#2 幼馴染なんてこわくない(4)
*
視線が突き刺さる。
もちろんそれは、となりに香坂がいるからである。
「平和っていうのは……」
「なあに、駕木くん」
「薄氷のように、わずかな均衡の上になっていたんだね」
「お弁当どこで食べよっか?」
駕木の感傷よりも、当面のお昼が気がかりな香坂。
昼休みはどこも人で溢れていた。
落ち着いて食べられる場所を探していたが――
うわさが蔓延している校内では、事実を振りまいているだけで。
ふたりは弁当ジプシーとなっていた。
そこでふたりは屋上の給水タンク塔にやってきた。
家込の占有地であるここには、誰も入ってこない。
「やあアイス、ぼくたちもいい?」
「いらっしゃい」
ゆっくりとお弁当を食べていた家込は、自宅のように招き入れた。
正午過ぎともなると、タンクの影はあまりないが。
それでも3人がお弁当を広げるくらいの幅は、確保できた。
「思ったより涼しいのね」
風になびく髪が煩わしくなって、香坂は後ろにまとめた。
ふいに家込が卵焼きをつまみあげて、駕木の口元にもってゆく。
駕木は抵抗もなく、ぱくりと呑み込んだ。
すると香坂も、口を大きく開けて、なにか食べさせろと駕木に要求した。
駕木は半眼を向けるも、卵焼きをつまんで、香坂の口に押し込んだ。
香坂も一口で、ぺろりと平らげてしまう。
「お砂糖入り」
「うちではそれが普通なんだ」
今度は香坂が、弁当から卵焼きをつまんで、駕木の前へ。
怪訝な顔をする駕木だったが、思い切ってぱくりと食らった。
甘い味が口内に広がっていった。
「わたしも砂糖派でした」
「親御さんの趣味がいい」
「わたしの手作りよ」
「え、香坂も料理とかするんだ」
「意外そうな顔ね」
「香坂くらいになると――家政婦さんが作るもんだと」
「自分の身体には、自分で責任を持ちたいの」
「おお、プロっぽい」
感心していると、家込の箸が駕木の弁当に伸びた。
塩茹でブロッコリーをつまむと、家込も顔を蕩かせた。
「仲がいいのね」
嫉妬するでもなく香坂が言う。
「幼稚園からずっと一緒だし、家族同士の付き合いもあるから」
「往年のカップルみたい」
「えへへへ」
まんざらでもなさそうに、家込は照れる。
「よく勘違いされるよ」
「駕木くんにはもったいない」
「んん?」
「駕木くんは、家込ちゃんを相手にしないんでしょ?」
「ぼくはもう、これが『アイス』だからよくわかんないや」
「えへへへへ」
駕木に見つめられて、また照れくさそうに家込は笑った。
「家込ちゃんは可愛いわ、それくらい認めてあげるべきよ」
香坂の口調は、面倒見のよい親戚のおばさんを思わせて、駕木は苦笑する。
香坂からすれば、家込は香坂にないものを持っていた。
薄い肌と細い唇の香坂に対し、艶やかな肌にふっくらした唇の家込。
目尻が上がっいて、凛とした印象を与えるのが香坂と――
なだらかな二重の瞳は、柔らかな印象を与える家込。
事務所との契約上、ロングストレートの黒髪は切ることができない香坂と――
ふんわりカールして赤毛がかった髪が、短めに切りそろえられている家込。
綺麗と可愛いの対比が、そこにあった。
「アイスは変わり者だから。みんな離れていっちゃうんだ」
「男の度量が試されてるのよ」
「アイスはひとを試したりしないと思うよ?」
「じゃあ無意識かしら?」
「天然の使い手だ」
「無形文化財ね!」
「アイス、人間国宝だってよ」
「えへへ、恐縮です」
もうずっと、家込はニコニコとしていた。
みんなでお弁当を囲む、いまこのときを、満喫しているようだった。
「そんな国宝級呪術師の家込ちゃんにお願いがあるんだけど――」
「なんですかぁ?」
「わたしの仲間を、返してくれない?」
香坂は、穏やかな表情のままだった。
けれどもその言葉の裏には――
抜き差しならない事情や、のっぴきならない事態が隠れているのか――
凍えるような怒気を含んでいた。
「んー、わたしにはできないかな」
家込はかわらず、あっけらかんと返していた。
「どうして?」
「わたしひとりのことじゃないから」
「そこをなんとかしてほしいの」
「お弁当……冷めちゃうよ?」
少しだけ、申し訳なさそうにして話を変える家込。
楽しかった空気が、あっという間にじっとりしたものに変わっていた。
「えっと――何の話かな? またドラゴンのこと?」
ついていけない駕木は、様子を伺った。
東郷からドラゴンとは聞いたが……
それ以上は、誰も何も、話してはくれなかった。
「大事な友達なの」
香坂は、最大限の誠意を込めて言った。
「ごめんなさい」
それをきちんと受け止めてから、家込はきっぱり断った。
家込が余談も許さぬ態度を示したことに、駕木も驚いた。
「そう……わかったわ」
しょんぼりとして、家込の意志を尊重する香坂。
その煩悶のはけ口を、香坂は駕木に向けた。
「もう! 駕木くんの鈍感野郎!」
「ええっ!?」
「こんなに愛されてるのに、どうして気づかないのよ!」
「あ、愛!? どうゆうこと!?」
そういうと、今度は家込のほうが慌てるのだった。
「香坂さん、あんまりバラさないでぇ」
「こんなに守られてるくせに、感謝のひとつもされないのよ、やってられなくない?」
「でも、でも、でも、です!」
いよいよ家込も取り乱した。
「遅かれ早かれよ」
「家の取り決めもあるからぁ」
「籠目家の方針なんて知ったことじゃないわ。わたしも背に腹は代えられないの!」
またしてもわけがわからず、頭がぐるぐると回りはじめたときに――
さらなる波紋が起こった。




