もう破滅寸前
巨大な魔獣に『好転』した■■■■■■。
ひとまず意思疎通ができるようになったということで、状況は改善に向かっていた。
「お話しできるようになってよかったね!」
『よくな~~い! ぜんっぜんっ、よくな~~い!』
リンゾウは喜んでいるが、■■■■■■は大いに憤慨していた。
多少マシになっているだけで、状況は前進していない。
『けっきょく! 私は! 元の姿に戻ってないじゃないの!』
「ええ~~? でもかっこういいよ! 元気になったしさ!」
「あのさあ、リンゾウ君。この子は元天才美少女剣士だっていうんだから、その点を考えてあげようよ。リンゾウ君だって、ある日巨大な怪物になって元に戻れなくなったら、嫌でしょ?」
「あ~~そうですね~~……僕は、僕は男の子ですけどね!」
(今そこを気にする場合か?)
さすがにコエモがフォローし、リンゾウも納得する。
とはいえ、男の子であっても、不可逆的に怪物に変身するのは嫌であろう。
文章としてはおかしくない。
『で、どうなのよ! どうしたら戻るのよ!』
「だから、一貫して、無理なもんは無理だと言ってるだろう。死んでないだけありがたいと思え」
『なんですって!?』
「あのなあ……呪いじゃなくて普通に暴行を受けていたら死んでただろうが」
『……そうね。不意打ちとはいえ、ぼこぼこにされたから呪われちゃったんだもんね』
ふと冷静になった■■■■■■は、呆れているジョンマンの酷薄な突き放しに、つい納得してしまっていた。
仮に呪いが偽物だったなら、しゃあねえぶっ殺すか、に切り替わっていただろう。
「あの……叔父上。彼女への風当たりが強くないですか?」
「呪いの利き具合から言って、この子は悪い子だ。それも相当な、な。正直見てて気持ちいいもんじゃねえ。若い時はこの手の奴にさんざん迷惑をかけられたしな」
『返す言葉もないよう……』
冒険者の仁義に反する振る舞いをしていたであろう■■■■■■を、ジョンマンは嫌っているようだった。
アリババに対しての『アイツとはもう二度と会いたくない』とかではなく、純粋な嫌悪感である。
「とはいえだ、おまじないなんていう『不思議パワー』で復讐し、お前から才能を奪ったやつらのことも助ける気にはならないがな」
「同感ですわだぜ! 他人から奪った力で活躍して悦に浸るなんて……言語道断ですわだぜ! 全員でぶっ殺しに行きましょうですわだぜ!」
『……ねえ、アンタ。そこの二人が男の格好をして変なしゃべり方をしているのも、なんかの呪い?』
「……頭が悪いだけだ」
『その方が悲しいわね……』
■■■■■■としてはジョンマン周りの人間の状況が異様に見えてきた。
実に正常な感覚である。
「さて……おそらくだが、君を呪ったやつらは、放っておいてもここに来るだろう。呪いは物語、完結するまではなるようにしかならない」
『アイツらがここを調べたりできるの? 言っちゃあなんだけど、アタシは遠い森で捕まって、狩人に売られた身よ? どうやってここにたどり着くのよ。アタシを見つけようと思っても、無理じゃないの?』
「問題ない。君を捕まえて売った狩人には、カルマが溜まっている。リンゾウちゃんから聞いたところによると、結構な額で売りつけたらしいしね。だから『珍しい動物を高く売って金持ちになった狩人がいるらしい』とかの噂が立ち、それが君を呪った三人に向かうはずだ」
普通なら、珍しい動物を狩人が売っても問題ではない。少々高額だったとしても、詐欺と言うほどではない。
仮に『実は変身していた女の子でした』という状況であっても、罪に問われることはないだろう。
だが呪いが関わっている以上、多少のカルマが生じてしまうのだ。
流石に破滅するほどではないが、少し怖い思いをするだろう。
「あとは君たち次第だ。どうなるにしても、呪いは完成し進行は止まる。君が元の姿に戻ることはないが、物語の登場人物のように、条理に惑わされることはなくなるんだ」
『条理に……惑わされる』
「相手の気持ちもあるが、考えておくんだね」
ある種、突き放される言葉だった。
