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"環"  作者: 正さん
六章
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五十一話「クロージングアクト」



 学校終わり。

 いつも通り佐鳥家に向かうと、その道中に見覚えのある人を見つけた。


「…宮部さん?」

 俺が声をかけると、宮部さんはゆっくり振り向いた。

 前会った時より少しやつれた様子の宮部さん。

 一歩近付くと、彼女は少し躊躇ってから、俺の方へ近付いてくれた。


「…環くん。そっか、今は…しばらく晶のとこに泊まってるんだっけ」

 諦めたような声色でそう言う彼女からは、覇気のようなものが感じられなかった。

 …そういえば…華菜ちゃんと忍くんが、宮部さんが見当たらないって話してたっけ…。

 宮部さんは今私服を着てるみたいだし…今日学校を休んだのかな…。

「…晶は?」

 俺がそう声をかけると、彼女は俯いて深呼吸をしてから、少し震えた声でこう答えてくれた。


「…退学したよ。家継ぐ準備するためにって」


 …。

「……は?」

「夏休み中に決めたんだって。文化祭終わるまでは誰にも言うなって言われたから黙ってたの」

「…そ、んな……なんで…?」

「…晶は今この家にもいない。さっき出ていっちゃったから…」

 震えているのに、口調は淡々としている宮部さん。

 言葉の節々から何かを諦めているかのような雰囲気を感じて、彼女をこのまま帰して良いのか迷ってしまった。

 すると、宮部さんも俺の態度から何かを察したのか、こう続ける。

「…ねえ、環君?こんなこと言っちゃ、君の人生を何もかも否定しちゃうことになるけどさ…」

「……家を、継ぐの諦めろって言いたいの…?」


 俺の言葉に、宮部さんは目を見開いた。

 その後、ゆっくり頷いてから、俺の方へ一歩踏み出した。

「信じられないだろうけどさ…これは、晶のために言ってる訳じゃないんだ。私は、君のために…」

「だったら尚更背中を押してくれないか」

「……」

「情けないのは分かってる。でも、どうか、俺の夢を否定しないでくれないか」

 情けない俺のお願いを、宮部さんは拒否した。

「………ごめん、それはできない」


 …そうか。

「あのね環くん…命を賭けて、目的を達成しようとする志は立派だと思うよ。でもさ…」

「…」

「…分かってないのかもしんないけどね、晶にとってのあんたは敵でも友達でもなく、大切な身内なんだよ。家族みたいなものなの」

「…」

「晶から聞いたくらいだから、そんな悔しいシステムまでは分かってないけどさ…極道は、盃を交わすことで、血よりも固い絆で結ばれるんでしょ?」

「…よく、知ってるね」

「うん……晶はさ、自分の母親と自分の祖父母、あんたの祖父母にあんたのご両親の全員が死んでんの」

「……」

「特攻なんて野蛮なことして、これ以上晶の家族の数を減らそうとしないでくれる?」


 耳が、痛かった。

 聞きたくなかった事というか、見ないようにしていたものを目の前に突き付けられたような、そんな感じだった。

 …家族…。

 ……家族、か。


 黙り込んでいる俺を見た宮部さんは、少し咳き込んでから、優しい声色で

「……ごめん、ちょっと、言いすぎた…」

 と言い、俺の肩を優しく撫でてくれた。

 そんな彼女の手の上に自分の手を重ねると、宮部さんは目を閉じてから、俺の顔を覗き込み、自分の下唇を軽く噛んでから、大切なことを打ち明けてくれた。


「…私も、二年前に父親を亡くしてるから…環くんの今の気持ちは、本当…痛いくらいに分かるんだよ」

「…そう、だったんだ」

「うん…私が高校に上がるちょっと前に事故で亡くなったんだ。お父さんは、私の…音楽やるって夢を、誰よりも応援してくれた人でね…」

「…死にたいと、思った?」

「思った。すぐにでも会いに行きたかった。でも、私にはそんな勇気無くて…変な、力まで…芽生えて」

 弱々しい、宮部さんの声。

 重ねている手をそっと握ると、彼女は数回瞬きをしてから、ゆっくり俯いた。


「…いつ、立ち直ったの?」

 そう尋ねてみると、宮部さんは眉間に皺を寄せ、グッと目を閉じながら、首を横に振った。

