若さゆえの暴走対バカ
ミット魔法国にとって、マーガリッティは至宝であった。
サザンカという完成された見本の位置に彼女が達することを、誰もが望んでいた。
マーガリッティの留学を母親は感情的な理由もあって嫌がっていたが、それは国民の感情とイコールでもあった。
だが今回、修行の成果を誰もが見ることができた。
それも、今までの勉強が無意味ではないというロジックもあってのことである。
ミット魔法国と名乗っているのだから、それなりのプライドもある。
新しい技術は欲しいが、それはそれとして今までの技術が全部無駄扱いされるのは好ましくないのだ。
面倒な話かもしれないが、人間なんてそんなもんである。
※
試合が終わった後も、観客の興奮は冷めやらなかった。
マーガリッティに指導をしたジョンマンへ、より一層の講義を求める者が多く出た。
ジョンマン自身は魔法そのものについて門外漢であり、先ほど言った理屈も……。
『俺が浄玻璃眼を使えるようになったら、魔法も習得できるようになるのか?』
『できるわけねえだろタコスケ。魔法使いってのはお前みたいに才能のかけらもないパンピーじゃなくて、この私のように才能の塊。それも最大級の才能の塊だけが使うべき代物なの。お前が魔法をいくつか憶えて使おうもんなら、ブランド価値が落ちるっつうの。あと最低限の魔法の教養がないと、真似もできないわよ。初めて見る字を真似て書けないでしょ? そういうこと』
『大部分を占める罵倒はいらねえじゃねえか!』
とかそんな感じで仲間から教わった形である。
専門外のことを専門家に話すことははばかられたが、それでも一応は説明することにした。
「それでは浄玻璃眼と竜宮の秘法による、魔法の高速習得法について説明をします。協力者はこの二人、ノォミィさんとマーガリッティさん。二人ともまだ少しは余裕があるので、付き合ってくださいね」
「わかりました」
「はい! お願いします!」
「それでは……グリムグリム・イーソープ・ルルルセン!」
ジョンマンの完成された浄玻璃眼が発動する。
ただ目視するだけではなく、現実空間に着色まで可能。
ジョンマンが見ている『魔力の波長』が、誰の目にも見えるようになっていた。
マーガリッティの魔力は、きわめて凪いでいた。
彼女の体の周囲にある魔力は、静止して動かない。
対してノォミィは、魔力が常に一定のリズムを刻んでいる。
激しくも荒々しく、止めようもなく動き続けていた。
それが何を意味するのか、何が実際に見えているのか、教師陣は悟って生唾を呑んだ。
「それじゃあマーガリッティちゃん……さん。収束攻撃魔法を撃ってみてくれ」
「わかりました。それでは……オグラオグラオグラ、ウーゲーベリ!」
ノォミィが得意とする収束攻撃魔法が、会場内の的へ向かって発射された。
威力そのものはノォミィに比べて大きく劣るが、実によどみなく発射されていた。
だがもっと目を引いたのは、彼女の魔力の波長が一気に脈動したことである。
停止していた波が、ノォミィと完全に同じリズムを刻み始め、魔法の発射が終わると同時に収まった。
「魔法の得手不得手というのは、魔力の波長によるものです。魔法はただ詠唱すればいいというものではなく、その魔法に適した魔力の波にする必要があります。ノォミィさんは魔力の波長が最初から収束攻撃魔法のものになっています。だから他の魔法を使うために波長を変えるのが下手なわけですね」
(そういう理屈だったのね……授業で習った気がするわ)
「一方でマーガリッティさんは魔力の波長が常に静止状態であり、必要な波長に切り替えることが簡単なんです。元の波長が邪魔をしないわけですね。これはサザンカ先生も同じです」
(理屈は教わっていましたけど、見えるようになったのはスキルを習得した後だったわね……)
「浄玻璃眼のスキルを習得することで、マーガリッティさんは自分の波長や相手の波長を見ることができるようになりました。これによって相手のマネができるようになったわけですが……単に波長が見えるようになっただけでは、実際に自分の魔力の波長を変えるにはどうすればいいんだ、ということになります」
魔力は体から発せるものであるが、脈拍のようなもので、自分で意識して調節するのは難しい。
