才能と狂気の結実
ドザー王国の港町に到着したジョンマンたちは、ルタオ冬国がある島への旅路を確認した。
直通の航路は存在せず、何回か乗り換える必要があるらしい。
最初の船に乗るまで、数日間足止めを食うこととなっていた。
一行は港町のレストランで、とりあえずの食事をすることにしたのだった。
「私、ミドルハマーを出るのが初めてなんですよ! なので別の町に来るのも、海を見るのも初めてなんです! オーシオちゃんはどう? 海を見るのは初めて?」
「港町に来たこと、海に来たことは初めてではありませんね。しかし船に乗って旅、というのは初めてです。なので少し緊張しますね」
「そっかそっか……リョオマ君……オリョオちゃんはどう?」
「私は海に来たこと自体が初めてですわね……だぜっ……ですわ」
微妙にぎこちない会話をする、ドザー王国出身の三人。
行先は不穏だが、初めての船旅に少し浮かれてもいる。
一方で遠方からこの国へ来たリーンとマーガリッティは、船旅そのものにはそこまで興味がないようである。
「あの、リンゾウ……リーンさん。新しい服を買われたようですが……やっぱりサイズが合わなくなっていましたか?」
「マン・マミーヤ! マーガリッティちゃんもそうなのね? 実は私もいろいろきつくなっていたから、新しいのを買ったの! 買ったって言うか、ジョンマンさんに買ってもらったの!」
「人聞きの悪いことを言わないでくれ! 俺は『旅に必要なものがあったら買ってくれ』と言ってお金を渡しただけじゃないか! 君の服を選んで買ったわけじゃない!」
周囲に誤解をばらまきかねない、リーンのうかつな発言。
ジョンマンは旅先の恥をできるだけ抑えるべく、大きな声で訂正をした。
「え……どう違うんですか?」
「全然違うんだよ! お金を渡すのと、服を買ってあげるのは!」
年頃の娘さんたちには、逆に理解できない理屈。
しかし多感な年頃のジョンマンとしては、自分の名誉を守りたいのであった。
「娘ぐらいの年齢差のある君たちに、自分が選んだ服を着せるとか……ヤバいんだよ! 性的に狙っているとか、私物化したがっている感がある!」
「私は姪なので、そこまで問題ではないような気が……」
「世の中には叔父と姪ですら邪推する輩がいるんだ……!」
「そうですか……」
ジョンマンの心配を聞いて、リーンとオリョオはいらない想像を働かせ、無駄な作戦を提案し始めた。
「あ! 私気付いたんですけど……もしかして私たち女子五人とジョンマンさん一人の旅って、傍から見たら不自然なのでは……? やはり男装……じゃなかった、女装を辞めるべき?」
「リーンさん、それよりもいい案があります。不自然を補うのなら、私たちがジョンマンさんの娘ということにしましょう! 幸い年齢的にもおかしくありませんし」
「いい! たくさんの姉妹と一緒に旅行って感じで、とっても楽しそうだわ!」
自分の故郷が内乱寸前であることを忘れたかのようにはしゃぐリーン。
しかしジョンマンは、大きな声を出して否定した。
「冗談じゃないぞ! 俺が君たちを娘と呼ぶということは……俺がまるで結婚して子供を作っていないことを後悔しているみたいじゃないか! いや実際そうなんだけども! でも、そこまで気にしている風に思われるのは嫌だ!」
「といいますか……姪である私はそこまで不自然ではありませんが、他の皆さんはどう見ても血のつながりがないかと」
適当な口実をつけて疑似家族を演じようとしている、と思われることだけは絶対に回避しようとするジョンマン。
荒々しい彼とは違って、オーシオは冷静にツッコミを入れる。
実際、姉妹というには全員顔が違い過ぎていた。
「ジョンマンさんほどの実力者なら、複数の女性と子をなしていても不自然ではないでしょう!」
「マン・マミーヤ! 異母姉妹! 複雑な感じがして素敵だわ!」
「勝手に複雑な設定を追加するな!」
ノリノリな自称女装男子(元男装女子)に、さすがにキレるジョンマン。
未婚中年が『俺は何人も女を娶っていて、子供も産ませてるんだぜ~~』というアピールをするなど悲しすぎるにもほどがあった。
「普通に! スキルの教師と先生でいいだろ! ……ああ、でも、なんで女ばっかりなんだ、って思われそう。絶対思われる……俺ならそう思う……」
「どうします、オリョオさん。私たちやっぱり男の子の格好します?」
「そうしたほうがいいのなら、今から着替えましょうか?」
「止めてくれ、これ以上ややこしくしないでくれ……」
一度嘘をつくとどんどん嘘が膨らんでいくというが、本人たちになんの自覚もないので嫌な思いをするのは周囲であった。
「ややこしくと言えば……聞きにくかったんだけど、今聞いちゃおうかな?」
ここでコエモは、オーシオに質問をする。
内容は、いたってまともなものであった。
「ジョンマンさんにその気はないけど、ドザー王国の偉い人からすれば、ラックシップを抑えてくれている人なんだよね。そのジョンマンさんがどこかに行くことに、文句とか不満とかないの?」
「そのあたりは陛下も考えていないわけではないと思います。ただ……そもそも私を通じて今回の件を報告してきた時点で、こうなることは覚悟の上だったかと」
ルタオとドザーの地理的な関係上、滅亡したとて情報がいきわたることはない。
知らぬ存ぜぬを決め込んでいれば、ジョンマンやリーンにこの情報が届くことはなく、また報せる義理もないので恨まれることもない。
