第五十四話 竜石による影響
「あ……ここは……」
椅子で寝ていたニルスが目を覚ました。
耳を半分ほど隠す黒髪が、ところどころ跳ねていて、寝ぼけたように目が細くなっていた。
椅子の上で上半身を起こした彼を、窓から差し込む光が照らしている。
「おう、起きたか。ニルス」
俺がそう声をかけた瞬間、ニルスの瞳がカッ、っと開いて、飛び起きて身構える。
「ほう、元気の良いガキだ」
サリスが舌なめずりをして近づくと、ニルスの足がガタガタと震えていた。
「サリス、お前が言うと冗談じゃなくなるから、やめてくれ」
「冗談じゃないぞ? 捕虜、そして食料だろ?」
「いや、捕虜じゃないし、食料でもない」
サリスは詰まらなさそうに定位置に戻ってくると、ニルスに昨夜のことを説明した。
「く……そっ……」
悔しそうにニルスは俯き、肩が小刻みに震えている。
「ニルス……どうして、ヘイザスの元に?」
「……金、金がなかったんだよ。だから、冒険者をしていたら、声をかけられて雇われた」
冒険者?
「あ、ラグルさん。冒険者って言うのはですね、お金を対価に、いろんな仕事をこなす人達のことです」
「なるほど。つまり、ニルスはそこで働いてたわけだ」
「まぁ……そうだ」
「ん? 村の金は?」
「…………」
使ったな、コイツ。
「うるせーっ! テメーらがあんな仕事を押しつけるのが、わりいんだよ」
開き直って顔を背けたニルスの横顔をじっと見つめる。
「う……、その、金はちゃんと返す……」
耐えきれなくなった彼が呟く。
昔から素直じゃない奴なんだけど、根は悪い奴ではない。
まあ、犯罪だけど、そこはじっちゃんに任せよう。
「お前はこれからどうするんだ?」
「……どうも、何も……村には戻らねーよ」
「そうか。狩人にはならなくていいのか? 今のお前なら、可能性はあるぞ――」
「――本当か! はっ! おほんっ……戻んねー」
素直じゃない奴め。
「俺がいなくなって、みんな大変だと思うんだが……今なら、すぐにでもなれるかも知れないぞ〜」
と、わざとらしく煽り立てる。
「ぐ……」
「みんな困ってると思うんだよな。頼むから、戻ってもらえると助かる」
今度は下から言ってみることにした。
「はんっ! そこまで言うならしかたねーな。ハリシェス村は俺がいねーと、ダメみたいだからよ!」
ニルスは、鼻を鳴らして顔を戻す。
本当に素直じゃないな、ニルスは。戻りたいって顔に書いてあるのに、こうでもしないと首を縦に振らないし。
「あ、あの……ニルスさん。少しいいですか?」
「なんだ?」
「ヘイザス兄様が……その、あのように変わってしまった原因を知っていますか?」
ロラーナが椅子から立ち上がって、ニルスに言葉をかける。
ニルスの黒い瞳が俺の背後に向けられた。
「……元々、ゴーレムみたいで無機質な性格だよな、ヘイザスって」
ニルスが話し始める。
「アイツの昔は知らねーけどよ……たまに、部屋から苦しそうな叫び声が聞こえてくるんだ」
「兄様の叫び声?」
「そう――ベネ、やめろってさ」
竜石『ベネ』、それが影響していることは間違いなかった。
レイラが怪物のような姿になってしまったのは、竜石が関係しているのだろう。
「でも、最近それがなくなったんだよ。なんつーか……ヘイザスの顔が別人に見えやがる」
「別人……」
「俺もよく分かんねーけどさ。なんだろう、中身が入れ替わったみたいに見えるんだ……知ってるのはそれくらいだ」
ニルスが話し終えると、俺達に背中を向けた。
「行くのか?」
「ああ、村に帰る」
そう言うと、背中を向けたまま手を振って、ニルスが出ていってしまった。
「ラグル様、良かったんですか?」
「何がだ? リズアラ」
「もし、仲間になってもらえれば、心強いかと」
ニルスは確かに強いが、まだ一皮むけただけ。
狩人としても、戦士としても、まだ弱い部分が多くあった。
未熟だが確かに、一人でも多くの仲間がいてくれることは心強いが――
「リズアラ、あの程度だと――死ぬからやめとけ」
「死ぬ……しかし、ヘイザス様を守るくらい強いのではないでしょうか?」
「心だ」
サリスが俺の代わりに答えてくれた。
「心……」
「まだ、死ぬ覚悟ができていない」
「なるほど」
「まぁ、そう言うことだよ。リズアラ」
だから、今回は引き入れることはしなかった。
「不死身のサリスに、死ぬ覚悟は説かれたくないけどな」
「はっ! 死など超越すればいい――」
サリスが鼻で笑う。
すると、開いた窓から一匹の白いコウモリが中に入ってくる。
「――ただいま戻りました」
アリシャだ。
「どうであった?」
「……昨日と同じ」
「だろうな」
レイラが生き返ったこと、部屋の中の死体が消えたこと、それが今日も起きるのか、アリシャに城に偵察に行ってもらっていた。
その口ぶりから、同じことが起きたらしい。
「あの、双子の召使いが中に入ると、部屋の中はやはり――」
「そうなると、今夜もレイラが現れる、か」