呼吸のように少し意識すればリズムを変えられるとかそういうものではないのだ。
「そこで竜宮の秘法です。コレは内臓を鍛えることで健康になるスキルですが、連鎖的に魔力の回復量や最大貯蔵量も増えます。また、自分の中にある魔力の出し方も意識しやすくなります」
ーーー腸腰筋、という筋肉がある。
股関節周りの筋肉ではあるが胸筋ほどわかりやすい場所にない。人体模型を見ても『ここに筋肉あるの?』という気分になるだろう。
だが腿上げなどで実際に腸腰筋の筋トレをして、腸腰筋の筋肉痛を味わえば、ここに筋肉があると体感できるだろう。
その上で人体模型で勉強すれば、理解は深まるはずだ。
同じ理屈で、内臓を鍛えて生命力を上げて魔力の量が増えれば、自分が魔力を出しているという認識を得られる。
その上で魔力を目視できるようになれば、波長の調整も容易になる理屈であった。
「もちろん、どちらのスキルも簡単ではありません。ですが特進クラスが示したように途中段階でも意味はありますし、到達した暁にはマーガリッティさんに近い境地に届くでしょう」
最大魔力量は増やせる。魔法の練度を効率よく上げられる。
それは卒業した後でも間に合う。
マーガリッティが今学んでいることは、努力でなんとか再現できることだ。
正しく練習を積めば、自分でもできる。
才能の欠如と向上心の板挟みになっている者は、老若男女を問わず胸の高鳴りを感じていた。
そのように、自分たちの仲間や師匠が評価されているところを、他の弟子たちは遠目に見ている。
「……ところで。みんなに相談なんだけど。今の試合を本にするのなら、一試合目の方が盛り上がると思うんだよ。だって二試合目って同じ魔法をぶつけ合って相殺しました、だからさ。文字で読むだけなら、一試合目の方が盛り上がると思うの。だから本に書く時、順番とか意識した方がいいかな?」
将来は自分の冒険譚を書きたいと思っているコエモは、面白さや読者を意識するあまり事実を前後させようと検討していた。
ある意味真面目なのだが、周囲からすると返事に困るところである。
「あの、コエモさん。私たちは魔法や魔法使いについて勉強をしに来たんです。どうせならもっと、こう、図鑑的、記録的にやったほうがいいのではないですか?」
「そういう専門的なことは、あとでマーガリッティちゃんに習えばいいかなって……」
「それじゃあ何をしに来たんですか、貴方は。ごほん……今日ここで勉強しておけば、今後魔法使いと戦う時に『ミット魔法国で見たことがある魔法だった、対処法を学んでいたので切り抜けられた』と書けるんですよ。そのためにちゃんと勉強しましょう」
「それもそうだね!」
オーシオは呆れながらも軌道修正させた。
なにやら『面白い本を書くため』という目的のために様々なことがねじ曲がりつつあるようだった。
これ以上ジョンマンの負担を増やしたくないので、同じ弟子としてできる限りのことをしている。
「マーガリッティってすごかったのね。いつもしょぼい魔法しか使ってなかったから、わからなかったわ」
「そのとおり! マーガリッティちゃんは凄いんだから! 沢山の魔法が使えるって素敵よね~~!」
魔獣に対してリーンも合の手を入れる。
魔獣の言葉は誤解を招きかねないものであったが、リーンはバカなので文字通り受け取っていたので怒っていないのである。
このように、学校関係者も来賓たちも満足のいく結果であったが……。
満足のいきすぎる結果であるがゆえに、勇み足を検討する者も出始める。
Aクラスの生徒もそうだが、他のクラスの生徒もそうだった。
彼らだって頑張っていて、壁にぶつかってもいる。
すぐに、目に見える成果が欲しい。
大人だけではなく、子供だって具体的な成果が欲しいのだ。
しかし……すでに特進クラスがAクラスの鼻を折った後だった。
チャンスが欲しいと求めて、実際に試合をして、大恥をかいた後だ。
あの後で『俺にもチャンスを』と言いだす勇気を持つ者はいない。
いいや、この状況でチャンスが欲しいという者は、勇気があるとは言わない。
この状況でチャンスが欲しいという者は、もっと切実に、切羽詰まっている者だ。
者だった。
「ジョンマンさん! 私を、私も弟子にしてください!」
よりにもよって、弟子入り志願をしたのは王女であるライトラであった。
