ヴェレーノ・中編
ドワーフの集落・ストゥルティを突き抜けた方が、道が平地で北上ルートとしては一番早いんだがな。また捕まると面倒臭いので、進み難いがでこぼこ岩道、集落とスカイマウンテンの間を通る途中。空を覆う闇が渦巻き、中から桃色の発光体が降って来た。
着地点はストゥルティ、自分達が居る地点より幾らか離れていて、着地時の風圧なども此方へは届いていないのが救いか。集落の中は舞い上がった砂埃で包まれてる辺り、落下時の衝撃は凄まじかったのだろう。
「アレは……どうする?」
「無視だ無視。あんな変態野郎を相手にしてる暇はねぇよ」
ただ……面倒な変態野郎が来たな、程度には思った。漫画とかゲームでは『変態』な奴程見た目に反して強いとかあるけど、現実でやられると滅茶苦茶ウンザリするんだよ。さて、気付かれない内に逃げるべく、さっさと移動を再開した。
んだが……どうやら遅かったらしい。砂埃が晴れず、空も闇が覆い普通の人間には最悪な視界の中、自分達とあの変態野郎自身を、闇に覆われた空より一筋の光が注ぐ。それは舞台劇場上のキャストを照らす、スポットライトの如く。
「あぁ~ん、逃げるなんて酷いですよぅ~」
「面倒臭い、私としても相手にしたくない……それでもやるしかない……」
「だな。見付かった時点でアウトだったか。静久、何発撃てる?」
「魔法は一日に五発、異能なら五十発は余裕……」
照らされたのは静久と同じ位と思われる身長で、声も紛れなく少女。どうせ逃げられない、逃げても転移して来る厄介極まりない変態だ。諦めて集落・ストゥルティへと向かおうとすると、正面に長方形の鏡が現れた。
入れと言う事らしい。大きく手を振る辺り、その認識で間違いなさそうだ。罠と言う可能性も高いが、回り込むと時間も体力も大きく消費する。念の為、離れ離れにされない様静久と手を掴み、鏡の中へ手を伸ばす。
すると──水面の如く鏡が手を飲み込んで行く。そのまま入ると集落のど真ん中、奴の正面へ出た。成る程、あの鏡は空間転移にも使えるのか……何処へでも出せるのか、それとも自身が一度は行った所へ任意か。その考察は後々に回そう、先ずは奴だ。
「でも私ぃ~、ビックリしたぁ~。だってだってぇ~『破壊者』が今の時代にもいるんだも~ん」
「俺も驚いてるよ。お前みたいな変態が今も尚、生きているんだからな」
「酷い酷い酷い~。私はただぁ~……俺様の愛する幼き者達だけの世界を作る為に、この醜い世界を滅亡させるだけさぁ!!」
ぶりっ子を演出するこの変態野郎から、その名前で呼ばれると時代を感じるのも皮肉だな。そう、俺は勇者やら英雄でもなく『破壊者』と言う悪人だ。今や俺をその名で呼ぶのは当時の連中位だしな。
そして……本性を出したな、変態野郎。声も少女から野太い男の声に戻り、姿も俺と同じ身長と体型・肌色になる辺り、根っ子は昔のまま。ただ長い金髪ツインテで金と銀のオッドアイなのは、中二病なのでは? と思う他、股間の尖った金色結晶も相変わらずか。
「さあ、此方へおいで静久。俺様が築く理想郷を作る為に」
「断る……」
「もう一本の愛刀は手元に無く、大幅弱体化を受けていようとも、お前に静久をくれてやる程俺の心は弱くないんでな!」
腰をくねくねさせながら、此方へ右手を差し出されるも静久は露骨に嫌悪した顔でこれを拒絶。俺だってそうする、大抵の奴もそうする。愛銃二挺を取り出し、左手に持つ朔月の銃口を向けて言い放つ。
「ふふふっ。それでこそ破壊者!! 埃被った伝説諸共、俺様の性別・種族さえ越える愛の中で眠るがいい!」
「そう言う台詞もいい加減聞き飽きた。さっさと掛かって来い、四天王・トリック」
周りにドワーフ達は居ない、作った武器も放置して洞窟へ避難している様子。お陰で遠慮無く暴れられそうだ。両手を広げ、股間を此方へ突き出して来る変態野郎の愛なんか要らん。湧き上がれ、破壊の力!! 夢幻鏡に映る歪んだ愛を打ち砕け!
