巫女
……んんっ、これは……夢、だろうか。
其処は世界の何処かにある、かも知れない、赤黒い渦が歪み捻れる禍々しい空間だった。
中心部に浮かぶ小さい小島には、森や滝と言った自然や祭壇、唯一島へ続く浮遊橋がある。
最奥の祭壇上に寝かされた心情ゆかりの前で、一人の少女が目を閉じ、聖職者さながら両手を組み。
静かに祈りを捧げていたが。何かを感じ取り、ゆっくりと目を見開いた。
「失敗した。上級悪魔を統率者に、中級と下級魔族を投入にも関わらず」
話から察するに、超古代遺跡に眠る遺産の破壊任務、失敗と送り込んだ魔族の全滅を、彼女は誰よりも早く知ったのだろう。
本来ならば、其処に住む住民程度には負けない実力者達で、戦力だったな。アレは。
副王の気まぐれ、かな。本当、こう言うサポートが常にしっかりしていれば……と、常々思うよ。
「もしや、あの者達が…」
「それはねぇな。我が巫女よ」
「魔神王様……いえ、終焉様!」
歪み捻れた世界、時空の狭間にて自らが崇め崇拝する神、魔神王を復活前とは言え、倒した。
憎き連中がもしや。と浮かぶ疑問は背後から近付く存分が否定する声を聞き、振り返る巫女の表情は晴れていた。
魔神王と終焉。二つの名を、歓喜の表情で呼んで。終焉……終焉、ねぇ。さてはて、『何番目の終焉』かねぇ?
「どうやら奴等の他に、我らを妨害する力ある愚か者がいるようだ」
「愚か者が、他にも」
察するに、抵抗する者は今までにも、何度も現れてはいたそうだが。
戦争になって尚、別勢力と喧嘩したり一切協力せず刃向かった結果、全滅したらしい。アホくさっ。
それは兎も角。そんな実力ある邪魔者の出現は、正直予想外だったんだろう。
「奴等共々見付け出し、討伐と調査の我が愚策を。なにとぞ、なにとぞ!」
予想外故に、早急な対応と詳しい調査が必要不可欠。自分でもそうする。
悲痛な顔で懇願する様に、魔神王と自身の知恵の差を知る為か、彼女は敢えて愚策と言ったっぽい。
懸命に涙目で祈る彼女の姿を、魔神王側から見えるか否かは兎も角。返答が来るまで祈り続ける。
「構わん、策は任せる。好きにするがいい」
「あ、ありがとうございます。魔神王様」
「念の為、コイツを持って行け」
心情を察してか根負けしてか。策略を任せ、自由に行動する事を許可。
相変わらず涙目のまま感謝すると、目の前に落ちて来た、黒い革袋を両手で掬い取る。
何度かまばたきを繰り返し、受け取った見知らぬ中身を見詰めた後、ソイツへ視線を移し言葉を待つ。
「身の危険を感じた時、ソイツを一つ撒くといい。きっと、お前を助けてくれる」
初めての御使い。
御守り代わりに与えた革袋の中身、それは聞く限りだと植物の種の様に、蒔くモノらしい。
袋から取り出したソレは、細く小さな尖った黒い小石……程度にも思えるソレが、一つ撒くだけで助けになると言う。
「……では、行って参ります」
「あぁ。危なくなったら成果も関係無く、戻って来い」
崇拝する神より身を心配され、感極まり嬉し泣き出しつつ、両手で口元を覆う。
気持ちを落ち着けた後、出発の旨を伝え。
展開して貰った黒く、渦巻くゲートへ消え行く巫女へ言葉を送る。
「ふむ。奴等は時空の果てへ消え去った筈だが。ま、奴等ならば、最悪のケースを考えなくてはな」
水晶に封印されていたとは言え、配置した魔族を全て倒し、自身の元へ辿り着いた猛者達。
力の終焉、知恵のサクヤ。そして、自分。
それだけならまだ、対策はあっただろう。一番の問題点は自分達の繋がりと、自分が絆達と合流する事か。
念には念を入れ、最悪のケースを予想し始めていた。
夢かどうかも判らん光景が終わったと思いきや。今度は森の中に在るっぽい小規模の里。集落と言った方が良いか?
其処には十人程度の人間と、三十人のエルフ族が住んでいた。
とは言え、友好関係は個人差がある。遺跡の方に霊華と自分の体がある。心は無事脱出したのか?
