第六話 海を目指す
人の動く気配を感じて目を覚ます。初めての藁ではないベッドの目覚めは非常にすっきりとしていました。
「おはようさん、起こしちまったか」
「あ、おはようございます。いえ大丈夫です」
どうやらブラトさんが先に起きて荷物の整理をしていたようです。
私も慌てて身支度を整えようとします。
「そう焦る必要はないさ、起きてすぐこんなことをするのは癖みたいなもんだ。それじゃ下に食事にをしにいくか」
「はい」
そういって先に歩くブラトさんの後ろを慌ててスカーフを頭に巻くと追いかけました。
「おはようお客さん」
「おはよう」
「おはようございます」
食堂に下りるとこの時間は女給さんを使ってないようで女将さんが1人で切り回していました。
「朝メシだろ?ちょっとお待ちよ」
女将さんはそういうと厨房に入り、すぐに手に2人分の朝食を乗せて戻ってきました。
「そうだ女将、今日もアレクセイさんはここに野菜とかを売りにくるのか?」
「アレク義兄さんが?いや昨日の今日では来ないよ、なんか用でもあったのか?」
ブラトさんの質問にテーブルに朝食を置きながら女将さんが答えます。
「いや、今日発つんで新鮮な野菜や果物でも少し仕入れようと思ってね」
「そういう事かい、それならいい店があるからそっちへ寄って行きな」
なるほどと納得した女将さんにお店の場所を聞くと私たちは朝食を食べ始めます。黒パンに昨日の夜の残りのスープ、それにチーズと豆をつかったサラダです。
「そうだ、言い忘れてたが今日から一旦東へ向かうつもりだ、ここから北には山脈があって超えるのは苦労するから、山脈を避けて東の海まで一度出てから北へ向かう」
「海ですか!」
話にだけは聞いたことのある海という言葉に私は大きく反応してしまいました。あっ、と思ってブラトさんの様子を伺うとなにやらこちらをみて笑っていて恥ずかしくなってしまいます。
「そんなしゅんとするな、俺だって始めて海を見たときは大騒ぎしたもんだ」
「そ、そうなんですか?」
「ああ、でかくてどこまで広がる水なんて想像も付かないものだったからな、まぁ楽しみにしてな」
「はい!」
ブラトさんも同じだったと聞いて少し心が軽くなりました。
そうこうしているうちに食事を終え、一旦部屋に戻ります。
海へ行くには――、正確には港町へ行くには5日ほどかかるとのことで、途中で街道宿と呼ばれる中継地点のような場所の他には特に町などは無いということでした。
といってもブラトさんがこの道を通ったのは5年前らしく、今はどうなっているかは判らないとも仰っていましたが。
編み上げ長靴の紐を締めなおし、腰にはちゃんと短剣を吊るせるようにして、あとはマントと背嚢――ブラトさんの半分も無いような大きさですが、を背負い旅支度が終わります。
「準備できました」
「よし、それじゃ女将に聞いた店に寄ってから東門へ向かおう」
一足先に準備が整っていたブラトさんに声をかけ、2人で部屋を後にする。
「出発かい?」
「ああ」
「はい、お世話になりました。お食事美味しかったです」
下に居た女将さんに部屋の鍵を返して出発の挨拶をすると。
「今時丁寧な娘だねぇ、気をつけていくんだよ」
そういって笑って見送ってくれました。生まれて始めての宿屋に別れを告げると食料のお店へと向かいます。
「ここいらで買えてある程度保存が効く野菜と果物ってなんだ?」
道すがらブラトさんが聞いてきます。私はしばらく考えると。
「ジャガイモ、タマネギそれにキャベツ、果物ならリンゴだと思います」
そう答えます。
「なるほど、な。それじゃイリーナにその辺りは見繕ってもらうか」
「あ、はい。お任せください!」
生鮮食料品を取り扱うというだけあって、その店は朝から結構な数のお客さんが居ました。
「らっしゃい、おやあんたら旅の人かい」
お店のご店主がこちらに気付きます。
「ああ、いくら旅でも保存食だけじゃ物足りないからな、白いあひる亭の女将にここを聞いて寄らせてもらったよ」
「おっと、あそこの女将さんの紹介じゃ変な物は売れないな」
冗談めかして言うとご店主は笑いました。
「そんじゃイリーナ頼むよ」
「はい」
私は売り物の中から出来る限り程度の良さそうなものを選んで行きます。今日中に食べてしまうなら多少痛んでいても平気ですが、何日か持ち運ぶことを考えると少しでも良いものが欲しくなります。
「それでは、ジャガイモとタマネギはこれを、キャベツはこちらを、リンゴは……」
果物は高級品です、幾つ買って良いのか判らなくて振り返ってブラトさんに伺おうとしましたが
「リンゴは4つくれ」
