進む者・前編
静久達と蜥蜴人の集落・ハイルへ戻る崖近くの道中、右足に激痛が走っ……て、思わず転けそうになる体を支え、勢いよく顔面から倒れるのだけは阻止出来た。ものの……両腕にも似た痛みが走り、結局倒れた。敵襲かと思ったが、静久達は敵の姿を見付けてはいない。
「どうした……?」
「いや、少し疲れが出ただけ、だと思う」
「少し、休んだ方が、良い」
少し目眩もするが、あの頃の戦いと猛特訓の日々に比べれば、なんて事はない。ふらつく足で立ち上がると、目の前に赤紫色をした発光体が現れては、さも当然の様に闇を吸い、纏い始める。
奴だ……ファウストがまた来たんだ! 震える足のまま身構える自分を見て、静久達も現れたファウストに気付き身構える。再び自分達を闇の壁が覆うも、今度は三対一、そう簡単に押し負ける事はない。
「フン。そんな瀕死の体へ鞭を打ってまで戦おうとは、余程死にたいと見える」
「下がっていろ……そんな体じゃ、足手まといになる」
自分を庇う様に前へ出る静久と詠土弥。瀕死の体だと? 呆れたとでも言いたげな態度で何を言う。傷は静久と琴姉に治して貰った。自分は、俺は戦える、まだ戦えるんだ! 拳を握り締め、地面を強く踏み構え直す。
「頑固者にはコレを与えよう。シャドウ・ミスト!」
「なんだ……ただの煙か?」
「違う。このガス、人体に極めて有害。長期間浴びると、死ぬ可能性も高まる」
ファウストが両手を合わせ、指先から吹き出して来た黒い煙。直感から危ないと指示を受け、前の二人を左右へ退ける。黒だか紫の煙が体に触れた瞬間、まるで身体中に巻き付けられた爆竹が炸裂する様な痛みが走り、火花が散った。
それに、力が……抜けていく。クッソ、起き上がる事すら精一杯とは。あんな技の連射を受けた日にゃ、現地人以下の力しか残らんぞ。い、息苦しい……た、太陽……太陽の光、光が、欲しい。
「流石はオメガゼロ・エックス。この空を覆う闇、シャドウ・ミストの直撃を耐えてみせるとは」
「早く離れろ……っ!」
「その闇は呑み込んだ命を奪う。大抵の連中は触れるだけでも即死だが、耐えれる奴はそういな──?!」
霞んで行く視界、遠くなって行く耳。静久が近付こうとしたが、闇に触れた途端、即座に手を引いた。体感して判る……この闇はヤバい。膝を着いて倒れそうになった時、身に付けていたペンダントの石が、突然目映い光を放つ。
先程まであった迷いなどの念は薄れ、纏わり付く闇をも払い除けてくれた。ファウストや静久達も驚いている様子で、自分も何が起きたのかサッパリ判らない。判る事と言えば、命が助かった点か。
「今だ。ライトニング、ラディウス!」
「渦巻く水よ、降り掛かる災厄を絡め取り、我が前に立つ敵を穿て……アクア・スパイラル!」
「汚れし水、病魔を纏いて全てを飲み込め。ディザスター・ウェーブ」
「大いなる闇。その従者たる我らに無限の力を与え、障害となるモノを打ち砕かん。ダークネス・レイ!」
胸元で腕を交差させると二人も空へ向け伸ばし、全員ほぼ同時に手を前へ向けて放った技が激突。撃ち合いへ持ち込んだものの、三対一ですら押されている……っ、魔力が底を尽きそうだ。身体中の至る所から、光の粒子が出て行くのを止められない!