里唯一の出入口であろう、木で作られた門の内側と外側で、耳の長い人……ありゃ、エルフだな。何か話しているが。
「ライチちゃん。もう、行っちゃうんだね」
「うん。此処に居ても、私の居場所、無いから」
「そっか……」
何も知らぬ第三者である自分からすれば、身長や体型的に見て出て行く者が妹、残る者が姉の姉妹。
もしくは仲良しの友達に見える。二人共、緑色のワンピースに似た服を着、別れを惜しみ手を繋ぐ。
例え同じ種族と言えど、人間同様好き嫌いや種族間の問題はあるらしく、故郷を出るそうだ。
「二人で念願の森の巫女になれたけど。うん、ライチちゃん。旅先でも、元気でね!」
「ありがとう。この森にはレイシちゃんが残ってくれるから、安心出来る」
「っ……うん。任せて。森を守るのが、私達森の巫女だもん」
森の巫女。多分、森の声を聴き、他に伝えるエルフ版巫女、と考えて良さげだな。
ライチとレイシ。二人は巫女へなれたのに、何故か小さく弓を背負った少女、ライチだけが里を離れ、旅に出る模様。
何故彼女は、此処での居場所が無いのだろう?
ライチの言葉を聞き、レイシは強く握り拳を作り、唇を噛む。
少し間を空け、俯いた状態で開いた口から出たのは……強がりにも思える言葉だった。
「さ、里を出る前にっ、私達で作ったあの曲。森のリートをもう一度、吹こう?」
「うん。忘れないように、もう一度吹こう」
この里で得れる道具は全て、森から作った物。
二人は革製のヒップバッグから、ライチがフルート、レイシがオカリナを取り出し構える。
別れを惜しんで奏でるは、二人が友達となり巫女となった記念に、きっと森の声を聴きながら。
自分達で作った思い出深いメロディー、なのだろう。森のリート、と言う曲名を、当時を思い返す様に目を瞑り奏でる。
「親友との別れ……か」
此方の声が二人に届くか、なんて知らない。ただ、自分も昔を思い出していた。
少しでも長く、親友と長く居られるように。そしてまた、何処かで再会出来ますように。
そんな願いを込めて。だろうが、ライチが途中で演奏を止めてしまった。
「えっ?」
「バイバイ。また、何処かで」
突然演奏が止まり、目を見開きライチを見ると、とても辛そうな表情で告げられた、別れ。
立ち去る親友、小さな胸に押し殺した想いと言葉。
少女の両足から力は抜け、座り込んだまま、泣き崩れてしまった。
立ち去るライチは、決して振り向かない。
今振り向けば、立ち去る決意が揺らぎ、立ち止まってしまうからだろう。
友の悲痛な声、心に刺さる罪悪感に幾らグッと堪えても、目から溢れる涙は頬を伝い、零れていた。
「幾ら森に巫女が二人も要らないとは言え、毎度の事ながら虫酸が走るわ」
里から去るライチと入れ違いで、見た目的にも大人のエルフ……
それも一般的なエルフとは、耳の長いエルフが入って来た。
服装はエルフ族が着てそうな、緑色に染めた布服等では無く、黒いメイド服。背中へ届く真っ直ぐな銀髪。
沢山の矢を詰めた矢筒と荷物を担ぎ、腰には木製の弓。左腕へナイフ専用ホルスターを巻き付けている。
口は少々悪い様。肌色は他のエルフや人間と変わりないが、怒る程に肌が褐色に染まり、眼も朱く変色して行く。
「貴女は……元森の巫女、シオリ様!?」
「様は要らないって。私は今や、ヴォール王国に仕えるメイド。オラシオンなんだから」
シオリと呼ばれた彼女は、レイシ達よりも早く、森の巫女の務めを果たし里を離れた先輩なのか。
様付けを拒み、今自身が務めている場所、祈りと言う名のメイドだと話す内に気を落ちつかせ、肌や眼の色が戻って行く。
先輩と再会出来た喜び、親友との別れ。それらの気持ちが混ざり、シオリが話す途中でレイシは泣き付いた。
「もう……」
「泣いても、何も変わらないわよ」と。幾ら辛くとも、現実を受け入れる言葉が喉元まで出掛けたが。
それを飲み込み。黙って泣き止むまでそっと優しく、レイシの青い髪を撫で続ける眼差しは。
昔の自分自身を見るかの如く感じたし、そう当時を懐かしむ緑色の眼が、優しくも思えた。
「すみません。お時間を取らせてしまって」
「構わないわよ。余裕を持って早く来たし、十中八九、雇い主もまだ戻ってないだろうし」
「シオリ様が仕えるって……あの、人間嫌いのシオリ様がですか!?」
