悪夢の海・前編
『前回のあらすじ』
機械屋・Mへ向かうと、ラプターが店から追い出された場面に遭遇し、店内から出て来た静久と合流。
現在、ヴォール王国で起きている異変は、ゲートの先から来ているナイトメアゼノシリーズだと判明。
異変解決の為、ゲートへ鍵を二本差し込み、店ごと転移。武装した貴紀は付いて来たマキと外へ偵察に向かう。
店の外へ出ると──密林に隠れており、少し離れた場所には砂浜と綺麗な青色の広がる海。
幸か不幸か密林で店は幾らか隠れている為、襲撃を受ける可能性は低いと見る。周りに自生している木々には、スーパーで売っていた果実も多い。
海へ近付くと、多少離れた場所で飛び回っている海鳥を発見。確か観察すれば、魚の居場所を見付けれるって本に載ってたな。
「食料は……大丈夫そうかな?」
「問題は飲み水だよ。水がなきゃ、一週間も生き残れないし」
パッと見、食えるかどうかは別として、魚と果物は豊富な様子。されどマキが言う通り、飲み水確保の有無は死活問題。
取り戻した記憶には、山頂にある神社目指して登った経験があり、道に迷った時は高所を目指し、見下ろすと良い。
そう教えてくれた巫女を思い出す。
「少しでも高い所へ──」
「高所へ行くよ。この辺りを一望出来れば、何か見付かるかも」
「お、おう……」
同じ事を考えていたらしい。言い切る前に全て言われてしまい、我先にと進むマキの後ろ姿を追う。
自分も携帯を取り出し、音波式探知機能を使う。携帯と周囲の両方を見比べつつ進む中、誰かも判らぬ視線を感じていた。
十階建てのビル位はある高さの山頂へ着き、辺り周辺を見渡すけれど……今いる島以外は何処を見ても海ばっかり。
此処が世界最後の島なんじゃないか、と心配になる程だ。青い海を眺めていたら、波に揺れ浮かぶ大きなクラゲを発見。
「知的生命体、何処にも居ねぇな」
「海の中だってば……でも、海の中へ行く装備も何も無いから、ある意味詰みだね。これは」
反応があった知的生命体は海の中。そして海中へ潜る装備も無ければ、探す手掛かりすらもない。初っぱなから詰みとは……参ったな。
一応見下ろす風景、店が在る密林から少し離れた位置に滝が見えたので、飲み水は確保出来そう。
後は食料や焚き火に使う枝を確保して、夜に備えれたら、少しは安心して過ごせるだろうか?
「ようこそ。私達が支配する領域へ……」
今後の予定を考えていた瞬間。幼女の声が聞こえたと同時に、背筋がゾッとして冷や汗が全身から吹き出る。
恐る恐る、なんて自殺行為。振り向くか迷う心情を振り切るように、勢い良く声がした背後へと振り向く。
赤い……鮮血に染まった人の髑髏を纏いし鬼達が、其処にいた。マキも気付き振り向くも、驚きの余り自分の後ろに隠れる。
「また……貴方に御逢い出来て、とても嬉しいですのよ」
「そうかい。で……此処でまた殺り合おうって訳か?」
口調に妙な違和感を感じつつも、また殺り合う気なのか訊ねると、短く首を横に振り自身らには戦う意思が無いと示す。
それは此方としても大助かり。護衛らしき二体のスカルフェイス、護衛対象と思わしきアニマを相手にマキを護りつつ勝てる自信はない。
「ふ、ふん。貴紀君に敗けるって分かってるから、襲って来ないんでしょ!?」
「ちょ、マキ!」
「ふふふ。とても可愛らしい、井の中の蛙」
人の背に隠れた状態で相手を挑発するマキ。それにカチンと来たのだろう、アニマの左右に居るスカルフェイスが通常の四倍はある日本刀を握り締める。
自分もこれ以上、下手な挑発をしない様に呼び掛ける最中、相手も手出しは無用。
と言わんばかりにそっと手を護衛に向け、此方へ振り向き一瞬、蒼い眼が怪しく光った気がする。
「その安っぽい挑発、買わせて頂きましょう。それとお返しに、此方をどうぞ」
語尾の最後にハートや音符マークでも付きそうな言い方をした後、空を飛ぶ謎の薄赤色で。
グロテスクな為、直視したくない物体が物凄い速度で此方へ来るのが見えた。でも殺し方が見える……と言う事は。
最低でも一度は殺した経験はある奴らしい。だがまあ、問題点が有るとすれば──
「貴紀君!?」
「hello!」
どの殺し方も『有効ではあるけど、倒し切るには至らない』って事位か。
念の為魔力で全身を覆った直後、気が付けば奴は既に自分の上半身へ体当たりを打ち込み。
腕らしきモノでマキも掴み、減速はせず、そのまま山頂から海岸へ数秒で押し込まれた──ってコイツ。
上半身に噛み付いて来やがる。自分……いや、俺の体を喰い千切る気だ!