「…まだ立ち直ってない。一生立ち直れるわけないよ」


 …。


「…うん?環くん、その紙は…?」

「…俺の、遺書…」

「…もう用意してるの?」

「うん…まだ、一文字も書けてないけど…用意しておいて、損はないかなって思って…」

「…そっ…か」

「いつか書けるかもって思って、ずっとポケットに入れて持ち歩いてるんだ」


 宮部さんに、ポケットから取り出した紙を手渡すと、彼女はそれを見ながらこんな提案をしてくれた。


「…遺書が難しいのならさ、辞世の句にするのは?」

「辞世の句?」

「うん。遺書は長文で書かなきゃいけない、なんていう決まりなんて無いんだし、伝えたいことをそれでまとめて、後は読んだ人に解釈を丸投げすればいいの」

 …そうか、辞世の句…。その発想はなかったな。


「…ねえ宮部さん…変なことを頼む自覚はあるんだけど」

「…うん、なあに?」

「…書くの、手伝ってくれないかな…」

「…もちろん。元々作詞家だからね…手助けさせてよ」


 佐鳥家の塀に身を預け、二人で真っ白な紙を見つめた。

 俺のしたいこと。俺が成すべきこと。

 それを全部宮部さんに打ち明けると、彼女は冷静に、でも優しく、表現する方法を教えてくれた。


 自分の遺言を書いている筈なのに、どこか楽しかったのを覚えてる。

 本当に、楽しかった。

 それと同時に、彼女へ返しきれない借りを作ってしまったんだなと、思った。





 逸れ道 身を巡る血は 正道へ

 恨み出づるは ただ我が為に





 12月。

 菜那さんだけじゃなく、アオダイショウ君まで行方不明になった今。

 晶曰く天涯孤独の身の菜那さんはまだしも、彼の場合は家族丸ごと行方知らずになってしまった。

 企業が艮の家族ごと隠したのか、それとも…。


 なんて事を考えていた時、本家への召集がかかった。

 若衆や俺も含めた総勢3000人が、山奥にある京洛西門一家、本部へ集まったのだ。

 幹部会ならまだしも、全員か。


 正装に身を包み、蹴上組の若衆の運転で本部に到着した俺は、服の上からそっと、胸ポケットに入れた遺書へ触れた。

 …うちの全員が集まっているなら、晶もこの中に居るんだろうか。

 しばらく会っていないけど、元気でやっているんだろうか。


「若、到着しました」

「…あぁ、ありがとう」

 若衆の言葉に頷いてから、車のドアを開け、本部へ足を踏み入れた。




「…もしもし、扇会長。今六代目が本部へ到着しました…はい、後は手筈通りで…」




 久しぶりに訪れた本部には、当たり前の事ではあるけど、見覚えのある顔が集まっていた。

「環さん!」

「てつ…お前も来てたのか」

「当たり前でしょ」

 別の車で来ていたのか、てつとも合流し、二人で少し話してから、役員達が集まる部屋へ向かった。


 隣を歩くてつへ

「なあてつ…今日は晶も来てるのか?お前は何か知らないのか?」

 と声をかけると、こいつは首を横に振った。

「申し訳ありませんが…実は、文化祭の日からあの人達とは連絡が取れていなくて…」

「…そうか。分かった、教えてくれてありがとう」

 てつの横顔を見るに…これは嘘ではないんだろう。

 今のこいつが俺に嘘をつくメリットもないだろうからな…。


「…環さんから…晶が退学したって事を聞いた時は、心底驚きました…」

「?その事は…お前にも知らされてなかったのか?」

 てつの言葉にそう問いかけると、てつは俺へ顔を向け、眉間にぐっと皺を寄せた。

「はい…多分、神足さんにだけ伝えたんでしょうね…あの人は…晶さんのためなら何だってしてしまいそうな人だから…」

「何でも…」

「はい…だから何も言わずに消えてしまうよりかは、何故自分が消えたのかくらいは伝えておいたんじゃないかな、って…」

 …晶のためなら、何だってする人…か…。

 …そりゃ、晶の恋人で…こんな俺に説教してくれる人だもんな。

 晶は彼女のそういうところに惚れたんだろう。

 あの人はかなり魅力的な人だから、惚れる気持ちも分かる。


 そこまで考えて、立ち止まった。


 …なら、晶も…そうなんじゃないか。

 宮部さんのように、晶も彼女のためなら何だって出来るんじゃないか?



 そう考えた時、遠くからから怒号が聞こえた。

「…!何の音だ…!?喧嘩?」

 声のした方向を見ると…そこは…。

 