これにはみんな、口をあんぐりと開けて呆然としている。
護衛たちすら何もできず、彼女がジョンマンのもとに向かうことを止められなかったほどだ。
「貴方の弟子になれば、先ほどのように魔法が使えるようになるのでしょう!? デュエル流を修める者にとって、あれほどほしいスキルはありません! アレがあれば私でも……胸を張ってプロになれます!」
「……あの、そういうことは、俺に言わないでください。あと数年したらマーガリッティちゃんがスキルを習得しつつ、教える方法も憶えて帰ってきますから、その時に習ってください」
ジョンマンは物凄く硬い顔で、定型文で断った。
彼の言葉を聞いて、固まっていた護衛たちも慌てて静止する。
「その通りです、王女殿下! 貴方はご自分の立場を考えてください! 王女殿下なんですよ!? 外国人から直接教えを乞うなんて、普通にダメです!」
「マーガリッティさんは身元もはっきりしている、ちゃんとした魔法使いです。彼女から習う分には問題ありませんから、その後で習得すればいいのです!」
「私にそんな時間はありません!」
ライトラは現実を見ていた。
自分がどれだけまじめにスキルを習得しようとしても、数年はかかるだろう。
マーガリッティがジョンマンの元を卒業して帰国して、そこから習い始めた場合、下手をすれば十年後かも知れない。
彼女の視点ではそうなっていた。
それでは何もかも遅い。
「お願いします! この国に残る形であれば父と相談してよい形にしますし、貴方の故郷に向かうとしても何とかしますので!」
「~~……あいにくですが、私は教師ではありません。今は七人の弟子を抱えていまして、これ以上増やす気がないんです。というよりも、無理です」
ジョンマンの赤裸々な拒絶。
これにはむしろ、一般的な教師の方が頷いている。
サザンカの時もそうだったが、『魔法を教える』と『生徒を指導する』は完全に別の能力である。
特に多くの生徒を指導するとなれば、専門的な教育が不可欠であった。
ジョンマン自身、限界がきている自覚があったため、それを理由に断ったのだ。
政治的な理由ではなく許容量的な問題である。
彼女も諦めるかと思ったが、ここで諦めるぐらいならそもそも名乗り出まい。
「それならば……決闘にて、入れ替え戦を所望します!」
「そういう制度無いから!」
ジョンマンは全力で拒否した。
そういう実力主義の入れ替え戦をやるほど、ジョンマンの弟子たちは堅苦しくない。
むしろそれで入れ替えたら空気が悪くなるだろう。
「とにかく諦めてください!」
「そこをなんとか!」
周囲の大人たちはジョンマンを応援していた。
彼は常識的に対応している。
このまま反対を仕切ってくれれば……。
「マンマミーア! すごいやる気ね!」
ここで、バカがエントリーした。
「ジョンマンさん、このまま断ったらかわいそうだわ! 私が決闘の相手をするから、彼女の希望を聞いてあげましょう!」
ジョンマンの弟子の中でもぶっちぎりの危険人物、リーンである。
「お前バカだ! またアリババみたいなことを言いやがって!」
お前バカだろ、と言わなかった。
バカだ、と断言したジョンマン。
「ライトラ殿下! コイツの言うことを……」
「受けてくださるのですね……ありがとうございます!」
「みんなが楽しそうに試合をしていたから、私も試合をしたかったの! よろしくね!」
この国の王女であるライトラが、決闘をすると言い出して相手が受けた。
普通に考えて、結構な問題である。
だが実際には相手であるリーンの方がよほど問題なのだ。
「お前相手が誰で、自分が誰なのかわかってんのか!?」
「相手は王女様で、私はリーンよ!」
「分かってんなら辞めろ!」
「にごんはないわ!」
「お前意味わかってねえだろ!」
かくて、ミット魔法国の王女とルタオ冬国の女王が決闘することになったのだった。
これを国際問題という。下手したら戦争になりそうな話であった。
最悪なのは、ミット魔法国側がそれをまったく把握していないことであり、今さら教えても誰も信じないという事であった。
信じたくないのはジョンマンたちも同じなので、今さら説明できないのであった。
本日コミックの二巻が発売されます。
よろしくお願いします。




