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第22話 初めての班分け

 勇者学校では、実技訓練の単位が少しずつ変わっていく。


 最初は個人。


 次に二人一組。


 そして今日から、班での訓練が始まるらしい。


 朝の教室で、グレイン先生は黒板に大きくこう書いた。


 ――臨時班編成。


 教室の空気が、すぐにざわついた。


「班……」


 ポルカが青ざめる。


「ついに集団行動……逃げる時に誰を置いていくか決めなければならない段階に……」


「置いていかないよ!」


 ティナが即座に突っ込んだ。


「でも、集団で動くと誰かが転んだり、誰かが道を間違えたり、誰かが敵を連れて戻ってきたり」


「最後の誰か、ポルカじゃない?」


「可能性は否定できません!」


 ポルカは胸を張った。


 胸を張るところではないと思う。


 私は黒板を見ながら、班編成の意図を考えていた。


 勇者学校は、個人能力だけを評価する場ではない。


 前衛、後衛、支援、索敵、指揮、撤退判断。


 それぞれの役割を組み合わせ、生存率と任務達成率を高める。


 これは魔王軍の小隊編成にも通じる。


 ただし、人間界ではそれを「班」と呼ぶらしい。


 小隊ではない。


 臨時戦術単位でもない。


 班。


 覚えておく。


「今日の午後、校内演習林で簡易探索訓練を行う」


 グレイン先生が言った。


「内容は、指定された旗を探して回収すること。魔物役の上級生や、罠に見立てた警告札も配置する。実戦ではないが、遊びでもない」


 演習林。


 旗の回収。


 上級生の妨害。


 罠。


 これは、かなり実戦に近い訓練である。


 ただし、本物の魔物ではない。


 人間基準で安全。


 たぶん。


「班は教師側で決める」


 教室のざわめきが少し大きくなった。


 グレイン先生は構わず名簿を読み上げる。


「第一班。クロード・レインハルト、ティナ・マール、ポルカ・リント、ミナ・オルステッド、アレン・フォルク、ルシェラ・ディア」


 私は瞬きをした。


 聞き慣れた名前ばかりだった。


 ティナが小さく「やった」と言う。


 ポルカが「知ってる人が多い……生存率が上がった……!」と胸を押さえる。


 クロードは少し眉を上げたが、不満は言わない。


 ミナは静かに頷く。


 アレンは後ろの席で、いかにも嫌そうな顔をした。


「何で俺まで、この濃い班に……」


「アレン」


 私は振り返る。


「濃いとは何ですか」


「お前がいる時点で濃い」


「失礼です」


「事実だ」


 ティナが笑う。


 グレイン先生は黒板に班構成を書きながら続けた。


「第一班は、能力の偏りが少ない。前衛、支援、索敵、情報、観察、調整役がいる。うまく機能すれば強い」


 うまく機能すれば。


 つまり、機能しなければ危うい。


 私は班員を確認する。


 クロード。


 剣術と責任感。前衛向き。ただし言葉が硬く、身分意識が残る。


 ティナ。


 回復と支援。場を明るくする。距離が近い。


 ポルカ。


 情報収集と逃走経路。恐怖を情報化できる。前線は不向き。


 ミナ。


 弓と索敵。対魔族感情あり。単独判断に寄りやすい。


 アレン。


 観察眼。違和感の言語化。自己評価が低いが、成長中。


 私。


 魔王の娘。


 ではない。


 ルシェラ・ディア。


 平均より少し上の魔法制御と、全体調整。


 ……平均より少し上。


 まだ維持できているだろうか。


「班長は、各班で決めろ」


 グレイン先生の一言で、教室の空気がまた変わった。


 班長。


 つまり、小隊長。


 指揮役。


 敵教育機関における臨時指揮権。


