カリーナside リリス・エトワールのメイド
私の名前は、カリーナ・アラリス。
ここエヴァンス王国で、由緒正しき貴族として知られるアラリス家の令嬢だった。
――だった、というのは、アラリス家は身内の度重なる不祥事によって、今では没落寸前の有様だからだ。
そんな私は現在、三大貴族の一角に数えられるエトワール公爵家で、メイドとして働いている。
幼い頃から不自由なく育てられたこの私がメイドの仕事をするなど、昔なら考えもしなかった。正直なところ、屈辱的ではある。
だが、公爵家のメイドともなれば給金もよく、それに何より、派閥内の貴族や親族、さらには公爵家と関係のある者たちとも繋がりを持てる。現状を打破するには、これが最も近道だ。
そしてできれば派閥に属する伯爵以上の御子息――あわよくば、公爵家の跡取りであるキリアン様とお近づきになれればと期待していたのだけれど……。
「どうして私だけ何もないの!」
そう、今現在、私だけが何も起きていなかった。
私が配属されたのは、公爵家でも腫れ物扱いされているリリスお嬢様の専属で、リリスお嬢様は、一人だけ別邸で軟禁に近い生活をしていた。
メイドも私を含めて三人しかいないのだが、その三人の中で、私だけが何も起きていなかった。
メイド仲間のエリーは、次期公爵であるキリアン様に気に入られ、専属メイドになるという、まさに私が理想としていた展開になっている。
アリサも冒険者として、現在はウォールナット公爵家の方々と旅をしているらしい。
そして私はというと――
――ガッシャーン!
「ちょっと、何をやってるのよ!」
大きな音に驚いて厨房へ駆け込むと、二人のメイドが床に散らばったカップの破片を拾っていた。
どうやら、二人で運んでいる途中に転んで割ってしまったらしい。
この二人はメリーとフルール。アリサとエリーがいなくなった後に雇い入れたメイドたちなのだが……こうして、よく仕事でやらかしている。
「あ、先輩、すみません……」
「ほんと、使えないわね。お茶を運ぶ事さえできないなんて、それでもリリスお嬢様に仕えるメイドとしての自覚はあるのかしら?」
「うぅ……」
「もういいわ、お嬢様の元には私が運ぶから二人は予約していたケーキを店に受け取りに行ってきなさい」
「は、はい……」
そう言って落ち込む二人の背中を見送ると私は大きくため息を吐いた。
「他の二人は上手くやっているのに……どうして……どうして私だけ……」
「日頃の行いなんじゃない?」
嘆きながらお茶を淹れる私をよそに、お嬢様は優雅に茶菓子をつまんでいた。
「そんな、私が何をしたというのですか……」
「私への献身が足りないとか?」
「こうやって、今も一人で仕事をしているじゃないですか⁉」
そう、私は一人でこの最凶我儘お嬢様の世話をしているのだ。
一応、エリーたちが抜けた後にメイドを集ったのだが、色んな意味で話題のお嬢様のもとへ来たがるメイドなど、そうそういるはずもなく、結局、集まったのは平民出身で、メイドとしての経験すらないあの子達だけだった。
しかも、経験がないだけならまだしも、二人とも貴族相手の作法すら知らない。
そんな二人をお嬢様の前に出すわけにもいかず、仕事は屋敷の掃除や買い出しに絞り、お嬢様の身の回りの世話は結局すべて私一人でやる羽目になった。
「そうね。あなたはよくやっているわ。」
「なら――」
「じゃあ、原因は性格ね。あなたは他の二人と違って、色々と露骨すぎるのよ。」
「そ、それは……」
「前に来た騎士が言っていたわよ。グイグイ来すぎて、正直怖いって――」
――グハッ!
「おまけに、貧乳で――」
――グフッ!
