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第23話 旗を取ったのは誰ですか

 翌朝の一年二組は、少しだけ騒がしかった。


 理由は昨日の演習である。


 校内演習林で行われた臨時班訓練。


 各班が指定された旗を探し、上級生の妨害や罠札を避け、時間内に戻る。


 結果として、私たち第一班は旗を回収し、さらに途中で足を痛めた別班の生徒を搬送した。


 任務としては成功。


 班行動としても、おそらく悪くない成果だった。


 だが、人間の教室では、成果の扱い方にも問題が発生するらしい。


「昨日の第一班、すごかったらしいな」


「赤旗取ったんだろ?」


「しかも怪我人も運んだって」


「やっぱりレインハルトがいたからか」


「いや、ルシェラさんが班長だったんだって」


「でも旗取ったのはポルカだろ?」


「えっ、あのポルカが?」


 教室のあちこちで、そんな声が聞こえる。


 私は自分の席で、周囲の会話を観察していた。


 噂は広がる。


 ただし、また文脈が欠落している。


 クロードがいたから成功した。


 私が班長だったから成功した。


 ポルカが旗を取ったから成功した。


 どれも間違ってはいない。


 だが、どれか一つだけでは不十分だ。


 昨日の成功は、単独の功績ではない。


 クロードが正面で上級生の注意を引いた。


 ミナが井戸裏の上級生を牽制した。


 アレンが罠札と敵の動きを見つけた。


 ポルカが狭い経路を抜けて旗を取った。


 ティナが負傷者を処置した。


 私はそれをつないだ。


 つまり、班全体の成果である。


 それをどう説明すればよいのか。


 魔王軍の報告書なら、役割ごとの功績を分類して記載すれば済む。


 しかし教室の噂に対し、いきなり功績表を配るのは不自然だろう。


 たぶん。


「ルシェラ、難しい顔してる」


 ティナが隣の席で笑った。


「昨日のことを考えていました」


「あー、噂になってるね」


「はい。情報が部分的に伝わっています」


「まあ、噂ってそんなもんじゃない?」


「危険です。功績の誤配分は、組織内の不満につながります」


「言い方が堅い!」


 ティナは笑ったが、すぐに少し真面目な顔になった。


「でも、分かるかも。ポルカ、朝からずっとそわそわしてるし」


 見ると、ポルカは自分の席で小さくなっていた。


 昨日、彼は旗を取った。


 その事実だけが広まり、「あのポルカが?」という驚きの声が向けられている。


 本人は嬉しいのか怖いのか分からない顔をしていた。


 おそらく両方だ。


 注目されたいわけではない。


 だが、認められるのは嬉しい。


 ただし、注目されすぎると逃げたい。


 複雑な個体である。


 クロードは前方の席で、貴族生徒たちから話しかけられていた。


「さすがレインハルトだな。上級生を引きつけたんだろ」


「前衛として当然の役割を果たしただけだ」


 クロードはそう返している。


 だが、少しだけ表情が硬い。


 おそらく、彼も昨日の成果が自分だけのものではないと理解している。


 ミナは窓側の席で静かに教科書を読んでいた。


 だが、時々教室の会話に視線を向けている。


 アレンは後ろの席で頬杖をつき、いつものように面倒そうな顔をしていた。


 しかし、彼の近くで男子生徒がこんなことを言った。


「第一班、フォルクもいたんだろ? 何かしたのか?」


 空気が少し止まった。


 アレンは何も言わない。


 男子生徒は悪意半分、好奇心半分という顔だった。


 以前なら、周囲も笑って流したかもしれない。


 だが今日は、そうはならなかった。


「アレンは見つけたよ」


 ティナが言った。


 声は明るいが、少し強い。


「罠札とか、上級生の位置とか。アレンが言ってくれたから、ポルカも旗を取りに行けたんだよ」


 男子生徒は少し驚いた顔をした。


「へえ、そうなんだ」


「うん。すごかったよ」


 ティナは当然のように言った。


 アレンは顔を背けた。


 耳が少し赤い。


 私はその様子を見て、胸の奥が少し温かくなった。


 ティナは自然に人を支える。


 しかも、重くしすぎない。


 明るく、でも必要なことを言う。


 これは重要な力だ。