 これは重要だ。


 だが目立つ。


 非常に目立つ。


 私はすぐに視線を下げた。


 目立たない。


 今回は目立たない。


 学級委員候補だけでも十分目立っている。


 ここで班長まで引き受けると、さらに目立つ。


 私は絶対に避けるべきだ。


「班長はルシェラでいいんじゃない?」


 ティナが言った。


 早い。


 あまりにも早い。


「待ってください」


 私は即座に言った。


「まだ検討が」


「いや、僕もディアでいいと思う」


 クロードまで言った。


 私は彼を見る。


「なぜですか」


「全体を見るのが得意だからだ。昨日の訓練記録もそうだが、君は各自の得意不得意を把握している」


「それは観察であって、指揮とは別です」


「観察できない者に指揮はできない」


 正論。


 返しにくい。


 ポルカも小さく手を挙げた。


「僕もルシェラさんが班長だと、生存率が上がる気がします」


「また生存率ですか」


「大事です!」


 それは否定できない。


 ミナも短く言う。


「私も、ルシェラでいい」


「理由を聞いても?」


「見てるから」


 前にも聞いた評価だ。


 短いが、重い。


 私は最後にアレンを見た。


 彼なら反対してくれるかもしれない。


 目立つ危険を察し、私を止めてくれるかもしれない。


 アレンは頬杖をつき、少し面白そうにこちらを見ていた。


「俺もルシェラで」


「アレン」


「何だよ」


「あなたは、私が目立つことを危険視していたはずです」


「もう諦めろ」


「諦めません」


「じゃあ、改善しながら班長やれ」


「なぜですか」


「お前以外がやると、たぶんお前が横から全部調整して結局目立つ」


 言葉に詰まった。


 可能性が高い。


 非常に高い。


 私が班長でなくても、問題を見つければ口を出すだろう。


 その場合、正式な権限がない分、かえって不自然になる。


 ならば最初から班長として動く方が合理的。


 だが、目立つ。


「それに」


 アレンは続けた。


「お前、みんなのこと覚えてるだろ。誰が何できるか。何が怖いか。どこで無理するか」


「はい」


「なら、やれよ」


 簡単に言う。


 だが、アレンの声にからかいは少なかった。


 私は班員を見た。


 ティナは期待している。


 ポルカは祈っている。


 クロードは真面目に判断している。


 ミナは静かに待っている。


 アレンは、逃げ道を残さずこちらを見ている。


 ……逃げ道を探すのが得意な彼が、私には逃げ道を用意してくれない。


 不公平だ。


「分かりました」


 私は息を吐いた。


「臨時班長を引き受けます」


 ティナが小さく拍手した。


「よろしく、班長!」


「班長」


 私はその単語を心の中で確認する。


 学級委員候補。


 臨時班長。


 敵組織の中枢どころか、末端指揮系統にどんどん組み込まれている。


 任務としては順調すぎる。


 潜入としては目立ちすぎる。


 矛盾している。


 昼休み。


 私たちは午後の演習に備えて、教室の片隅で作戦会議を行った。


 ティナは弁当を広げながら参加している。


 ポルカは手帳と校内地図を出した。


 クロードは腕を組み、ミナは弓の弦を確認している。


 アレンは購買のパンをかじっている。


 またパン。


 栄養配分に問題あり。


 だが、今は作戦会議が先だ。


「まず、役割を決めます」


 私は木板に名前を書いた。


「クロードは前衛。正面対応と障害物の確認」


「妥当だ」


「ミナは索敵と遠距離確認。木の上や茂みの異常を見てください」


「分かった」


「ティナは支援と回復。無理に前へ出ず、負傷者や疲労者を確認してください」


