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小野寺麻里奈は全校男子の敵である  作者: 田丸 彬禰
番外編 A Dream Goes On Forever Ⅰ
100/130

Pleiades

 のちに北高野球部の分岐点と呼ばれることになるあの試合がおこなわれてからしばらく経ったある夏の日の千葉の田舎。


 地元の人間にとってはすでに見慣れたものとなっているため周囲の雰囲気に溶け込んでいるように思えるのだが、初めてそれを見る者にとっては圧倒的な違和感を覚えるレンガ造りの大きな洋館。


 その一室でこの館の実質的な主である少女に呼び出されて東京からやってきたふたりの男女が少女の問いに困惑していた。


「野球?」


「そうです」


「お嬢様が通う高校の野球部を強くするためにはどうしたらよいか?ということですか?」


「そのとおりです」


「勝ちたい相手がいるのなら、手間をかけて自チームを強くするよりも、相手を潰してほうが効率的でないのですか」


「確かにそうなのですが、これは高校スポーツの話です。そこでそのような荒業を使うのはトリックを教えられた推理小説を読むくらいに興ざめすることと言わざるを得ません」


「まったくそのとおりです。相変わらず一の谷は金勘定しかできない無粋な男ですね」


「常々立花家の看板を交渉道具に使っている晶さんにそう言われるのはどうも釈然としませんが、とりあえず承知いたしました。それでは、私から意見を述べさせていただきます。私ならまず有能な人材を確保すると思います」


「一の谷。高校の野球部の話で人材という言葉はないでしょう」


「まあ、そのとおりなのですが、ハッキリ申し上げれば、私は野球というものに疎いです。そう言う晶さんはどうなのですか?」


「私は金儲けしか興味のないあなたとは違います」


「ということは野球について詳しいということなのですか?」


「当たり前です」


「では、申しわけないのですが、少しご教授いただけますか」


「いいでしょう。無知な一の谷に特別に無料で教えてあげます。野球とは投手が球を投げて打者が打つ。実に単純な球技なのです」


「それくらいは私も知っています。ということは……」


「申しわけございません、お嬢様。私もまったく詳しくありません。一の谷のつまらぬ言葉に何かを付け加えるならば、あとはハードワークあるのみというくらいしか思いつきません」


「それは私のものと比べても五十歩百歩にも届かないくらいの貴重なご提言ですね」


「一の谷にそう言われるのは大変悔しく屈辱的なことなのですが、まったくそのとおりと言わざるを得ません」


「ふたりとも野球についてはそれくらいの知識しかないであろうと思っていました。それでも、短期間に強くするためには、生半可な知識を持っている者に聞くよりも良いアイデアが出ると思ったのでふたりを呼んだのです。気にしないでください」


 そこで、少女は現在進めている南高没落計画について説明した。


「なるほど、理解しました。ですが、なぜそこでバスケットでもサッカーでもなく野球なのですか?」


「甲子園」


「それはネームバリューということでしょうか」


「それもありますが、南高野球部が全国大会に出場していないということもあります」


「承知しました。ということはやはり人材の確保でしょう」


「それは有能な選手を集めるということですか?」


「……とりあえず」


「一の谷にはそれについての何か妙案があるのですか?」


「妙案というほどではありませんが、多くの強豪校高校でおこなわれているスポーツ特待生制度をお嬢様の学校でも導入すればよろしいのではないでしょうか」


「北高は公立高校です。しかも、歴史があるだけに卒業生在校生を問わず学力優秀者が集う名門という過去の栄光を引きずった変なプライドを持っている者が多いのです。それに、来年はまりんさんを慕って北高に入学したいという女子が間違いなく増えます。そのような状況で限られた定員をそちらに回すということになれば内外からクレームが起こると思われます」


「そうですね。ということで、一の谷。あなたの愚かな案は却下です」


「いいえ、晶さん。そして、お嬢様。そういうことなら、それこそ妙案があります」


「それはどのようなものですか?」


「まず、このような場合は通常学校から県に申請するという形式をとりますが、それを逆にすればよいでしょう。つまり、県が学校にお願いするという形をとります。そうすれば学校発展のためには有害でしかない凡俗どものつまらぬ自尊心とやらも傷つけられるどころか、かえってくすぐられることになることでしょう」


