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伝えたいを知る4【side Ulrik】

 



「キュウ!」


 昼食を終えて後片付けをしていた時、再びそんな鳴き声が聞こえた。先程の魔ウサギだ。


「ごめんなさい。食事は終わってしまって、もう残っていないの」


 また食事を分けてもらおうと戻ってきたのかと思いイェシカがそんな風に声をかけたが、魔ウサギは違うと言うようにイェシカの服の裾を引っ張った。


「ついて来て欲しい、ということじゃないか?」


 ウルリクがとっさにそう思い口にしたところ、そうだといわんばかりに、キュウと一鳴きして魔ウサギは歩き出した。

 何だか面白そうなことになった。


「楽しそうだな。ついて行ってみよう」


 いきなりの出来事に、どうしようかと迷っているイェシカの手を引いて、ウルリクは魔ウサギの後を追った。

 魔ウサギについてしばらく歩いていると、大きな滝のある場所に辿り着いた。

 高いところから落ちる水の勢いは強い。

 こんなところに来てどうするのだろうかと思っていると突然、魔ウサギは滝の中に飛び込んで行った。

 止める暇も無いくらい、あっと思う間の出来事に、思わず滝壺を覗き込むが魔ウサギの姿は見えない。


「……もしかすると、滝の裏側は空洞になっているのかもしれません」


 一緒に魔ウサギの一部始終を見ていたイェシカが流れる滝を見ながらそう呟いた。

 なるほど。そうかもしれない。

 裏側が空洞であったなら、滝に飛び込んでも後ろの岩壁にぶつかることはない。そのまま滝壺に落ちることもない。


 だが、確実にそうとはいえない。もし、裏側が空洞ではなかった場合、飛び込んだらただではすまない。

 どうしようかと隣のイェシカを見ると、あろうことか満面の笑みだった。

 早く行きたいと態度で表しているようでもあった。


「怖くないのか?」


 思わず聞いてしまった。

 自分ですら少し躊躇う気持ちがあったのに、という思いもあって。

 すると、イェシカは繋いでいる手にぎゅっと力を込めた。


「いいえ。全然怖くありません。ウルリク様が手を繋いで下さっていますから。あなたと一緒なら、何も怖くないんです」


 さあ行きましょう、と今度はイェシカがウルリクの手を引っ張った。

 そう言われてしまったら行くしかない。

 それにウルリクももう少しも怖くなかった。


 せーの、とタイミングを合わせ、手を繋いだまま2人で滝の中へと飛び込む。

 冷たい水にぶつかる感覚。だが、やはり壁にぶつかることはなかった。

 そして、2人はふかふかの草の絨毯の上に着地した。


「「…………」」


 目の前に広がる光景に、ウルリクとイェシカは二人して言葉を失った。

 形容しがたいほどに美しい黄色というよりは金色の花畑が広がっていた。

 その金色の花は仄かに光っていて、滝の裏側だというのにその場所はほんのりと明るかった。

 先程の魔ウサギもいるのだろうか、珍しいと言われる魔獣であるのに群れになって何匹も金色の花の中に身を沈めていた。


「くしゅん……」


 そんな光景に見とれていると、イェシカが小さくくしゃみをした。

 一瞬だったとはいえ、あれほど勢いの激しい滝の中に飛び込んだため、全身はぐっしょりと濡れていた。

 冬に入りかけの時期にこのままでいたら風邪を引いてしまう。

 少し名残惜しかったが、イェシカと手を離して両手をイェシカの上にかざした。

 魔法で一瞬でイェシカの服を乾かす。次いで、自分の服も乾かした。

 そこまでして、ウルリクは自分がイェシカに何も言わずにそうしていたことに気づいた。

 イェシカがくしゃみをして、何とかしなければと自分で思っていた以上に焦っていたのかもしれない。

 だけど、イェシカは嫌な顔を少しもせず、むしろ喜んでくれた。


「ありがとうございます。やっぱり、ウルリク様の魔法はすごいですね」


 乾いた服を見せるように、イェシカはその場で1回転した。

 スカートと上着がふわっと花が咲くように広がる。

 ふふ、と照れたように微笑んだイェシカは地上に舞い降りた天使のように美しかった。


「きれいだ……」

「ええ。本当に綺麗ですね。こんなに金色に輝く花は初めて見ました。何の花なんでしょうか?」


 イェシカがしゃがみ込んで、その金色の花をまじまじと見つめた。

 ウルリクが花のことをきれいだと言ったのだとイェシカは思ったようだ。

 イェシカのことを見て、思わず出てしまった言葉であるのだが。

 ウルリクはそのことを言おうかとも思ったが、その前にイェシカの疑問に答えることにした。


「それは“月の花”だ。とても珍しい花で俺も見るのは初めてだ」

「そうなのですね。今日は珍しいものに出会ってばかりですね。一輪、摘んで帰っても良いでしょうか?」


 イェシカは優しくその花に触れながら、そんなことを言った。夜、眠る時に枕元にあったらこの光景をすぐに思い出せそうだと。

 うん。そうだったらとても良い。

 花を見る度に、イェシカの楽しそうな様子まで思い出せそうだ。でも……


(この花は、確か摘んでしまうとすぐに輝きが消えて枯れてしまう花だったような気がする。持って帰れたら良いんだけどなあ)


 乗り気なイェシカにそのことをどう話そうかと迷っていると……


「そうですか。それでは、花は持ち帰らずにこの景色を目に焼き付けておきます。それだけでも十分な思い出ですから」

「えっ?」

「はい?どうかしましたか?」


 ウルリクは思わず、驚きの声を漏らしていた。

 だって、まるで、まだ話していないのに、心の声が聞こえたみたいな返答をイェシカがしたから。

 花に見とれて背を向けていたイェシカはそのことに気づいていない。

 ウルリクの驚いた声に振り返ったイェシカにウルリクは心の中で問いかけた。


(もしかして……心の声が聞こえている?)