「うん!」


「ポルカは経路確認と警戒情報。怖いと思った場所は必ず報告してください」


「怖い場所が多すぎる場合は?」


「優先度をつけましょう」


「高度です……!」


「アレンは違和感の観察と共有。魔物役の上級生、罠、旗の位置、動きの癖を見てください」


「了解。見えたら言う」


 以前より返答が素直だ。


 私は頷き、自分の名前の横に書いた。


「私は全体調整と魔法支援を行います」


 アレンが言う。


「魔法支援は平均より少し上で?」


「はい」


「本当に?」


「はい」


「怪しいな」


「怪しくありません」


 ティナが手を挙げた。


「質問!」


「はい」


「旗を見つけたら、誰が取りに行くの?」


「状況によります。安全ならクロードか私。隠密性が必要ならポルカ」


「僕ですか!?」


 ポルカが震える。


「あなたは小柄で、足音も軽いです。逃げ道の判断も早い。旗の回収役に向いています」


「僕の臆病が役に立つ……?」


「はい」


「怖いけど、少し嬉しいです……!」


 ミナが短く言う。


「高い場所なら私が見る」


「お願いします」


 クロードが木板を見ながら言った。


「指揮系統は明確にしておくべきだ。班長はルシェラ。前方判断は僕。索敵はミナ。撤退判断は?」


 私は少し考える。


「撤退判断は、アレンとポルカの報告を重視します」


 クロードが眉を上げる。


「前衛の僕ではなく?」


「前衛は目の前の脅威に集中します。全体の危険や逃げ道は、アレンとポルカの方が見える可能性が高いです」


 クロードは少し黙った。


「……分かった。理にかなっている」


 アレンが小さく言う。


「俺が撤退判断かよ。責任重いな」


「あなたは逃げ道を見るのが得意です」


「また逃げ道」


「生存に関わります」


「まあな」


 アレンは少しだけ口元を上げた。


 以前なら「逃げ足だけ」と皮肉にしていたところだ。


 今は、自分の役割として受け取り始めている。


 これは大きな変化だ。


「では、合図を決めましょう」


 私は木板に記す。


「止まれ、伏せろ、下がれ、右、左、上、罠、撤退、発見。声で伝える場合と、手で伝える場合を分けます」


「本格的だな」


 クロードが言う。


「必要です」


「いや、良い意味で言った」


「そうでしたか」


 ミナは手信号にすぐ慣れた。


 弓を扱うため、無言の合図に慣れているのだろう。


 クロードも理解が早い。


 ティナは少し混乱しながらも、明るく練習する。


 ポルカは合図を覚えるのが早かった。


 逃げる方向に関する合図だけは特に。


 アレンは手信号より、目線や肩の動きで意図を読む方が得意そうだった。


 だが、言葉にしなければ味方には伝わらない。


「アレン」


「何だ」


「見えたら言葉にしてください」


「分かってる」


「頭の中で終わらせない」


「分かってるって」


「重要なので」


「……分かった。言う」


 返答が少し真面目になった。


 よし。


 午後。


 校内演習林の入口に、一年二組の生徒たちが集められた。


 演習林は、学校の敷地内にある小さな森だ。


 ただし、小さいといっても、人間の学校基準である。


 木々は深く、道は複数に分かれ、ところどころに起伏がある。


 視界を遮る茂みも多い。


 訓練には十分だ。


 魔王城の黒霧林に比べれば可愛いものだが、それを口に出してはいけない。


「各班には、この地図を渡す」


 グレイン先生が言った。


「地図上に三つの候補地点が示されている。そのうち一つに赤い旗がある。旗を回収し、制限時間内に戻れ。上級生が魔物役として妨害する。接触された場合、その場で十秒停止だ」