紫色の光線が徐々に迫って来る……押し返せないっ! 撃ち出す雷撃も薄く、そろそろ魔力が尽きる。このままじゃ押し切られる、とは言え無い袖は振れない。急いで左右隣に居る二人を突き放した直後、紫色の光線に胸を撃ち抜かれた……
そこから記憶が途切れて何も思い出せない。目が覚めると其処は洞窟の中で、ウズナちゃんが自分の顔を覗き込んでいた。肌寒かった外とは違い、焚き火が傍にあってとても暖かい。光源が近くにある為、魔力も少しずつだけれど回復出来る。
「お姉ちゃん。お兄ちゃん、目を覚ましたよ」
「良かった。鉱石集めしてたら上から落ちて来るから、ビックリしたわ」
起き上がろうと体を起こすと、胸がズキッと痛む。上半身裸で撃ち抜かれた痕は残っていないが、誰かに治療された訳でも無さそうだ。アメナの話から、どうやら崖から落ちた自分を見付けて近くの洞窟へ運んだらしい。
「そうだ、静久……他に誰か、いなかったか?」
「見てないよ~。居てもお兄ちゃん、結構高い所から落ちて来たから見えないよ」
「本当、あの辺りは落ちたら死んでもおかしくない所だから。運良く転げ落ちたのは、もしかしたらそのペンダントのお陰かもね」
「これのお陰?」
不味ったな、落ちた拍子に静久達と離れ離れになってしまった。悪運が強いのか……まだ死なせてくれない運命らしい。死ななかった理由としては、垂直落下ではなく、崖を転げて落ちた為だとか。身に付けているペンダントを指差しては、コレのお陰かもと言う。
具体的にはペンダントに付いている石、ブラックオニキスと言う宝石が命を救ってくれたのではないか? とはアメナの談。魔除けや邪念、邪気を払う効果があるらしく、前へ進む為の力を与えてくれるんだとか。
「……成る程。ルシファーが自分に向いてるって言ってたのは、そう言う意味か」
「はい。一応服は補修したけど、そう何ヵ所も穴を空けられたら補修出来ないから」
「助かる」
焚き火の灯りに照らされ、輝くペンダントの石を手に眺めていると、空いた穴を塞いだ服を渡された。触ると布地ではない感触が強く、違和感は強いものの贅沢は言えない。服を着る最中、ウズナちゃんが自分の背中をじぃっと見詰めていたのに気付く。
「どうかした?」
「背中、酷い傷痕だね」
「あぁ。昔、仲間を庇った時にな。鋭い爪で裂かれたんだよ」
どうやら背中にある大きなX字の傷痕が気になったらしい。庇って貰ったり庇ったりして、治療が間に合わず痕が残ってしまった傷。忘れもしない、屍食鬼から受けた爪痕だ。あの時はとある魔術が働いて、夢の中で頭無し両手に口のある神話生物と戦ったっけか。
名前は確か、イゴーロナク。ゼロや仲間達がいたからこそ勝てたし、赤子も全部始末出来たが……あんな奴を呼び出す人間や、崇拝する連中の気が知れん。いやまあ、その更に上の連中と知り合いかつ、殴り合った自分が言えた義理はないがな。
ゼロも『あちら側』でアイの一部だ。奴らを殴った感触の感想は大抵が気持ち悪い、で済む。中には殴った奴が高温過ぎて此方がダメージを受けるし、物理攻撃をするのが危ない奴もいた辺り、やっぱり『安全』に殴れる人間はやり易い。
「ねぇねぇ。また小説を書いたの、読んで読んで~」
「そっかそっか。ウズナちゃんの小説は面白いから、楽しみだな」
目を輝かせながら手渡して来るウズナちゃんから、執筆した小説を受け取り目を通す。この前読んだ続き……と言う訳ではないようだ。どちらかと言えば、あの展開へ持っていくまでの話らしい。
──魔王は復活に必要な力を得る為、仲の良い三種族を仲違いさせる使者を生み出す。悪魔とその誘惑に乗った者を魔人として操り、惑星が選び導いた守護神に何度もぶつけ、命喰らう闇を使い苦しめる。
魔人達は言う。世界を滅ぼすのに、暴力は要らない。信頼関係を壊しさえすれば、命は自ら滅びの道を辿って行くのだと。しかし守護神は輝く黒き宝石を胸に秘め、その手から目映い光を放ち争いを止めた……か。
「ねぇ、ウズナちゃん。どうして物語を最初からじゃなくて、飛び飛びなんだい?」
「えっとね。ウズナの友達が夢の中で見せてくれる光景を書いてるの。だから飛び飛びになっちゃうの」
「ウズナは発現させる力があるのよ。私の喚起と反応して、目に見えないモノを見える様に出来たりね」
「発現と喚起か。そんなスキルもあるんだな」
