伝説の魔法
さて……。
ルタオ冬国の公爵令嬢を名乗るリーンについては、オーシオがドザー王国国王ケイス・イオー、へ一応の報告をしていた。
一応、というのは、そもそもなんの信ぴょう性もないからである。
言ってはなんだが、本人が『僕は公爵令嬢の兄です』と自己申告(?)をしているだけなので、彼女が嘘を言っている可能性がないとは言えない。(男装している時点で嘘をついている)
この情報を聞いたケイス・イオ―は大いに困っていた。
『ルタオ冬国の公爵令嬢リーンの兄リンゾウを名乗る男装少女が現れて、オリョオさんの推薦により弟子入りしました』
「なんだこのふざけた報告は……」
オリョオやリンゾウも含めて全員が真面目なのだが、ふざけた報告にならざるを得なかった。
ジョンマンが受け入れてしまった以上、オーシオに深く追求する権利はないのである。
「とはいえ……ルタオ冬国があるのは、かなり遠い島だ。探りに行かせる人員などいないし、正直どうでもいいな」
あくまでも相対的な話ではあるが……。
ルタオ冬国は、ドザー王国から遠い。
知らないというほどではないが、遠くにそんな国があるという認識しかない。
仮に外交問題に発展しても、ほぼ問題がなかった。
すくなくとも国王からすれば、優先順位は低い。
そのためほぼ棚上げにしており……。
外国から入った『ルタオ冬国で内乱の兆しアリ』という情報が耳に入るまで忘れていたほどである。
一応念のため、ということで国王はオーシオを通じてジョンマンへ連絡したのだった。
※
自称公爵令嬢の兄、リンゾウ。
故郷が内乱に陥りつつある、という情報を聞いて、彼女はどう動くのか。
急いで帰る、知らねえ帰らねえ。
どちらもあり得ることであろうし、悩むのが普通であろう。
ミドルハマーで報せを聞いた彼女は、ほぼノータイムで決断していた。
「大変! すぐ帰らないと!」
(こういう子だから追放されたんだろうなあ……)
まったくの善意から『故郷が困っているのなら助けに行かないと』と決断し、動き出そうとする。
彼女との付き合いも長くなったジョンマンたちは、その決断を聞いても意外には思わなかった。
彼女が帰ったらヤバいことになりそうではあるが、彼女は自覚なく、あるいは自覚しても故郷に帰るだろうとわかっていた。
「ジョンマンさん! いきなり押しかけて弟子入りしたのに申し訳ありません! でも僕、故郷に帰って、内戦を止めないと!」
(どうやるつもりなんだろう……)
彼女に内戦を止める手腕があるとは思えないし、むしろ彼女が帰ったらそれが原因で内戦が勃発しそうであった。
コエモですらそれが理解できており、オーシオやマーガリッティは言うまでもない。
「そういうことなら仕方ないですわねだぜ、故郷に帰ってあげなさいだぜ」
なお、リョオマは帰ることを認めていた。
三人は困った顔で、ジョンマンに助けを求める。
「まあ落ち着きなさい、二人とも。俺も少しは力になるから、まずは話し合おう。ね?」
「わかりました! お願いします!」
「さすがジョンマンさんですわだぜ!」
(なんでだろう……話を聞いてくれる構えなのに、話を聞いてくれる気がしない……)
リンゾウもリョオマも素直で、しかもジョンマンを信頼している。
なので話し合おうという提案にも素直に乗ってくれるのだが、仮にジョンマンが二人を丸め込もうとしても、絶対に応じてくれそうにない気配が漂っている。
「じゃあまず……リンゾウ君は、故郷に帰ったら何をするつもりなんだ?」
「僕の妹の婚約者である第一王子や、他の王子たちを説得します!」
「君は……というか、君の妹はそれができないから国外に追放されたのでは?」
「そうですけども、やる前から諦められません!」
(すでにやって失敗した後なのでは?)