「世界を映せ、夢幻鏡。そして俺様の大いなる愛を、破壊者達へと届けるのだ!」
「気色悪い……一秒でも早く失せろ」
トリックが後ろへ飛び、鏡の中へ消えた……と思ったら、周囲を次々と転移しては現れる鏡。少年から成人まで、男女の姿を映す鏡から紫光弾を撃ち込んで来る。ほぼ四方八方から来る為、静久と背中を合わせ手の届く範囲で避ける。
時には押したり引き合ったりして致命傷は避けているが、それでも被弾は多い。奴が得意とする戦法は手品師を思わせるモノが多く、能力と噛み合って非常に面倒臭い。俺は朔月で魔力の弾を、静久は指先から水を鏡へ向けて撃つものの、次々と転移されては当たらない。
「無駄無駄無駄ぁ!! そんな攻撃じゃ、私には掠り傷一つ付かないわ!」
「チッ……ころころ性別を変える気色の悪い奴め。貴紀、連携技でさっさと突破する……」
「っ、判った。タイミングは任せる」
「何をしても無ぅ~駄。この技を破る方法だなんて、ありはしないもの」
転移し続ける鏡の中で、此方を嘲笑うトリックが相当気色悪く感じたのだろう、連携技で突破する案を提示して来た。普段から辛辣な言葉を言ってくる静久だが、怒らせると更に怖い。攻撃も回避が難しくなるし、眼も怖いからな。
「大気の水よ……邪悪を絡め取る糸となり、射抜き切り裂き殲滅せよ。水蜘蛛の巣!」
「だから無駄だって言ってんだろ。薄い鏡な上に、向きも角度も自由自ざ──」
「なら、その隙間さえ塞げば問題ないな。暴れ回れ、ライトニングラディウス!」
詠唱後に大気中の水分が集まり、俺達に当たらない程度で四方八方へ永続的に撃っては蜘蛛の巣さながら張り巡らす、水の陣。シャワーと同じく連続的に撃ち出される水は鋼すら切り裂き、射抜く威力。
そこへ雷撃放電を撃ち込めば、電気は水と言う道を走る。オマケにコイツは暴れん坊でな、愛銃無しで遠距離にぶっ放すと拡散されて威力が落ちるんだわ。けど、静久との連携で使えば威力も損なわれず、水の隙間すら走る凶悪な技と化す。
「あば、あばばばば! ギッ、ギザマらァァ~!!」
「その歪んだ愛とやらは、俺達二人の絆にすら敵わないらしいな。それと……」
捕まえた。感電し呂律も回らん声は、背後から聞こえて来たので振り返る。流石の連続転移も、水と電撃の網からは逃げられなかった様だな。さてと……朔月はポケットに戻して、もう一度技を撃つ前まで発動。
今度は左手で弾丸の形へ凝縮し整形。恋月のシリンダーへ二発だけ装填。んで、感電し捕縛され続けて尚口五月蝿いあの変態野郎へ片手で銃口を向けて今、心に思っている言葉を一言。
「ウザい」
言い放つと同時に引き金を引き、放つ。真っ直ぐ飛ぶ弾丸は変態野郎に命中直後、圧縮状態から解放された雷撃が暴れ回る。俺の愛銃が敵からチート呼ばわりされる原因がコレ。魔法やら発射系の技なんかを弾丸状に圧縮し、撃つ行為。
でもハッキリ言って、コレをチート呼ばわりするのは止めて欲しい。今より弱かった頃に努力の末この方法を編み出し、今も魔力を形にする練習をして使えてる方法なんでな。弱いなら弱いなりに工夫をする、何時の時代も工夫が大事なのは同じだ。
「おうふ!」
「撃つ前に答えろ。ヴェレーノとか言う寄生虫入り、麻薬擬きの解毒法と使う理由を教えろ」
「解毒法ねぇ。破壊者、貴方達が足掻けば足掻く程『その時』は自然と来るわ。理由に関しては……『楽園・最果ての地』を創る為だ!」
「貴紀、気を付けろ。囲まれている……」
落ちて来た変態野郎の頭へ銃口を向け、ヴェレーノに就いて訊く。解毒法は俺達が足掻く程に……とはどう言う意味だ? 使用理由に関しては、何故お前がソレを知っている。そう思った矢先、呼び掛けられて周りを見渡せば、各々武器を持ったドワーフ達がぞろぞろと出て来た。
