三つの呪い 第三話
さて、ここに『代償を支払って相手を酷い目に遭わせる呪い』と『相手を酷い目に遭わせる呪い』の二つがある。
片方では呪いの発動に代償が必須となるわけだが、もう片方には代償に関しての記述がない。
それでは後者を使用してもデメリットがないのか、と思ってしまうかもしれないがそんなことはない。
むしろ前者の方が、はるかに安全、アンダーコントロールなのである。
前者は『自分の右腕をささげて、その分だけ相手にダメージを与える』という物になるが……。
後者の場合は代償が設定されていないというだけで代償は発生し、しかも何が代償になるのか完全にランダムなのである。
またそれ以上に問題なのが、上限がないことだ。
前者は『代償が右腕一本分』であり『効果も右腕一本分』であると『上限』が設定されている。
だが後者の場合、両方が死ぬまで呪いが持続する、という可能性さえある。むしろそんな例ばっかりである。
相手の死という、上振れも下振れもなく不可逆な結果を願い、なおかつ相手にそれだけのカルマがあればその限りではないが……そんなことばかりでもない。
また同様に、『背中を刺されない限り無敵』だの『女の股から生まれた者には負けない』だの『木、岩、武器、乾いた物、湿った物、ヴァジュラでは傷つかない』だの『神とアスラにも、人と獣にも、昼と夜にも、家の中と外にも、地上でも空中でも、そしてどんな武器にも殺されない』だの……。
とにかくこれでもかと列挙して『自分を強くする呪い』をかけた者が大勢いたが、ある程度戦って利益を得ると無敵の隙間を縫って殺されてしまった。
呪いとは物語である。
どんな無敵性を謳っても呪いとして成立する以上は、破られることも決まっている。
仮に絶対に破られない無敵性を設定すれば、呪いが成立せず強化もまた成立しないのだ。
こうして原初の呪いは使い物にならないと判断され、封印された。というか、廃れた。
それらの欠点を補う形で、上限や期間、代償が設定された呪いが生まれた。
しかしこれも、ほどなくして廃れたのである。
たとえば『殺したいほど憎んでいる』としても『代償を支払ってまで殺したくない』と思う者がいる。
また『相手には酷い目にあわされた』ので『自分よりもひどい目に遭って欲しい』と思う者もいる。
むしろそういう者ほど『呪い』を使いたがり、実体を知ってがっかりして去っていくのだ。
さらにそれへ次ぐ形で『自分を長期間弱くして、それを代償に力を手に入れる』という試練系の呪いも生まれた。
もちろんこれも廃れた。
なぜなら『ギリギリ耐えられる呪いの試練』に耐えた者と『ギリギリ耐えられる過酷な修行』に耐えた者の成果が同じだったのである。
まあ、ある意味では呪いの正確さが判明したいい例だが、普通にやるのと変わらないという結論なら呪いをする意味がない。
そうして最終的に『他の技術にデメリットを付与し、その分強化する』という補助的な役割に至った。
これならば戦闘する相手という薄いカルマしかない状況でも成立し、しかも相手にも付与できるのだからそれなりに厄介である。
※
さて……相手の長所を奪い、自分のものにするという呪いは、当然ながら最古の呪いに分類される。
ただでさえ危険な最古の呪いの中でも特に危険な、呪った側と呪われた側の関係が持続する、つまり悪化しやすい呪いである。
これが単純に『相手の長所を下げる呪い』とかならカルマが清算されても『下がっていた能力が戻る』とか『別の能力が補う形で伸びて、結果的に実力は同等になる』などに落ち着き……。
すくなくとも、呪った三人にデメリットが生じることはなかった。
著者に読者を騙す気とかはまったくなく、単に知らなかっただけであり、当時の常識では反動なども知られていなかっただけである。
とはいえ、これはもう罠や詐欺にかかったようなものだ。
もはや後の祭りだが、どうすればよかったかと言えば……。
これも対処法は存在する。
呪いで得たメリットを、極力享受せず、自制することだ。
たとえるのなら、十回使ったら死ぬ魔剣を九回だけ使うとか……。
無敵の体を手に入れたけど、被弾ゼロで立ちまわるとか……。
自分の得た利益を、奪った相手に還元するとか……。
