第七話 街道宿
「あの狼煙は何でしょうか?」
「お、目がいいな、あれは街道宿が距離の目印に上げている狼煙だ、風が無い日にあれが見えたら宿まで8リロト(約8キロメートル)って所だ。大体一刻(約2時間)の距離だな」
ペルミの街の街を出発して3日目の午後、イリーナが街道宿の上げる狼煙を見つけた、この調子なら日の落ちる前には余裕を持ってたどり着けるだろう。
「あの煙にはどのような意味があるのでしょうか?」
「日が落ちるまで、つまり狼煙を見ることができる時間までに見つければ、その日は街道宿までたどり着ける。逆に見つからなかったらさっさと野宿の準備をした方がいいって事を判らせるためだな」
「なるほど」
イリーナは俺の説明にしきりに頷いている。会った当初のおどおどした感じは鳴りを潜め、気になったことは何でも聞いてくる好奇心を見せるようになった。これが本来の彼女の姿なのだろう。
「というわけで、今日は満室じゃなければ野宿をしないで済みそうだ、もうちょっと頑張ろう」
「はい!」
そういって荷物を背負いなおすと今日の宿へ向けて再び歩き出す。
やがてペルミの街と港町の中間に位置する街道宿が見えてきた、街道宿と行っても場所によって宿場に成長していたり、その名の通り宿がぽつんと一軒あったりと結構違う。ここはその両者の中間程度の規模だろう。狼煙台を併設した国営の街道宿が1軒あり、そこを中心に他に2軒の宿屋と何でも取り扱ってますと言った風体の雑貨屋のようなものが1軒あるようだ。
「どこに泊まるんですか?」
「この国の国営宿は基本的に泊まるだけで食事が出ない、まぁ宿だけ国営にして食事は隣でって手もあるが、今日のところは民営の方にしておこう――民間だとこっちの方が俺たち向けだな」
「国がやっているという宿以外は2軒あるようですが、どうしてこちらなんですか?」
「手前の宿は厩が大きいだろう?あれは馬車や馬でで旅をしてる人間を主に相手にしてるって事だ、こっちはそんなもんが無い徒歩向けの宿だ」
「そこまでは気がつきませんでした」
「少し旅に慣れればすぐにわかるようになるさ」
「いらっしゃい、お二人さんかい?部屋は一緒でいいかね?」
宿に入るなり挨拶もそこそこにそういってくる親父。
「ああ、空いてるか?当然食事つきで」
「お前さんたちは運がいいよ、2人部屋はあと1部屋だけ空いてたからな、代金は前金で2人で銀貨6枚だ」
「殆ど満室とは随分と景気が良いな」
銀貨を渡しながらそういうと。
「ああ、巡礼のご一行が20人近くもお泊りだからな――、と言ってる傍から降りてきた」
親父の目線を追うと、上の階から白いローブでその姿を覆ったいかにも巡礼という感じの連中が数人降りてくるところだった。
「なるほど、それじゃ俺たちも部屋に荷物でも置いてくるかな」
「ほれ、これが鍵だ、荷物を置いたら飯の前に裏で足を洗ってきな」
受け取った鍵には302と言う数字が掘り込まれていた。
「行くぞイリーナ、今日は3階の部屋だ」
「それではお世話になります」
イリーナが相変わらず律儀に宿の親父に頭を下げると俺に続いてくる。
「よっと」
部屋に入ると重い背嚢を床に置く、部屋は白いあひる亭と同じくらいの広さで、少しほこりっぽい感じだ、これで1人銀貨3枚だから街道宿ということで少々足元を見てるのだろう、食事がマシなら良いのだが。
「わぁ、遠くが良く見えます」
俺のそんなつまらない考えを吹き飛ばすような明るい声がする。
「何か面白いものでも見えるか?」
「いえ、そういう訳ではないですが、遮るものが無いこの場所で3階というのは随分と遠くまで見えるのですね」
イリーナの横に立ち同じように窓から外を見る。遠くに目を凝らすなんて歩哨に立つ時くらいの俺よりイリーナの方がよっぽど人間として上等だ。
地平線に沈んでいく夕日を見て彼女は何を思うのだろう。
「それじゃ裏手で手足を洗わせてもらってから食事にしようか」
「はい、楽しみです」
結論から言えば食事はなかなか良かった、まぁこれで食事がダメだったら客が寄り付かないだからだろうが。黒パンに具がたっぷりのシチュー、豚を焼いたもの、サラダ、それにナシが2人でひとつだが出た。飲み物に俺はエールを、イリーナにはワインを薄く割ったものを頼む。
「相席よろしいでしょうか?」
と、しばらく2人で食事を楽しんでいると声をかけられた、顔を上げてみると40前後の男で、巡礼の白いローブを着ている。
「席が埋まってしまっているようなので申し訳ないですが」
おれはちらりとイリーナの様子を伺う、彼女は大丈夫というように頷いてみせた。
「ええ、どうぞ」
「ありがとうございます」
席を勧めると男は礼を言って座る。
するとすぐに女給が俺たちと同じ内容の食事を男の前に置いた。
「巡礼へ向かうところですか、それともお帰りですか?」