絶対にあきらめない姿勢を見せるリンゾウに、ジョンマンたちは困っていた。
「内戦になったら、たくさんの人が死んじゃうんですよ!? できることが一つでもあるのならやらないと!」
(……これだ、これが厄介なんだ)
そしてジョンマンをもっとも困らせるのは、輝くカリスマである。
自分のことよりも故郷の人々、大勢の民を心配する姿には、止めようと思っていたコエモやオーシオ、マーガリッティさえ感化されてしまう。
リョオマなどすでに、自分も同行すると言い出しそうになっていた。
「それに! 私……僕は妹と同じ魔法が使えますから、内戦を止めるのに役立つと思うんです!」
「なんで? 君の魔法は確かに便利だが、内戦を止めることはできないだろう」
「内戦の原因が、アンデッドモンスターの大量発生だからです! 僕の魔法なら、事態の収拾に努められます! もしも内戦を止められなくても、アンデッドモンスターから人々を守ることはできるはずです!」
「それはまあそうだろうが……君は戦場に向かないよ。少なくとも、送り出すことはできない」
リンゾウの習得している魔法は、戦場において有用に過ぎる。
仮に彼女が望まずとも、無理矢理働かせられる可能性が高い。
そうなれば彼女の心は、一気に病んでしまうだろう。
「あ、あの……ちょっといいですか?」
ここでコエモが、申し訳なさそうに挙手をした。
「前々から気になっていたんですけど……結局リンゾウ君の魔法ってなんなんですか?」
「……教えてもいいかい?」
「そう、ですね……隠す意味もないと思いますし……」
もともと大して隠す意味がなかった、リンゾウの魔法。
果たして彼女は、何がどう凄いのか。
「彼女の魔法は聖域魔法、審判魔法、天秤魔法と呼ばれる特異な魔法だ」
「僕の故郷だと、聖域魔法って呼ばれてましたね」
「え、ええええええええ!?」
魔法の種類を聞いたマーガリッティは、心当たりがあったのか驚いていた。
「ちょ、ちょ、ちょ、超高等魔法じゃないですか! 最上位格の魔法じゃないですか! 伝説の魔法じゃないですか!」
「マーガリッティちゃん、落ち着いて!」
「なんで教えてくれなかったんですか!」
「だって……使う機会がなかったし」
「そうかもしれませんけど……でも、でも! ジョンマンさんも教えてくださいよ!」
「リンゾウ君が言わないのに俺がいうのは変だからさあ……」
「そうですけども……ああああああ! これをお母様や先生が聞いたら、どう思うか……!」
マーガリッティの隣に立っていた男装少女が、実は神話級の魔法を使える子でした。
これはもう、目をむいて驚くに違いない。
「聖域魔法、アンデッドに特効かぁ……」
「超高等で、最上位格で、伝説なんですね……」
一方で魔法についてド素人であるコエモとオーシオは、なんかすごいんだろうなあ、と想像することしかできなかった。
きっと生命の維新のように、超凄い神様を召喚してアンデッドを浄化するに違いない。
「……コエモちゃん、オーシオちゃん。一応言うけど、君たちが想像しているような魔法ではないからね?」
「え、なんで私たちの考えが分かるんですか?」
「さすが叔父上……」
「俺も昔は、神様を召喚して戦わせる魔法、とか思ってたからねえ……」
同じ田舎者、ということで勘違いを早めに訂正するに至ったジョンマン。
彼は過去の自分を省みていた。
「そもそもアンデッド特効っていうのも、微妙に間違っているんだよ。君たちが想像するような、アンデッドに大ダメージを与えて一撃昇天、とかそういうのじゃないから」
「それも違うんですか? それじゃあ具体的にどういう魔法なんです?」
「実演してもらった方が早いか……リンゾウ君、マーガリッティちゃん、ちょっと協力してね」
リンゾウが故郷に帰るかどうかはともかく……。
まずリンゾウの魔法について実演することになったのだった。
※
ジョンマンの家の前に集まった弟子たちの前に、ジョンマンは二つの『目標』を準備した。
片方は小さな花の植えられた鉢植えで、もう一つは透明な箱に納められたリアル寄りのネズミの人形である。
ジョンマンはそれを地面に置くと、まずマーガリッティへ依頼をした。
「マーガリッティちゃん、内圧攻性結界魔法使える?」
「使えることは使えますが……初歩の『ファジャーゾ』だけです。範囲は狭いですし、発動に時間がかかりますが……」
「それでいいよ。内圧攻性結界は難しい魔法だからね、慎重にやってくれ」
「わかりました……!」
ちらりと、リンゾウを見るマーガリッティ。
想定をはるかに超えた大物である彼女の前で、不慣れな魔法を披露することに抵抗はあったが、それでも前に出て呪文を唱え始める。
赤い球形のバリアが展開され始め、鉢植えと箱を包み込んだ。
しばらくすると内部が振動し始め、箱や鉢植え、花が燃え始める。
ほどなくして完全に箱が崩壊し、中にあった人形も燃えてしまった。
「バリアの内側を炎で満たす魔法、かな?」
「趣旨はよくわかりませんが……こういう魔法もある、ということですね」
「内圧攻性結界魔法は、結界の内側を攻撃で満たす魔法だ。高度な割に威力は控えめでね……この通り、ただの鉢植えや透明なだけの箱を壊すにも時間がかかる。これはマーガリッティちゃんが未熟ってわけじゃないから、そこはわかってね」