しかし■■■■■■はそれに反論することなく、のしのしと歩いていく。
基本的に心優しい乙女たちは、彼女を追いかけようとした。
それを止めるように、ジョンマンは厳しいことを言う。
「コエモちゃん、君にはしっかり伝えておく」
「わ、私ですか?」
「他人を呪う奴とか、呪われる奴に関わるな。さっさと距離を取れ、改善してやろうとか考えるな」
一流の冒険者を目指すコエモを特に注意しているが、他の全員に忠告しているかのようだった。
「呪われるほどカルマを貯めこむ奴も大概だが、それを我慢するのもバカだ。冒険は命がけなんだぞ? 信頼できない仲間なら、さっさと縁を切ればいい」
今までのどんな時よりも、熟練の冒険者の金言だった。
「そういう、もんですか?」
「呪うぐらいならぶっ殺せばいい、そっちの方がよっぽどまともだ」
危険地帯に踏み込み、危険生物と戦う。
そんな状況で、仲間を我慢させるやつも仲間に我慢する奴もバカだ。
バカと付き合ってもいいことは何もない。
「コイツはまだ子供だからとか、コイツにもいいところはあるとか、コイツにも価値があるとか……そんな理由で我慢して、不満を貯めこむ。温い話だ、一流からは程遠い」
もしもここで『アリババはどうだったんですか?』と聞いたらどうなるか。
ジョンマンの弟子たちは、考えなかったわけでもない。
だが異様に緊迫した雰囲気のジョンマンにそれを問うことは、コエモはおろかリンゾウにすらできなかった。
※
巨大な魔獣となった■■■■■■は、ミドルハマーの街の近くをうろついていた。
普通なら冒険者なり騎士団なりがきて彼女に攻撃を仕掛けるが、プロット・アーマーゆえか単に強そうで手が出せなかったからか、誰も彼女に近づこうとしなかった。
とぼとぼと、ずしずしと歩く彼女は、これから先のことを考えていた。
老いぼれた小動物として、命を終えるわけではない。
だが、何もかも元通りになるわけではない。
しかし、これは一種の自業自得。
呪われるだけのことをした自分が悪いのであるし、殺されていてもおかしくなかった。
『アタシは……』
では、この状況をどう受け止めるか?
因果応報、等価交換、強くなったからそれでいい、アイツらも苦労しているはずだ。
それはそれで間違いではない。
今までの自分こそが間違っていた。
『アタシは……少なくとも、天才美少女剣士には戻れない』
では納得するのか。
この状況が条理だったとして、それを受け入れるのか。
条理を受け入れるのが、自分なのか?
『決着をつけないとね』
■■■■■■は、ジョンマンの弟子と比べても年少である。実力も、他の者に劣るだろう。
しかし既に冒険者として生計を立てていた。
彼女はすでに、自分の人生を生きている。
結局■■■■■■はジョンマンの元に戻ることなく、どこかへ姿を消した。
※
小動物の姿から巨大な魔獣に変身してしまった■■■■■■は、山の中に隠れました。
彼女がなぜジョンマンの元を離れたのか、誰も知りません。
■■■■■■は山の中にあった洞窟に潜み、動物やモンスターを食べながら生活していました。
その姿を見た人たちは『巨大な魔獣を見つけた』『きっと山の主に違いない』と噂したのです。
彼女が悪いことをしないので、誰も退治しようとはしませんでした。
『アイツらのことは、きっと有名になっている。ここでも聞こえるはずよ』
■■■■■■の体はどんどん変形していきます。
体はもっと大きくなり、角が増えて、腕まで増えます。
それでも彼女は身を隠し、時折山に入る人々の噂に耳を立てていました。
そして、彼女の耳に『破滅の前振り』が聞こえてきたのです。
「なあ、カリータとその仲間のことを知っているか?」
「もちろんだ、アイツらの話を聞かないことはねえ」
「いい噂も悪い噂も、これでもかってぐらい来るからな」
「で、カリータたちがどうしたって?」
「それがな……デカい手柄をゲットして、それを最後に引退するんだと」
「へ~~。で、そのデカい手柄って?」
「それがな、ラックシップの首を獲るんだと」