意外にもイリーナが会話の口火を切った。
「我々は北の教会から戻るところですよお嬢さん」
「結構な大所帯みたいだが、どこから来たんだ?」
「西の方にあるアギデルという街で有志を募って巡礼に向かいました、ここからだとそうですね――あと10日ほどで帰れるでしょうか」
「それだとペルミで川を超える必要があるな、一昨日は川は穏やかだったからこのまま天気が崩れなければ大丈夫だろう」
「そうですか、それは良いことを聞きました。ところでお2人はどのような旅で――、ああ、これは余計なことを」
「いやいや、俺たちもあんたらと同じさ、もっとも俺は単なる護衛だが」
「おや、そうだったんですか、北の教会は素晴らしいところですよ」
実際に教会に行くことは無いだろうが、そんな事はおくびにも出さず。
「それでとりあえず港町へ行くんだが、何か変わった様子はなかったか?」
俺はある意味本題を切り出す、これから赴く先の情報はどんなことであれ貴重だ。
「そうですね、そういえば魔族がこのあたりに現れたという話を聞きました」
イリーナの肩がびくりと動く、俺は彼女に背を軽く撫でて落ち着かせる、幸い男は別段不審を抱かなかったようだ。
「もう一ヶ月くらい前らしいですか、女性の魔族だったという事です。魔族が大手を振って町をあるくなんて考えただけでも恐ろしい事です。ああ、それと港では最近人攫いが出るとか、もしかしたらその魔族の事なのかもしれませんね」
俺が知る限り魔族が人を攫うなんて話は聞いたことは無かったが、まぁそれは指摘しないでおく。
「なるほど、中々物騒な話だが、巡礼は大丈夫だったのか?」
「ええ、それは神のご加護があったのでしょう」
男は三角の聖印を手に、にっこりと笑った。
「あの……」
「どうした?」
あれから食事を終えると早々に部屋に引き上げた、それからしばらくの間じっと黙っていた彼女が声を上げた。
「やっぱり魔族は恐ろしい存在なのでしょうか?」
「そんなことは無いがなぁ、イリーナなんて可愛いものだし」
おれはそう言って彼女の頭を撫でる。
「でも先ほどの方はとても恐れていたようでした」
「人間は見たことが無いもの、関わったことを無いものを必要以上に恐れるからな、さっきの奴も魔族はきっと話に聞いたことがあるだけで実際話したりしたことがないんだろう」
「そういうものでしょうか?」
「少なくとも俺はそう思ってる、お前もそうだが魔族にも良い奴はいるし、悪人も居る、それは人間と同じだよ。ただ能力が高い魔族が悪さをすると目立つってのがあるかもな」
聖教会が必要以上に魔族を悪く言うのも大きな原因だが、ここでそれを言っても仕方ない。
「ありがとうございます」
「礼を言われるようなことはしてないが」
「それでも言いたかったのです」
「まあいい、それで今日はここじゃ剣の練習も出来ないしもう寝るか?」
機嫌を取り戻した様子の彼女にそう言う。
イリーナは少し考えた後に。
「あの、少し外に出てもいいでしょうか?」
「なんかあるのか?」
「いえ、今夜は月が綺麗なので」
「そうだな、俺も一緒ならいいぞ」
「はい!」
嬉しげに返事をするイリーナ。
食堂で月見のつまみとして銅貨と引き換えにチーズを少し分けてもらい外に出る。
街道宿から少し離れた草原の上に2人で腰を下ろす、空を見上げると月が真円を描いているのが見える。
「ブラトさんの言ったとおりですね」
「何がだ?」
「満月の晩は魔族は調子が良くなると言う話です、なんだかいつもより元気がある気がします」
「その事か、しかし何倍にもなるという訳じゃなくてある程度上がるってくらいらしいから、変にそれに頼るなよ」
「判りました」
そういってイリーナが俺に体を預けてくる、肩に彼女の熱を感じる。
「北に行けば本当に魔族が暮らせる場所があるんでしょうか?」
そうしてしばらく月を眺めていると、イリーナがぽつりと呟く。
「前にも言ったが、傭兵仲間がそこの出身だから間違いない、そいつはそんな嘘をつくような奴じゃないからな、ただここみたいに大きな国というよりも各々の町や村がそれぞれ別々に暮らしを営んでいるらしい、場所によってはいくつかそれを束ねていたりもするようだがそれでも国って程じゃないって話だ」
「そこは私を受け入れてくれるのでしょうか?」
「大丈夫だ、それにそうじゃなかったら他に場所を探せばいいだけだ、いくつか考えはあるからまかせておけ」
安心させるように言うと、彼女は少し微笑む。
「ブラトさんに会えて本当に良かった」
「そう言うことは全部終ってから言うんだな」
月の晩の話。
もうちょっとイリーナをアクティブにしたいところだけど、数日前まで農民じゃなかなか難しい。
というか基本地味な話しか書けない。
あと、多少中途半端になってももうちょっと一話が長いほうがいいですかね?