にもかかわらず教えてくれたというのは、少々の配慮をしてくれたということであろう。
「どうしてもだめなら、私に『絶対に伝えるな』とか『ジョンマンを国内から出すな』と指示されているはずですし」
「それもそっか……ジョンマンさんはどう思います?」
「俺がいなくてもクラーノちゃんとティガーザ君がいるから、大丈夫だと思ってるんだろ。実際足りているしな……って、あ!」
ここでジョンマンは、失言をした、という顔になっていた。
全員がなぜ、という疑いの目を向けている。
今の発言のどこがおかしいのかと言えば『実際足りているしな』ぐらいである。
「……傷つくかもしれないから、君たちには情報が回らないようにしてもらっていたんだが」
もはや疑いの目を逸らすことができないと考えたジョンマンは、隠されていた情報を開示した。
「クラーノちゃんには手紙とかで指導をしていてね……五つのスキルを全部習得し終えているんだ」
「ええ!?」
やる気のある少女たちが、ジョンマンという指導者の下で、修行に専念してもなお習得が難しい五つの基本スキル。
それをすべて、既に習得しているということに、五人は目を見開いていた。
「し、失礼ですが……私と同じ時期に、クラーノさんはジョンマンさんとお会いしたのですよね? そのクラーノさんは、最初から第三スキル浄玻璃眼を習得されていましたが……それは第二スキルを最初から習得している私と変わりないはずで……」
強くショックを受けているオリョオに、ジョンマンは残酷な事実を伝えた。
「百聞は一見に如かず、という言葉があるだろう? 浄玻璃眼を生まれ持つ彼女は、その『一見』がとんでもない精度を持っている。正しい鍛錬法や模倣すべき相手を知れば、一気に強くなって当然だ」
浄玻璃眼を生まれ持っていれば、無条件で強くなれるわけではない。
ただ家でゴロゴロしていれば宝の持ち腐れであるし、商人などの目利きに時間を割いていればそちらの方面にしか伸びなかっただろう。
だがクラーノは、国一番の冒険者であった。
ジョンマンに出会う前から国内最大のダンジョンに潜り、心身ともに鍛えられていた。
「今まで彼女の実力が大したことがなかったのは、模倣すべき相手がいなかったこと、正しい鍛錬法を知らなかっただけだ。俺がちょっとコツを教えたら、一気に伸びたよ」
「それでも、限度がありませんか?」
「あの子はラックシップに怯えていたからねえ……その恐怖ゆえに、君達よりはるかに修行へ打ち込んでいたんだよ」
人類最高の才能を持っているうえで、人体の限界まで鍛錬を積む。
才能と狂気を併せ持つ彼女は、つまり……。
「彼女は人類最高の才能の所持者だ。オズやドロシー、ホームズやアリババとも張り合える……化け物にも成長しうるだろう。とはいえ、まだまだ先のことだがね」
流石に五つのスキルの練度は、そこまで高くないらしい。
スキルビルドの先にある練度もまた、ジョンマンやラックシップに遠く及ばないだろう。
それでもジョンマンに次ぐ実力者になったことは確かなようだった。
少なくとも、ラックシップが『相手にしたくない』と思わせる程度にはなったのだろう。
「なんなら、会いに行って確かめるかい?」
「やめときます……」
「それがいいよ。ああいうのには、近づかない方がいい」
大いに実感を込めて、ジョンマンは嘆くのであった。
※
一方ドザー王国の王宮内では……。
「国王陛下、どうぞご覧ください! これが私の得た第五スキル、その守護霊にございます!」
「そ、そうか……もういいぞ、引っ込めてくれ」
「いいえ! 私がジョンマン様から賜った大いなる翼……どうぞ心行くまでご覧になってください!」
「こ、怖いのだ! それほどの力を持った霊体を、近くで見たくないのだ!」
クラーノが国王や他の騎士の前で、第五スキルの『守護霊』を誰でも見れるように着色していた。
「何をおっしゃいます! ひっこめるも何も、この翼は私と共に常にあります! そう、ラックシップに暗雲の如きクラゲが、ジョンマン様に白鯨が付き従っているように! 私はそれを見えるようにしているだけなのです!」
「じゃあそれを止めてくれ!」
「そんな、もったいない!」
クラーノの背後に見えるもの、それは巨大な鳥である。
超古代に空を制覇した絶滅種、『オリジン・ロックバード』。
現存するロック鳥の始祖であり、恐竜とトカゲほどに体格差のある化け物であった。
「この翼さえあれば、ラックシップの暗雲も、そこまで恐れることがないというのに! 私がコレを得るためにどれだけの苦難に耐えたことか……!」
クラーノは自分が何に怯えてきたのか、その恐怖のほどを皆と共有したいらしい。
周囲から理解を得るために、泣きながら示威を続けていた。
「う、うむ! 今までお前に無理な要求をしてきて、済まなかった! ラックシップの情報を全部言えなど、もう絶対に言わん! 思い出したくもないだろう!」
「ご理解いただけて良かったです……ですが、私はもう平気です!」
かなりキマった目をしているクラーノは、両手を翼のように広げた。
「ジョンマン様を信じれば、恐怖に打ち勝つ力を得られる……私がその証明なのですから!」
(……修行の辛さだけではないな。ラックシップやジョンマンに出会ったことで脳が焼かれている)
狂気と才能を併せ持つ、『世界最強格の怪物』。
ジョンマンが彼らを疎んじる理由を、国王たちは嫌というほど知ることになるのであった。