「ティナ」


「うん?」


「今の対応は有効でした」


「えっ、褒められた?」


「はい。誤った認識を自然に修正しました」


「やった。でも、もうちょっと普通に褒めてくれてもいいよ」


「すごかったです」


「急に素直!」


 ティナは嬉しそうに笑った。


 その時、グレイン先生が教室へ入ってきた。


 教室のざわめきがすぐに小さくなる。


 先生は教壇に立ち、出席簿を置いた。


「昨日の演習について講評する」


 教室全体が静まった。


 これは重要だ。


 教師の公式な講評は、噂より強い。


 ここで功績がどう扱われるかによって、生徒たちの認識も変わる。


 グレイン先生は黒板に、各班の結果を書いた。


 旗回収成功。


 時間内帰還。


 負傷者対応。


 罠札接触回数。


 上級生接触回数。


 数字として見ると、班ごとの違いが明確だった。


 第一班は、旗回収成功、負傷者搬送、罠札接触なし、上級生接触なし。


 かなり良い。


 私は少し安心した。


「第一班」


 先生がこちらを見る。


 教室中の視線も集まる。


「昨日の成果は良かった。だが、理由を間違えるな」


 理由。


 私は背筋を伸ばした。


「旗を取ったのは誰だ」


 グレイン先生が問う。


 教室が少しざわつく。


 何人かがポルカを見る。


 ポルカはびくっと肩を跳ねさせた。


「リント」


「ひゃいっ!」


「旗を取ったのはお前か」


「え、えっと、手で掴んだのは僕です……!」


「そうだな」


 先生は頷く。


「だが、リント一人で取ったわけではない」


 ポルカが目を瞬かせる。


 グレイン先生は黒板に、第一班の名前を書いた。


「レインハルトは正面で上級生の注意を引いた。これがなければ、旗には近づけなかった」


 クロードが静かに頷く。


「オルステッドは井戸裏の上級生を牽制した。あれで相手の動きが一拍遅れた」


 ミナは短く「はい」と答えた。


「フォルクは罠札と上級生の初動を見て、言葉にした。情報がなければ、リントは足元の罠を踏んでいた」


 アレンの肩がわずかに動いた。


 周囲の視線が彼へ向く。


 今度は、嘲笑ではなかった。


「マールは負傷者を処置し、班の目的を旗回収だけにしなかった。あれは重要だ」


 ティナの表情が明るくなる。


「ディアは、それらをつないだ。班長としての判断は悪くない。ただし、自分で見ようとしすぎる癖は直せ」


「はい」


 直すべき点は多い。


 だが、講評は正確だった。


 グレイン先生は教室全体を見渡した。


「旗を取ったのは、リントの手だ。だが、旗を取らせたのは班全員だ」


 その言葉で、教室が静かになった。


「戦場で功績を一人に集めすぎるな。逆に、失敗を一人に押しつけるな。班で動いたなら、結果も班で受けろ」


 私はその言葉を心の中で記録した。


 功績を一人に集めすぎない。


 失敗を一人に押しつけない。


 これは魔王軍でも重要な考え方だ。


 だが、現実には簡単ではない。


 功績を欲しがる者もいる。


 失敗を避ける者もいる。


 人間の学校で、それを初期から教えるのは合理的だ。


「リント」


「はいっ」


「お前は怖がりだ」


「知っています!」


「だが、逃げ道が見えていれば動ける。昨日はそれを証明した」


 ポルカの目が潤んだ。


「はい……!」


「フォルク」


「はい」


「お前は見える。だが、昨日も指示が遅れる場面があった。見えたものを早く、短く伝えろ」


「はい」


「レインハルト」


「はい」


「前に出る力はある。だが、自分が目立つほど他が動きやすくなる場合と、逆に視線を集めすぎる場合がある。使い分けろ」


「はい」


「マール」


「はい!」


「助ける判断は早い。だが、自分の位置を忘れるな。支援役が倒れれば、班は一気に弱くなる」


「はい!」


「オルステッド」


「はい」


「牽制は良かった。だが、単独で判断しすぎるな。見えたものは班へ渡せ」


「はい」


「ディア」


「はい」


「お前は全員を見ようとする。悪くはない。だが、全員を見るなら、全員に見させろ」


 全員に見させる。


 私は昨日書いた言葉を思い出した。


 みんなの目をつなげばいい。


「承知しました」