 十秒停止。


 実戦なら致命的。


 だが訓練としては分かりやすい罰則だ。


「罠札を踏んだ場合も十秒停止。負傷者役が出た場合は、班で対応すること。旗だけ取って戻れば良いわけではない」


 ティナが真剣な顔になる。


 回復役としての出番がある。


「班長は責任を持って判断しろ。無理だと思えば撤退も認める。ただし、理由を説明できるようにしておけ」


 撤退も認める。


 重要だ。


 人間の勇者学校は、ただ突っ込ませる場所ではない。


 少なくともグレイン先生は、撤退判断も評価する。


「第一班、準備はいいか」


 先生の視線が私に向く。


 私は班員を見た。


 クロードは前に立つ準備をしている。


 ミナは弓を確認済み。


 ティナは短杖を握り、少し緊張している。


 ポルカは地図を抱え、震えているが目は動いている。


 アレンは周囲の木々を見ている。


 全員、準備はできている。


「はい」


 私は答えた。


「第一班、開始」


 鐘が鳴る。


 私たちは演習林へ入った。


 最初にポルカが地図を広げた。


「候補地点は三つです。北の古井戸跡、東の倒木広場、西の石碑前。最短は東ですけど、道が開けていて見つかりやすそうです」


「ミナ」


 私は言う。


「木の上の視線は?」


 ミナが目を細める。


「東側、枝が揺れた。風じゃない」


「上級生か」


 クロードが剣を構える。


 アレンが低く言った。


「東は見せ道っぽい。候補地点が近い分、待ち伏せされてる」


「同意します」


 私は地図を見る。


「最初は西へ向かいます。石碑前を確認し、そこになければ北へ回り込む。東は最後、または囮の可能性を見て判断」


「了解」


 クロードが先頭に立つ。


 その後ろに私。


 中央にティナとポルカ。


 後方やや高い位置を見るミナ。


 最後尾寄りにアレン。


 アレンが後ろなのは、逃げているわけではない。


 全体を見るためだ。


 少し前なら、彼自身も逃げ腰としか思わなかったかもしれない。


 今は違う。


 たぶん。


「右の茂み、札」


 アレンが言った。


 早い。


 ポルカが地図から顔を上げる。


「本当です! 罠札、見えました!」


 クロードが進路を少し変える。


 全員が罠札を避ける。


「よく見つけました」


 私が言うと、アレンは肩をすくめた。


「光り方が変だった」


「言語化もできています」


「いちいち評価するな」


「重要ですので」


 訓練開始から、まだ大きな問題はない。


 だが、演習林の空気は少しずつ緊張を増していた。


 上級生がどこにいるか分からない。


 罠札もある。


 旗も本当に候補地にあるか不明。


 人間基準では安全な訓練。


 しかし、判断を誤れば班は崩れる。


 西の石碑前に近づいた時、ミナが手を上げた。


 止まれ。


 全員が止まる。


「左上」


 ミナが囁く。


 木の上。


 枝の影に、人影がある。


 上級生だ。


 魔物役。


 こちらに気づいている。


 クロードが前に出ようとする。


 私は手で止めた。


「接触されると十秒停止です。戦う必要はありません」


「迂回か」


「はい。アレン」


「右の低い茂みの裏、通れる。ただし足元に札があるかも」


「ポルカ」


「確認します……怖いけど確認します……!」


 ポルカが低い姿勢で茂みを見る。


「札、あります! でも右端なら避けられます!」


「ミナ、上級生の視線は?」


「クロードを見てる」


「では、クロードが少し前で注意を引き、私たちは右端を抜けます。クロードは接触される前に下がってください」


「分かった」


 クロードは前へ出た。


 堂々とした動き。


 上級生の視線が彼へ向く。


 その間に、私たちは右端を抜ける。


 ティナが小声で言う。


「クロード、大丈夫かな」


「大丈夫です。彼は退く指示を理解しています」


 クロードは上級生が降りてくる寸前で後退した。


 接触なし。


 成功。


 ポルカが小さく拳を握る。


「生きてます……!」


「静かに」


 ミナが言う。


「はい……!」


 石碑前に着く。


 旗はない。


「外れです」


 私は地図に印をつけた。


「次は北の古井戸跡へ」


 ここまで順調。


 だからこそ、油断してはいけない。


 そう思った瞬間、アレンが低く言った。


「待て」


 全員が止まる。


「何ですか」


「変だ。静かすぎる」


 森は静かだった。


 鳥の声。


 葉の音。


 遠くの班の声。


 それらが、少しだけ薄い。


「さっきまで右側で別の班の音がしてた。急に消えた」


「上級生に止められた可能性?」


 ティナが小声で言う。


「か、負傷者役が出たか」


 アレンの目が動く。


「北へ行く道で、何か起きてる」


 私は判断する。


 旗の回収が目的。


 しかし、訓練には負傷者役も含まれる。


 無視すれば減点の可能性。


