとは思っていなかった。


『私もすぐに戻るつもりだったのですが少し事情が変わりまして、私の悪魔祓いとしての先輩に当たる人が魔導書の原典の売買に関する情報を掴んでいたらしく、それを調べてから戻る予定です』

「魔導書の原典……霧泉市で配られているコピーの大本?」

『その可能性は十分あります』


 その情報は雪代にとっても寝耳に水だったらしく、電話越しに重くうなずく彼女の声から深夜も事の重大さを理解する。


「その魔導書の原典ってやつを誰が買ったのかが判れば、直接乗り込んで確かめられる。ってことか」

『ええ、そうなります。末端から聞き出していくよりも確実でしょう。ただ、あの人そういう報告書とか情報共有が非常に雑なので……しばらくかかりそうでして』

「それで時間がかかるってわけだ」


 そういった事情ならば深夜としてはむしろありがたい。


「優秀な人なので情報の精度は高いと思うのですが、いかんせん報告書が適当で……本当にこういう所をちゃんとしてくれれば出世するのに」


 珍しく雪代が『協会』についての愚痴を漏らしてはいるが、深夜に取っては他の悪魔祓いの人柄などは全く興味が湧かない。それどころか、放っておくと昼休みが愚痴の相手で終わりそうな予感がしたので無理やり話題を変えることにした。


「それにしても、魔導書ってもしかして俺が思っているより世の中に出回ってたりする?」


 深夜はトンネル事故の日にラウムと出会うまでそんなものが実在するなど欠片も信じていなかった。しかし、それから三か月にも満たない短い間に彼は、魔導書のデータを黒陽の生徒にバラ撒いていた三木島大地みきしまだいちとの死闘を繰り広げ、悪魔の異能を宿した魔道具の『蒐集家』である在原恵令奈ありはらえれなとセエレの逃走劇に巻き込まれたわけだ。そして、更に三木島達に魔導書のコピーを与えている誰かも潜んでいる、と来た。

 霧泉市という小さな街でさえ、こうも連続して悪魔絡みの事件が起こっているとなると、改めて自分が思っている以上に世の中には悪魔とそれに関わる事柄が暗躍あんやくしているのではないか、と言う不安がよぎってしまう。


『そうですね、魔導書それ自体がある意味では歴史的価値のある古書だったりするので表、裏を問わず好事家こうずかの間で取引されることは珍しくありません。ですが、実際に手にした人間が悪魔を呼びだす、となるとかなりのレアケースになるので安心してください』

「そうなんだ」

『悪魔犯罪自体が通常の犯罪のおよそ0.01%程度の発生率ですから』


――普通の犯罪の比率をそもそも調べたこと無いんだけど……――


 比率だけなら悪魔が事件を起こすこと自体はかなり希少な出来事、という感じだが、ソレはソレで今度はその0.01%に続けざまに巻き込まれている自分はどうなるんだという気がしなくもない。


「まあ、いいや。とりあえず、その魔導書の取引に関しては雪代に任せるよ」

『わかりました。こちらで調べて得た情報は霧泉市に戻り次第共有します』


 悪魔に関する情報収集に関しては深夜個人の力では協会という組織には遠く及ばない。適材適所、として深夜は魔導書に関する調査を雪代にゆだねることを決めて、通話を終えようとするが、その気配を察した雪代が改めて警告する。


『再三ですが、私が戻るまで余計なことはせずに大人しくしていてくださいよ』

「なんだよ、余計な事って」

『二人で先走って魔導書をバラまいている相手を探したり、あるいは他の悪魔契約者に喧嘩を売ったりしないでください。と言う意味ですよ。流石にその場にいなければかばうこともできませんからね』