 グレイン先生は頷き、講評を終えた。


 教室の空気は、朝より落ち着いていた。


 噂ではなく、役割として成果が説明されたからだ。


 私は少し安心する。


 やはり、公式な講評は重要。


 教師の役割は大きい。


 授業後、ポルカが私の席へ来た。


 手には昨日の旗と同じ赤色の布切れがある。


 訓練後、記念に小さな切れ端をもらったらしい。


「ルシェラさん」


「はい」


「昨日、僕が旗を取れたのは、僕だけの力じゃないって分かってるんですけど」


「はい」


「でも、僕が取ったっていうのも、本当なんですよね」


 ポルカはおそるおそる言った。


 私は頷く。


「はい。あなたが取りました」


 ポルカの顔が少し明るくなった。


「怖かったです」


「はい」


「途中で戻ってもいいって言われなかったら、動けなかったと思います」


「そうでしたか」


「でも、戻っていいって言われたから、行けました。変ですよね」


「変ではありません」


 私は少し考えてから言った。


「退路があるから前に出られることがあります」


 ポルカは目を丸くした。


「退路があるから、前に」


「はい。逃げ道は、逃げるためだけではありません」


 言ってから、私はその言葉がアレンにも当てはまると思った。


 逃げ道があるから、前に出られる。


 弱い者をただ押し出してはいけない。


 戻れる場所があるから進める。


 これは重要だ。


 ポルカは赤い布切れを大切そうに握った。


「じゃあ、僕、逃げ道係として、前に出る人を助けられるかもしれません」


「はい。大いに」


「大いに……!」


 ポルカは嬉しそうに席へ戻っていった。


 入れ替わるように、クロードが来た。


「ディア」


「はい」


「昨日の指示について、一つ確認したい」


「何でしょう」


「僕を囮に使った判断だ」


「不満でしたか」


「いや、正しい。僕は正面に立てる。上級生の注意も引ける。だが、もし相手がこちらを無視した場合、次の策はあったのか」


「ありました」


「聞かせてくれ」


 私は木板を取り出し、昨日の位置関係を簡単に描いた。


「上級生がクロードを無視して旗側へ向かった場合、ミナの牽制で一拍止めます。その間にポルカを戻し、旗回収は諦める予定でした」


「諦める?」


「はい。接触される危険が高ければ、旗より班員の安全を優先します」


 クロードは少し考えた。


「任務未達成になる」


「負傷者を抱えた状態で班員を危険にさらすよりはましです」


「……そうだな」


 クロードは静かに頷いた。


「君は、勝つためというより、全員を戻すために考えるのだな」


 私はすぐに答えようとして、少し迷った。


 魔王城なら、任務達成を優先する場合も多い。


 だが、ノノは言った。


 生きて帰ることが最優先。


 父上も、私に乾燥果実を持たせた。


 腹が減ると判断力が鈍る、と。


 あれはつまり、生きて帰れということだった。


「全員が戻れば、次があります」


 私は答えた。


「旗を失っても、情報は持ち帰れます。負傷者を出さなければ、次の作戦が立てられます」


 クロードは私を見た。


「君は時々、戦場を知っているような言い方をする」


 危険。


 私は表情を保った。


「辺境で学びました」


「……便利だな、辺境は」


「よく言われます」


 クロードはそれ以上追及しなかった。


 ただ、少しだけ真面目な顔で言った。


「次に僕を囮に使う時は、先に言え」


「怒りますか」


「怒らない。役割が分かっていた方が、よりうまく動ける」


「承知しました」


 クロードは頷き、席へ戻った。


 彼も変わってきている。


 責任感はそのままに、他者の役割を少しずつ認め始めている。


 良い傾向だ。


 昼休み。


 ティナが弁当を広げながら、嬉しそうに言った。


「昨日の班、またやりたいね」


「訓練を?」


「うん。大変だったけど、なんかみんなでやってる感じがしたから」


「みんなでやっている感じ」


「そうそう。誰か一人がすごいんじゃなくて、みんなちょっとずつすごい感じ」


 ティナは感覚で核心を言うことがある。


 私は頷いた。


「それは重要です」


「でしょ?」


「はい」


「だからさ、今度みんなでお昼食べない?」


