A promise
「おはよう、モナ。今日も良い天気だね」
「…………おは……よう」
今日もユウは来てくれた。嬉しい。けれど、思うように声が出ない。それでも、返事を返されただけで喜ぶ彼が可愛い。
お互いに八歳になったのにユウは日を重ねるにつれて格好良くなっていて、正直、直視も彼の名前を口ずさむのも無理。言った暁には、私の思考は彼で満杯になっておかしくなってしまうかもしれないから。
それに、私とユウはまだ出会って三年くらいしか経っていないのに、彼は雨季で雨が降る日以外ほぼ毎日私の所に遊びに来る。だからか、私は見たこともない村の女の子達に敵視されているようだ。なぜ分かるかというと、私は森の外から敵意が含まれた視線が注がれているのを感じているから。
「モナ、今日こそ僕の村に来てもらうよ」
「っ⁉︎ イヤッ! 絶対にヤッ‼︎」
絶対に嫌!村の一部の大人は私の事を知っているもん!どうせ見つかったら石を投げつけられる!前に降りた先の村がそうだったんだもん!
ユウが私の手を掴もうとするが、私はそれを拒み避ける。絶対に村には行きたくない。それなら少し森に奥にある小屋の方がマシ。それに、こんな三年も前から着ている服じゃ恥ずかしい。
―こんな楽しい時間。長く続けば良いのに……
私はユウの手から逃れているうちに、一瞬そう思ってしまった。私は思わず固まってしまい、気が付けば彼の手はもう私の手を掴む寸前だった。私は咄嗟に掴まれそうになった右手に魔力を送り、彼の手を弾いた。
「……え?」
彼は突然の出来事に思考が混乱していた。
―やっちゃった…ユウに嫌われる……
そう思ったのに彼は違った。
「今の魔法⁉︎ 凄い! 初めて見た!」
彼は私の両親とは違った。むしろ食い付いた。でも、すぐにそんな考えは私の頭から消えた。
―そんな物珍しそうな目で私を見ないで!顔が……あなたの顔が近いの………
ユウの顔が間近に迫っていた。クルリとした翠色の瞳を持った両目。左目の下の泣き黒子。穢れのないブラウンの髪。見ただけで温もりを感じさせる頬。私の両二の腕を力強くも優しく掴む手。
私は捕まってしまった。魅力的な彼に囚われた。自分の顔が熱いから、顔が赤くなっているのが分かる。
―ダメ……分からないけど力が入らない…それに………
彼の、ユウの顔が近くて自分が何を考えているのか分からない。
―こんな気持ち分からないし知らない!
知らない!知らない!知らない‼︎
―ただの執着だと思っていたのに……
醜い執着の筈なのに………
彼の顔を直視できない。もう手遅れだと思うけど、これ以上ユウの顔を直視したら自分の何かが壊れちゃう。
落ち着かないとダメ。冷静にならないとダメ……無理。力が入らない。上手く立てない。もっとユウと一緒にいたい。ダメ。そんなこと思っちゃダメ。
「モナ? 大丈夫?」
「だっ⁉︎ だだっ、だいじょう……ぶ」
―ユウの声が間近で……
そう思いながら、私は上手く立てないのに嘘をつく。
それでも挙動がおかしかったからユウにそのまま疑われる。
「本当に?」
「ほ、ほほ本当よ!」
―ダメ……これ以上は………
そろそろ限界だった。真剣な表情で私の身を案じてくれるユウに私は負けられないと思った。が、そうはいかなかった。
「……む。熱、あるみたいじゃん」
「〜〜っ⁉︎///」
ユウが自身のおでこを私のおでこに何の前触れもなく当てたのだ。私は謎の感情から、恥ずかしさと嬉しさから顔がさらに熱くなり、さらに突然の事だったので、口をパクパクとするしかできなかった。
そして到頭私は、ユウに支えられるように体勢を崩してしまった。
