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第39話 前に出たい者たち

 役割希望調査で、最も多かったのは前衛だった。


 剣を持つ者。


 槍を持つ者。


 盾を持つ者。


 魔法で正面から敵を撃ちたい者。


 とにかく前へ出たい者。


 理由は分かる。


 前衛は分かりやすい。


 目立つ。


 強そうに見える。


 勇者学校という名の場所で、前に立つことは特別な意味を持つ。


 勇者とは、前へ出る者。


 そう考える生徒は多いのだろう。


 だが、前に出たいことと、前に出られることは違う。


 前に出られることと、前で生き残れることも違う。


 そして、前で生き残れることと、班を守れることは、さらに違う。


 私は朝の教室で、前衛希望者の用紙を並べながら、その違いについて考えていた。


「また難しい顔だな」


 隣からアレンの声がした。


 最近、彼は私が木板や用紙を広げていると、当然のように見に来る。


 危険個体であり、有用個体。


 そして現在は、学級委員業務における非公式補助者のようになっている。


「前衛希望者が多すぎます」


「だろうな」


「なぜ当然のように言うのですか」


「勇者学校だから」


 アレンは肩をすくめた。


「みんな、前に出て剣振って勝つのが勇者っぽいと思ってるんだろ」


「アレンはそう思わないのですか」


「昔は思ってた」


 私は手を止めた。


 アレンは用紙の束を見ている。


 その横顔は、いつもの皮肉っぽさより少し静かだった。


「今は?」


「前に出るやつがいるなら、そいつを死なせないために見るやつもいるんだろうな、とは思う」


「大きな変化です」


「評価はいい」


「我慢します」


「遅い」


 アレンは少し笑った。


 その時、クロードが近づいてきた。


 手には、貴族生徒側の前衛希望者リストがある。


「ディア、前衛希望者の中で、実際に前衛適性が高い者と、単に前に出たいだけの者を分けた」


「ありがとうございます」


「ただ、問題がある」


「何でしょう」


 クロードは眉を寄せた。


「前衛適性が低い者ほど、前衛を強く希望している場合がある」


「理由は?」


「家の期待、本人の見栄、過去の失敗の取り返し。おそらく、その辺りだ」


 私は頷いた。


 予想通りではある。


 前に出たい者の中には、前に出る能力がある者だけでなく、前に出なければ価値がないと思っている者もいる。


 これは危険だ。


 アレンと似ている。


 いや、アレンは前に出られない自分を責めていた。


 彼らは前に出られないかもしれない自分を認めたくない。


 方向は違うが、根は近いかもしれない。


「具体的には誰ですか」


 クロードは一枚の用紙を出した。


 名前は、ベルト・ガーランド。


 貴族出身の男子生徒。


 剣術は中の上。


 魔力量は平均。


 ただし、模擬戦では突っ込みすぎて周囲を見ない傾向がある。


 以前、演習林訓練で上級生に接触され、十秒停止になった班にいた生徒だ。


 第一希望、前衛。


 第二希望、前衛。


 第三希望、前衛。


 避けたい役割、後衛、支援、撤退補助。


 欄外。


 ――ガーランド家の者として、後ろに下がる選択はない。


 私はその一文を見て、少し眉を寄せた。


「強い言葉ですね」


「家の方針だろう」


 クロードが言う。


「ガーランド家は武門貴族だ。前で戦うことを重視する」


「クロードはどう見ますか」


「前へ出る勇気はある。剣も悪くない。だが、視野が狭い。今のままなら、班を守る前に自分が孤立する」


 厳しい。


 だが、的確。


 アレンが用紙を覗き込み、すぐに顔をしかめた。


「これ、前衛っていうより、前に出たいだけだな」


「アレン」


「何だよ」


「言い方」


「お前に言われたくない」


 それはそうかもしれない。


 私は用紙を置いた。


「直接話しましょう」


「誰が」


 クロードが聞く。