「なるほど」


「それから、もうひとつの問題点についてはスポーツ特待生のためにクラスを増設すれば一般入試の生徒には影響は出ないと思われます。もちろんこちらも県側から学校にお願いする形をとります。こうすれば先ほどお嬢様が指摘された問題点は解消できると思われますがいかがでしょうか?」


「……いいですね。私はその案を採用してもいいと思いましたが、晶さんがどう思いますか?」


「私もそう思います。それからお嬢様がその計画を承認されるのであれば、高校と県に対しておこなう交渉は私にお任せください」


「では、よろしくお願いします」


「それから先ほどの人材確保についてですが続きがあります」


「何でしょうか?」


「一頭の獅子に率いられた羊の群れは、一頭の羊に率いられた獅子の群れを駆逐する」


「一頭の羊に率いられた百頭の狼の群れは、一頭の狼に率いられた羊の群れに敗れるとも言います。それで、それは監督のことですか?」


「そのとおりです。組織にはそれをまとめるものが必要なのです。そして、他の分野を参考にすれば有能な監督のもとには才能ある選手が集まることになります。選手の募集を始める前に有能な監督を手に入れるべきでしょう」


「生徒が集まるのは有能な監督か有名な監督なのかについては判断が分かれそうですが、どちらにしてもそれは困りました」


「それはどういうことでしょうか?」


「おそらくそのような監督はいくらお金を積まれても自分の名誉や経歴に傷つくような学校にはやってこないということです。しかも今の北高はその残念な学校に含まれます」


「それはそうですね。これは一般のヘッドハンティングとは状況が異なるものであることをすっかり失念しておりました。私の言のすべてをお忘れください」


「いいえ。確かに卵が先か鶏が先か的な話ではありますが、この場合はやはり監督が先だという一の谷の主張は正しいと思われます」


「そうは言いますが、たとえ理論が正しくても現実に監督が来なければ結局同じことです。それとも晶さんには北高に来てくれそうな有能な監督の心当たりがあるのですか?」


「あります。というか、正確にはその人物をよく知っているのは私ではなく夜見子なのですが」


「夜見子さん?」


「それはどのような方なのですか?」


「詳しくは知りませんが、夜見子の言葉を借りればたいそうな変人だそうです。そのため有能であるにもかかわらず学校や選手との衝突を繰り返し、チームどころか学校を追い出されたことも一度や二度ではなく、たしか今はどこの高校にも属しておらず草野球チームの監督をしているはずです」


「なるほど。しかし、本ばかり読んでいる引きこもりの夜見子さんと野球はまったく結びつきませんね」


「類は友を呼ぶ。変人繋がりなのでしょう」


「なるほど。ですが、変人代表である夜見子さんに変人と呼ばれるとはその方は何ともお気の毒で、何かしらのお見舞いの言葉を述べたくなりますね。それで晶さん。変人の夜見子さんに変人呼ばわりされたその方は実は常識人だったというオチはないでしょうね」


「あるわけがないでしょう。それはそれとして今の言葉、裏の裏は表的な表現とはあなたにしては随分気の利いた言い回しだこと。これまで聞いたあなたの言葉で最高の出来だったと言っておきましょう」


「ありがとうございます」


「おふたりの今の会話をそっくり夜見子さん本人に聞かせたいものです。それでその人の名前はわかりますか?」


「結城昴です」


「いい名前ですね。結城昴。昴君。では、近いうちにその昴君の為人を確かめにいくことにしましょう。もちろん夜見子さんも一緒に」




 それからしばらくした土曜日の昼下がり。


 草野球チーム同士による試合がおこなわれている河川敷にあるグラウンドを見下ろす土手には、中心にいる四人の男女を対象に傍目には過剰と思われる警備がおこなわれているとひと目でわかる一団があった。


「あれが昴君の野球なのですか?」


「昴君?彼はお嬢様よりもふた回りほど年長だと思うのですが」


「年齢は関係ありません。それに昴という名は年齢を問わず君をつけて呼ばれるべきものなのです」


「そういうものなのですか。私にはどうにも理解できないのですが、お嬢さまがそうおっしゃるのであればそれで結構です。それでご覧になった感想はどうでしょうか?」


「私は野球のトレンドというものに疎いのですが、あの守備体形は普通には見えませんね」


「あの極端な守備位置こそ彼の特徴となります。彼はあれをアクティブ・コントロール・ディフェンスと呼んでいます」


「アクティブ・コントロール・ディフェンス?たいそう大仰でまったく無意味な名前ですが、それで本当に勝てるのですか?」


「勝つときは」


「勝てないときは?」


「大敗です」


「いいですね。清々しくて」


「彼は攻守問わず奇策好きです。いつぞやのバントの構えからおこなったまさかのスクイズが決まった時などは観ているこちらが痺れました。……まあ、とにかく逸話になりそうな奇策は色々ありますが、そういうことで結果として負けるときは大敗になってしまいます」