私の意図を察してくれたのか、尋ねる前に答えてくれました。
「ありがうございました」
買った食糧を二人の背嚢にしまい、ご店主の声を背に受けながら東門へ向かいます。
街全体が目を覚ましてきている感じがして、段々と通りを歩く人も増えていきます。
「街を出るときにはなにかすることはあるのでしょうか?」
「いや、入ったときに借りた鑑札を返すだけだ。街で何も悪さをしていなければな」
ブラトさんがそう言って笑います。
「私は大丈夫です」
「『私は』か、中々言うじゃないか」
私の言葉の揚げ足を取るような事を言いながら、ブラトさんがフードの上から頭を撫でてきます。ブラトさんに頭をなでられると、少し……お父さんの事を思い出します。
「もうすぐ東門だ、イリーナの分の鑑札を渡しておくぞ」
そう言って町に入るときに受け取っていた、金属で出来た、なにやら文字が刻まれている小片をブラトさんから手渡されます。
「それを名前を言って、それを門のところの兵士に渡すんだ」
「わかりました」
「おはようございます、お2人は街の外へ出るのですね?」
東門で声をかけてきた兵士さんは私よりも少しだけ年上にみえるくらいの若い人でした。
「ああ、2人とも昨日南門から街に入った、俺はブラトで――」
ブラトさんがそこまで言うと私の肩をつつきます。
「私はイリーナと言います」
私は慌てて名を名乗ると鑑札を大事なもののように渡しました。
「ブラトさんにイリーナさんですね……、はい確認しました。鑑札も問題ありませんので合わせて銀貨4枚をお返しします」
「こっちの道の状況はどうだい?東の港町まで行くつもりなんだが」
受け取った銀貨をしまいながらブラトさんが兵士さんに聞きます。
「そうですね……」
兵士さんはブラトさんと私をちらりと見ます。
「お2人なら歩いて5日で、3日目の途中で街道宿まではいけると思います。その日以外は野宿になるんじゃないでしょうか、街道から外れれば農村もありますが旅人を泊めてくれるかはわかりません。それと盗賊などの被害はここしばらくは出てないようです」
良く聞かれる事なのでしょう、すらすらと兵士さんが答えます。内容に関してはブラトさんの記憶と同じようです、ただ盗賊が最近は出てないと聞いてほっとします。
「なるほど、参考になった」
「ありがとうございます」
「いえ、それでは良い旅を」
兵士さんに見送られて街を出ます、私がこの街にもう一度来る頃はあるのでしょうか……
「初めての街はどうだった?」
街を出てしばらくしたところでブラトさんが話しかけてきました。
「入ったときにも言いましたが、やっぱり人の多さに驚きました。それとお店の数の多さですね村では店と呼べるものなんて畑仕事の片手間でやっている雑貨屋が一軒あっただけですし。ただ、あんなに多くの人が売ったり買ったりだけで生活が成り立つのが良くわかりませんけど」
「なるほどなぁ、その辺は俺もそういうものだと思って考えるのを止めたな」
などと言い、また、貨幣が多く出回るとそういうった商売人の数が増えていくともブラトさんは言いました。
日が一番高く上った頃に休憩を取り、朝に買ったリンゴを早速頂きました。前に食べたのは小さい頃でしかも家族4人でひとつを分けただけだったので丸ごと食べていいと言われた時は驚きましたが、一度食べ始めると美味しさのあまりあっという間に全部食べてしまいました。
その後再び街道を歩き、やがて日が傾いた頃に元は教会だと思われる廃墟が見えてきました。そして無理をしても仕方がないと言うことで今日はここを宿とすることになりました。
「ここはなんの教会だったのでしょうか?聖教会とは少し違うようですが」
唯一まともに壁が残っている、元は礼拝堂と思われる場所で食事をとりながら疑問に思っていたことを聞いてみます。
「ここは――、月心教という月の神を崇めていた教会だな」
崩れた礼拝堂の壁の一角にある月を模した紋章を見ながらブラトさんが教えてくれました。
「月心教は魔族の信仰する神だ、魔族は満月の夜に一番能力が高くなる。それは月の神の加護によるものと彼らは考えたんだ」
そういえば、私も月の晩には奇妙に調子が良かったことを思い出しました。
「ここに教会があるのは、ここがまだ別の国だった頃は魔族と人間がそれなりに上手く共存していた当時に作られたんだろう。って言うのは傭兵時代の仲間の魔族の受け売りだがな」
「そんな時があったんですか……」
魔族というだけで自分を生んだ家族にすら捨てられる状況からは想像も出来ません。
「さて、食後の運動がてら約束をひとつ果たそうか」
