第五話 理由
何枚かの銅貨を支払い、およそ一刻(約2時間)分のランプ用の油を貰い受けて部屋に戻る。
部屋のランプに油を差し火を灯すと、狭い部屋ということもあり、それなりに明るくなる。
「さて、イリーナを助けた理由だったな。最初に助けたのは盗賊が俺は嫌いだからだ。その後の話はお前さんの年恰好が妹に似ていたからかなぁ」
「そ、それは少し端的過ぎじゃないでしょうか?」
勢い込んで話を聞く体勢だったイリーナが余りに短い内容に肩透かしをくらったように言う。
「頭から話すと長くなるが、それでもいいか?」
「はい、是非お願いします」
イリーナは改めて姿勢を正して俺の話を待つ。
「あれは、まだ俺が傭兵になる前、確か7年前の15歳の時の話だ……」
およそ15リート(約15メートル)先にのんきに草を食んでいるウサギが見える。
俺の弓の腕ではぎりぎりの距離だが、これ以上近づいては獲物に感づかれてしまうだろう。
熟練の猟師はこの倍の距離でもウサギのような小さな的を外さないというから驚きだ。
それはともかく、朝から森を駆けずり回ってやっと見つけた獲物だ、できれば鹿が良かったが手ぶらで帰るよりはずっとマシだ。
折角の妹の14の誕生日なのだから少しでも豪勢な食事にしてやりたいし、毛皮も良い贈り物になるだろう。
貧乏農家の息子としてはこうして猟師の真似事をするくらいしか妹を喜ばせてやれそうに無いのが残念なところだ。
音を立てず慎重に弓を引き絞り――矢を放つ。
ウサギは弓弦の音に一瞬ピクリと耳を動かすが、次の瞬間には放った矢が首筋に見事突き立っていた。
手馴れた調子で素早くウサギを解体していく。
大分森の奥まで入り込んでしまったみたいだ、さっさと済ませて家に帰ろう。
血抜きをして皮を剥ぎ、臓物は地面に埋めて皮と肉だけにすると紐で絡げて腰に下げる。
妹の喜ぶ顔を思い浮かべながら家路に着く。
もしかしたら帰り道に運良く別の獲物に出会うかもしれないので弓の弦は外さずに持っていくとしよう。
村まであと1リロト(約1キロ)近くまで来た時に、僅かに何かが燃えるような臭いを感じた。ふと目をやると木々の隙間から黒煙が空へと立ち上っているのが見える、あの方向は俺の村がある。
えも知れぬ不安に駆られて村へと向けて走り出す。
更に村へと近づくとまるで村全体が燃えている様に多くの家から火が立ち上っているのが見える。それに人の悲鳴、怒号、あざけるような笑い声が聞こえてくる。
腰にぶら下げた兎を投げ捨てると俺は脚に一段と力を入れる。
そこは地獄だった……、燃え盛る村の家々、事切れたまま投げ捨てられた村人、そして――
自宅の前にはピクリとも動かなくなった両親と、その横で妹に覆いかぶさっている薄汚れた男の姿があった。
何かが頭の中で切れる音がした、気が付くと俺は弓に矢を番えてクソ野郎に向けて放っていた。
矢が男に背に突き刺さるが、致命傷を免れたのか妹を放り出すと痛みで騒ぎ出した。
俺は剣鉈――藪を払ったり、獲物を解体したり、逆襲してきた獣から身を守るために使う、を腰から抜くと雄叫びを上げながらぶつかるようにして男に深々と突き刺す、男は俺を信じられないようなものを見るような目をした後に事切れた。
妹に急いで駆け寄り抱き起こす、しかし首がありえない方向に曲がった妹は既に事切れていた。
俺は妹をそっと地面に降ろし両親の様子も伺ったが、こちらも同じで、どうやらあのクソ野郎は首を折るのが趣味だったようだ。
「お、まだ生き残りが居たか」
野太い声と人の気配に振り返ると、雑多な鎧や武器で武装した何人もの盗賊が立っていた。
「なんだ、まだガキじゃねーか、アキムの奴もこんなのに殺られるなんてだらしねーな」
先頭に立った盗賊の頭と思わしき男がそう言って笑うと、周りの男達も追従するように笑った。
俺は地面に転がる男から剣鉈を引き抜くと、怒りに任せて盗賊の頭に叩きつけようとした、がしかし、軽くいなされてしまう。
