三つの呪い 第四話
名声を奪った、リーダー、カリータ。
若さを奪った、経験豊富な大ベテラン、リツモ。
剣の才能を奪った、大柄な戦士、ノフカー。
呪いの悪影響を受け始めた彼女たちは、活躍すれば活躍するほど呪いが進行すると知ったのです。
まるでどこかの誰かが、無理やり自分たちを陥れているようでした。
いいえ、不思議な力に頼ったのですから、こうなったのも仕方ないのかもしれません。
「私の子供のころの話、あることないこと、根掘り葉掘り……こんなの、名声じゃない……」
「もう、全然、大人として扱われない。どんどん幼児として扱われてるよ……まだそんなに若返ってないってのに、どうなってるんだい」
「もう鎧を脱ぐこともできない……鎧を着たままベッドで寝てる……寝れてはいるんだが、体が痛くて仕方ない」
三人とも、本当は途中から『危ないかも』と気付いていました。
ですが奪った力で活躍することが、楽しすぎたのです。
今まで辛い目に遭ったのだから、その分楽しんでもいいじゃないか、と思ってしまっていたのです。
実際にはとっくに『辛い目に遭った分』は消費されていたのですが、それは仕方のないことでしょう。
とにかく三人は、もうこれ以上耐えられないところまで来ていました。
ですが悲しいことに、『懐』はそこまで暖かくありません。
今冒険者を辞めたとして、呪いの代償を抱えたまま生きていくのは難しいでしょう。
「あと一回、あと一回だけ……デカい仕事をしよう。そうじゃないと、割に合わない……!」
もしかしたら、一生このままかもしれません。
それなのに貧乏暮らしをするなんて、彼女たちには耐えられませんでした。
お金がたくさんあれば、不自由な暮らしにも耐えられると思っていたのです。
「乗ったよ。ここまでくりゃあ、あと一回分増えたって大したことはねえ」
「そうだな。剣の冴えは増している、これならなんだってできるだろう」
リーダーの決定に、二人も従いました。
ですが一生遊んで暮らせるほどの仕事なんて、見つかるはずもありません
しかしこの島には、一つだけそれがあったのです。
「盗賊団のボス、ラックシップの首だ。奴の部下は各地で暴れているから、その首一つで城が建つとも言われている」
「へへへ、最後の仕事にはちょうどいいねえ」
「それだけの報酬があれば、この『反動』もなんとかできるかもしれないな」
盗賊団の首領、ラックシップ。
この島で猛威を振るう、とても強いと噂の男です。
ですが倒すことができれば、大儲けできるでしょう。
三人はこれが最後の『冒険』だからと、張り切って出発します。
自分達には、名声がある、若さがある、才能がある。
だから盗賊団なんて、相手にもならないと思っていました。
※
深い山の奥にある盗賊団の根城にて、大勢の弟子へ指導をしていたラックシップ。
彼は普段より集中力に欠く弟子たちを見て、眉をひそめていた。
「おいお前ら、一体どうしたんだ? なんかあったのか?」
「最近有名になってきた、カリータという冒険者がこのアジトに向かっているらしいんです」
「彼女は腕の立つ仲間がいるらしくて、とても有名なんです」
「もしかしたら、ラックシップ様でも勝てないかも……」
「はあ?」
弟子たちが無意識に台本を読んでいるかのようにしゃべっていることへ、ラックシップは違和感を覚えた。
彼らは自分の強さを知っているはずなのに、噂話の実力者に怯えている。
一体何事かと思いながら、他の部下たちに質問をした。
「おい、お前ら。カリータとかいうのを知っているか?」
「ひ、ひぃ!? おっかねえ、おっかねえ!」
「とんでもない活躍をしている女冒険者ですぜ?」
「ソイツが近くを通りかかったら、山賊はお縄を頂戴するって話まであるとか!」
「ああでも、なんかそこらのザコに傷を負わされたって話もあったな」
「子供のころはとんでもなく弱くて、よく泣いてたとか」
「実はやんごとなき血筋って話も……」
「……ああ、もういい。黙ってろ」
概ねを悟ったラックシップは、苛立たし気な足取りでアジトの外に向かって行った。
「なるほどな、重度の呪いにかかってやがる。んでもって、俺が『でも怪物に倒されました』の枠ってことだな。ああ、はいはい……面倒くせえ」