バリア内側に閉じ込めた敵を燃やす、と考えると凄まじい魔法だが、バリアを構築しつつ攻撃魔法で内側を満たすことが難しいことは想像に難くない。
また、この魔法がとんでもなく強いのなら、普通の魔法は不要になるだろう。
すくなくとも、先日のサザンカがコレを使わなかったことから、そこまで信頼性の高い魔法ではないとわかる。
「さて、もう一つ同じセットを用意したわけだが……今度はリンゾウ君がやってくれ」
「は~い! 久しぶりだけど、頑張ります!」
さて、リンゾウが使うという伝説の魔法とやらはどんなものか。
マーガリッティは思わず前のめりになっており、コエモとオーシオもついつい身を乗り出しそうになる。
「ラーラーラララライラム……ラーラーラララライラム……ラーラーラララライラム」
呪文を唱え始めたリンゾウだが、やはり時間がかかりそうである。
緊張に耐えかねたコエモが、ジョンマンに質問をした。
「聖域魔法は伝説の魔法なんですよね……ということは、内圧攻性結界魔法とかよりも強いんですよね?」
「いや、むしろ弱い」
「……弱いんですか?」
「ああ。魔法の高等さと威力は必ずしも比例しないからね」
ずいぶんもったいぶった割には、そこまで『強い』わけではないらしい。
とはいえ、リンゾウが凄まじい大威力の魔法をぶっ放すかと言われたら、それは違う気がする。
なので威力がすごいわけではない、ということにも納得できた。
「コエモさん! 今彼女は伝説の魔法を使うところなのですから、御静かに!」
「あ、ご、ごめん……」
緊迫しているマーガリッティは、コエモをしかりつけていた。
気迫に圧倒されて、思わず謝ってしまうほどである。
「聖域魔法……アップアンドダウン!」
なんとも間の抜けたことに、コエモが謝った直後に伝説の魔法が発動する。
リンゾウを中心として、透明なバリアが展開され始めた。
それは一気に広がっていき、二つの『目標』だけではなく近くにいたジョンマンたち、およびジョンマンの家さえも包み込んでしまう。
「え、えええええ!?」
「お、叔父上、だ、大丈夫なのですか!?」
コエモとオーシオは、状況からして自分達が『魔法の効果範囲内』にいることを理解していた。
最近魔法への知見が広まった彼女たちからすれば、自分達にも魔法が直撃するのではないかと気が気でしょうがない。
「普通なら大丈夫じゃないが、聖域魔法は普通じゃない。ほら、見ててごらん」
「え、あ……」
「透明な箱の中のネズミ人形だけが……崩れていく?」
先ほどの内圧攻性結界魔法では、ネズミ人形を包んでいた透明な箱がまず壊れて、その後ネズミ人形が壊れた。
これは外側から攻撃している、ということを考えればごく普通のことであった。
その意味では、今の方がよほどおかしい。
いくら透明とはいえ箱を一切傷つけることなく、内部のネズミ人形だけを直接攻撃するなど、あまりにも都合がよすぎる。
「それだけじゃない。となりの鉢植えを見てごらん、花が咲いて輝いているだろう? 花に強化魔法が及んでいる証拠だな」
一つの魔法しか発動していないにもかかわらず、効果範囲内に『何の影響も受けない』と『崩壊する』と『強化されている』が同時に発現している。
ここまでくれば、何がすごいのかなど素人でもわかる。
「伝説の通りです! これが聖域魔法! 有効範囲内に複数の効果を発現させ、なおかつそれぞれの効果対象を、術者が選択することができる魔法!」
「マーガリッティちゃんの言う通りだ。雑に言うと、有効範囲内の敵を弱体化させつつ、味方を強化させる魔法だ。他にも敵を攻撃して味方を回復させたり、敵だけを妨害して味方に追い風を与えることもできる」
「凄い……これは難しくて当然ですね……」
「うん、伝説の魔法だ……」
つまりは、フレンドリーファイアをまったく恐れなくていい魔法。
街中だろうが混戦中だろうが、味方や家屋、無関係な人に当たる可能性を考えずにぶっ放せる『都合のいい魔法』。
強くはないかもしれないが、高等であることに疑いはない。
「あれ……でも、アンデッドモンスターに有効な魔法、って言うわけでもないですよね?」
「いや、そうでもないんだ。アンデッドモンスターは、よっぽど特異な例を除いてとても弱く脆いが、『ふわふわ』している。一点集中の魔法だと倒しにくくて、今みたいに広範囲に噴霧するような魔法の方が効果的に倒せるんだ」
幽霊を強力な剣で切っても倒せないが、弱くても広範囲の魔法ならあっさり倒せる……と考えればだいたい合っているのだろう。
アンデッドモンスターに特効があるというのも、神聖なオーラがあるから相性がいいというわけではなく、当たり判定の問題のようだ。
「マーガリッティちゃんがやったみたいに、結界の内側を満たしているわけじゃないので、ずっと使っていてもそんなには疲れないんです! 今はジョンマンさんのおかげで魔力が増えていますから、前よりも広い範囲を一掃できるんですよ!」
禁呪の対極に位置する、習得が難しい低リスクの高位魔法。
自慢するだけのことはある、特効薬のような魔法であった。