更に何度も切りつけ、突き刺そうとするが全て剣で打ち払われる。
「ほらほら、どうした坊主」
頭はこちらの攻撃の合間に剣を振るい、わざと俺に浅手を負わせていく。
気が付けば周囲には20人近くの盗賊が輪を作るようにして囲んで、俺が嬲り殺されるのを今か今かと待っている様子だ。
輪の外に倒れ伏す家族にちらりと目をやる――せめてこいつだけは殺す。
家族の姿を目にして不思議なほどに冷静さを取り戻した俺は、剣鉈を腰だめに持ち、捨て身の構えを見せる。
それを見た盗賊の頭は馬鹿にしたように鼻で笑うと、こいよと言うように手招きした。
俺は望み通り駆け出した――ただし、足元の砂と小石を奴の顔めがけて蹴り出してから。
「クソッ!目が!」
今しかない、たった一度の好機を物にするために砂を浴びた顔を左手で覆った盗賊の頭に剣鉈を突きこむ。
が、しかし数リート(数センチ)刃先が埋まったところでそれ以上進まなくなってしまった、どうやら皮鎧の下に更に鎖帷子を着込んでいたようだ。
慌てて更に剣鉈を押し込もうとしたが、腹が爆発したような衝撃を感じ、次の瞬間には吹き飛ばされ、そして地面に叩きつけられていた。
「クソガキが舐めやがって、遊びは終わりだ、ぶっ殺してやる」
視界を取り戻した盗賊の頭が怒りにゆがんだ顔で近づいてくる。
腹の痛みに耐え、咳き込みながら家族に仇を取ることもできない事を心の中で詫びる。
盗賊の頭が剣を振り上げる、俺は目を閉じて最期の時を待った。
「おい、なんだあれは!」
突如見物していた盗賊の一人が何かを見つけ声を上げる。
ダカラッ!ダカラッ!ダカラッ!
その直後に馬蹄の音を響かせて3頭の、いや3騎の騎兵が盗賊を蹴散らしながら輪の中に飛び込んできた、そして先頭の騎馬の上に乗っている兵士が馬上剣を一振りすると、まるで冗談のように盗賊の頭の首が落ちた。
俺がどんなに打ち込んでも余裕で捌いていた相手をたったの一太刀だった。
呆然とする盗賊たちと俺を尻目に2番目の騎馬から大柄な女性――眩いような金髪の中から、まるで野牛のような立派な角を生やした、が、ひらりと飛び降りると、俺をまるで子犬のように軽々と抱き上げてそのまま驚くような跳躍力で馬に飛び乗った。
「行くぞ!」
先頭の兵士が声を掛けると今度は中から人の輪を突き破って走り抜けていく、そして
「いいぞやれ!」
どこかに号令をかけたかと思うと、森の中から矢の雨が盗賊たちに降り注いだ。
密集していたこともあり、面白いように矢は命中し盗賊たちが倒れていく。
頭を失い、一方的に矢を射掛けられる状況に盗賊たちは恐慌をきたして逃げ出す、しかし障害物の多い森からは矢が降り注ぎ、そして村の家々は己が燃やしてしまったために身の隠すことの出来ない平地へと走り出すしかなかった。
「この小僧を頼む、怪我を見てやってくれ」
俺を抱きかかえていた女兵士が森の弓兵に俺を投げるように渡すと、自身は逃げ出す盗賊の追討へと馬を走らせていく。
気が付けば最初の3騎の他に更に2騎の、併せて5騎の騎馬が逃げ惑う盗賊の背を容赦無く剣で切り裂き、槍で突き殺していた。
「話を聞くために2、3人は生かして置け。後は全て殺せ」
「「「応」」」
そして森の兵を指揮していると思わしき男がそう声を掛けると、他の兵士たちは弓を置き、それぞれの得物を構えると村に居る盗賊の残党狩りを始めた。
言葉の通り、最初に負傷して転がっていた2人を縛りあげたあとは、武器を捨てて降伏の意を示している盗賊も容赦なく殺していく。
四半刻(約30分)もしないうちに捕らえた2人を除いて全ての盗賊が討伐された。
今は傭兵達――聞いたところ兵士ではなく、領主に雇われた傭兵という戦士だったらしい、が村人達を埋める穴を掘ってくれている。
俺もせめて家族だけでも自分の手で埋葬しようと穴を掘る。