「ッ……何が、hello……だ!!」
間近で目視する為、否が応でも認識してしまう。コイツは皮膚の無い人間達を寄せ集つめた融合体。
海を泳ぐアカエイと同じ形状へ変化したと予想。胸ビレを両手で掴み、持ち上げては海へ放り投げ棄てた。
んだけど……胸ビレにも無数の口を持つらしく、噛まれた歯形は生々しく残り、出血も止まらず砂浜へこぼれ落ちる。
「いぃっ……」
「大丈夫か、マキ──っ!?」
「見付けた。ミツけた見付けたミツケタ見付けたミつケた。友達!」
「クッソ……コイツ、さっき投げ棄てたエイ野郎か!?」
浜辺に倒れ伏し、苦しむマキに話し掛けると。左脇腹へ深く食い込む様な強烈な痛みが走り、押し飛ばされて何度も転げる。
痛む脇腹を押さえつつ起き上がれば、グロさはエイ野郎と酷似している。されど容姿は大亀の甲羅部分に、口の大きな鮫って言う妙な姿。
とは言え……やはりそうだ。偵察用ドローンに記録されていた声の主は、コイツで間違いない。
「メイト、女の子、ダイスキ!」
標的をマキに変えたことに気付き、慌てて意志疎通が出来そうにない奴の前へ駆け出し、押し返すべく足腰や腕に力を込める。
しかし砂地と言う事もあり、踏ん張り切れず押されてしまう。悪あがきに左手で押さえ、鮫っ面を何度も右拳で叩き。
膝蹴りも加えるも全く止められない。ならばと少し屈み、鼻っ面を両手で持ち上げ引っくり返そうと試みた結果。
「なっ──にぃ!?」
「遊ぼ。ねぇ、モット遊ぼうよ」
野郎の口は鮫ボディの腹部まで大きく裂け、勢い余って上半身を口内へ入れてしまった刹那。
噛みちぎられ、崩れ落ちる未来を見てしまう。条件反射とも言うべき速度で掴んでいた鼻っ面を支えに。
下顎を右足で踏みつけ、後方へ跳ぶ。直感から結果を見れるって事は……さっきのは即死攻撃、か。
「ならば、取り戻した記憶にある必殺技で仕留める」
両手を胸元で向かい合わせ、左右から魔力をぶつけ合い、ライトニングラディウスよりもずっと多く増幅させる。
その分、魔力消費や撃てるまで時間は倍掛かる。今回はある程度省略せざるを得ず、大きさはビー玉程度。
制御は難しく、当たれば威力も十分トップクラスに入る。
属性は炎、両手の間に出来た魔力の炎、魔炎を凝縮し放つ遠距離技。その名前は──
「スカーレット・デーモンズ・ノヴァ!!」
「ご馳走、いただきま~す!」
両手を相手目掛けて突き出し、緋色の火球を放つ。軌道操作中は動けないけど、ゆっくり動く野郎に命中させる程度は出来るはず。
そう思った矢先。奴は自ら口を大きく開き、進んで火球を食らう。体内で爆発するんじゃ?