 ウルリクと見つめ合っていたイェシカの目が大きく見開かれる。


「はい!聞こえています。ウルリク様の心も伝わってきます」


 そして、そう言うと、今度は見開いていた目を細めて笑った。


 でも、どうしていきなり力が戻ったのだろうか。

 ウルリクはそう思ったが、すぐに先程までイェシカが触れていたものに気づき、納得した。

 実は、今の時期は100年に1度訪れる月の光が弱まる周期だった。

 そして、精霊は月の光によって力を得ているといわれており、月の光が弱まっている今は眠りについている可能性があった。

 ウルリクは魔術師であるためその可能性があることは知っていたが、精霊が目覚めるまで待つことしか解決法はなく、ウルリクの仮説が正しい根拠もなかったため、イェシカに間違った期待をさせてしまってはいけないと黙っていた。


 だが、月の花に触れたことでイェシカの力が戻ったことをみると、ウルリクの仮説は正しかったようだ。

 月の花は、地中に溜まった月の光の成分を吸収し、花びらからその光を発することによって光る。

 月の花からの光によって、精霊は力を得て目覚めたのだろう。


 ウルリクはそう理解した。

 イェシカも納得したように頷いていたので、ウルリクの考えは伝わっていたようだった。

 何はともあれ、イェシカの力は戻った。

 月の光不足が原因であるのならば、月の光が弱まる周期ももうすぐ開けるので、今後の心配もいらないだろう。

 イェシカが人に怯えずに前のように生活できるようになるだろうと思うと安心した。

 そんなことを考えていると、笑顔だったイェシカが少し表情を堅くしてウルリクに向き直った。


「ウルリク様……私に力が戻って良かったと思いますか?」


 イェシカはそんなことを聞いた。

 それは良かったと思うに決まっている。

 力を無くして元気を失っていたイェシカに元気が戻ったのだから。

 でも、イェシカが聞きたいのはそういうことだけではないだろう。

 ウルリク自身がイェシカの力が戻ったことをどう思っているのか……

 そのことを考えた時、イェシカは満足そうな表情を浮かべようとした。


「待って!」


 そんなイェシカに、ウルリクは制止の声を上げた。

 考える前に思わず出てしまったウルリクの声にイェシカは驚いた。


「イェシカが俺の心を分かってくれるのは嬉しい。でも、イェシカが分かってくれていても、その上で、ちゃんと自分の言葉でも、君に気持ちを伝えたい」


 自分の気持ちを声に出して言葉で伝えること。

 それは単に伝えるための手段というわけではない。

 気持ちを伝える相手に対しての誠意。

 そして、自分自身の気持ちを再確認する役割も果たしている。

 それに、ただ単純にウルリクがイェシカにはもう伝わっていると分かっていても、伝えたいという想いを持っていたから。

 そんなウルリクの言葉を待っていてくれるイェシカに、ありがとうという想いも込めて声を出した。


「俺はイェシカに心の声を聞く力があってもなくてもどっちでも良いと思っている。イェシカがそばにいてくれるだけで幸せなんだ。俺の気持ちは俺がちゃんと伝える。前に伝えたその気持ちは変わらないから。俺がイェシカを愛する気持ちは変わらないから」


 ウルリクはイェシカの目を正面から見つめ、そう言葉を紡いだ。

 イェシカは今度こそ、満面の笑みを浮かべた。

 笑ってくれて良かった。

 本当にイェシカが好きだ。大好きだ。

 胸の中が幸せな気持ちで満たされるようだった。


 そんな風に見つめ合っていたのだが、イェシカが笑みから少し拗ねたような表情になり口を尖らせた。


「どうかしたのか?」

「だって……ウルリク様だけずるいです。私はウルリク様の気持ちをこんなに受け取ることができるのに、ウルリク様は私がどれほどあなたのことを愛しているか分からないんですもの」


 そう言ってから、照れたようにイェシカは笑った。

 そして、思いっきりウルリクに抱きついた。


 ―――大好きです


 ウルリクはイェシカのように人の心の声を聞くことはできない。

 それでも、愛するイェシカの気持ちだけは胸から胸に直接、聞こえてくるような気がした。




 完


完結です。

最後までお読み頂きありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] 優しい気持ちになる小説でした。 イェシカもウルリクも繊細で傷つきやすい人で、 だからこそ人を気遣う行動をするのでしょうね。 素敵な小説をありがとうございました。
[一言] 毎日楽しく拝読しておりました。 とてもあたたかい気持ちになれるお話でした。 本当にありがとうございました。
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