「その体でこの先、何処まで戦える?」
「トリック、これはどう言う──ッ!」
コレは一体どうなっているのか、問おうと変態野郎を見下ろしたが……クッソ。周囲の異変に驚いてる隙を突かれ、逃げられた後だったか。それよりも、問題は青い発光体を体に付けて襲い掛かって来るドワーフ達だ、倒すのはいいが魔力が圧倒的に足りん。
対応に困っている中、鞄の中でビービー警告音が鳴り出したフュージョン・フォンを取り出すと、青い発光物から紫のグラフが大きく伸びていた。紫色は確か、放射能汚染を知らせる数値だったな。て事は、アレがレイシの言ってた放射性物質か。
「どうする……生ゴミにするか?」
「物騒な事言うな。不要な戦闘は避け、撤退するぞ」
理性を失った様に襲い来るドワーフ達から逃げる為、目的地である北側へ向けて走る。途中何度か振りかぶった腕が見えたが、その都度左斜め上から泥と思わしきモノが撃たれる、あるいは地面から泥の手が飛び出して魔物達の動きを阻止していた。
「アイツ……急いで走り抜ける」
「あぁ。判った」
誰かからの援護射撃のお陰で、自分達はドワーフの集落……だったストゥルティを無事に走り抜け、少し離れた岩場で息を整えるべく暫し休息。静久から魔力を分けて貰っていたら、静久に似た一人の少女が近付いて来た。
「やはり詠土弥、お前だったか……」
「久し、振り」
静久と同じ身長、静久が白に対し黒色の似た服装、同じ髪型。服装のガラや髪色と眼は黒色な事を除けば、ほぼ生き写しや双子と言ってもいいレベルの詠土弥が自分達の前へと姿を現す。確か彼女は……そう、以前の旅の途中に『とある奴』が静久をコピーして造り出した存在。
名前とかは欠如した記憶側にあるのか、全くと言っていい程思い出せない。ただ、詠土弥を出来損ないやら模造品と呼んでたのは覚えてる。静久曰く、彼女は喋るのが苦手なのか、話の途中で一旦止める癖があるとの事。
「貴紀を私の所へ案内したのも、お前の仕業か……」
「うん。此処、魔神王達の実験場。ヴェレーノ、エデンに実る果実、真似た失敗作」
「大陸一つまるごと実験場とは……豪快な奴等め」
そうか。蜥蜴人の集落へ自分を導いてくれたのは、君だったのか。しっかし、エデン……いや最果ての地に実る果実を真似た代物があの木の実、ヴェレーノだと? 似てないにも限度がある。そもそも似ているのが赤い点だけじゃねぇか。結局、失敗作だから麻薬擬きにして売り捌いていると。
「世界、また危ない。貴紀、その為にまた、立ち上がった?」
「さあ? どうだろうな」
世界は一体、何度危険に晒されれば気が済むのだろうか。等と思うのは、経験し、駆け抜けたからこそ出る言葉、なのだろうか? 詠土弥の質問にハッキリとした答えが出せない自分を、情けないとも思った。他の人から見ても、きっとそう言うだろう。
勇者や英雄が夢物語、過去の遺物となった時代で人間として舞い戻り、旅の途中で出会った仲間達と駆け抜けたあの日々。琴姉とは違う魔王やら、地球侵略とか滅亡を望み行う連中を倒し進んだ先に安らぎを求めた──けれど今、またこうして戦場で立っている。
「ヴェレーノ生産場。何度潰しても、また生産されてる」
「……案内しろ」
「貴紀も、それで、いい?」
「あぁ。どんな所か、少し気になるしな」
詠土弥は泥を操り、自然を腐らせる能力を持つ。綺麗な場所を好む静久とは正反対、でも中身は近しいモノを持っている為、当時は何度か敵対しつつも分かり合う事が出来た。
そんな彼女に案内され、目的地である北側へ到着。其処は枯れているのに林檎の様な実をつける大樹と、畑がある。この大陸で見付けた四番目の集落だった。




