#16 四分シグナル
《04:05 屋上ヘリポート》
夜明け前の薄藍が空にじみ、ドクターヘリのローター音が遠ざかる。保安員は玲奈を取り囲んだまま、まだ一歩も踏み込めずにいた。非常灯が戻ったとはいえ、フロアは四分ごとにわずかに明滅を繰り返す。まるで全館の心臓が不規則な期外収縮を打つように。
「黒瀬玲奈、抵抗はやめろ!」御堂の拡声器が夜気を震わせた。
玲奈は両手を挙げつつ、手のひらで何かを弾くような仕草をした。――その瞬間、屋上フェンスに沿って備え付けられたLED誘導灯が一斉に消え、 導線パネルに**白い花のQRコード** が浮かび上がった。スクウェアの中心は赤いドット。その数が四つ。
保安員の無線が割り込む。《院内 Wi‑Fi に“_fourMinute‑Garden_”というSSIDが大量発生、端末が自動接続……》
あかりは身震いした。玲奈は離れた配電室を制していただけではない。**無線LANのDHCPに擬似ルータを乗せ、病院端末を丸ごと“花の庭”へ誘導**している。
《04:06 ICUモニター室》
再点灯したばかりの天井灯が、四分針の音と同期するように一度暗転。モニター画面が白でフラッシュし、緑の波形は四拍遅れた位置で再表示された。端末右下には QR 花がゆっくり回転する GIF。
「接続先が勝手に切り替わる!」システム担当者が叫ぶ。「電子カルテが全部“Garden”ってフォルダに上書きされる!」
御堂の指示で非常用有線ネットに切り替えるが、LANハブがパケット嵐に溺れ、エラーランプがツリー状に赤く灯る。
《04:07 救命外来》
蛍光灯が一秒点滅し、待合にいた患者たちのスマホが一斉に花QRを表示。端末は震動し『Diagnosticupdate:‑240sec』と勝手にカウントダウンを始める。
小児患者が泣き、大人たちはスクリーンショットを撮り始める。SNSへ“#白い花ウイルス”が流出。即座に外部に騒ぎが拡散した。
《04:08 屋上》
あかりは造花の残骸を握りしめ、玲奈と対峙した。「まだ終わらないの? 四分はもう帳尻が崩れた!」
玲奈の瞳は夜明けの空を映して紫から灰色に変わった。「帳尻? あれは最初の試算。これからは“誰が救われる値”を、院内の皆さん自身に刻んでもらうのです」
彼女が指を軽く鳴らす。屋上モニターに患者・職員・来訪者のリストが映り、**花QRの白弁に名前が動的マッピング**される。四分ごとに並びがシャッフルされ、中心の赤ドットへ向け一本の矢印が走る。「次に停止する心臓」がルーレットのように指名される仕組み。
「それは……死の抽選機?」あかりの声が震えた。
「選別を私だけが握るのは偏りがあると気付いたの。だから“全員が誰かの命に加担”すれば公平でしょう?」
玲奈はまるで実技指導のように優しく微笑む。「白石さんも、病院のみんなも、この抽選に参加すれば私の“救済”は完了する」
《04:09 地下配電室》
御堂はファイバ回線を物理的に切断するバイトラインを探し、ケーブルカッタを振り下ろした。スパークとともに通信ログが途切れるが、屋上モニターはなお回り続ける。
「おかしい……独立回線は切ったはず!」
助手が凍り付く。「師長! 黒瀬はバックアップとして**院内 IoT 機器の ZigBee メッシュ**をハイジャックしてます! 配電盤のブレーカ自体がアンテナに……!」
《04:10 屋上(カウント‑180sec)》
赤い矢印がベッド2の名前“遠藤啓太”を差し、その瞬間 ICU の遠藤の心電がフラットラインに落ちる。遠藤は四分前に蘇生されたばかりだ。
あかりは無線で指示しながら、玲奈へ走った。「これ以上、命を弄ばせない!」
玲奈は後ろへ退き、へリ昇降機のシャッターへ手を伸ばす。「遠藤さんは救えなかった。でも次は霧島先生かもしれないし、御堂さんかもしれない。公平でしょう?」
《04:11 霧島移送通路》
保安員が押すストレッチャの周囲に QR 花が投影され、拘束具の磁気ロックが“‑240sec 解錠”と表示。ストレッチャの左右が開き、霧島は床へ崩れ落ちた。
床に転がったまま霧島が呻く。「誰か……止めてくれ……黒瀬は、まだ帳尻を……」
《04:12 屋上(カウント‑60sec)》
御堂の声がPHSに弾けた。「ZigBeeメッシュを止めるには配電室側を**全館停電**するしかない!」
あかりは目を見開く。「患者の呼吸器が――」
「危険だが、このルーレットよりマシだ。選んでくれ、あかり!」
玲奈が最後の60秒をカウント。あかりは震える手で非常停止ボタンへ向かう。屋上の風が白衣を捲り、東の雲が金色に染まり始めた。




