そなたはそなたのままでいい、だいじょーぶだいじょーぶ
自力すて 阿弥陀の他力 さとりなば
ひらき極みち ひらき結びず
何でも自分でやろうとしたらかえって息詰まり息止まり命が動かなくなってしまう
学問を学ぶのは自力と云ふ
自力でことを運ぼうとする者は一直線に進み行く
それもまた良しなれど間にまことあること理解する心が必要である
我がままに進めば大切なつながりを切りしてはならないモノとを結ぶ誤ちの心になってしまう
頭でっかちで人の心が理解できなくなってしまえば我がままに振る舞う
人物は遠ざかってしまう
改心するには嫌なことがあった時苦しみや怒りの感情に身を任せずただ自分を観ることが肝要である
その状態なったと気づくことが理解し寛容につながる
さらにその状態になった自分を観るというのは相手に対して怒りをしているのではなく自分の内側がそうさせているのであるからそのものの存在を許すこと
恐れ不安不満抵抗罪悪感無価値観自暴自棄が湧き出てきたら自分の心にあることを受け入れ認めて
感謝して手放すことが身魂磨きである
幸せになっていい許可をしてあげよう
今日この頃に世の移り変わりを見たり
命が尽きるまで阿弥陀様の力を信じる
自分で動いている間世は動いている
けれど阿弥陀様に委ね切ることへの詔時は自分は念仏を唱え切っている
何もしない時なのであるが阿弥陀様は動いていらっしゃる
我がままにならない分他力が動く
命を尽くす
尽くしたら現実に動きが出て小さな変化であるがその小さな変化を言祝ぎながら積み重ねていくことで叶うものがある
日常生活の無意識に行なっていることを意識的に命を尽くしていく
水を飲む
日光を浴びる
風が吹く
家がある
当たり前と思っていた何もかもがありがたい事物としてまつらるるれば少しずつ少しずつ内側の心から外側の現実へと映り変わりゆく
今あることは
命を尽くしながらあること
カタカムナウタヒ
神人共に
一方しか紡げない言葉であるが十悟りたれば自ずと尊しとなすだろう
方々色々な言葉によって今まで語られてきた人の本来のあり方は教えは違えど行き着く先はどこも同じ
弥栄見ゆるもこれなんと弥栄なり
弥栄極む満ちまた弥栄なりなる道
つね重なり合い融け交じり飽和親和の大道
また展きて弥栄弥栄紡ぎて結び出ずの道
すめらすめら
かわるかわる
うれしうれし
たのしたのし
ありがたいありがたい
愛する愛する
出会いに感謝出会いに感謝
今有一切大願成就
杉乃中かう 拝




