敗因
学習発表会でのメインイベントは鮮烈に終了した。
結果が出てなお、誰も拍手がない。
特進クラスの生徒たちすら、むしろ得意げに笑うばかりだ。
すべての魔法が解かれた試合会場は、過剰なほどの静寂に包まれていた。
静寂に包まれている、という言葉の意味を全員が理解するほどであった。
全員が黙っていて、Aクラスの生徒たちを見ている。
大勢の黙っている者に見られている、という圧迫感。
憐れみの圧力が選手三人と、送り出した生徒たちを包み込んでいる。
動けない。
人生の挫折、その谷底であった。
ここで特進クラスの選手三人が頷き合って動いた。
彼女らは黙ってAクラスの選手三人に近づき、手を差し伸べる。
試合が終わった後の握手の構えであった。
三人とも、ものすごくイイ笑顔であった。
『汚い! こんなに汚い握手を求める姿勢は今まで見たことがありません! こんなにも握手や笑顔の意味が変わる日がくるとは思っていませんでした!』
『コレはもう、握手や笑顔の意味が変わるほどのターニングポイント! 私にはわかります! 彼女ら特進クラスの生徒たちは、この握手をするために頑張ってきたのです!』
『さんざん煽って、侮辱して、舐めた真似をしたうえで! きれいな、クリーンなシメ!』
『芸術点が高い! 演出力が高い! これは今までの汚さを過去にする汚さだ~~!』
実況のマウーが静寂を切り裂いた。静寂が切り裂かれた結果、世界は言語化に支配される。
場は理性を取り戻していた。
「負けは、負け……まいりました」
Aクラスの生徒たちは、最後の矜持をもって立ち上がり、握手に応えた。
その姿に、人々はようやく拍手を送る。
断じて、いい試合だったね、と賞賛しているわけではない。
自分たちの出した音によって、人々の思考はジョンマンへ向かっていく。
結果から言えば、詰みも詰みだった。
だがなぜ詰んだのか、それを真っ先に察知した解説に注目が集まった。
(私たちは、負けた。ああ、負けたさ。自分たちが理解した試合形式で、勝算があると踏んで、準備期間があったうえで、それで負けたさ!)
(壁のおかげで向こう側の状況は見えなかったが、実況と解説で内容はわかった。不正はない。観客席から魔法が飛んできたとか、高価なマジックアイテムで武装していたとか、そんなことはない。ルールの範囲内で負けたんだ。アイツ等は魔法の修行をした結果だ。それは、受け入れるしかない!)
(そのうえで……分からない。どうして負けたのか。私たちは最善を尽くしたはずなのに、手も足も出なかった……! どうすれば、勝てるの!?)
Aクラスの生徒や選手たちは、間違いなく最善を尽くした。
一夜漬けではない。何年も努力をしてきたうえで、今回も対策を練っていた。
それでも勝てない。最善を尽くして勝てないという事は、なにか不足があるという事だ。
その何かがわからないままでは、今回示された四つの敗北を一つも克服できないという事だ。
だからこそ、ジョンマンを見た。
『解説のジョンマンさん。ぜひ、今回の試合の総括を!』
『そうですねえ』
マーガリッティが、サザンカを捨ててまで選んだ師匠。
ジョンマンは何を語るのか。
『まず、詰んだ、という言葉の意図についてです』
『実況のマウーさんもおっしゃっていましたが、ノォミィ選手はその気になればいつでもダンガイウォールを破壊できました』
『よって、あの対策では勝てません』
『あの防御体制のまま、ノォミィ選手が普通に撃っていれば試合は終わっていました』
ジョンマンの残酷な指摘は、Aクラスを打ちのめす。
対策が対策になっていなかった。だがそれは軽微だ。すでに証明されていたことである。
もっと、もっと深く敗因を知らなければならない。
Aクラスは一流を志しているからこそ、自分の敗北から逃げなかった。
『そのうえで……今回の試合結果は、双方の学習の内容の差がモロに出ましたね』
『Aクラスの生徒は、できるだけたくさんの魔法を習得してきたはずです。博覧強記、さぞ大変だったでしょう』
『たくさんの魔法を習得するというのは、とても大変なことですからね』
『ですが……それはテストで百点をとる、という程度の習得です』
『相手より一秒早く呪文を唱えるとか、相手の妨害に耐えながら呪文を唱えるとか、相手と駆け引きをして呪文を選択するとか……そういう段階ではない』
ダンガイウォール。
ノォミィが力づくで破りかけたが、それは彼女だからこその攻略法だ。
確かに堅い魔法だった。彼女以外が破壊できると思えない。
だが、すごく邪魔だった。
仕掛けたAクラスの生徒側の方が苦労していたぐらいだ。
それでも詰んではいなかった。
Aクラスの考えたように、壁を迂回する戦術は成立していた。
特進クラスよりもスマートであった。
それはAクラスが優等生であることを示している。
だがそれは競技を意識したものではない。