 それ以上に、班としての判断が問われる。


「慎重に進みます。クロード、速度を落としてください。ミナ、右側を確認。ポルカ、撤退路を維持。アレン、違和感が増えたら即報告」


「了解」


 全員の返事が揃った。


 その瞬間、私は少しだけ不思議な感覚を覚えた。


 命令ではない。


 忠誠でもない。


 だが、私の言葉が班の中を通り、それぞれが自分の役割で動く。


 これは、少し気持ちがいい。


 いや、気持ちがいいという表現は危険か。


 指揮が機能している。


 そう記録しよう。


 北へ進むと、すぐに理由が分かった。


 小道の先に、別班の生徒が一人座り込んでいた。


 足首を押さえている。


 負傷者役か。


 いや、表情が演技にしては硬い。


 ティナがすぐに反応した。


「本当に痛めてるかも」


「確認してください」


 私は言った。


「クロード、周囲警戒。ミナ、木の上。ポルカ、罠札確認。アレン、上級生の気配」


 全員が動く。


 ティナが座り込んだ生徒へ駆け寄る。


「大丈夫? 痛む?」


「ちょっと捻っただけ。罠札を避けようとして」


 声に痛みがある。


 これは本物だ。


 ティナの顔つきが変わる。


 彼女は短杖を出し、足首を確認する。


「腫れは軽いけど、歩くのはきついかも。応急処置するね」


 ティナの回復魔法は柔らかい。


 派手ではない。


 だが、相手を安心させる力がある。


 ミナが上を見る。


「上級生、いない」


 ポルカが震えながら周囲を確認する。


「罠札は左に二枚! 右側は通れます!」


 アレンが低く言う。


「これ、足止めだな。助けると時間を使う。でも無視すると評価が下がる」


「評価だけではありません」


 私は言った。


「負傷者を置いて旗だけ取る班は、実戦で崩れます」


 アレンが少し笑った。


「だろうな」


 クロードも頷く。


「同意する。救護を優先すべきだ」


「ただし、全員で止まる必要はありません」


 私は判断する。


「ティナが応急処置。クロードが周囲警戒。ポルカは最短で先生への報告経路を確認。ミナとアレンは古井戸跡の方向を少しだけ確認。私は全体を見る」


「旗は?」


 ミナが聞く。


「見えたら位置だけ確認。単独回収はしないでください」


「分かった」


 全員が動く。


 私はティナの処置を見守る。


 彼女は真剣だった。


 普段の明るさはそのままに、声だけが落ち着いている。


「大丈夫。痛いけど、すぐ先生に見てもらおうね」


 負傷した生徒は少し安心した顔をした。


 ティナはやはり、回復役に向いている。


 しばらくして、ミナとアレンが戻ってきた。


「古井戸跡に赤いものが見えた」


 ミナが言う。


「旗の可能性が高い。ただし上級生が二人いる」


 アレンが続ける。


「一人は見せ役。もう一人は井戸の裏。たぶん、旗に近づいたやつを止める」


「よく見ました」


「褒めるのは後でいい」


 アレンは真剣だった。


 私は地図を見る。


 負傷者役、いや負傷者の対応中。


 旗は近い。


 上級生二人。


 制限時間は残り少ない。


 ここで無理に突っ込めば、誰かが止められる。


 だが、旗を取らなければ任務未達成。


 どうする。


 クロードが言う。


「僕が正面の上級生を引き受ける」


「接触されれば停止です」


「時間を稼ぐだけなら可能だ」


 ミナが言う。


「井戸裏の一人は、私が矢で牽制する。訓練矢なら接触扱いにはならないはず」


 ポルカが地図を見る。


「井戸の裏からじゃなくて、右の倒木側から小さく回れば、旗に近づけるかも。でも狭いです。大きい人は無理です」


 小柄な者。


 ポルカ。


 私は彼を見る。


 ポルカは自分で気づき、顔を青くした。


「僕ですね……?」


「はい」


「ですよね……!」


「できますか」


「できると言うと怖い任務が確定します。できないと言うと班が困ります。どうすれば……!」


 ポルカは震えている。


 だが、逃げてはいない。


 私は彼の目を見る。


「ポルカ。あなたは旗を取るだけです。戦う必要はありません。怖ければ、途中で戻って構いません」


「戻ってもいいんですか」


「はい。生きて戻る方が重要です」


「……それなら、行けるかもしれません」


 ポルカは小さく息を吸った。


「怖いです。でも、逃げ道が見えているので、行けます」


 アレンが言う。


「俺が井戸裏の上級生の動きを見る。動いたら言う」


 ティナが負傷者の足首に布を巻き終え、こちらを見る。


「処置終わった。先生への報告は私が行けるよ」


「いいえ、ティナは負傷者に付き添ってください。ポルカが戻ったら全員で移動します」


 私は全体を見る。


 よし。


 作戦を決める。


「クロードが正面で注意を引く。ミナは井戸裏を牽制。アレンは上級生の動きを言葉にする。ポルカが右の倒木側から旗を回収。ティナは負傷者を見守る。私はポルカの退路を風魔法で補助します」