「私とクロードで」


「僕も?」


「ガーランド家の者なら、同じ貴族であるあなたの言葉が必要です」


「……分かった」


 アレンが言う。


「俺は?」


「必要なら呼びます」


「呼ばれる気がするな」


「はい」


「否定しろよ」


 否定できない。


 ベルト・ガーランドは、昼休みに教室の隅へ来た。


 背が高く、肩幅もある。


 剣術訓練ではいつも正面に立ちたがる生徒だ。


 彼は私とクロードを見て、少し警戒した顔をした。


「役割希望の件ですか」


「はい」


 私は頷く。


「前衛を強く希望していますね」


「当然です」


 即答だった。


「俺はガーランド家の人間です。後ろに下がるような真似はしません」


 クロードの眉がわずかに動いた。


 彼にとっても、その言葉は理解できるのだろう。


 家の誇り。


 責任。


 前に立つ義務。


 私は尋ねる。


「後ろに下がることは、恥ですか」


「はい」


「なぜですか」


「戦う力がある者が前に出なければ、誰が弱い者を守るんです」


 その言葉自体は、悪くない。


 むしろ、責任感がある。


 問題は、その責任感が一方向に固まりすぎていることだ。


 クロードが口を開いた。


「ガーランド。前に出ることと、前に出続けることは違う」


 ベルトは少し反発するようにクロードを見た。


「レインハルト家のあなたに言われるとは思いませんでした」


「僕も以前なら、君に近い考えだった」


 クロードは淡々と言った。


「だが、前衛が下がらないことで、後衛の射線を塞ぐことがある。支援役の視界を奪うこともある。撤退路を潰すこともある」


「それは、前衛が弱いからでは?」


 ベルトの声が少し硬くなる。


「強い前衛なら、押し切れます」


 アレンを呼ぶべきかもしれない。


 私はそう思った瞬間、背後から声がした。


「それで押し切れなかったら?」


 アレンだった。


 やはり来た。


 なぜいる。


 いや、彼は最初から近くにいたのだろう。


 観察役なので。


 ベルトはアレンを見る。


 表情が少し変わった。


 勇者血統フォルク家の落ちこぼれ。


 そう見る目。


 以前なら、アレンもすぐ皮肉で逃げたかもしれない。


 だが、今のアレンは違った。


「押し切れなかった時、お前が前で止まったら、後ろはどう動くんだ?」


「それは、後ろが支援すれば」


「支援するには、お前が何を見て、どこで止まるか分からないと無理だろ」


 ベルトは言葉に詰まった。


 アレンは続ける。


「前に出るなって話じゃない。前に出るなら、後ろが使える前衛になれって話だ」


 その言葉は強かった。


 前に出るなら、後ろが使える前衛になれ。


 クロードが少し目を細める。


 彼もその言葉を評価したようだった。


 ベルトはアレンを睨んだ。


「君に前衛の何が分かる」


 教室の空気が少し冷える。


 アレンは少しだけ笑った。


 自嘲ではない。


 だが、痛みを含んだ笑いだった。


「前衛が失敗した時、後ろで何が見えるかは分かる」


 ベルトは黙った。


 私はアレンを見る。


 彼は逃げなかった。


 自分が前衛になれないことを、武器の一部として使っている。


 私は少し胸が熱くなるのを感じた。


「ベルト」


 私は呼びかける。


「あなたを前衛から外したいわけではありません」


「では、何が問題なのですか」


「希望用紙に、前衛以外の選択肢がありません」


「前衛希望ですから」


「前衛にも種類があります」


 ベルトが眉をひそめる。


「種類?」


「はい。押し込む前衛。止める前衛。引きつける前衛。後衛の射線を作る前衛。撤退時間を稼ぐ前衛。班員を逃がす前衛」


 私は木板に簡単な図を描いた。


「あなたは、押し込む意識が強い。ですが、班訓練では、後衛のミナのような射手、ティナのような支援役、ポルカのような経路確認役、アレンのような観察役と組む可能性があります。その時、ただ前に出るだけでは、彼らの力を殺します」


