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お龗(おかみ)なんて怖くない  作者: 八兼信彦
13/19

#3 妹なんてこわくない(1)

 放課後。

 昇降口に集合と言われていたので、駕木雪花のぎせっかは靴を履いて待っていた。

 綿津見園わたつみえんの桂は、まだほの白い。


 綿津見園とは、昇降口はいってすぐの、吹き抜けの中庭である。

 八方をガラスに囲まれた柱状の空間で、桂の古木が植えられていた。

 太い幹が、もつれあいながら天へと伸びる様は勇壮だ。


 彩光も考えられているらしい。

 朝は東向きの昇降口から、直接陽が注がれる。

 昼以降も、ガラスがうまく反射して、根本まで明るかった。


 綺麗なのが夕方である。

 夕日が校舎の裏へ沈むときは、根本まで赤く染まる。

 薄暗い校舎のなか、赤く浮かび上がる桂はちょっと幻想的であった。

 雪花は、その光景が大好きだった。


 しかしいまは、そんな余裕などない。

 尾籠びろうな魔女から兄を奪いかえす、その敵愾心てきがいしんに燃えていた。


(そもそも! お兄ちゃんとこの学校と、どういう関係があるのよっ)


 昼に言いくるめられてしまった自分が不甲斐なかった。

 ひとり雪花が息巻いていると――


 従僕のように、駕木のぎ家込かごめを引き連れて、女王よろしくあらわれた香坂は――

 雪花をみつけると親しげに微笑んだ。

 そうして、仁王立ちして待ち構える雪花に、


「こっちよ」


 と校舎へ手招きした。


「え?」


 腰砕けになる雪花。

 どうやら外に行くのではないらしい。

 しかたなく、いそいで、雪花はふたたび上履きに履き替えた。

 そして頬を膨らませながら、


「どこへ行くんですか?」


 と訊いた。

 だが香坂は、うーん、と頭をひねらせてから、


「説明がしにくいの」


 とこたえると、また廊下へ戻っていった。

 兄や家込に視線を送ったが――

 従僕たちも同じ情況らしかった。



  *



 職員室の前を抜けて、用務員室の隣の階段へ着いた。

 地下階はないのだが、ここだけ階段裏が2、3段低くなっていた。


 狭い物置きスペースだった。

 壁には「ボイラー室」と書かれた扉があった。

 香坂は鞄のポケットから鍵を取り出すと、ボイラー室を開けた。


 配管が巡らされ、狭く、蒸し暑い部屋であった。

 低くうなる電動機器が、ひどく耳障りである。


「ここに、入るの?」

「ええ、そうよ」


 香坂は平然と入っていく。

 しかしとても、人間が4人も収まるようには思えなかった。

 香坂は配管の下をくぐって、すいすいと進んでいった。

 奥までゆくと、今度は屈んで、両腕を突っ張った。

 重たそうな蓋を、ずりずりこじ開ける音が聞こえた。


「ここからは、梯子。駕木くんは、最後に降りてきてね。下から覗かれたら、みんなも心外でしょ?」


 香坂に釘を刺される。

 この理解不能な情況で、よこしまなど起こすわけもないが、


「わ、わかってるよ」


 と駕木は紳士的に返した。


 地下へつづく梯子は、5メートル程度だろうか。

 すこし深いが、いつもタンク塔に登っている駕木たちには、なんでもない。

 地下は、コンクリートで固められた狭い部屋だった。

 いや、廊下だった。

 細い一本道は長く、また別の扉へと続いていた。

 今度は、重たそうな鉄扉である。

 しかし蝶番には油が射されているのか、軋むことなく開いた。


 小部屋であった。

 教室の半分くらい、20畳ほどだろうか。

 天井の高さも、ほぼ教室とおなじだった。

 ここもコンクリートに覆われている。

 息が詰まりそうな閉塞感があるが、通気口らしき穴と、エアコンまであった。


 異質なのは、小さなほこらが建っていることだった。

 祠の手前には、鳥居まで設えてある。

 そして祠と鳥居のあいだの床には、幾何学模様が白線で描かれていた。

 それはいくつもの円で構成された神聖幾何学と呼ばれる図形――

 『生命の花ライフ・オブ・フラワー』であった。


「ここは?」

「見ての通り、神社よ」

「神社? 学校の地下に?」

綿津見わだつみ神社というの。神社庁には属していない、私設神社よ」

「そんな勝手に神社とか作っていいの?」

「神社庁に属していない神社なんて、たくさんあるわ。それに――」


 香坂は不敵に微笑んで続けた。


「ここには太古から、綿津見神社が鎮座していたの。管理者不在で荒れていた土地を、神社ごと買い取って、この学校は建てられたの。だけどこうして、神社だけは残してある。ここは、人々から忘れられた神社よ」