「平均より少し上で?」


 アレンが言う。


「今は必要な分だけ使います」


 アレンが少しだけ目を細めた。


 私はそれ以上言わなかった。


 開始。


 クロードが堂々と前へ出る。


 上級生の一人が笑って構えた。


 ミナが訓練矢を構える。


 井戸裏の上級生が動きかける。


「井戸裏、右へ出る!」


 アレンが叫ぶ。


 ミナの矢がその前の木に当たる。


 上級生が一瞬止まる。


 ポルカが倒木の陰を走る。


 小さい。


 速い。


 怖がっているが、動きは悪くない。


「ポルカ、足元左に札!」


 アレンが叫ぶ。


「ひゃいっ!」


 ポルカが飛び退き、札を避ける。


 私は小さく風を流す。


 草が揺れ、ポルカの足元の小枝をずらす。


 魔法は最小限。


 人間式。


 平均より少し上。


 いや、今はポルカを転ばせないことが優先。


 ポルカが旗に手を伸ばす。


 上級生が動く。


「戻れ!」


 アレンの声。


 ポルカは旗を掴み、即座に倒木の陰へ飛び込む。


 上級生の手が空を切った。


 接触なし。


「取れましたあああ!」


「声が大きい!」


 ミナが言う。


 だが、もう遅い。


 旗は取った。


 あとは戻るだけ。


 クロードが下がり、ミナが後退し、アレンが周囲を確認する。


 ティナは負傷した生徒を支えている。


「全員、撤退します。負傷者も一緒に」


「他班の生徒だぞ」


 クロードが言う。


「負傷者です」


「分かった」


 クロードはすぐに支える側へ回った。


 ティナが安心した顔をする。


 私たちは旗を持ち、負傷者を連れて、演習林の入口へ戻った。


 制限時間ぎりぎりだった。


 だが、戻れた。


 グレイン先生が入口で待っていた。


「旗、回収。負傷者一名搬送。時間内。第一班、合格だ」


 ティナが息を吐く。


 ポルカは旗を抱えたまま座り込んだ。


「生きてます……旗も生きてます……」


「旗は最初から生きてない」


 アレンが言う。


「僕の中では生きてました……!」


 クロードは負傷した生徒を先生に引き渡し、真剣な顔で言った。


「罠札の配置が少し危険でした。足を取られやすい場所にありました」


「確認しておく」


 グレイン先生は頷いた。


 ミナは静かに弓を下ろす。


 ティナは負傷した生徒に「あとで保健室ね」と声をかけている。


 アレンは汗を拭い、ポルカを見て言った。


「旗取り、よかったな」


 ポルカが目を見開く。


「アレンさんに褒められました……!」


「毎回大げさだな」


「だって嬉しいので!」


 ポルカは旗を抱えて笑った。


 私はその光景を見て、胸の奥が温かくなるのを感じた。


 初めての班分け。


 初めての班行動。


 小さな演習。


 だが、確かな成果。


 グレイン先生が私を見る。


「ディア」


「はい」


「指示は悪くなかった。だが、自分で抱え込みすぎるな」


「抱え込み」


「お前は全体を見ようとする。だが、班には見える者が他にもいる。任せろ」


 私は班員を見る。


 クロード。


 ティナ。


 ポルカ。


 ミナ。


 アレン。


 全員が、それぞれ何かを見ていた。


 私は一人で全体を見る必要はない。


 全員の目をつなげばいい。


「承知しました」