「昼食」


「うん。昨日の班で。訓練だけじゃなくて、普通に話すのも大事だと思うんだ」


 普通に話す。


 また普通。


 だが、今回は少し意味が分かる。


 訓練だけで関係を作ると、役割だけで相手を見ることになる。


 昼食を共にすれば、役割以外の部分も見える。


 ティナはそれを感覚で理解しているのかもしれない。


「良い案です」


「じゃあ決まり!」


「ただし、アレンの栄養配分を改善する必要があります」


「そこも入るんだ」


「重要です」


 ティナは笑った。


 放課後、いつもの中庭に第一班の全員が集まった。


 昨日の演習の振り返りを行うためだ。


 これは私が提案した。


 ただし、処刑ではない。


 反省会である。


 そこは間違えない。


「昨日の演習について、各自の良かった点と改善点を確認します」


 私が言うと、アレンがすぐに口を開いた。


「処刑は?」


「ありません」


「よし」


「最初からありません」


「確認は大事だろ」


 ポルカが真剣に頷く。


「大事です。命に関わります」


「関わりません」


 ティナが笑う。


 クロードは腕を組み、ミナは木に寄りかかっている。


 私は木板を持った。


「まず、ポルカ」


「はいっ」


「旗の回収、非常に良かったです。小柄さと経路判断が活きました」


「ありがとうございます……!」


「改善点は、成功時の声量です」


「取れましたって叫んだことですね……」


「はい。敵に位置を知らせます」


「嬉しくて……」


「次は小声で喜びましょう」


「小声で喜ぶ訓練をします」


 ティナが「かわいい」と笑った。


 次にクロード。


「正面で注意を引く動きは有効でした。ただし、今後は囮役であることを事前に共有します」


「こちらも、視線を集めた後の退き方を練習する」


「はい」


 ミナ。


「牽制は正確でした。改善点は、見えた上級生の位置をもう少し早く全体へ共有することです」


「分かった」


 ティナ。


「負傷者対応は良好でした。改善点は、処置中に周囲を見られなくなること」


「うん。誰かに周りを見てって頼むようにする」


 アレン。


「違和感の発見と報告は大きく貢献しました。改善点は、報告の短縮です」


「長かったか」


「やや」


「分かった。短くする」


「ただし、情報量を削りすぎないように」


「難しいな」


「訓練しましょう」


「また訓練が増えた」


 そして私。


 私は自分の名前を書いた。


「私の良かった点は、役割分担と全体調整」


 アレンが口を挟む。


「自分で言うんだな」


「反省会なので」


「続けろ」


「改善点は、自分で見ようとしすぎること。班員へ任せる判断を早くすること。魔法補助が精密すぎること」


「最後、自覚あるんだ」


「あります」


 ミナが短く言う。


「ルシェラは、任せるのが少し下手」


 私はミナを見る。


「そう見えますか」


「うん」


 ティナも頷いた。


「たぶん、全部自分で何とかしようとするよね」


 クロードも言う。


「責任感が強いのは悪くないが、班長が全てを抱えれば、班員は判断できなくなる」


 ポルカが小さく手を挙げる。


「でも、ルシェラさんが見てくれてると安心します」


 アレンが言う。


「安心するのと、任せきりにするのは別だろ」


「……たしかに」


 ポルカは考え込んだ。


 私は全員の言葉を聞いて、少し驚いていた。


 私の改善点を、皆が言っている。


 それは責められているというより、班の問題として共有されている。


 不思議だ。


 魔王城であれば、姫である私にここまで率直に言う者は少ない。


 ノノは言うが、ノノは特別だ。


 父上も言うが、父上も特別だ。


 ここでは、ティナもミナもクロードもポルカもアレンも言う。


 私が完璧ではないことを、当たり前のように。


 それが少しだけ、楽だった。


「分かりました」


 私は頷いた。


「次回は、各自への委任を増やします」


「委任って言い方がまた堅いけど、いいと思う!」


 ティナが笑った。


 反省会は、思ったよりうまく進んだ。


 処刑と言わなかったのが良かったのかもしれない。


 夕方。


 皆が解散した後、アレンだけが少し残った。