「もう…やっぱり無理して……」
ユウは私にそう言うと、私を負ぶって歩き始める。顔が熱くて思考がままならない。どっちの方向にユウが歩いているか分からない。ただ、彼が進む道はだんだんと視野が広くなっている。けれど私は、どうにかこの赤くなった顔を誰にも見せないようにと、途中から俯いていた。
「父さん、母さん、ただいまー」
ユウの声で私は目を覚ます。どうやらいつのまにか寝ていたらしい。
「おかえり、ユウ……その子は?」
「えっとね。この子は――」
「っ! お、下ろして!」
たった今。意識がハッキリとした。私はユウの家にいる。つまり、ユウの村に来てしまった。背負われている時、周りの視線がどうだったのか分からなくて怖い。蔑んだ目で見られていたかも知れなくて怖い。
私は暴れて降りようとしたが、まだ思うように動けなくって直ぐにバテた。
「ふふっ。ようやく落ち着いたのね」
ユウの母と思われる女性が私に声をかける。私は彼女の顔を見たが、綺麗な人だと率直に思った。私に似た腰までの長さの黒い髪と、ユウと同じ翠色の瞳。
「お母さん! この子がモナだよ!」
「あら、この子が? 確かに可愛いわね〜」
―この人は優しい……人?
彼の母はとても穏やかで、一緒にいるだけで自然と落ち着く。でも、どこか不思議な感じがする。
「……モナクスィア…です」
「あら? 嘘はダメよ?」
―バレた⁉︎
モナクスィアが偽名だとバレた。どうして?普通にしていた筈なのに……
「どうして……分かったの?」
「ふふっ、女の勘よ。で、ユウが夢中になっている可愛らしい貴女の本当のお名前は?」
「……無い。けど、お父様やお母様にはメイレーって呼ばれている」
言いたくなかった事が、自然と口から溢れる。私らしく無いのに、何故か彼女の前だとユウの時と似た様に変になる。でも、ユウの方はまだ我慢できる。
「はい、よくできました! 良い子ね〜〜。あら、もうこんな時間! ユウ、そろそろ降ろしてあげなさいね〜」
「はーい」
そう言って、ユウのお母さんは台所に消えた。
何事も無かった様に空気が日常に戻る。ユウは私が嘘をついていた事をどう思うのだろう…………嫌われたく無いなぁ……
私の両足が地面に接した時、ユウは私に言った。
「モナって名前がなかったんだね……なんかごめん」
―違うよ。ユウが謝る必要は無いよ。
「僕ってさ、少しこの村の他の子と変わってるみたいでさ」
―ユウは変わり者じゃ無いよ。むしろ私の方が……
「ねぇモナ。君は僕の事、どう思っているの?」
―分からない。分からないの。
私、あなたの事をどう思っているのか分からないの。
「やっぱりきら――」
「嫌いじゃない! …………嫌い…じゃない……です」
それは無い!ユウがユウ自身の事を悪く言っちゃダメ!あなたは魅力的すぎるの!でも、私は自分の気持ちが分からないの。だから好きなのか、嫌いなのか分からないの。あなたと一緒にいると変なの。こんな胸がふわふわして、胸が焦げるくらいの熱いこの気持ちを知らないの‼︎
「ごめんね……それでも私、分からないの。嫌いじゃないのは分かっているけど、本当に嫌いじゃないのかは分からないの。分からない事ばかりなの。だから……だからこの話の続きはまた今度にしよ?」
彼は黙って聞いてくれた。私を見る目を変えずに聞いてくれた。
「僕、まだ難しい事は分からないけど君が僕の事を思っていてくれて嬉しいよ。じゃあさ、そうだなぁ…………そうだ! 十五歳! 僕と君がお互い十五歳になるまでこの話はしないでいつも通りにしよう!」
「うん。約束……ね?」
「約束だよ!」
この時のユウの笑顔はいつも以上に素敵だった。