 ベルトは木板を見ていた。


 怒りはまだある。


 だが、聞いている。


 クロードが言う。


「ガーランド家の者として前に立つなら、後ろにいる者の力まで背負うべきだ。前に出ることだけを誇るな。後ろを使えることを誇れ」


 ベルトはクロードを見る。


 同じ貴族。


 しかも、レインハルト家。


 その言葉は重いらしい。


「……俺は、後衛に回れと言われているわけではないのですね」


「いいえ」


 私は答えた。


「あなたには、前衛を希望してもらいます。ただし、第二希望に『防衛前衛』または『射線確保前衛』を入れてください」


「射線確保前衛」


「後衛が撃ちやすい位置を作る前衛です」


 ミナが遠くからこちらを見ていた。


 おそらく聞こえている。


 ベルトはしばらく考えた。


「それは、前衛ですか」


「はい」


 クロードが言う。


「立派な前衛だ」


 アレンが付け足す。


「後ろからすると、そういう前衛の方がありがたい」


 ベルトは少しだけ唇を結んだ。


 そして、紙を受け取った。


「……第二希望に書きます」


「ありがとうございます」


「ただし、第一希望は前衛です」


「問題ありません」


「俺は下がりません」


 私は少し考えた。


「下がる練習も、前衛の訓練に含めます」


「なぜです」


「下がれない前衛は、押し込まれた時に折れます。下がれる前衛は、形を保てます」


 ベルトは不満そうだった。


 だが、完全には否定しなかった。


「……検討します」


「はい」


 彼は用紙を持って席へ戻った。


 アレンが息を吐く。


「面倒だな、前に出たい連中」


「昔の自分を見ているようですか」


「俺は前に出たくても出られなかった側だ」


「はい」


「でも、まあ」


 アレンはベルトの背中を見た。


「前に出なきゃ価値がないと思ってるところは、少し分かる」


 私は何も言わなかった。


 評価すると逃げ場がなくなる。


 学習済みである。


 代わりに、こう言った。


「聞けてよかったです」


 アレンは少しだけこちらを見た。


「それくらいなら、まあ」


 クロードが静かに言う。


「僕にも分かる。貴族として、前に立たなければ価値がないと思っていた」


「今は違うのですか」


「前に立つことは必要だ。だが、前に立つ者は、後ろを見る責任もある」


 クロードはそう言った。


 彼の成長も大きい。


 責任という言葉の向きが変わっている。


 自分の誇りのためだけではなく、後ろにいる者のために。


 昼休みの役割相談は、その後も続いた。


 前衛希望者は多い。


 その全員を否定することはできない。


 否定すべきでもない。


 前に出たいという気持ちには、勇気もある。


 責任感もある。


 認められたい願いもある。


 ただ、それをそのまま突撃に変えれば危険だ。


 だから、名前をつける。


 押し込む前衛。


 止める前衛。


 防衛前衛。


 射線確保前衛。


 囮前衛。


 撤退支援前衛。


 前衛という一つの言葉を分けるだけで、生徒たちの顔が変わった。


「俺、止める方ならできるかも」


「射線作るって、後衛と相談するのか」


「囮って、わざと目立つってこと?」


「撤退支援って格好悪くない?」


「いや、全員を戻す役なら格好いいだろ」


 教室の空気が少し変わる。


 前に出ることだけが前衛ではない。


 その考えが、少しずつ広がっていく。


 ティナがそっと私の隣に来た。


「ルシェラ、すごいね」


「私は名前を分けただけです」


「それがすごいんだよ。みんな、自分のやりたいことがちょっと分かりやすくなったみたい」


「名前があると、動きやすくなるようです」


「うん」


 ティナは笑った。


「友達もそうかもね」


「友達?」


「うん。名前を呼ぶと、ただの誰かじゃなくなるでしょ」


 私は少しだけ黙った。


 名前。


 名前を持つ同級生。


 敵という言葉だけでは足りない。


 前衛という言葉も、一つでは足りない。


 人も、役割も、一つの分類では足りない。


 たぶん、そういうことだ。


 放課後。


 グレイン先生に報告すると、先生は希望用紙の変更分を見て、少しだけ口元を緩めた。


「前衛を減らしたのではなく、前衛の種類を増やしたか」


「はい」


「悪くない」


 悪くない。


 グレイン先生の褒め言葉である。


「ただし、次の訓練で実際に動けなければ意味がない」


「はい」


「特にガーランドは見ておけ。あれは前に出ることに価値を置きすぎている。折れる時は一気に折れる」


「承知しました」


「フォルクを近くに置け。あいつは、そういう折れ方に気づく」


 先生も分かっている。


 アレンの目の価値を。


「はい」


「レインハルトにも前衛側の補助をさせろ。貴族の誇りを折らずに形を変えるには、同じ立場の言葉がいる」


「はい」


 先生の指示は的確だった。


 人を見る。


 役割を見る。


 折れ方を見る。


 やはり、グレイン先生は教師として危険なほど優秀である。


 夜。


 私は記録を書いた。


 ――前衛希望者の調整を実施。前衛希望は単なる役割希望ではなく、誇り、見栄、責任感、承認欲求が混ざる。

 ――ベルト・ガーランド。武門貴族出身。前衛以外を恥と捉える傾向。クロード、アレンと共に面談。第二希望に射線確保前衛を追加。

 ――前衛にも種類を設定。押し込む前衛、止める前衛、防衛前衛、射線確保前衛、囮前衛、撤退支援前衛。

 ――名前を分けることで、生徒たちが自分の役割を選びやすくなった。

 ――グレイン先生より、ガーランドは折れる時に一気に折れる可能性あり。アレンを近くに置くよう助言。

 ――クロード、前に立つ者は後ろを見る責任もあると発言。成長。

 ――アレン、前に出なければ価値がないと思う気持ちが少し分かると発言。重要。


 最後に一行。


 ――役割も、人も、一つの名前では足りないことがある。


 私は羽ペンを置いた。


 学級委員の仕事は、やはり戦場より難しい。


 戦場なら、敵と味方を分ける。


 前衛と後衛を分ける。


 勝利と撤退を分ける。


 だが、教室ではそう簡単に分けられない。


 前に出たい者の中には、責任感も、恐怖も、見栄も、祈りもある。


 それを一つずつほどいて、役割の名前を与える。


 これは、魔王城で習ったどの軍略よりも細かい作業だった。


 でも、嫌ではない。


 少しだけ、楽しい。


 そう書こうとして、私は羽ペンを止めた。


 すでに、分かっている。


 私はこの仕事を、少し楽しみ始めている。

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