Tail end
私は貴方が好き。貴方が側に居てくれたおかげで、私は救われた。だから、私は貴方に惚れた。だから、心の底から貴方を欲した。だから………私は貴方を愛している。
―深い、深い森の中で私は貴方と眠りたい。
―貴方の頭を私の膝の上に乗せて、静かに眠るの。
森は静寂が占領して、草木が揺れる音しか響かない。森の奥地は外界とは違って平和で、私は好きだ。
私は貴方を抱えながら、森の奥地へと足を進める。貴方の重さを感じられるこの状態で、私の心は幸福感で満たされる。けれど足りない。足り無さすぎるの!!!!
「ねぇ、覚えているかしら? ……私が貴方の事を愛しているって言った時のこと」
瞼を閉じ、深い眠りについた貴方に私は声を掛ける。でも、貴方はもう眠りについてしまったのだから、返事は返って来ない。
黒く、地面に引きずる様な形で伸びている様な私の髪。側から見れば、化け物の触手に見えているのだろう。怪物が、一人の男を抱えて歩く。しかし、草花を裸足で踏み進める音だけが木霊する森の中では、私と貴方以外に誰も居ない。
―嗚呼。もっとこんな時間があれば良かったのに。
―これからはずっと一緒……だよ?
貴方を抱えながら、私は草花を裸足で踏み分ける。誰も私と貴方の空間を邪魔する事のできない場所へ。
森に入って数時間くらい歩いたのだろうか?森は既に夜の闇に呑まれ、月光が樹々の隙間から差し込まれるようになっていた。それを頼りにしながら私はさらに奥へと進む。私が今、抱えている貴方を落とさぬよう、ゆっくり、ゆっくりと――
静寂が支配する中、森は私たちに手を出す事はなく、ただじっと身構えている。ゆっくり歩む私たちを引っ張らず、押したりもしない。
「もう少し、もう少しだから……」
貴方を抱えながら私はそう呟く。
林冠が高く、枝がドームを描くように空を隠す道に入った。裸足だった為、足は泥や土で汚れている。幸い、軽い切り傷以外は無いようだ。
―あの場所まで辿り着けるまで私は歩み続ける。
―貴方がもう、二度と目が覚めない事を知っていて。
とうとう、包帯でキツく圧迫していた脇腹から血がドクドクと滲み始めてしまった。この森に入る前にボロボロになってしまった私の黒いゴシックドレスの下には包帯が巻かれていたのだ。
その出血のおかげで、今まで人間の『愛する』と言う言葉を理解出来なかった私が、今、貴方への愛を捧ぐ感覚で理解する事が出来た。今、血を流してやっと『愛』を理解する事ができた。
―けれど悲しい。
―悲しすぎて、悲しすぎて、世界が恨めしい。
―この気持ちに気が付くのが遅かった
私が恨めしい。
ドレスは所々に暗紅色の花が咲き、暗紅色の蔦を這わせ、白いフリルには蕾が暗紅色の花を咲かせ滲み出始める。
「やっと…辿り着けたね……ユウ」
私に抱えられる貴方は良い夢を見ているのだろうか?ブラウンの髪を靡かせる貴方の顔はとても安らかで、私はいつまでも見ていられる。左目の下にある涙黒子がとても色っぽくて素敵。
その顔を見ながら黒い大樹〈黒百合の神木〉に近付く。大樹からおよそ半径二〇メートル程の範囲には木々は生えておらず、黒百合で埋もれている。大樹には、普通は木には咲かない黒百合が沢山咲いており、その黒百合はとある薬の材料となるらしい。
しかしそれは私たちには関係ない。夢にまで望んでいた風景の中、夢に見ていたことが出来るのだから!
「私が膝枕してあげる♡………」
私は傷口の痛みを堪えながら優しく貴方に声を掛け、大樹に寄り添うように腰を下ろした。
―疲れた。
―痛い。
―眠たい。
―熱い。
―寒い。
首だけの貴方を私は両太腿に乗せる。初めは正座だったのだけれど、流石に疲れるので直ぐに足を横に崩した。太腿で感じる貴方の首の重さは私の心に癒しと幸福感をもたらしてくれた。しかし、同時に切なくて悲しい気持ちにもなった。
もう、貴方とはお話が出来ない。あの頃のように、一緒に冒険も出来ない。今まで貴方と一緒に居た思い出は、今の私に哀しみで溺死させる程にも重かった。
「ユウ……私はもう、貴方が居ない世界には未練はないの…………だから……」
涙が溢れ、溢れ……溢れ出す。言いたい言葉も悲しみで塗り潰され、声に出ない。唯一、声に出す事が許されたのは私の嘆きと啼泣のみ。
私は叫んだ。叫んで、叫んで、叫んで叫んで叫んで、涙が枯れるまで、酸欠を起すまで叫んだ。森に響く私の声は、眠っていた魔物を起こした。しかし、彼らは私たちの元へは来ることが出来ない。
知っていてここに来た。この森は〈黒百合の神木〉が核の迷宮、〈終末ノ森〉だから。
〈終末ノ森〉は特殊な場所。私たちのような死に近い者を受け入れ、生に近い者を拒む森。だから、死に近い者を、この森の魔物は喰べない。喰べるのは生に希望を持ち、生に近い者のみ。魔物が来ないと言うことは、私たちは受け入れてもらえたのだ。嬉しい。
「だから……待ってて………私が貴方の元へ行くまで………」
もう、すっかり私の身体は限界を迎えていた。
血は引き切り、体温も下がり切り、視界が朦朧とする。それでも私は貴方の髪を撫で、その寝顔を覗く。
―最期まで……貴方を見つめていたい。
―嗚呼………懐かしの記憶が掠れ…る。
―ふふっ……もう思考もままならないわ……
そこで、私の記憶が走馬灯のように走った。