28.
「こちらです。」
ライは再び緊急用ハッチに来ると、今度は乗り込まずその扉の横で停止した。
「全機が入れるほどの空間はありません。いかがしましょう。」
『中には何機くらい入れそうなんだ?』
「戦闘機なら4機、偵察機なら2機が限界だと思います。人員輸送機は無理ですね。」
『わかったわ。まず、ロイとB級隊員……ごめんなさい名前がわからないわ、が中に入って。』
ルイさんは瞬時に計画を立てたようで、次々に指示を出す。
『そうしたら、人員輸送機を緊急用ハッチにドッキングして隊員を移動させるわ。』
「承知しました。」
『人員の移動が完了した後、私が。最後にライが突入しましょう。』
その声きき、人員輸送船からワイヤーが音もなくするすると降りて行った。音がしていても真空中だから聞こえるわけもないのだが。
『ロイ。輸送船のワイヤーをあなたの偵察機に固定してから中に入って頂戴。偵察機をこのデカブツに固定し終わったらすぐに第一部隊は突入よ。』
『よし、わかった。』
隊長の声が聞こえたときには隊長のロボットアームがワイヤーの端をつかんでいた。
牽引用の突起にそれを固定するのと、偵察機が動き出すのはほぼ同時だった。ゆっくりとハッチに向かって動く。
久しぶりの操縦にもかかわらず、正確に中に入っている。
しばし、無音になる。
その沈黙を破ったのは隊長だった。
『こちら第三部隊隊長。固定が完了した。いつでも来い。』
『こちら第一部隊人員輸送船。指示通り突入を開始する。』
宇宙服を着た隊員らがワイヤーにぶら下がりながらぞろぞろと乗り込んでゆくさまがよく見えた。
いよいよだ、と背筋が伸びる。
偵察の時助けられなかった女の子の顔を思い出して気を引き締める。
しかし、なぜ彼女は生きながらえたのだろう。
人体実験を行うことで、ここにいた日本人が何を求めてたのかわからないが、その成果であることは確かだろう。
ということは、同じ実験を受けたであろうウェッター隊長にも同様の現象が起きてもおかしくない。しかし、本部がそれを監視している様子も無いし、人事部にいたときも隊長らのそういった危険性はないと確認していた。
あの目ざといナビルグの親戚一同が得体のしれない者を野放しにするわけがない。
もしかして、自分が気づいていないだけでウェッター隊長には常に監視の目があったのかもしれないな。
最後の1人を送り込むと、輸送船はワイヤーを切り離し、入口をソトニコワ隊長の乗る戦闘機に譲っていた。
監視するならどこからが良いだろうか。ふとあの血縁者たちの得意げな顔を思い浮かべた。それだけで、アホ毛が踊るのを感じる。
「!!まさかっ……!」
突然閃いたその答えは信じがたく、否定しようと証拠を探すも状況はその考えを裏付けるだけだった。
「悔しい……。同族に気づけないなんて。」
『ライくーん?来て頂戴?』
ルイさんからの通信で我に返る。
いつの間にかルイさんの機体は消え、残すは自分だけになっていた。
「すみません。すぐに向かいます。」
慌てて船内に入ってきた僕を隊長が突っつくが、構っている暇はなかった。
次々にルイさんから指示が出るのもそうだが、レイさんが心配でもあった。
『さて、ここからは第一部隊は各自船内の探索。残る私と第三部隊で生存者の救出を行うわ。』
ルイさんの合図と共に各自事前に決められた場所へと散る。
皆が居なくなったのを確認してから僕らは行動を開始した。
「ライ君。案内を頼むわね。」
ルイさんに背中を押され自然と先頭に立つ。
「こちらです。」
今回の目的は生存者の救助。迷わず、エレベーターへ向かうことにする。
僕の後にルイさん、リュウ君、隊長、ソニヤさんが続く。
『酸素濃度が高いな。』
「えっ。」
『本当ですね。地球上の大気よりも酸素濃度は濃いくらいです。』
隊長とリュウ君の声に驚き自分でもメータを確認する。
偵察に来たときはこの辺りはまだ酸素はなかった。
「本当ですね。人間が不自由なく呼吸できそうです。」
とはいえ、検知できない有毒物質が含まれる可能性や突然真空になる可能性もあるから誰もヘルメットは外さない。
『重力発生装置は作動していないみたいだな。』
「偵察の時は、私たちが栽培区画に踏み入れた時に作動しました。もしかしたら、センサで管理しているのかもしれないですね。」
『あるいは、罠かもしれない。』
ルイさんの冷たい声にハッとする。
「それは、どういう……。」
『偵察の時はエレベータの竪穴を通ったとの事だったけれど、もしその時重力発生装置が作動したら?一般的に、船の底に向かって引力を発生させるわけだから、』
『叩き付けられますね。』
ルイさんの言葉と引き継いだリュウ君の顔に表情はなかった。
ソニヤさんの身体がぶるっと震え恐怖に負けそうになっているのに気づいた。
『さっきそうならなかったのは運が良かっただけかもしれないわ。』
『そう煽るなよ、ルイ。』
隊長が苦笑しつつソニヤさんのヘルメットの上から頭をなでる。
経験の浅い隊員が恐怖に足がすくんでこれ以上進めなくなったら困るとの判断だろう。
日頃、そんなことをする人ではないだけに驚いた。