 雪代は言い聞かせるように深夜に語気を強めて深夜に釘を刺す。


「分かってるよ……面倒くさいのは嫌だから」


 深夜はいつもの口癖を呟いて通話を終えた。


――俺だって好き好んで悪魔契約者どもと戦ってるんじゃないんだけどな――



 通話を終えてスマホを耳から離し、その画面を見る。

 昼休みの終わりを告げる予鈴まであと十五分と言ったところ。


――よし、寝れる――


 既に昼食を終えていた深夜は大きくあくびをしながら、残った時間を仮眠に当てるつもりで教室に戻ったのだが、その目論見は彼の友人によって出鼻からくじかれた。


「俺の机で何やってんのさ?」

「勉強会」

「一人でやるのを勉強会とは言わないでしょ」


 深夜の唯一の友人であり、先ほど雪代との会話にも出てきたもう一人の悪魔契約者、和道直樹は絆創膏だらけの顔を深夜の方に向けず、自分の席から持ってきたらしい椅子に座り、深夜の机の上に置かれたスマートホンの画面を熱心に見つめている。


「寝るから、そこ退いて」

「そんな、殺生な! 頼む、古文を教えてくれ! この動画も何言ってるのかさっぱりわかんねぇんだよ!」

「古文って……まさか、さっきの小テスト?」


 和道が深夜に泣きついてきた心当たりは一つ、四限目に返却された古文の小テストが原因だろう。たしか、十点未満の生徒は週明けの月曜に再テストだ、と定年間近らしいごま塩頭の教師が言っていたことを思い出す。


「……何点だったのさ?」

「三点!」


 ちなみに小テストは三十点満点で、問題数は十問だった。


「あのセンコー、再テストの度に問題作り直してくるんだぜ。酷くね?!」

「むしろ、仕事熱心な良い教師だと思うけど……」


 答案を丸暗記したところで期末テストの時に泣きを見るだけだろうに。


「だからさ、今日の放課後に勉強付き合ってくれ……」

「ああ、なるほど。でも、悪いけど今日は無理」


 深夜は、おおよその事情は理解したが、バッサリと和道の頼みを断り、和道の対面に座って机の上に置かれたスマホを強引に押しのける。


「なんでだよ!?」


 断られると欠片も思っていなかったらしい和道が目を見開いて驚愕した。


「なんでって、今日の放課後は用事があるからだけど」

「お前が暇じゃないなんて珍しい……」


――随分と酷い言いぐさだな。いや、割と事実だけど――


 深夜は同年代と比べて友達も少なければ、基本的には無趣味と呼ばれる人間だ。何もない日は大体家に直帰して、その日の授業の予習と復習だけして寝て過ごすのが深夜の理想の放課後の過ごし方でもある。だが、そんな彼にも何にかえても優先する事項もあるのだ。


「真昼と御城坂みしろざかに買い物に行くんだよ。だから無理」

「御城坂まで? 何を買いに?」

「ラウムの生活用品」


 御城坂市みしろざかしは霧泉市から電車で二十分ほど離れた所にある都市だ、大型の複合商業施設や、映画館などの娯楽、専門性の強い店など霧泉市には無い物が数多く存在するほか、深夜の父を含めた多くの大人達の勤務先でもあるこの街は霧泉市民にとっては切っても切り離せない関係にある。

 今まではラウムを神崎家に住まわせていなかったので必要なかったのだが、五月の三木と島の一件の際、二人の生活拠点が異なった結果、非常に面倒くさいことになった苦い経験があった。その件を反省した深夜は、六月からはとりあえず両親が退院するまでの間はラウムを同じ屋根の下で住まわせることにしたのだ。


「あれ? でもなんでラウムの物を買うのに深夜と真昼ちゃんなんだ?」

「それは単純に当初の予定はラウムと真昼が二人で買いに行くはずだったから」


 実は深夜自身もそのことを知ったのは昨夜のことで、やけに上機嫌だったラウムを締め上げてみたら『真昼がマグカップ買ってくれるって言ってくれて』と白状したのだ。


「……つまり、お前が強引に割り込んだ形、と?」

「真昼とラウムを二人きりで行かせたくないから」


 あと、ラウムの物を買うのに真昼のお小遣いを使わせるのは忍びないので、どうせならと生活用品をまとめて両親から預かっている生活費で買い込むことにしたのだ。


「なんつーか。あんまり干渉が過ぎると嫌われるぞ、シスコン」

「誰がシスコンか」


――大事な妹を悪魔と二人っきりになんかできるわけないだろ――



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