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#22 崩壊と停滞

《05:10 救命センター正面玄関》


 未明の騒動を聞きつけた報道車両が列をなし、フラッシュが自動ドアのガラスに乱反射している。警察庁の機動鑑識班が器材ケースを抱え、警備員とすれ違った。玄関花壇の白いカサブランカは朝露も乾かぬまま、ライトに晒され青白く輝く。


 通路の端で白石あかりは立ち止まる。包帯を巻き替えた手が脈打ち、ガラス越しの記者の影が白衣に貼り付く。――ひと晩で病院は舞台装置になった。患者と医療者の間に警察、報道、行政が渦巻き、どこを歩いても“足場板”の軋む音がする。


《05:20 ICU個室 A》


 病室はシールドベッドが運び込まれ、黒瀬玲奈は四点ソフト拘束に替えられていた。監視カメラのランプが赤く灯る。御堂師長と司法警察員が淡々とやり取りを続け、トランシーバが小さくジャミング音を立てる。


 あかりは窓越しに視線を合わせた。玲奈は静かに首を振る。「大丈夫、痛むけれど生きてる」――無声の言葉。手首の皮膚は拘束で赤く腫れ、だが彼女の目には昨夜のような焦燥は無かった。


 霧島拓真が入室する。手錠は外され、片腕に静脈点滴ライン。彼は玲奈へ深く頭を下げた。「僕の傲慢があなたを追い詰めた。すまない」

 玲奈は首を横に振った。「私が勝手に選んだ道」

 刑事課の係官が霧島の身柄解放書を読み上げる。院内データ改竄は黒瀬の単独犯行、霧島の関与は証拠不十分。拘束解除。微かな安堵が病室を撫でる。


《06:00 講堂臨時会議》


 役員、各科部長、看護管理者が一堂に会し、非常対策本部が解散報告を行う。プロジェクタに映る被害一覧――床上浸水のように赤いセルが広がるが、死亡者ゼロ。

 事務長が咳払い。「今回の件を契機に、院内システムを全面刷新する。配電ラックは冗長化、PLCは物理分離。QRコードを排除し、多要素認証へ移行」

 御堂師長が手を挙げた。「技術だけでなく、人を見る体制を。四分毎の見回りを形骸ではなく“観察”に戻す」

 慎重な拍手が講堂に散る。誰もが疲労でまぶたを重くし、しかし次へ進む決定に頷くしかなかった。


《08:30 更衣室》


 シャワーの蒸気に白衣が翻り、脱いだスクラブがビニール袋に押し込まれる。あかりはロッカーを開けると、最上段に折り畳まれた私服と、奥の影に――“白い造花”。

 拾い上げると茎は曲がり、花弁の裏にうっすら血が染みている。昨夜の自分の掌の分かもしれない。

 背後で同期ナースの三浦が声を潜めた。「警察の取調べ、大変だった?」

 「うん……でも私より、患者さんたちが」

 「みんな無事よ。あんたが駆け回ったおかげで」

 三浦はタオルで髪を拭きながら微笑む。「ゆっくり休みな」


《10:00 人事課面談室》


 白石あかりは面談票に署名する。**休職願(心的外傷後ストレス反応)** 三ヶ月。主治医欄に霧島のサイン、上長欄に御堂の署名。

 人事担当者が優しく言う。「診療看護部が全面バックアップします。復職プログラムを組みますから」

 プリンタが吐き出す書類の温もりは、まだ夜勤の体温より冷たい。


《14:00 病院前バス停》


 灰色の雲が切れ、春の陽光が舗道に斑を落とす。救急車のサイレンが遠くで尾を引き、校外学習の小学生が花壇を指差して騒ぐ。

 あかりは白衣の代わりに薄いデニムジャケットを着て、スマホの画面に「四分タイマー」アプリを開く。――玲奈の病室に設置された同じアプリ。

 00:00から240秒へカウントアップし、鳴らずにリセットされる簡素なもの。次の“生きていい”宣言のリマインダー。


 ベンチに座り、造花を掌に載せる。吐く息は白くないが、胸の奥に薄い氷片が残る。

 (目を閉じれば思い出す。闇、薬液の匂い、針の痛み。それでも――)


 タイマーのバイブが震える。**00:00**

 あかりは小さく呟く。「まだ、生きていい」

 造花の花弁が春風で揺れ、遠くヘリのローター音が二度、青空に円を描いた。

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