「あっち側は…幹部室だ…」

「急ぎましょう!」

「分かった…!」



 蹴破る勢いで幹部室の扉を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。


 部屋の中央では、見覚えの無い男が倒れていて…そいつを囲う形で立っていたのは、あの日死んだ筈の二人だった。


「…蹴上?鳥辺野…!?お前達、生きていたのか!?」

 俺が声をかけると、二人は俺の方を向いた。

「若…!」

「……クソ…」

 驚きからか、目を見開く蹴上と、どこか悔しそうに俺から目を逸らす鳥辺野。

 そして…。


「お、環…えらい遅かったやないか」

 血で汚れた手を、ハンカチで拭いている晶が。


 …。

「…お前が、やったのか?」

 俺がそう問いかけると、晶はハンカチを胸ポケットにしまい、髪を耳にかけながら答えた。

「せやで。まあ…あんたやってこいつの素性知ったらこれくらいしたくなるわ」

「…どういう意味だ?」

 晶は俺の言葉を聞き、呆れたように首を横に振りながら、男を顎で指し示した。


「こいつが、四代目を殺した…企業に雇われた鉄砲玉や」


 …。

「…おい、それは…確かなのか?」

 鳥辺野へそう尋ねると、鳥辺野は目をぐっと閉じ、拳を固く握りしめながらゆっくりと頷いた。

「間違いありません。こいつが…こいつが、会長を…」

 …そう、なのか…。


「…」

 男を見下ろすと、そいつは俺の足にすがり付きながら命乞いをし始めた。

「ご、五代目!違うんです!お、俺は…!」

「まだ五代目に任命されたわけじゃない」

 捕まれた足を振り払うと、そいつは絶望したようにうずくまり、床を強く叩いた。


「…そんな、つもりじゃなかったんだ…」

 …。

 …そうか。こいつに、父さんが、殺されたのか。

 あんな、無惨な…姿に…なるまで…切り刻まれて、殺されたのか。


「…晶。お前の言う通りだ…」

「…」

「…こんな程度じゃ終わらせられない」

「…」

「こいつを…殺したくて殺したくてたまらない…」

「…そうやろうな、あんたはそう言うと思ったわ」


 晶は、そう言いながら俺に一本近付いた。

「…」

 そして、慈しむように俺の背を撫で、穏やかに微笑んだ。


「その女に惑わされんじゃねえ!五代目!!目を覚ませ!!」

 そんな時、足元の男が声を上げた。

「…何?」

「環、聞かんでええよ…」

「そいつの言葉に耳を貸すな!五代目!!」

「…いや、今は…というかまだ俺は任命された訳じゃねえって…」

「四代目を殺したのは俺の意思じゃねえんだ!」

「意思だろうが無かろうがお前が殺したのは事実で…」

「あれもこれも全部!その女に指示されたことだったんだよ!!」


 …。

「…また、苦しい言い訳を…」

「あんたも分かってんだろ!?その女は観月と佐鳥の血を引いた娘だ!伝説の女と!!あの佐鳥組の子供だ!!!」

 …苦しい言い訳だ。


「若、こんな奴の言葉に耳を貸さないでください」

「あぁ、分かってる」


 血がなんだ。猟奇的な部分まで遺伝するわけがないだろ。

 現に晶は俺の親父に対してかなり尊敬の念を抱いてくれている。

 晶が親父を殺す理由なんて…。


「信じられないのか!?ならこれが証拠だ!」

 そう言いながら、男が取り出したものは…ドスだった。

 柄にハナミズキの模様が入った、ドス。


「…それ…観月さんの形見か?」

 蹴上がそう言うと、男は顔を上げ、また俺の足にすがり付いた。

「指示されたのは夏ん時です!こいつが観月さんの墓参りに行った時、俺にこれを手渡して…四代目を殺せと…!」


 男を見てから、蹴上と、鳥辺野を見た。

 その後で、晶の方へ目をやると、晶はゆっくり俺と目を合わせ、真っ直ぐな目で、こう言った。



「…せやで」

「…は?」

「こいつの言う通り…柳太朗さん殺せ言うたんは、このうちや」


 …嘘だろ?


「ドスもあん時にうちが渡した。こいつの言う通り、それ使って殺せって指示出したよ」


 そんなわけがない。あれは単なる墓参りで。


「お母さんが東の人間やいうのを知ってたからな…協力なんか簡単に出来たで」


 だからなんだ。東だからって何なんだ。


「なあ、これは立派な犯罪の一つ!"殺人幇助罪"になるよな」


 晶、嘘だろ。


「流石の晶でも無理って?いやいや、何だって出来るよ!こいつの言う通り!うちは伝説の女、観月の娘やで?それくらい造作もないわ!」


 そんな事言わないでくれ。


「これが終わったらもっと山ほどジジイ共を殺すつもりやったけどそれも無しになってしもたな~、あーあ、つまらんわ!」


 晶がそんなことを考えるわけがない。


「じゃあな、環。この一年楽しかったよ。あんたとのわだかまり増えてしもたけど、少しの間だけでも友達になれたみたいで楽しかったわ」


 違う。何かの間違いだ。


「けじめもつけなあかんのやな、タコ糸ある?無い?なら良いわそれで」


「ハンマー持ってきて、無理ならノコでいいから」


「よし、終わったな、これ凍らせといて」


「しばらくこの辺歩いて、やり残したことやって、それから自首してお勤めしてくるわ」


「絶縁か破門か分からんからなんとも言えんけど、じゃあ、またどっかで」



 …。


「…あの女…本当…正気とは思えねえな…」

 男がそう言った瞬間、後ろに立っていた蹴上が、男の頭を掴み、床へ思い切り叩きつけた。

「蹴上…!?」

 男の頭からダラリと赤黒い血が流れ、それから、ピクリとも動かなくなった。

 俺には、赤黒い血がカーペットに染み込んでいくのを黙って見ていることしか出来なかった。



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