「確かに監督は楽しいでしょうが、監督の思いつきに振り回される選手はどうなのですか?常識がある選手から文句が出そうなものですが」


「それがないのです。まったく」


「不思議ですね」


「本当に」


「どのような理由なのかを知りたいものです」


「もともと弱小チームだということもありますが、彼の奇策が決まったときに起きるジャイアントキリングの快感とペテンにかけられた相手チームの悔しがる表情が忘れられないからだと選手たちは笑いながら言っていました」


「……いいですね」


「ところで、夜見子は彼とどこで知り合ったの?」


「ここ」


「それはこのグラウンドということですか?」


「そう。一年ほど前に蒐書官の野球チームがボロ負けしました。彼が監督を務めるこの草野球チームに。どう見ても力はこちらが上であるのに、おかしな作戦を使用するチームに三回続けて負けたと蒐書官たちがあまりにも悔しがるので観に行ったことが始まりです。今は蒐書官のチームも面倒を見ると言う条件で彼と彼のチームのスポンサーをしています」


「……彼を私が通う学校の野球部監督に迎えたいと思っているですが、あなたの意見をお聞かせください」


「お嬢様が通う高校の野球部は強いのですか?」


「いいえ。非常に弱いです」


「そういうことなら、彼はお嬢様の申し出を受けると思います。なにしろ彼は典型的な天邪鬼で最高級の変人ですから」


「……ふふっ」


「……なるほど」


「ん?そこのふたり。あなたたちは今何か非常に失礼なことを考えていませんでしたか?」




 それから数日経った北高グラウンドに、その男はいた。


 ……確かに典型的な三流チームだ。だが、あのふたりの一年生は見どころがある。あいつらを中心に据えてあと二年も鍛えればおもしろいチームになるだろう。


 ……問題はやはり投手か。そういえば、来季からスポーツ推薦を始めると言っていたな。それに期待するか。


 ……久々に楽しくなってきた。


 ……この学校と天野川夜見子がどのような関係にあるかなど俺には関係ない。


 ……そう。俺はただおもしろい野球ができればそれでよいのだ。




「やらせてもらおう」




「お嬢様、内田現監督は監督を退くことを納得されたのですか?」


「……揉めた場合は金を握らせるつもりだったのですが必要ありませんでした」


「というと?」


「昴君がまだ高校の監督をやっていたときに内田監督は彼のチームの試合を観たことがあるそうです。相手は当時無敵を誇っていた高校だったらしいのですが、例の守備で相手のペースをガタガタにして圧倒したのだと目をキラキラさせて語っていたそうです。内田監督は昴君の指揮ぶりに感動して監督業に進んだそうです」


「では、すんなりとお役御免になることを了承してくれることになったのですか?」


「いいえ。内田監督はチームに残留することになりました」


「ということは結城氏が……ドタキャンしたということですか?」


「いいえ。『監督は内田さんに引き続きお願いしたい。自分はヘッドコーチをやらせてもらう』と昴君より申し出があったとのことです。結局は内田監督が部長、昴君が監督ということで落ち着きましたが」


「殊勝な物言いですね。話したかぎりはそのような人間にはみえませんでしたがどういう心境の変化なのでしょうか?」


「本人は安定して金をもらうためだと言っていたそうですが、たぶん違います」


「というと?」


「野球に専念したいということでしょう」


「あとは結城氏が望むような選手が集まるかどうかですね」


「こればかりは神のみぞ知る。です」

文中の昴君のくだりは、当然あのアニメのスバル君から。

そして、博子の最後のセリフは、もちろんあの方の言い回しを真似たものです。

「異世界かるてっと」から流れて最近初めて観ましたが、周囲の悪評に反して十分におもしろい部類に入るものでした。


サブタイトルのプレアデスは昴の英語名より。

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