父、母、妹の順に埋葬していく、最後に妹の顔に付いた血を拭いてやり、くすんだ灰色の髪をなでる。
妹が常日頃から母のような黒髪が羨ましいと言っていたことをふと思い出した。
「皆、おやすみ……」
俺は3人を埋めると膝をつき、安らかな眠りになることを心から祈った。
「終ったか?」
背後から声が掛けられる、振り向くとこの、あの最初に騎馬で突撃してきた時の先頭に居た人が立っていた。
年のころは25,6だろうか、長身に伸ばした栗髪を後ろで縛って居る。
このイヴァン傭兵団――団長の名前を取ったらしい、の団長をしているという事だった。 意外なほど優しげな容貌からは先ほどの容赦ない盗賊の討伐をしていた人間とは思えないくらいだ。
「はい、色々ありがとうございました。それで……」
一度唾を飲み込むと、先ほどから考えたいたことを伝える。
「俺をこの傭兵団に入れてください!」
「何のために傭兵をやるんだ?」
イヴァンさんは俺の言葉に驚くでも、笑うでもなくそう訊ねてくる。
「理不尽に出会ったときに、せめて一矢を報いる事ができるようになりたいんです。さっきみたいに家族を殺されても俺は殆ど何も出来ませんでした……」
イヴァンさんはしばらく真剣な眼差しで俺を見つめて居たが、やがて口元を綻ばせてこう言った。
「訓練は厳しいぞ、それでも良いなら歓迎しよう」
「そうして俺は団長に拾われて傭兵となった訳だ。最初の1年は本当に訓練がきつかった。剣だけでなく槍、斧、槌、弓、馬、そして読み書きの勉強もさせられた。団長が言うには雇われるときに騙されないようするには読み書きくらい出来ないといけないという話だった」
そこまで話すと喉を潤すために水差しに口をつける。
「その傭兵団はどうなったんですか?」
今の俺は1人だけなので当然の疑問だろう。
「団に入って5年、今から2年前に大きな戦争で団の半数を失ったんだ。しかしその時の活躍で団長と副団長は雇い主の国の騎士の叙勲され、そして団は解散になった」
イリーナの目がそれは薄情なのではないかと言っているのが手に取るようにわかり、苦笑する。
「だが勘違いしないでくれよ、解散したのは団長や副団長じゃないんだ。2人は団を守るために騎士の位を返上しようとしたんで、俺たちでさっさと団を解散して2人を置き去りにしたんだよ」
その時のことを思い出すと今でも誇らしい気分になる。
「その後で残ったに人間の多くは傭兵団を再結成したが、俺と数人はそれに参加せずに別れたんだ」
「それじゃ2年間はずっと1人だったんですか?」
「ああ、仕事で別の人間と組むことはあるが、そうじゃないときは1人だな」
「それでその、私を助けてくれた理由ですが……」
「そうだな、それがまだだったな。俺は団に入るときに自分に誓いを立てたんだよ、『盗賊という連中を出来る限り討伐する』ってね。それが最初にイリーナを助けた理由だ、そしてその後も付き合っているのは」
そこまで言うと俺はイリーナの頭をなでる。
「罪滅ぼしだな、助けられなかった妹の身代わりだ、年恰好と髪の色が同じというだけでそんなことをするのはお前さんには迷惑な話かもしれんがな」
苦笑してそう言う。
「そんなことありません、私は凄くありがたいです!」
「まぁ、理由なんてそんなもんだ。つまりは俺のわがままだな」
「辛い話をさせて申し訳ありませんでした。そしてこれからもよろしくお願いします」
イリーナが姿勢を改め頭を垂れる。
「イリーナが嫌といっても付いていくさ、それじゃそろそろ寝るか。明日からまた歩きだ」
「はい、おやすみなさい」
俺はイリーナがベッドにもぐりこんだのを確認すると、ランプの火を吹き消した。
こうして出会って2日目の夜は更けていった。
あんまり過去の話というは好きではないのですが、今回は避けて通れぬ道ということで書いて見ました。
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