『対して特進クラスは、基本魔法セットを含めた新しい魔法を習得することに加えて、呪文の精度を上げること、魔力を多くすること、得意魔法の応用分野を考えること……尖っている自分たちへ対処する手へのさらなる手を考えていました』
『これらの地味な底上げが、全体の大きな戦力差につながったのです』
『それだけのことなので、全体的な魔法使いとしての練度はAクラスの方が上です』
『むしろ特進クラスは自分たちがそんなに頑張れない生徒であると割り切って、自分たちへの期待を下げました』
『必要な技術の練度は最低限、自分たちが楽しめる特訓だけを重点に行う。もちろん、楽しめるように工夫をしたうえで……』
『余った時間も無駄にするのではなく、きちんと睡眠や運動に充てたのでしょうね。遊んでいたり腐っていたわけではないかと』
大まかを話した後で、特に語るべき細部も詰めていく。
『特に、試合の駆け引きを想定していたのは大きい』
『Aクラスの選手はダンガイウォールを使ったうえでの、遮蔽物を挟んだ試合なら自分たちが有利だと考えて、それで終わっていました』
『一方で特進クラスの選手は、ノォミィ選手の主砲の呪文短縮ができるようになった時点で、『座学』で主砲を防ぎうる防御魔法を調べたのでしょう』
『それで、ダンガイウォールに行きついたのですね!』
『ノォミィ選手の魔法を防ぎうるのはダンガイウォールしかないからこそ、それを使ってくると想定できたと!』
『Aクラスの生徒が使わないとしても、先生が使うかもしれないと!』
『今にして思えば、あんまり勉強していないはずの特進クラスの選手たちは、ダンガイウォールを挟んだ試合を想定しすぎていました』
『一挙一動に迷いがなく、適切に対応していました。それどころか、壁の向こうにいる相手へ投擲魔法を当てる練習もしていた様子』
『対してAクラスの選手は、自分たちがダンガイウォールを使ってくると読まれているとは思っていなかった!』
強い軸があれば、相手の対処法も限られてくる。
当然、そこから派生する戦術も限定的になる。
限定された状況なら、必要な魔法の種類も限られてくる。
なるほど、これも特化型の強みであった。
『それでは、Aクラスの戦術に落ち度はあったのでしょうか? どうすれば勝てたのでしょうか?』
『ん~~……まず、初手の事前詠唱で、サンドアートや攻撃魔法を使ったのがまずかったですね。大急ぎで魔法を連発すれば、消費がどうしても多くなる』
『ダンガイウォールを勝算として戦うつもりなら、腰を据えて守りを固めるべきでしたね。勝負を焦るべきではありませんでした』
『猛攻で押し切るのならともかく、途中でいきなりテンポを変えるのは、魔力量で劣るAクラスの選手にとって悪手でした』
本当に『まず』のところでダメ出しが入った。
とはいえ、反抗する気力も湧かない。
現在のAクラスの選手自身が、ペース配分を誤った自覚がある。
初手で飛ばしすぎなければ魔力を温存することができた。
相手の動きを見ながら戦いを組み立てられたし、あそこまで無様な負けはなかった。
『次いで……相手がダンガイウォールを想定したと知ったのなら、霧や煙を出すなどの、残留性の強い視界をふさぐ魔法を使うべきでしたね』
『周囲の環境を見えなくすれば、壁を越えての戦いはより一層難しくなります。』
『ノォミィ選手ならある程度何とかできますが、ケエソマ選手やカイゴ選手では少し厳しい』
『とはいえ、これが学習発表会である以上、周囲から見えにくくなる魔法は使えませんでしたが』
『確かに、学習発表会だと使えませんね……』
『また、カイゴ選手が防御魔法を解いたタイミングで、当たるを幸いに、適当に攻撃魔法をばらまくのも一手でした』
『試合会場はそんなに広くないですし、ノォミィ選手とケエソマ選手の防御魔法をぶち抜くのは簡単ですし、彼女らはカイゴ選手と違って移動もできませんから』
『とはいえ運任せで勝っても、学習発表になりませんよねえ』
『ごもっともです!』
『事前の準備も含めていいのなら、タワー流の固定砲台を準備するのも一手でしょう』
『ダンガイウォールを乗り越えて、その先の敵を自動追尾する弾……という複雑な弾道も、タワー流の固定砲台へ事前にプログラミングすれば問題ではありません』
『固定砲台ですから詠唱もいらず連発もできますし、威力についても射角次第では可能ですね』
『ただこれも、Aクラスの学習発表にはなりません』
『おお! 言われてみれば確かに! タワー流はダンガイウォールと組み合わせても強いのですね!』
ジョンマンの解説を聞いて、タワー流戦術魔法使いであるコウソウ先生は、小さくガッツポーズをした。
そうそう、タワー流はそういう面倒な弾道のプログラムに強いのだ。
自分でそういう面倒な局面を作るのなら、タワー流を頼るのは正しいのである。
『とにかく……双方共に、学習を発表するという意味では最善を尽くしたと思いますね』
『最後になりますが、自分からどうしても言いたいことがありますので』