ジョンマンもそうだったが、ラックシップも『古い呪い』を恐れていない。
相手の長所を奪う、相手を弱らせる、相手を道連れにする。
理不尽にも思える力を持った『古い呪い』だが、その実簡単な対処法がある。
偉くなるか、強くなることだ。
たとえばどこかの貧乏人が、『俺の命をささげるので、あの金持ちを死なせてくれ』と願ったとする。
多少のカルマがあったとしても、まず実現しない。
なぜなら、貧乏人の命にそこまでの価値がないからだ。
残酷なことだが、貧乏人が命がけで金持ちを殺そうとしても、絶対に達成できないだろう。
ならば貧乏人の命に、金持ちを死なせるだけの価値はないのだ。
同じような理由で、王様が平民に呪い殺されることはない。
全ての命が等価で、誰でも誰かを道連れにすることが可能なら、それこそ世界は『呪い』で満ちていたはずだ。
呪いは不条理ではなく、条理。
どうにもできない強者を相手に、発動する呪いは存在しない。
それを知っているからこそ、ラックシップもジョンマンも、怯えることはなかったのだ。
「大方『有名になる呪い』だの『強く見える呪い』だのを使ってるな。部下どもが『きゃ~~! 勝てない~~!』とかなるなんざ、うっとうしいだけだ。俺一人で『役』と『出番』を終わらせないとな……はあ、くだらねえ」
呪いに巻き込まれたと把握したラックシップは、面倒そうに歩いていくのだった。
※
盗賊のアジトに向かう三人は、鼻歌を歌いながら歩いていました。
そんな彼女たちの前に、お爺さんが現れます。
とても面倒そうな顔をして、三人の顔を見つめていました。
「おい爺さん、何をじろじろ見ているんだ?」
「はあ……脳にまで呪いが回ってやがる。他人を呪っておいて、自分がそこまで反動を受けるたあ、とんでもねえド素人だ」
「?」
ラックシップが何を言っているのか、三人は理解できませんでした。
「俺がラックシップだ、って言うのはわかるか?」
「なんだと、ラックシップ? それは私たちの最後の獲物じゃないか!」
「ははは、アタシたちが退治しに来た冒険者だってことを、考えてもいないみたいだね!」
「少々拍子抜けだが、このままやっつけてしまおう!」
「……これだから、呪われている奴は」
ラックシップに三人は襲い掛かります。
最初はノフカーが、巨大な剣で斬りかかりました。
ラックシップを真っ二つにしてやろうとしたのです。
それをラックシップは、片手で払いのけました。
生まれ持った体格と、奪った才能があるはずのノフカーの剣は、飛んで行って木に刺さります。
「え? きゃああああ!」
「うるせえよ」
ごん、というゲンコツがノフカーの頭に当たりました。
何ということでしょう、ノフカーはそのまま倒れてしまいました。
「くそお、ノフカーをやっつけたな! ここはアタシがやっつけてやる!」
幼く見られているリツモは、それを利用することにしました。
本当はベテランなのに子供に見えるのですから、相手は油断するはずです。
回り込んで背中を刺そうとしました。
「お前は若さを奪ったな。まあ、よくあるパターンだ」
ですがラックシップは、リツモをしっかりと見ていました。
小さな子供にしか見えないリツモの頭を掴んで、地面にめり込ませます。
「ふんぎゃ!」
「はいはい、あと一人、あと一人」
「え、そんな! ノフカーとリツモが負けるなんて!」
「あの『目がいいお嬢ちゃん』から奪ったならともかく、そこいらの『田舎の天才』から力を盗ったぐらいで、俺に勝てるわけないだろうが」
■■■■■■は確かに天才美少女剣士でしたが、三人がその気になればあっさり倒せる強さしかありません。
そんな彼女から奪ったものでは、ラックシップに太刀打ちできませんでした。
「ひ、ひいいい!」
「そらよっと」
倒れていた二人を、ラックシップは放り投げました。
カリータは飛んできた二人につぶされて、動けなくなってしまいます。
「うわあああ! 動けないよ~~!」
「殺す気で投げたが、プロット・アーマーに守られやがった。それじゃあ俺の出番はここまでだな……はあ、くだらなかった」
三人をやっつけて満足したのでしょう、ラックシップはのしのしとアジトに帰っていったのでした。