 グレイン先生は頷いた。


「あと、風魔法の補助は少し精密すぎる」


「……平均より少し上です」


「そういうことにしておく」


 先生はそれ以上追及しなかった。


 しかし、要注意である。


 見られている。


 アレンだけではない。


 先生も。


 放課後、教室へ戻ると、第一班の話題で少し盛り上がった。


 ポルカが旗を取ったこと。


 アレンが罠札を見つけたこと。


 ティナが負傷者を処置したこと。


 クロードが上級生を引きつけたこと。


 ミナが井戸裏を牽制したこと。


 私が班長だったこと。


 それぞれが、小さく評価された。


 アレンが私の席の横に来る。


「班長、お疲れ」


「正式な班長ではありません。臨時です」


「はいはい」


「あなたもお疲れさまでした。報告が正確でした」


「お前が言えって言ったからな」


「言えました」


「前回比較で?」


「はい。大きな成長です」


 アレンは少し笑った。


「ポルカも、やれたな」


「はい」


「俺、あいつが本当に旗取ると思わなかった」


「私も少し驚きました」


「正直だな」


「ですが、逃げ道が見えていれば動けることが分かりました」


「怖さが仕事になる、だったか」


「はい」


 アレンはポルカを見た。


 ポルカはティナに褒められ、半泣きで喜んでいる。


「みんな、何かしらあるんだな」


「はい」


「俺も含めて?」


「もちろんです」


 アレンは少しだけ目を伏せた。


「そっか」


 その一言は、とても小さかった。


 だが、聞こえた。


 夜。


 私は寮の机で記録を書いた。


 ――初班行動。第一班、旗回収成功。負傷者搬送も実施。

 ――ルシェラ、臨時班長。指揮系統を担当。目立つ。改善不可の可能性あり。

 ――クロード、前衛と囮役。責任感が行動に出る。

 ――ティナ、負傷者対応。声かけにより対象の不安軽減。

 ――ポルカ、旗回収成功。逃げ道が見えていれば動ける。恐怖は行動不能だけでなく、警戒能力にもなる。

 ――ミナ、上級生の位置確認と牽制。静かな判断が有効。

 ――アレン、罠札、上級生の位置、違和感を言語化。班の撤退・進行判断に貢献。

 ――グレイン先生より「班には見える者が他にもいる。任せろ」と指摘。重要。


 私は羽ペンを止めた。


 最後に、迷わず書く。


 ――私は一人で全体を見る必要はない。みんなの目をつなげばいい。


 それは、今日の一番大きな発見だった。


 魔王の娘として、私は多くを背負うよう育てられた。


 失敗してはいけない。


 見落としてはいけない。


 判断を誤ってはいけない。


 だが、今日の班では、私一人では旗を取れなかった。


 アレンが見て、ポルカが走り、ミナが牽制し、クロードが引きつけ、ティナが支えた。


 私はそれをつないだだけだ。


 それでも、成功した。


 むしろ、その方がうまくいった。


 私は胸元のお守りに触れる。


 父上。


 人間の強さを、また一つ見つけました。


 一人で強いことだけが、強さではないようです。


 敵を知る任務。


 そのはずなのに。


 私は今日、敵ではなく、班の仲間を見ていた。


 そのことを、まだ報告書には書けなかった。

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