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※若干の性的な表現があります。
スイートルームは広かった。
ソファ・テーブル・壁紙はシックな色合いで統一されており、窓からは海面に浮かぶ夜景が一望できる。
ロビーでホテルマンに渡したカバンは、壁際のテーブルの上に置かれていた。
「スイートルームなんて初めてだ。こんな広いとは思わなかった」
「俺もだよ」
2人して豪華な部屋を見渡した。
「ん? 以前、家族でこのホテルを使ったことがあるって言ってなかったか?」
風佳はローファーの底でビロードの絨毯の柔らかさを感じながら、窓際に寄った。食事中に眺めていた景色は同じはずだが、この部屋からだと眼下の世界はもっと陽気で情熱的に見える。
「使ったことはあるが、こんないい部屋じゃなかった。そもそも、いつもスイートに泊まれるほどウチは裕福じゃないしな。
だが、今日は大金を払うだけの価値はあったみたいだ。君のお気に召したようだから」
蓬も窓際に寄って風佳のすぐ後ろに立った。風佳の存在が大きすぎて、窓の外の景色は目に入らない。
風佳の背中のなまめかしさ。
花の蜜とミルクのような香り。
蓬の中で火花が散る。ズボンの中ですでに痛いほど硬くなったそれは、燃え盛る勢いで蓬の理性に揺さぶりをかけた。
「つくづく、金にものを言わせて女を抱く男のやり口だな」
風佳は背中で蓬の熱を感じて、言葉が微かに震えた。彼の情熱が焦がされているよう。この熱には覚えがある。昨晩感じたのと同じだ。
でも、今日のは、昨日と比べものにならないくらい激烈で、わたしに牙をむいて襲い掛かろうとしている。
「今日ので俺のお小遣いはすっからかんだ。一夜限りで捨てられるかもしれんな」
すがるように、蓬の指先が風佳のうなじをなで下ろした。
黒髪の奥にひそむ肌の白さと、肌の柔らかさ、わずかに浮いた骨、それらすべてが愛おしい。
「向こう見ずな遊び人にはお似合いの顛末だぜ、それ」
蓬の指はざらりとしていた。そのきめの粗い感触に、やはりコイツは男なんだな、と風佳は思う。
昨日押し倒されたときも、その硬い筋肉の凹凸から、男としての蓬を深く感じざるを得なかった。彼の全身を感じたはずなのに、今は今で、たった指先だけの触れ合いで、彼への意識が高まっていく。
「想い人に捨てられ、這いつくばって土の味を噛みしめた後は、<百花繚乱>のリーダーに頼み込んで拾ってもらうしかないな」
「そりゃいい。じっくり、愛でてやるよ」
「どんなふうに愛でてくれるんだ?」
窓のそばにいた風佳は振り返って、蓬と向かい合った。
そして、手首の内側を、蓬の頬にぴたりとくっ付けた。
「――くっ!」
ほんのり伝わる風佳の体温と、すべすべの肌の感触に、蓬は息を飲んで立ちすくんだ。
驚く蓬の顔を見て、風佳は嬉しくなる。さっきうなじを触ってきたお返しだ。
「どうした? 顔が赤くなってるぞ?」
「……悔しいほどに、君が綺麗だからだろうな」
抱きしめたい。強く抱きしめたい。
そんな欲望を表情に出して煩悶する蓬に、風佳は邪悪に苦笑した。
「さてさて、模範生たる生徒会長様は、いつまで自分を制することができるかな?」
風佳は、一歩、さらに一歩と、ゆっくり、蓬に近づいていく。
するすると腕の内側を蓬の頬にこすらせながら。
段々とお互いの距離が近くなるにつれて、蓬も風佳も、心臓が高鳴ってくる。
緊張して、肌が熱くなって、汗が滲んで、喉が渇いて、息は苦しいが、かといって今の状況から目を反らせない。
蓬と風佳の距離は縮まっていき、風佳の唇が、蓬のあごに当たった。
かかとを伸ばせばすぐキスできるのに、風佳は上唇と下唇で蓬のあご先を挟み、息をフッと吹きかけただけで、顔を離した。
「惜しいな。どうやったら、お前に届くんだろう?」
湿った瞳に相手の顔を映しながら、風佳の右手の親指が、蓬の唇を撫でた。
蓬が自分を制していられたのは、そこまでだった。
風佳を思いっきり抱きしめ、貪るように唇を奪う。
昨晩のキスとは全然違う。昨晩のそよ風のような触れ合いとは全然違って、今まさに2人は求め合っていた。
唾液が混ざり、舌は絡み、歯は当たり、体の全神経がキスに集中している。
体が麻痺したように言うことを聞かなくなって、立っているのも覚束なくなっているが、それでもやめられない。間もなく倒れてしまいそう。
蓬は、ひたすら甘いと思った。コーラやサイダーとは比べものにならない刺激が頭の中で弾けまくって、中毒性の高い甘味料に脳が侵されていくようだった。
風佳は、味なんか感じなかった。カルピスでもレモネードでもない。何も味はしないのに、だけど、飽き足りない。もっと、もっと、もっと欲しい。ただひたすら飢えて、興奮していた。喉は潤ったけれど、体の他の部分はまだ乾いている。蓬にまわす腕も、蓬に絡める脚も、満たされてなくて暴れている。なにより、風佳の下腹部は強烈に疼いていた。
