わたしはわたしが誠実で在ることを選ぶ
誠実を 自分本位に あてはめて
省みること 覚者を選ぶ
自分に正直でありましょう
自分に誠実でありましょう
例えば
わたしは耳が不自由だ
今どうやっても不自由さを体験するだろう
耳が聞こえないということに対しては不自由であるが、生きるということに不自由さはない
本来は自由だ
不自由を体験しながら自由を体験できる、これが神聖なる二分法か
他人から見たり俯瞰して見れば、その不自由さはパッと見たくらいでわからないことだ
ここで誤った価値判断をし、他人に合わせようとしてしまう
だから無理をして苦しくなる
わたしはそうではない
そうではなくて自分はこういう者だと表現(聞こえない)をする
補聴器を付けたり
筆談して伝えたり
手話や身振り手振りで
今どんな在り方をするかで結果が変わる
この場合遠慮する必要はありません
自分本位で構わない
表現しなければ他者には伝わらないし、本来のわたしを誤った在り方によって伝わってしまう
そう他人に合わせようとしたあまりに、自ら本来のわたし(最高のわたし)から遠ざかって、逆に不誠実な行為となってしまう
行為は結果
不誠実な人がわたしだと伝えていることになる
そうではない
そうではないのだ
自我に振り回される他人軸よりも自分本位の自分軸を生きて良いのだ
わたしは誠実な在り方を選ぶ
毎瞬毎瞬
たとえ他人がガミガミと口酸っぱく伝えて来ても、それは相手の発言で相手の在り方。人に対してどう在るかを決められる
だからわたしは耳が不自由です。聞こえません。筆談で話しましょうと言う
そうしたあなたにわたしは愛を持って感謝し褒める
ありがとう!よくやった!と
ようやく分かり自由を観た
実践する実践する実践する
あるあるある
わたしは有る
他人に合わせる生き方はやめて、もっと喜びの自分軸自分を愛す自己中心な人であろう
自分を愛することできる人は他人を愛することができる
他はわたし
わたしは他
わたしは一つである
すめらすめら
かわるかわる
うれしうれし
たのしたのし
ありがたいありがたい
愛する愛する
出会いに感謝出会いに感謝
今有一切大願成就
杉乃中かう 拝