呪いの意味がない状態にすれば、悪化は防げる。
そうでなくとも、遅延することはできただろう。
だが先ほども言ったように、呪いを使いたがる者。つまり結果を求め、利益を求め、自制を嫌う者にそれができるかと言えば……。
まあ、無理であろう。
たとえデメリットがあると知っていても、気付いていても。
※
三人の女冒険者の中で、真っ先に異変に気付いたのはノフカーでした。
大柄な戦士である彼女は、とても気落ちした顔をしています。
彼女の仲間は心配になって、何があったのか聞いてあげました。
「一体どうしたの、ノフカー」
「アンタらしくないねえ、悪い物でも食ったのかい」
「それが……最近、おかしいんだ」
仲間から剣の才能を奪った彼女は、その力で活躍しています。
最近は特に剣が冴えており、戦うたびに強くなっていくようでした。
そんな彼女に悩みとは何でしょうか。
「最近、剣を手放せないんだ。こう、吸いついて離れないとかじゃない、いつの間にか帯びてるんだ。この前なんて、寝ている間に剣を抱きしめていた」
「それは困るな。もしかして、店に入る時もそうなのか?」
「それじゃあお堅い店には入ることもできないねえ! はははは!」
「笑い事じゃないってんだよ!」
三人は話をしながら、仕事に向かいました。
今日の仕事はモンスター退治です。
いつもの三人なら、余裕で勝ってしまうでしょう。
そう思って、三人は一生懸命戦います。
もちろん楽勝でしたが、リーダーであるカリータだけは少し傷を負いました。
「おいおいリーダー、ケガをしてるじゃないか。どうしたんだ?」
「少し油断しただけだ、気にするな。それに大して深くもない」
「だな、この程度止血すればすぐふさがるさ」
カリータはちょっとだけケガをしてしまいました。
毒もなく、病気になることもなく、あっさりと治りました。
もう傷跡も残っていません。
しかしその仕事が終わってから、噂が立ち始めたのです。
「おい、聞いたか? 飛ぶ鳥を落とす勢いのカリータが、モンスター退治でけがをしたんだと」
「へえ? あのカリータ様も人の子だねえ」
「カリータってのも大したことがねえなあ」
ちょっとけがをしただけなのに、みんながそのことで盛り上がっているのです。
「噂が独り歩きしていただけで、大したことなかったんじゃないか?」
「おかしいと思っていたんだよ。誰もかれもがあの女の話をしていたんだぜ?」
「今までの噂は、サクラが流していた嘘なんだと!」
「おい、あそこにカリータがいるぞ!」
「へえ、よく表を歩けるもんだなあ」
「よっ、大ウソつき! 今日はどんな嘘をつくんだい?」
彼女はそのうち、どこにいてもバカにされるようになっていました。
反論しようとしても、相手が多すぎてとても勝てません。
不機嫌になるカリータに対して、大ベテランのリツモは慰めます。
「なあに、大したことのないミスなんざ、そのうちみんな忘れるさ。でっかい手柄を立てればな! それより今日も、一緒に遊ばないか? この町にはいい男がいるって噂だぜ?」
「遠慮する、そんな気分になれない」
「オレもだ。正直、剣を持ってベッドに入りそうなんでな……」
「じゃあアタシだけで行ってくるよ。いや~~若いってのはいいもんだ」
リツモはいつものように、夜の街に歩き出します。
若返る前は相手にされていませんでしたが、今は違います。
はちきれんばかりの若さによって、大勢の男が声をかけてくるのです。
ですが今は、声をかけたい気分でした。
「なあお兄ちゃん、今晩どうだい?」
いい男を見つけたので、声をかけて見ました。
これで今晩も楽しめる、そう思っていたのですが……。
「おいおいお嬢ちゃん。俺にそういう趣味はないんだ、あと少し待ってから出直しな」
「は?」
ついさっきまで、彼女は『女の盛り』のはずでした。
しかしいつの間にか、体が小さく、幼くなっていたのです。
幼女というほどではありませんが、夜の街に出るには早い年齢でした。
しかも普通以上に、幼く扱われているようです。
「な、な……なんだいこりゃああ!」
リツモの悲鳴も、子供が癇癪を起しているようにしか思われていませんでした。




