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お龗(おかみ)なんて怖くない  作者: 八兼信彦
10/19

#2 幼馴染なんてこわくない(4)

  *


 視線が突き刺さる。

 もちろんそれは、となりに香坂がいるからである。


「平和っていうのは……」

「なあに、駕木くん」

「薄氷のように、わずかな均衡の上になっていたんだね」

「お弁当どこで食べよっか?」


 駕木の感傷よりも、当面のお昼が気がかりな香坂。

 昼休みはどこも人で溢れていた。

 落ち着いて食べられる場所を探していたが――

 うわさが蔓延している校内では、事実を振りまいているだけで。

 ふたりは弁当ジプシーとなっていた。


 そこでふたりは屋上の給水タンク塔にやってきた。

 家込の占有地であるここには、誰も入ってこない。


「やあアイス、ぼくたちもいい?」

「いらっしゃい」


 ゆっくりとお弁当を食べていた家込は、自宅のように招き入れた。

 正午過ぎともなると、タンクの影はあまりないが。

 それでも3人がお弁当を広げるくらいの幅は、確保できた。


「思ったより涼しいのね」


 風になびく髪が煩わしくなって、香坂は後ろにまとめた。

 ふいに家込が卵焼きをつまみあげて、駕木の口元にもってゆく。

 駕木は抵抗もなく、ぱくりと呑み込んだ。

 すると香坂も、口を大きく開けて、なにか食べさせろと駕木に要求した。

 駕木は半眼を向けるも、卵焼きをつまんで、香坂の口に押し込んだ。

 香坂も一口で、ぺろりと平らげてしまう。


「お砂糖入り」

「うちではそれが普通なんだ」


 今度は香坂が、弁当から卵焼きをつまんで、駕木の前へ。

 怪訝な顔をする駕木だったが、思い切ってぱくりと食らった。

 甘い味が口内に広がっていった。


「わたしも砂糖派でした」

「親御さんの趣味がいい」

「わたしの手作りよ」

「え、香坂も料理とかするんだ」

「意外そうな顔ね」

「香坂くらいになると――家政婦さんが作るもんだと」

「自分の身体には、自分で責任を持ちたいの」

「おお、プロっぽい」


 感心していると、家込の箸が駕木の弁当に伸びた。

 塩茹でブロッコリーをつまむと、家込も顔を蕩かせた。


「仲がいいのね」


 嫉妬するでもなく香坂が言う。


「幼稚園からずっと一緒だし、家族同士の付き合いもあるから」

「往年のカップルみたい」

「えへへへ」


 まんざらでもなさそうに、家込は照れる。


「よく勘違いされるよ」

「駕木くんにはもったいない」

「んん?」

「駕木くんは、家込ちゃんを相手にしないんでしょ?」

「ぼくはもう、これが『アイス』だからよくわかんないや」

「えへへへへ」


 駕木に見つめられて、また照れくさそうに家込は笑った。


「家込ちゃんは可愛いわ、それくらい認めてあげるべきよ」


 香坂の口調は、面倒見のよい親戚のおばさんを思わせて、駕木は苦笑する。

 香坂からすれば、家込は香坂にないものを持っていた。


 薄い肌と細い唇の香坂に対し、艶やかな肌にふっくらした唇の家込。

 目尻が上がっいて、凛とした印象を与えるのが香坂と――

 なだらかな二重の瞳は、柔らかな印象を与える家込。

 事務所との契約上、ロングストレートの黒髪は切ることができない香坂と――

 ふんわりカールして赤毛がかった髪が、短めに切りそろえられている家込。


 綺麗と可愛いの対比が、そこにあった。


「アイスは変わり者だから。みんな離れていっちゃうんだ」

「男の度量が試されてるのよ」

「アイスはひとを試したりしないと思うよ?」

「じゃあ無意識かしら?」

「天然の使い手だ」

「無形文化財ね!」

「アイス、人間国宝だってよ」

「えへへ、恐縮です」


 もうずっと、家込はニコニコとしていた。

 みんなでお弁当を囲む、いまこのときを、満喫しているようだった。


「そんな国宝級呪術師の家込ちゃんにお願いがあるんだけど――」

「なんですかぁ?」

「わたしの仲間を、返してくれない?」


 香坂は、穏やかな表情かおのままだった。

 けれどもその言葉の裏には――

 抜き差しならない事情や、のっぴきならない事態が隠れているのか――

 凍えるような怒気を含んでいた。


「んー、わたしにはできないかな」


 家込はかわらず、あっけらかんと返していた。


「どうして?」

「わたしひとりのことじゃないから」

「そこをなんとかしてほしいの」

「お弁当……冷めちゃうよ?」


 少しだけ、申し訳なさそうにして話を変える家込。

 楽しかった空気が、あっという間にじっとりしたものに変わっていた。


「えっと――何の話かな? またドラゴンのこと?」


 ついていけない駕木は、様子を伺った。

 東郷からドラゴンとは聞いたが……

 それ以上は、誰も何も、話してはくれなかった。


「大事な友達なの」


 香坂は、最大限の誠意を込めて言った。


「ごめんなさい」


 それをきちんと受け止めてから、家込はきっぱり断った。

 家込が余談も許さぬ態度を示したことに、駕木も驚いた。


「そう……わかったわ」


 しょんぼりとして、家込の意志を尊重する香坂。

 その煩悶のはけ口を、香坂は駕木に向けた。


「もう! 駕木くんの鈍感野郎!」

「ええっ!?」

「こんなに愛されてるのに、どうして気づかないのよ!」

「あ、愛!? どうゆうこと!?」


 そういうと、今度は家込のほうが慌てるのだった。


「香坂さん、あんまりバラさないでぇ」

「こんなに守られてるくせに、感謝のひとつもされないのよ、やってられなくない?」

「でも、でも、でも、です!」


 いよいよ家込も取り乱した。


「遅かれ早かれよ」

「家の取り決めもあるからぁ」

「籠目家の方針なんて知ったことじゃないわ。わたしも背に腹は代えられないの!」


 またしてもわけがわからず、頭がぐるぐると回りはじめたときに――

 さらなる波紋が起こった。


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