『た、隊長!私は大丈夫ですから!』
慌てた様子のソニヤさんに思わず笑ってしまう。
「たまには、優しいところもあるんですよ。ゼラル隊長かっこいいですから!」
『惚れてもいいんだぞ。』
ソニヤさんの反応が面白く、つい二人して悪ふざけをしてしまった。
『はい、そこまで。』
ソニヤさんは隊長の手を払いのけると、怪訝な顔をしているルイさんの後ろに隠れた。
『そういうおふざけも必要と思うけど、帰ってからにして頂戴ね。』
『はいはい、悪かったよ。』
「申し訳ありませんでした。」
うなだれる二人の横でリュウがエレベーター前に落ちていたバールを拾い上げる。
『SPACE軍の支給品ですね。』
「それは、偵察の時に使ったバールです。」
そう言ってから、おや?と不思議に思った。
偵察から撤退したときは、エレベーターの扉にバールを咬ませていたいたままだったはずだ。
たまたま扉が閉まっただけ、と考えたいがさっきは電力が供給されていなかった。
「隊長。このエレベーターは危険です。」
『わかった。別のルートを探そう。』
理由も聞かず、隊長はそれ以上エレベーターを調べはしなかった。
『ライ君、何か考えがあるのね。』
「はい。先ほど来たとき扉を開けたままにしていたのですが、それが閉まっているのはどうも不自然に感じます。考えすぎかもしれませんが、他に道があるならそれを使ったほうが良いと思います。」
皆が、他のエレベーターもしくは階段を探そうと再び船内の長い廊下を捜索し始めた。
暫く進むと低いモータの音が聞こえた。音、というより振動に近いかもしれない。
僕の耳は確実にそれを捕らえた。
リュウ君は距離が離れた僕に気が付いたようで不思議そうな顔をして停止し、こちらをじっと見ているが、前を行く隊長らは気づいていないようで立ち止まった僕とどんどん距離が開いてしまった。
呼び止めようにも、モータ音を遮ることが憚られついに三人の姿は区別がつかなくなるほど遠くなってしまった。
「この音は大きめのモータ……だけど、重力発生装置ではないな。」
『ライさん。何が聞こえているんですか?』
立ち止まっていたリュウ君が引き返してくれた。
「モータ音です。」
そう答えると同時にモータ音は消えてしまった。
「隊長!」
この隙に、と通信を入れる。
しかし、それはできなかった。
ただ、ブツブツと音を立てているだけだ。
「リュウ君。どうやら私の無線機が壊れてしまったようです。」
また電波妨害かと思うが、ザーザーとした音が一切入らないことが気になる。
「リュウ君?」
返事がなく、ハッとする。
無線機が壊れていたら、ヘルメットを被った状態では会話ができない。
もしかしたら、こちらの声だけは届いているかもしれないと思い確信もないまま喋りだす。。
「こちら第三部隊副隊長、ライ・ナビルグ。異音を確認。発生源へ向かいます。」
さっき見たエレベータの音で間違いないだろう。
来たばかりの廊下を引き返す。
「エレベーターの駆動音だと思います。無線機の故障で返事は一切聞こえておりませんから、先ほどのエレベーターの前まで来てくださると助かります。」
相変わらず誰からの返事もなかった。
「リュウ君、行きましょう。」
やはりリュウ君も聞こえていないようでジッとこちらを見ていたが、やがて大きくうなずき僕の後についてきた。
二人の無線が同時に壊れるとは考えにくい。
従叔父にあたる本部技術班のユウが、こういった不可解な現象を「妖精さんのいたずらだ」と憎々しげに言っていたのを思い出した。
先ほどのエレベータの前まで来た時だ。
オレンジ色のランプが点灯し、徐々にエレベーターのかごが自分のいるフロアに近づいているのがわかった。
目の前についたときには、固く閉ざされていた扉は大きく口を開け、殺風景で狭い空間を晒していた。
「乗れってことですかね。」
罠の可能性も捨てきれない為、隊長に確認しようと思うが相変わらず無線は嫌な音を立てるだけだった。
しかも、階数を表示しているランプの点滅がだんだんと早くなっている。
きっと時間制限で閉まってしまうのだろう。
「くそっ!どうなっても知らないぞ!」
僕が飛び乗ると、リュウ君は躊躇っているようだった。
安全が全く保証されない状況で、一緒に行くことは強要できない。
ましてや、お互いに意思の疎通がままならない状況だ。
そこにいてもいいよ、の意味をこめて手を振るとリュウ君はばねのように跳躍し僕の真横に着地した。
それと同時に扉が閉まる。
足音が聞こえたような気がした。しかし、扉はもう閉まってしまった。
暫くの沈黙。
まさか、閉じ込められた?
リュウ君と顔を見合わせる。
しかし思ったのもつかの間、ぐっと床が近づいた。
かごが上昇している。
向かい合って立っていた僕とリュウ君はお互いのヘルメットを強かに打ち付け、その音に耳を聾した。
加速するかごの床に押し付けられたまま、何とか首を回して階数表示を確認する。
ふと、笑いが漏れた。
「読めないなんてことある?」
デザインとしてはとても優秀だが、なぜそこに漢字を使ったんだとデザイナーを胸のうちで叱責しながら僕は意識を手放した。