「そして、目つきも悪い。」
――グハァ⁉
痛いところを次々と突かれ、私は思わず吐血した。
そんな私を見てお嬢様はクスリと笑う。
「でも、私は評価しているわよ。あなたが不器用なりに頑張っていることは知っているから。」
「お嬢様……」
「あの新人の子たちへの、言葉は厳しいけれど、言っていること自体は間違っていないわ。私はあなたのそういうところ、好きよ。」
そう言ってお嬢様は微笑んだ。
「うぅ……お嬢様に好かれても嬉しくないです。」
「……」
「アイタ⁉」
次の瞬間、頭を叩かれた。
「それはそうと、あの子たちにケーキを任せて大丈夫かしら?」
「大丈夫と言われれば、不安しかありませんが……。そんなことを言っていては、いつまで経っても仕事はできませんしね。」
「そうね。とはいえ、すっころばれても困るから、一応見に行ってきなさい。」
「ええ、そんなめんどくさ――」
「やれ。」
「……はい。」
そう言われた私は、二人の後を追った。
二人が屋敷を出てからそれなりに時間が経っているので、もう店に着いている頃だろう。
そう考えて直接店へ向かうと、予想通り、二人はちょうど店の中にいた。
しかし、少し様子が変だった。
「貴様、どこのメイドだ!」
「私たちに歯向かうなんていい度胸ね。」
二人は、貴族らしき男と、その従者と思われるメイドに絡まれており、私は慌てて二人のもとへ駆け寄る。
「すみません。」
「あ、先輩⁉」
「あん?」
「申し訳ございません。この子たちは私の家のメイドなのですが、何か不手際をしたのでしょうか?」
私は相手を刺激しないよう、丁寧な口調で尋ねる。
「お前がこいつらの責任者か?」
「この二人はね、私たちがケーキを譲れと言っても譲らないのよ。」
……は?
思わず間の抜けた声が漏れそうになるのを、どうにか抑える。
私は二人を見る。
二人は、ケーキの入った箱を大切そうに抱えていた。
「それは私たちの主人のために、あらかじめ予約していた物です。譲れないのは当然でしょう」
「なんだと⁉貴様、一体どこの家の者だ!私がバッカドール伯爵と知っての狼藉か⁉」
「こんな田舎者をメイドにしているのだもの。どうせ大した家の者じゃないんでしょう?」
向こうのメイドが、そう言ってクスクスと笑う。
なるほど。
二人の仕草から平民だと判断し、相手をしても問題ないと思って絡んできたのか。
私は静かに一歩前へ出ると、メイド服の裾を摘まんでカーテシーをする。
「申し遅れました。私はリリス・エトワール様に仕えるメイド、カリーナ・アラリスと申します。」
「な、何……エトワールだと⁉」
その名を聞いた瞬間、バッカドール伯爵は明らかに動揺した。
だが、すぐに何かを思い出したように、ハッと顔を上げる。
「フ、フン……リリス・エトワールと言えば、エトワール家でも持て余している出来損ないではないか。そんな令嬢のメイド風情が、このバッカドール伯爵に楯突くとは……身の程をわきまえろ!」
そう言って、伯爵が強引にケーキに手を伸ばす。
その瞬間、私は反射的に拳を振り抜くと、拳が伯爵の顔面を捉え、伯爵の身体が勢いよく吹き飛んでいった。
「ぐおっ⁉」
「だ、旦那様⁉あなた、こんな事をしてただで済むと思っているの⁉」
「思っていません、ですので責任は全て、リリス・エトワール様にお申し付けください。」
「く、クソ、覚えていろよ。」
そんな捨て台詞を吐くと、伯爵たちは出ていった。
よし、これで何かあっても、責任はすべてお嬢様に押し付けられる。
……日頃のちょっとした仕返しだ。
「さて、二人とも」
私は伯爵たちを見送ると、今度は二人へと向き直った。
「先輩、すみません。私……」
「何故、謝るのかしら?」
「え?」
「あなたたちはリリスお嬢様に仕えるメイドなのよ。あれは当然の対応でしょう」
「で、でも……」
「もしあそこでケーキを渡していたのなら、それこそクビになっていたかもしれないわね」
私は少し悪戯っぽく告げる。
もちろん、冗談だけれど。
しかし、その言葉に、二人はようやく事の重大さを飲み込んだようだった。
「いい?あなた達はリリス・エトワールお嬢様のメイドなの、そしてあの方は常に完璧を求められる方。と言っても、あなた達が完璧でないことくらいわかっているわ。ならば、せめて振る舞いだけはお嬢様のメイドらしく完璧でありなさい。そして、もしまたああいうことがあった時は、遠慮なくお嬢様の名前を出しなさい。」
そうやって、どんどんお嬢様に責任を押し付けてしまえ。
「先輩……」
「は、はい……」
こうして、ケーキは無事にお嬢様のもとへ届けられた。
そして、この日を境に、何故か二人から向けられる視線が妙に熱くなった。