『特進クラスの生徒が目玉として見せた、魔法の応用。防御魔法を維持したままの移動、一度発動した魔法への魔力上乗せ、そして射角の変更。これらは非常に危険なので、真似しないように』
『特進クラスのように、得意な魔法の基礎をがちがちに固めてからではないと、挑戦する資格はありません』
『またノォミィ選手の大火力魔法は、射角の変更を練習するだけでも危険です。他の魔法と違って失敗すると暴発して死にます』
『ノォミィ選手自身が披露したように、まず、失敗しても大けがにつながらない弱い魔法で練習。そのあとは自分の身をしっかりと保護してから、弱い威力で練習することですね』
ジョンマンの解説は終わった。
実にわかりやすい説明であり、Aクラスの生徒も、他の保護者達も納得であった。
ジョンマンの弟子たちも感心している。
もしかして浄玻璃眼を真に獲得するには、こういう戦術眼も必要なのではないか。
見えないものを見るとはこういう事かと、しきりに頷いている。
よくわかっていない子もいる。
そしてジョンマンの弟子たちのそばにいる王女ライトラは、敗因に納得したうえで別の感想を抱いた。
「……この試合は、確かに見ごたえがありました。学習発表会にふさわしいとも思います。そのうえで皆さんにお伺いしますが、この試合でお金が取れると思いますか?」
ライトラが声を出したことで周囲の護衛たちは少し警戒する。
しかし発言の内容は穏当であったので、特に注意はしなかった。
そしてぶっちゃけた話、結構賛同していた。
「お金を取るってことは、サーカスみたいに人を呼ぶってことよね? それは難しいんじゃないかしら」
リーンは率直な意見を出した。
面白いは面白いが、何度も見て楽しむような興行にはなるまい。
「ええ。この試合には意義がありました。異種格闘技戦のような面白さもある。ですが競技や興行としてみれば面白くありません。もちろん本人たちも、何度も楽しんだりはしないでしょう」
相撲。これを格闘技とか競技と呼ぶことは難しい。
だがこれを格闘技や競技として見るのなら、プロリーグが長年存続しているだけの理由はわかる。
見て面白い、実際に競って面白い。何度でも見たくなる。
これが両立しているからこそ、相撲は存続している。
対するに、先ほどの試合は程遠かった。
アレは本当に学習発表であり、プロとして提供する種類の強さではなかった。
「私がデュエル流を好んでいるのは、試合をする際の楽しさもあるのです。そういう意味では、客として見れば、残念な試合でしたね」
「今のが面白いって言う人は性格が残念な人だから、普通の感想だと思うわ!」
「ふふふ、そうですね」
珍しく一般人と同じ感想を口にするリーンであった。
他の弟子たちも無言で頷いている。
「とはいえ……魔力を増やす修行については興味があります。私は魔力が乏しいので、その訓練法も知りたいですね」
もしも自分の魔力が増えたら……デュエル流のプロとしてやっていけるのだろうか。
いや、それだけでは足りない。
もっと、もっと……自分には不足しているものが多い。
自分がプロ選手になったとして、自分の血統以外の理由で太い客がつくだろうか?
否であると、彼女の中の理性は沙汰を下している。
諦めきれないのは、自分の未練であった。
※
Aクラスの生徒、選手たちは残酷な現実を受け入れていた。
見るも無残な敗北だけではない。
この試合にかかっていた、サザンカからの指導が受けられなくなったことを残念に思っていたのだ。
彼らは伸び悩んでいた。
新しい魔法を覚えることに苦労してきた。
そのたびに強くなる実感が得られたが、特化型の躍進を見るに実感が乏しくなってきた。
理性では、自分たちの方が優れていると思っている。
しかし一流を志す彼らは、だからこそ負けず嫌いだった。
今まで腐っていた連中が、一分野とはいえ自分たちを圧倒的に超えていくという現実。
それはくしくも、サザンカがかつて味わった敗北感をより強くしたものであった。
私たちはこんなものなのか?
自分の天井が近づいていることを分かったうえで、これからも地道に努力をしていくだけなのか?
努力することでその天井を打ち壊せるのなら何でもする。
だが今までだって何でもしてきた。
もはや何を努力すればいいのかわからない。
『続きまして……サザンカ先生と、マーガリッティ選手による試合です!』
『果たして、マーガリッティ選手はどれだけ成長してきたのでしょうか!』
『指導を行ったジョンマンさん、自信のほどは?』
『マーガリッティさんは強くなりましたよ。ですがサザンカ先生にも注目してほしいですね』
『彼女は今まさに、自分の殻を破って強くなっていますからね』
その答えが、学習発表会で示されようとしていた。
本日コミカライズが更新されます。
よろしくお願いします。
追記
本日はコミカライズの更新日ではありませんでした。
自分の確認不足です。申し訳ありません。