そんな考えは悪い意味で覆され、改めてナイトメアゼノシリーズと言う存在に驚かされる。
「美味しい、おいしい。モット、もっと頂戴」
「マジか……」
「hello!」
少し理解した。コイツ……ナイトメアゼノ・メイトは魔力を喰った瞬間、細胞の急激な増殖を目に見える形で行う。
それは気が遠くなる年月で行われる進化、数年・数ヶ月は掛かる自己再生などを、魔力吸収と言う行為で手軽に済ませている。
それと奴の行う挨拶は、必殺技の宣言と同じらしい。口を大きく開き、俺へ赤い液体を吐き出した為、慌てて左腕に装着した盾で防ぐ。
「ッ……もう少し、大きめを持ってくれば良かったか」
けれど、面積は小さく円形。対して吐き出された液体は大型バケツの中身をぶちまけた様な量。
防ぎ切れず、頭から被るハメに。左手で口を拭うと液体はヌルッとした感触で気持ち悪く、血生臭くて鼻が痛い。
目は見えず鼻も使えん。ふらつくので屈み、魔力感知・探知でなんとか把握出来るけど、一ヶ所に大多数の反応?!
「あ、モシカシテ。あぶくたった? ヤロウやろう!」
「あぶく……?」
ナニを勘違いしているのか、ヘンテコリンな名前の遊びだと認識したらしい。すると集まっていた魔力反応が六つへ分裂。
俺を中心に囲い、かごめかごめを連想させるように円を描いて回り、歌を歌っている。遊びっぽい名前やら、煮え立ったとか。
全く理解出来ず、ウォッチを回して覚える力を発動。昔懐かしい遊戯で、中央の鬼と歌いながら踊るそうだ。
「新しい魔力反応──ッ」
最後に見た方角からして海より空目掛け、赤い魔力が放たれ、メイトも含めた俺達全員へ降り注ぐ。
砂浜へ着弾し、爆発しては周囲に火花と熱気を振り撒く中。遊んでいたメイトは別の四足歩行へ形態変化でもしたのか。
文字通り蜘蛛の子を散らすよう、素早く逃げ惑う。俺はマキを守るべく傍へ駆け寄り、火球と思わしき魔力反応へ盾を向ける。
「それは悪手……ですのよ?」
「なに、うおっ!?」
突然背後からアニマの声が聞こえ、言葉の意味を聞き返そうとした。瞬間、火球を防いだ盾は爆発。
しかし左腕に巻いた帯の触感はある為、鉄で補強した表面に何かあり、内側の木材が燃えていると予想。
外そうとした時、体の異変に気付く。石像と同じように、全く動けない。
「メイトの吐く液体は、人間で言う血液。熱すれば固まるなんて、当然」
確かに、血生臭いとは思った。けれど、出血した状態で高熱など受けた試しはない。
凝固するのは風に当たってだ、と認識していた。目と鼻に続き、身動きの自由さえ奪われ、脱出の手立てを考える時──
「来ましたの……未熟な心を運ぶ、堅牢な揺り籠が」
「ッ、これは……本当に一つの生命体か!?」
「百代過客・メイト、団雪之扇・スプリッティング。まだ、いますのよ」
海から何か飛び出したような、大きな音は耳に響き。降り掛かる大量の海水を、頭から浴びるハメに。
踏んだり蹴ったりな状況だ。と愚痴を言う前に左手で濡れた顔を拭う。……動ける。あの液体は海水に弱いのだろうか?
疑問は取り敢えず置いておき、周囲を確認する。
「多勢に無勢、だな。コレは」
まだ動かないけれど、一応マキは無事。身体中に有る大きな口と歯、人間らしき顔が無数ある六つの肉塊……もしかしてメイト、なのか?
そんで赤い伊勢海老を思わせる姿、甲殻に身を包んだアイツ。アニマは奴をスプリッティング、と呼んでいたな。
人間を思わせる左腕には、人間と同じ桃色の唇と黒く染まった歯が有る。右腕は大きな蟹の鋏。
「パパは……すぐ怒るし、冷たいから大嫌い。だから」
「まぁ~た訳の分から──んん!?」
言語は左手を介して話し、此方へ白い煙を吹き出す。
突然の出来事に一瞬、回避行動が遅れた結果。右腕は冷たく感じる煙に包まれ、慌てて引き抜くと右胸付近まで完全に凍り付いていた。
「殺しちゃおう」
蟹なのか、はたまたエビか。ハッキリしないスプリッティングの動きは予想以上に早く。
砂浜と言う不馴れな足場、凍結した右腕。首を落とそうと迫る蟹鋏は素早く、一歩下がり踏み締めるも。
思うようにバランスが取れず、後方へ転倒する……次の瞬間。
右腕は根元。肩の関節部分から切断され、宙を飛ぶ。
 