「ルシェラ」


「はい」


「今日の反省会、悪くなかった」


「ありがとうございます」


「でも、お前、自分の悪い点を言われた時、ちょっと驚いてただろ」


「分かりましたか」


「顔に出てた」


「改善します」


「そこは改善しなくていい」


 アレンはいつものように言った。


「何で驚いたんだ」


「私に対して、皆が率直に改善点を言ったので」


「言われ慣れてないのか」


「ノノには言われます」


「ノノ?」


「侍女です」


「辺境の?」


「はい」


「その侍女、苦労してそうだな」


「非常に有能です」


「答えになってない」


 アレンは少し笑った。


 そして、真面目な声で言う。


「お前、完璧じゃなくてもいいんじゃないか」


 私は言葉に詰まった。


「……何の話ですか」


「班長の話。学級委員候補の話。あと、たぶんそれ以外も」


 アレンはこちらを見ていた。


 その目は、逃げ道を探す目ではない。


 相手の逃げ道を見つける目だった。


「お前、何か失敗しちゃいけないって思ってるだろ」


 胸の奥に、静かな衝撃が走った。


 魔王の娘として。


 失敗できない。


 父上の娘として。


 未来の魔王候補として。


 正体を隠す潜入者として。


 確かに、私は失敗してはいけないと思っている。


 だが、それをアレンに言うことはできない。


「誰でも、失敗は避けたいものです」


「そういう一般論じゃなくて」


 アレンは少しだけ眉を寄せた。


「お前のは、何か違う。失敗したら、自分だけじゃなくて、背負ってる何かまで壊れるみたいな顔をする」


 私は何も言えなかった。


 この少年は、どこまで見るのか。


 魔力でも、身分でもなく、顔だけで。


「……アレン」


「何だ」


「あなたの目は、時々困ります」


「褒め言葉として受け取る」


「困っています」


「でも、見えたから言った」


 アレンは少し視線を外した。


「今日、みんながお前に改善点言っただろ。あれ、悪いことじゃないと思う。お前が完璧じゃなくても、班は壊れなかった。むしろ、みんな自分で考えた」


 完璧じゃなくても、班は壊れない。


 その言葉は、なぜか胸の深いところに落ちた。


 昨日、私は一人で全体を見る必要はないと書いた。


 今日、アレンはそれを別の言葉で言った。


 完璧じゃなくてもいい。


 そんなことを言われたのは、いつ以来だろう。


 いや、言われたことがあっただろうか。


「……覚えておきます」


 私はそう答えた。


 アレンは軽く頷いた。


「そうしとけ。記録得意だろ」


「はい」


 その夜。


 私は寮の机で、今日の記録を書いた。


 ――グレイン先生講評。旗を取ったのはポルカの手だが、取らせたのは班全員。重要。

 ――功績を一人に集めすぎない。失敗を一人に押しつけない。班行動の基本。

 ――ポルカ、退路があるから前に出られると確認。

 ――クロード、囮役の事前共有を要求。責任ある前衛として成長。

 ――ティナ、自然に誤認識を修正。支援は戦闘外でも有効。

 ――ミナ、率直な改善点提示。任せるのが下手と指摘。

 ――アレン、私が失敗を恐れていることを見抜く。危険。だが、有用。

 ――班員から私への改善点提示あり。私は完璧でなくても班は壊れなかった。


 最後の一文を書いたところで、羽ペンが止まった。


 私は完璧でなくても班は壊れなかった。


 それは、少し怖い言葉だった。


 同時に、少し楽になる言葉でもあった。


 私はもう一行書いた。


 ――完璧でなくてもよい、という考え方は、まだ慣れない。だが、覚えておく。


 紙を畳む前に、さらに一行。


 ――アレンの目は困る。けれど、時々必要なことを見つける。


 私はその一文を見つめ、消さなかった。


 窓の外では、勇者学校の夜が静かに広がっている。


 敵地。


 人間の学校。


 そして、初めての班ができた場所。


 私は胸元のお守りに触れ、小さく息を吐いた。


 旗を取ったのは誰ですか。


 答えは、ポルカ。


 けれど、それだけではない。


 私たち全員。


 その答えが、今はとても大切なものに思えた。

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