「そんなことって――」

「結構あるのよ。もちろん、祠は新しいものだけど、磐座いわくらは当時のまま」

「イワクラ?」


 みれば床に描かれた図形の、中央にある6枚の花弁が描かれた円に、岩が埋め込まれていた。そこだけこんもりと浮き上がっている。


「古代祭祀では、神が宿るという霊石を祀ったの。そうした岩を、磐座いわくらというわ」

自然崇拝アニミズムってやつ?」


 駕木は、歴史の授業の記憶をたぐった。

 たしか縄文時代における、原初的な宗教とか言っていたはずである。


「自然物や自然現象そのものに、祈りを捧げたり、感謝をするの。だから磐座っていうのは、神社そのものより歴史が古かったりするのよ。駕木くんは、しめ縄が掛かっている岩とか見たことない?」

「んー」


 あるといえば、あるような、ないといえば、ないような。

 そもそも神社といえば、お正月に本殿に参拝して、おみくじをひいて、出店を堪能して帰るくらいのイメージしか、駕木にはなかった。

 けれども――


「じゃあぼくたちは、神社の上で生活してたってこと? それって罰当たりなんじゃ……」


 神社や墓場の祟りは、駕木にだってわかる。

 神さま仏さまに、失礼をしてはいけないというのは、誰もが教わるものだ。


「この上は、ちょうど吹き抜けになっているの」

「え……それってもしかして、綿津見園――」

「ええ、そう」


 校舎内で、吹き抜けといえば、そこしかない。

 確かにそこならば、生徒は立入禁止で、常に鍵もかかっている。

 でもまさか――


「綿津見園の真下が、神社……?」

「知りませんでしたぁ、あんなに大きな木があるのにねぇ」


 家込も目を丸くしている。


「桂は、移植たらしいわ」

「よくやるよ……」


 駕木はすっかり呆れていた。

 ただ雪花だけは、


「だからなんなんですか? それがお兄ちゃんとどういう関係があるんですか?」


 と苛立たし気であった。


「説明するより、体験してもらったほうが早いわ」


 香坂は一礼をして鳥居をくぐると、祠に掛けられた鈴を手にする。

 三つの鈴が繋がった、トライアングルのような鈴である。

 それは『五十鈴いすず』といわれるものであった。

 香坂は五十鈴をひとつずつ両手に持つと、しゃんしゃんとかき鳴らした。

 冷たいコンクリートの壁に、鈴音が幾重も反響する。

 三半規管がうっとりと酔うような心地良さがあった。


「みんなも、こっちにきて」


 鳥居のまえで躊躇していた3人だったが、香坂にいわれるとみなも一礼をして、鳥居をくぐる。

 そこはもう、幾何学模様のなかであった。


「この磐座が要石かなめいしなの。だからずっと触っててね。放しちゃダメ」


 言われるまま、磐座にそっと手を触れる3人。

 殺風景な室内にあっても、なぜかその磐は温かく感じられた。

 固くざらざらとした表面に変わりはないのだが――

 触れていると、どこか柔らかく、温かく、包まれるような気がするのだった。


「不思議……」


 感覚が共有されているのか、雪花のほうが先にそう言った。

 香坂は鈴を置いて、祠の前に立つ。

 3度、深々と礼をしてから、柏手を3つ叩いた。

 さらにその掌を天井へと向けたまま、深く静かに呼吸をした。

 最後にゆっくりと息を吸うと――こう唱えた。


『トホカミヱヒタメ

 アイフヘモヲスシ

 ヤキヌエコヨユイ

 ハチムネオソツナ

 マニウテケロンサ

 ラリクセレノルワ』


 一音、一音、はっきりと、明瞭に、発していった。

 呪文なのか、祝詞なのか、真言なのか、誰もわからなかった。

 唱えおわると、香坂はまた同じように3回お辞儀してから、3度柏手を打った。

 そうしてゆっくり呼吸をしてから――振り返った。


「じゃあ行きましょう?」

「え? 行くって、どこへ?」


 駕木がきょとんとして、目をくりくりさせていると――


「『』の国、かしら」


 香坂がそう返したところで、駕木の意識は急に遠退いた。

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