「約束ですか?」
「忘れたのか?短剣の使い方を教えると言っただろう、まぁ昨日は宿だったので止めておいたが」
そういえばそうでした、武器を使えることが良くない事態を引き起こす可能性はあるが、旅をする上ではやはり少しは心得があったほうが良いので短剣の扱いを教えてくれるというお話でした。
「思い出しました、それではよろしくお願いします」
一旦礼拝堂を出て、教会の裏手の、元は何かを栽培していたような場所に移動します。
そこでブラトさんは剣に見立てた木の枝を拾い、私は短剣が鞘が抜けないように革紐で縛って準備をしました。
「まず最初にイリーナに教えるのは敵に勝つ方法ではなく、倒されないための方法だと言っておく」
ブラトさんはそう前置きすると、短剣の基本的な扱い方を教えてくれました。短剣は攻撃に使う場合は切る、突くという事が出来ますが相手がたとえ皮鎧でも着ている場合は切ることは難しくなるという事でした。
また、防御に使う場合も相手の攻撃をそらすように受け止めないと腕の力や武器の重さの違いで簡単に弾き飛ばされたり、もっと酷い場合はそのまま押し切られてしまったりすると言われました。
そうして次には実際にブラトさんの攻撃を受ける練習をしました、ブラトさんが振る木の枝――相当に軽く振っているとは思いますが、を意外と受け止めることができてなかなか筋が良いと褒めてくれました。
「もし、攻撃が受けれないような相手だと感じたら武器を投げつけて全力で逃げろ、お前は意外と足が速いから相手が鎧を着てるようならまず追いつかれないだろう、ただし相手は武器を投げつけてくるかもしれないから、左右に不定期に体を振るようにして狙いをつけ難くしろ」
防御の次は逃げる練習でした、ただ後ろを向けて逃げるだけでは背中を切られてしまうのでその辺を良く考えろと言われました。
「さて、今日はこんなところにしておくか、あまりやっても明日に響くからな」
しばらく練習したところでブラトさんはそう言います、しかし気になっていたことを私は尋ねます。
「攻撃の種類は教わりましたが、練習をしてません。どうしてなんでしょうか?」
「下手に攻撃ができるようになるとついやってみたくなるからと思ったんだが……」
「でも、ブラトさんが攻撃されているような時に助けられるようになりたいんです」
「そんな時はさっさと逃げてくれた方が良いんだがな」
ブラトさんは私の言葉に苦笑してそう言います。でも、私がじっと見つめていると。
「わかった、それじゃ慣れない者が短剣で攻撃するとなると捨て身になるがそれでも良いか?」
「はい、お願いします」
苦笑を収めて真剣な表情になったブラトさんに私も真剣に答えます。
「鎧を着ているよう相手には最初に言ったように短剣では突きしか聞かない、熟練すれば鎧の隙間などを狙えるようになるがお前にそれを直ぐやれというのは無理な話だ」
そう言って私から短剣を受け取ると、まず普通に右手で持った後に左手を柄頭に添えて、更にそれをお腹に当てるようにしました。
「こうやって体につけて両手で構えたら――」
そういうと私に向かって凄い勢いで走りこんできます。
「ひっ!」
その迫力に思わず短い悲鳴を上げてしまいました、しかしブラトさんは私の直前で止まり。
「このまま体ごとぶち当てて刃を突き刺せ、刺さったらためらわずに全力で捻ってえぐるんだ」
そう言って腕全体で短剣を捻るようにしました。
「これが短剣の攻撃ですか……」
「もっと色々あるが、素人が相手を倒せる可能性が高い方法がこれだ、しかしさっきも言ったように捨て身の覚悟がないと返り討ちになる可能性が高い」
再び短剣を受け取ると、ブラトさんの動きを真似ようとしますがどうにも上手く行きません。
「相手の向こうまで走りぬけるつもりで突っ込め」
私の様子を見ていたブラトさんの言葉に従うと、少し上手くいったような気がします。
「さて、今度こそ今日はここまでにしよう、まだ先は長いんだ焦るなよ」
そう言って軽く肩を叩かれました。
「わかりました、今日はありがとうございました」
「こんな事が役に立たないのが一番なんだがなぁ」
ブラトさんがぼやくように言います。私もそうは思いますが一度盗賊に襲われた身としては心のよりどころが欲しかったのです。
「それじゃさっさと寝よう、明日も早いぞ」
「はい」
魔族の神様、どうか私とブラトさんをお守りください。
イリーナの主観視点で海へ向けての旅の始まりを書いてみました
意識して書かないとぽんぽん誰の視点か変わったり、第三者視点になってしまいます。なんかいい方法ないですかねぇ