友達が見せてくれる夢で見た光景や人物を書くが故に、物語が飛び飛びになるウズナちゃんの小説と、二人が持つスキル。輝く黒き宝石を胸に秘め……まさか、な。ペンダントを握り締め、物語に書かれた一文を思い出す。
立ち上がり、痛む左脇腹を押さえつつ洞窟から出たら、壁に背を預けて自分が出て来るのを待っていたアイが居た。メイド服──ではなく、何度も『見慣れた』修道服。正直、毎回呼び方に迷う時があるものの、呼ぶ名前は決まっている。
「ナイア姉、現状は?」
「私好みな展開に進みつつあるわね」
「ソイツは面倒臭いな」
『ナイアルラトホテプ』──略してナイア姉。それが、一番多く呼んだ彼女の名前。かつての旅で自分達に副王の命令で同行し、時には面倒事を起こしてくれた厄介だけど頼りになる。自分が消える最後の時までずっと、力を貸してくれると約束してくれた、大切な仲間。近くに居てくれるだけで、心の底から何かが沸き上がってくる……
「な、なんだ?!」
「これは──」
突然左手の甲が光り出す。暖かい光だ。まるで心まで烈火の如く燃え盛る様な感覚が、寂しさや心細さを焼き払う。同時に、自分の中で眠っていた力が目覚めた感じもする。使えなかったスキルが使える様になったと、確信を持って言える程だ。
「収まった……」
「成る程。副王が言ってたのはこう言う事ね」
「探シタゾ、王。ト……貴様モ一緒ニ居タノカ」
「宿主様と本体も居るじゃねぇか」
「心配したじゃない、もう」
何か一人で納得する真夜に、一体なんの事か尋ねようとしたら、青・紫・黄色の光球が此方へ飛んで来た。ゼロとルシファー、霊華の三人だ。足元から頭までくるくる回って話し掛ける辺り、相当心配させたらしい。
ただ……ゼロ以外の融合・交代メンバーは真夜と仲が余り宜しくない。そりゃまぁ、真夜の正体を知ってれば、大抵は仲良くしたがらないだろうけどさ。安心した二人は、ウォッチの中へと入って行った。
「その体じゃ、ファウストにも苦戦は確実でしょうね」
「ファウストの事まで知ってるのか」
「当然。勿論、正体もね」
この口振りだと、これまでの出来事も影ながら見てたんだろうなぁと思った。正体は知りたいが、どうせ「自分自身で突き止めないと、面白くないでしょ? もう出てるヒントに気付かない方が悪い」なんて言うに決まってるしな。
スカルフェイスやトリック達にも言われていたが、今漸く理解した。外見的な損傷は殆どが完治済み。それでも度重なる激戦で受けたダメージは……自分が思っていた以上に深刻な程、蓄積されていたらしい。
「パワードスーツ無しで戦えるのは、多く見積もって一ヶ月が限度。有りでも一年か二年。これは警告よ」
「予想以上にあるな」
「四天王一人倒すのに、二十五年必要とした奴の台詞じゃないわね」
最長で一年か二年……全ての因縁やら問題を解決するには物足りないし、一刻も早く強化に必要な素材と残る三人を探さないと、フルパワーで戦えない。そもそも、悪天候の時点で全力を出し切れないんだがな。
「ま、自己修復も終わってるし『どうしても勝ちたい』ならソレを使いなさい。輝くモノが力を貸してくれるわ」
「自己修復って、パワードスーツは改修素材が足りなくて着れないんじゃ?」
「生憎、その程度で壊れる程脆弱じゃない。『私』を甘く見ない事ね。ソレの使い方はゼロにでも訊きなさい」
言うだけ言った後、ナイア姉は立ち去ってしまった。副王からの任務もあるだろうし、追い掛けるのは迷惑だろうと思い、そのまま見送り指差された携帯電話を取り出して開いてみる。相変わらず此方の事情を知ってるとしか思えない機能が表示され、説明文さえ載っていた。
(宿主様、解放された機能は理解したか?)
「ある程度はな。しっかし、末恐ろしい物を渡してくるよな、毎度」
(パワードスーツも使える様だし、次の戦闘からは使った方が良さそうね)
解放された機能は二つ。自分と静久達の融合を補助してくれる他、パワードスーツの封印機能……もとい、鎖も解けるっぽい。ファウストとの戦闘で使ってみよう。そうこう考えながら、アメナとウズナちゃんが待つ洞窟の中へと戻る。
──途中、メールが届いた。改めて考えると電波云々が気になる所だが、また後で考えよう。メールはナイア姉から。内容は『今現在の西暦を知り、真実を知れ。信じる奴らを疑え』……ま~た謎々か。とは言え、その通りかもな。




