30.
ウェッター隊長が栽培区画を一心不乱で目指している姿を見て、少しなら姿を消しても気づかれないだろうと思った。
先ほどからしつこく呼び出してくるアイツに会いに行こう。
第一、二、三部隊の皆は気づいていないだろうが、我々はすぐそばまで来ている。
最新のステルス機能は最新のレーダーでは検知できない。
こういうのを、中国の故事で矛盾と呼ぶことくらいは知っている。
あの人は人使いが荒い、とぼやく相手もいないが目の前に広がる暗黒の世界に言わざるをえなかった。
頭を覆うヘルメットもうざったいが、いつまでたってもなれることのないターバンは今すぐにでも外したい。
そんなことを考えていると時間がたつのはひどくゆっくりで、無線から自分を呼び戻す声が聞こえ始めた。
「わりぃな。きこえねぇってことにしてくれ。」
各部隊の船と巨大宇宙船を挟んで対称の位置に来た。
漂流していた巨大宇宙船が小さく見えるほどの大きな宇宙船がそこで俺を待っていた。
「ただいま。兄さん。」
我らが宇宙警察SPACE軍の本部船である。
もぞもぞする頭髪を抑え、複数ある滑走路のうち、自分に割り当てられた区画に戦闘機を着けた。
加圧され、セーフティランプがつくとヘルメットを外しターバンももちろん外してから戦闘機を降りた。
滑走路から船内に入るとカーキ色のつなぎを着たアイツがニコニコしながら立っている。
本部部隊所属の技術班班長ユウ・ナビルグ。今のSPACE軍の本部隊長の従兄弟にあたる。
「いやー、何度も何度も連絡しちゃってごめんねー。久しぶりに会えて嬉しいよ。」
「何の用だ、ユウ。」
「え、怖い。」
わざとらしく怯える相手に深いため息をつく。
「コロコロと性格変えられるほど器用じゃないんだ。俺もユウに会えたのは嬉しい、こんな時じゃなかったらね。」
「相変わらず厳しいね。」
嬉しい、といった言葉は本当のようでユウのアホ毛がせわしなく揺れている。
「で、本部技術班のユウ・ナビルグ班長のことだ。立派な武器を作ってくれたんだろうな。」
「その点は心配しないで。微妙に役に立つ便利グッズを渡そうと思ってね。」
微妙にってなんだ、と文句を言おうとした鼻面に両手で抱えるサイズの物体を押し付けられた。
「蜘蛛?」
「かわいいでしょ。自信作なんだ。」
見た目より重いそれを受け取る。
線の細い中年のユウが軽々と抱えていたのが謎である。
「電波妨害に悩みそうだなって、報告にもあったし作っちゃった。アンチジャミングマシーン。」
「アンチジャミングマシーン。」
おうむ返しにする俺に満足したのか笑顔を絶やさず話を続ける。
「詳しいことは時間もないし説明しないけど、これを正体不明の宇宙船だっけ?それに取り付ければ完了!すぐに効果が表れるはず。」
「わかった。」
「磁石になっているから投げつけちゃって平気だよ。それと、これで全てのジャミングを突破できるわけじゃないからね。気を付けて。」
なるほど、だから微妙に役立つ便利グッズなのか。
「すぐに第二部隊に戻るんだよね?」
「もちろんだ。ウェッター隊長を守んないとだからな。」
ニヤッと笑うと驚いたようにユウは目を丸くした。
「不仲だって聞いていたから僕たち心配していたんだけど、いつの間に心を入れ替えたわけ?」
「さあね。」
挨拶もせずユウと別れ再び戦闘機へ向かう。
「ちょっと待ってよ。それの取付けだけやらせて。」
俺に渡したばかりの蜘蛛否、アンチジャミングマシーンをひったくるとすたすたと戦闘機に歩いて行った。
重いのによく持てるよ、と感心する。
つなぎのポケットから何やら道具を取り出していじること数十秒、あっという間にさっきの機械は俺の戦闘機にぶら下がった。
「どうやって外すんだ。」
「この戦闘機はロボットアーム搭載型でしょ?だから、そのアームでつかんで投げてくれればいいよ。戦闘機との接続はすぐに切れるようになっているし、自分で姿勢制御もできるから何も考えず投げちゃって。」
「よくわかんないけど、投げりゃいいんだな。」
座席に放り投げてあったターバンを巻く。
「髪の毛隠したら雰囲気変わるねー。ライ君なんて気づかないんじゃない?」
「まだ気づいてないみたいだったな。」
仕上げとばかりにヘルメットをかぶりシートベルトを締める。
「んじゃ、ライ君によろしくねー。」
ユウは手を振りながら滑走路から退出した。
戦闘機の扉のロックを確認して管制官へ伝える。
目の前の扉に離陸までの時間が表示された。
5。
4。
3。
2。
急いでいたから若干フライングしてしまったが幸運にもほかの機体とは干渉しなかった。
『ジューダス副隊長!どこにいるんですか!』
第二部隊のコントロールセンターからの怒鳴り声が聞こえる。
無意識に通信音を最小にすると、まっすぐ宇宙船のほうへ向かった。