「えっ? 私、そんな風に見られてた、の?」
気が済むまで泣き続け、気持ちが落ち着いた頃。自分の為に時間を取らせた事を謝るも。
予定時間より余裕を持って到着しており、時間的な問題は無く、雇い主も帰還してないと話した。
人間嫌いと思われていた事がショックだったんだろうな。大層驚いて、四つん這いでへこんでた。
「お~い、シオリ~」
「噂をすればなんとやら。アレが私を雇った物好きよ」
遠くから聞き慣れた声が聞こえ、相も変わらぬ呼び声に、うろ覚えのことわざを言いつつ。
里の中から走り、此方へ走って来た雇い主を、呆れ気味に紹介していた。
「ふぅ、ふぅ。ご紹介に与りました、紅心と申します。あ、心と書いてシン、と読みます」
走って乱れた息を整え、被っていた帽子を取り、最低限の自己紹介と漢字で書いた際。
よく読み間違われる為、読み方を先に伝え、他に誰も近付いていないか、見回す。
その瞳は紅蓮を連想させる程に赤く、ショートヘアーの髪は黒い。若いのか、好青年にも見える。
「で。私を呼んだって事は、そう言う事?」
「うん。超古代遺跡の再度探索と、護衛を頼みたい」
「言っとくけど、力仕事は任せるからね?」
自己紹介が終わった頃を見計らい、自身をエルフの里へ呼び出した理由、役割を訊ねれば。
調査していた超古代遺跡に、隠し扉や罠、戦闘の可能性を考えて……らしい。
理由や役割には納得したが、力仕事は自身が受け持つ仕事の範囲外、だと言う。
ゲームだと魔法や弓矢がエルフ、ドワーフは炭鉱と鍛冶士ってイメージが強いよな。
「それで構わない。さぁ、行こうか」
「はいはい。それじゃあね。私、仕事だから」
話し合って互いに合意した後、心が走って案内する道を走る。
別れ際。此処に残った現森の巫女へ別れを告げ、走り去ってしまった。
残されたレイシは、もっと先輩と話したかった。と言う残念そうな顔だ。まあ、気持ちは解る。
ただ、紅心に対し、何故あの御方がこんな場違いな所に居るのか。先輩を雇っているのか、疑問そうな顔だった。
「レイシ。いつまで其処に立ってるんだ。今日からきっちり、森の巫女としての仕事があるぞ」
「は、はい。すみません」
緑色に染めた布服、白いズボンを穿いた村長と思わしき男性のエルフから呼び掛けられ。
何故……そう言った疑問を考え、理解しようとしていた意識は呼び戻され、謝りながら里の中へ走る。
大切な親友、ライチとまた会いたい。今度は二人で先輩と会って、巫女としての心構え等。
そんな事を聞きたい。レイシの心から叶えたい願い、欲望がどんどん膨れ上がるのを感じた。
「それとな。もし、シオリが戻って来たとしても。奴とは口を利くな」
「どうして、ですか?」
「奴は我々エルフ族の……!?」
里を歩く最中、シオリが戻って来ても話す事を禁じ、理由を聞かれた際。
当時の出来事を思い出しつつ、理由を話そうとした瞬間。
エルフの村長は、確かに『ソレ』を直感と身体中で感じ、同時に訴えられていた。
「どうか…しました?」
「い、いいいい、いや。なっ、ななな何でもない!!」
突然言葉を止めた事へ、疑問を持ち幾ら訊ねても、彼は答えない、答えれない。
何故なら「それ以上言えば、お前の一族を根絶やしにする」と、ソレが訴えるからだ。
「ところで。今、なんで里の方を見たの?」
「地獄耳だとねぇ~。余計な事まで聞こえちゃうものなのさ」
走る最中。エルフの里が在る方角を、紅い眼でチラッと見た理由を問うと。
耳が良過ぎると、望む望まざるに限らず、要らぬ事まで耳に入って来ると話す。
本人としては、見た……と言う表現に内心、安心しているんだろうな。
名前:未来寧
年齢:20歳(序章後半の年齢)
身長:157cm
体重:53kg
性別:女性
種族:人間
小学生時代、誰にも理解されない中、貴紀と仲良くなり今では太古の遺産扱いの、機械を弄り造るのが大好きな女性。
貴紀が冒険者・スレイヤーとして活動する為の装備、スレイヤー(パワード)スーツをジャンクから造りあげた。
再会して以降、技術者や相談役としても活躍し、影ながらの功績者。縁の下の力持ち的なポジションを勝ち取っている。
どうやら、貴紀とは『今』よりずっと前から出逢っていたそうだが……?