「はぁっ……はぁっ……んっ」
激しいキスの後、どれがどちらの吐息かも分からず、2人は肩息を弾ませた。
呼吸を止めていたからか、それとも早鐘を打つ心臓の暴走が酸欠を引き起こしているからか。
互いの視界は、どうしてかぼやけていた。目に涙がたまっている。
2人はどちらからともなく、再び唇を重ね合わせた。
またキスをすれば、靄がかかった視界が晴れて、愛しい人の顔が見れるんじゃないかと思って。
あご先から雫となってしたたり落ちるのは、溢れた唾液か、涙か、両方か。
「はぁ、はぁ……激しすぎるぞ、お前……はあっ」
「お前じゃなくて、蓬と呼んでくれ。俺は君を風佳と呼んでいるんだから」
風佳は目をパチクリした後、体をさらににじり寄せて、唇を蓬の首筋に這わせた。
「……唇は味わった。蓬の肌は、どんな味がするんだろうな?」
風佳の舌先が頸動脈に突き刺さり、ゆっくりと下に降りていく。
それと同時に、風佳の手のひらは、ずるずると蓬の背中をなでまわした。
首に感じる湿った生暖かい感触と、細い指先で背中をこすられる感触に、蓬は感極まってわなないた。
蓬は風佳を抱き上げ、その胸に顔を押し付け、芳しい香りを吸い込みながら、ベッドへと向かった。
風佳は蓬にベッドに横たえさせられると、勢いよく脚を伸ばしてスリッパを遠くへ放りやった。蓬はベッドに下半分を覆っていたかけ布団を引きはがし、床に落とした。そして、自らもベッドの上に乗る。
2人は躊躇なく破り捨てるように制服を脱ぎ、隣のベッドへと放り投げる。
やがて一糸まとわぬ姿になったところで、再びキスをした。
蓬の手は風佳のみずみずしい胸を揉みしだき、風佳の指は硬く引き締まった蓬の腹筋をなぞった。
2人の体温は、もう絶頂に達しかけていた。
そして、2人の体は一つになった。
風佳は初めてでありながらあまり痛みを感じることはなく、すぐにこなれて快感を得られるようになった。
2人して3回目の絶頂を迎えた時、ようやく体の火照りがおさまって、一緒にシャワーを浴びた。
今は裸にバスローブを着こみ、身を寄せながら、ベランダから夜景を眺めている。
5月の末。夜の風は冷たかったが、手をつなぎながら眺める光景が美しくて、暖かい部屋の中に戻る気になれなかった。
微かに聞こえる波の音と風佳の呼吸音に耳を癒されていると、蓬は突然大事なことを思い出した。
「あ! そういえば、風佳は両親に伝えなくていいのか? 今夜は帰らないことを」
蓬は焦った。
強引にホテルに連れ込んだ後、風佳には携帯電話を触る機会がなかったはずだ。
「ちょっと待て、お前その心配するの遅くね? 女を無理やり外泊させるなら、そこらへん最初に気を配るとこじゃねえか?」
「……申し訳ない。俺は、冷静じゃなかった……」
「そうだな、蓬は冷静じゃなかったよ。だがまあ、わたしの親については気にしなくていいぞ。私が夜中まで街をほっつき歩いているのはしょっちゅうあることだし」
風佳はからからと笑った。自然に「お前」ではなく「蓬」と呼ぶようになっていた。
「それならいいが」
「これからは我を見失わずに、相手の女をちゃんと気遣えよ。さっきまで、一歩間違えれば変質者の目をしてたし」
「……そんなに酷かったのか?」
「今は穏やかだけどな。ま、なりふり構わず求められるっていうのは、女として悪い気分じゃなかったけど」
風佳はにこやかに微笑んだ。
蓬の胸中はざわめいた。威風堂々と笑みを浮かべる風佳のそばにいると、気分が落ち着く。風佳は決して穏やかな女性じゃない。冷静だが、活気はありすぎるし、気性は激しい。しかし、そんな風佳の隣が、蓬にとっては何より落ち着く場所だと思われた。
絶対に、風佳を手放さない。蓬は決意を新たにした。
「今日のことは、後悔させない」
「はあ? 何言ってんだ? 蓬に気を遣われなくても、わたしは後悔なんかしたことねーぞ」
「なら、松枝蓬を愛した君の選択が間違っていなかったことを証明してみせよう」
「なんだそれ?」
「待ってろ。明日からの俺に期待しておけ」
「信用ならねえ言葉だなぁ」
風佳に苦笑されて、蓬は顔をしかめたが、何か言い返す代わりに風佳を抱きしめた。柔らかい。
「風佳はワクワクしないのか? 俺は、風佳と過ごす日々にワクワクしてるぞ」
「……ワクワクは、してるさ」
風佳も、蓬も、昨晩から同じ気持ちを抱いていた。
拳を交わした時に2人は察したのだ。相手が自分と共にあるべき存在だと。
「っていうか、お前、抱きつきながら胸いじるなよっ!」
「甘えたい年頃なんだ、許せ」
「ホント押しの強い男だな!!」
不良娘は、王子様に愛されることになった。
ここで一区切りとなります。
「不良娘は王子様に愛される。その2」に続きます。




