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中編

この物語はフィクションです。

〜前回までのあらすじ〜

『あたしとお義兄さん』のヒロインは行き遅れの人魚姫に!嵐の海で助けた王子に七つの海を股にかける仕事の免許を奪い取られ、現在奪還する為に彼の刺客を追い払ったり、と大奮闘中です。

 

 ほんの僅かな時間、スズと王子は見つめ合っていた。

 それは如何にも恋に落ちた童話の主人公の様に。

 だが、無邪気な顔をして彼を見上げるスズの脳裏には、罵詈雑言が渦巻いていたし、彼は大人しく彼女の返事を優しい笑顔で待っているだけだ。


 その胸元に目当ての免許がキラリと光るのを見て取ったスズは、華麗なる変貌を遂げ、おっとりと邪気のない笑顔を彼に向けた。


『あたしはスズと申します。怪我をなさらなかった様で何よりでした』


 持っていたメッセージボードにサラサラと人界の文字を書き込む。

 これも陸の知的生命体である彼らの動向を知る為の、海流調査官の必須技能だ。


 彼は美しい目を見張って、

「──────貴女は、口が……?」


 スズは少しだけ悲しげな顔を演出して、頷いた。

 案の定、彼は痛ましげな視線を向けて来て。それを目の端で捉えた人魚は内心、ニヤリと笑った。





 ふははははははは──────そうだ、盛大に同情しやがれ‼︎




 魔王の咆哮であった。



「スズさんお一人の様ですが、家は此処から近いのですか?」


 ゆるゆるとスズは首を横に降る。

『いいえ、実家は商家を営んでいるのですが、ここより遥か東の田舎街です。都で一旗上げたいと兄が申しましたので、下見がてら村々で行商をして旅費を稼ぎながら此処まで来ました。

 服飾の流行などには妹のあたしの方が長けていましたので』


 そこで、心細い、といった色を交えて視線を上げた。


『実は数日前この近辺に来て追い剥ぎに遭ってしまい、兄と逸れてしまいましたの。

 幸い、上手く逃げだせたので路銀などは多少手元に残っておりまして…それでも途方に暮れて、毎日この辺りを探しておりました。その折に遠目で貴方様が襲われそうでしたので、つい、曲者の仲間がまだ居たのかと思い、お知らせしなくては、と夢中で…』

 と、カズヤと以前念入りに打ち合わせた通り、スラスラと書き殴る。


 さり気に助けてやった下りをバンバン叩いて強調しながら。


 すると、

「───────なんと、お気の毒な‼︎」

 ぎゅっ、と辺りを憚る事なく、美青年がこちらの両手を包んできたではないか。


 アーモンド型の星の瞳は潤んだ涙に煌めき、誠実さと人の良さを程良くミックスした優しい表情は普通の乙女なら、一発で射止められていたであろう。



 だが、この女は、





  …………バカ?





 世慣れて斜に物事を見る行き遅れであった。


「私の名はシズマ・スウェル・クォード。この国の王太子です。命の恩人の何か力になりたいのです。どうか、私と一緒に王宮へいらして戴けませんか?」


 スウェルとは世継ぎのみに許された称号だ。

 

『まあまあ、王子様にそんなお手間は掛けられませんわ。幸い兄はあたしの考え方を良く知っております故、近辺の両替商と、中級程度の宿屋を探してくれるでしょう。

 こんな時の為にあたしも幾つか装飾品を忍ばせております。

 ………あら、貴方様も趣味の良い物をお持ちですね?失礼ですが、女物の様な…』


 さり気なく王子の胸に下がる蒼いペンダントに話を誘導した。


「ああ、これですか?──────これは私ともう一人の命の恩人を繋ぐ、たった一つの絆です」


 ティアドロップ型のスズの免許を彼は愛おしげにそっと握り込んだ。


「私が遠征帰りに運悪く船から投げ出されてしまいまして。─────冷たい海に溺れ、もう駄目かと観念したその時に、黒髪をたゆらせた女性が息を分けてくれたのです」


『ほお』


「思わず幻かと思いましたが、急流に流され、救助の手で再び息を吹き返した時、彼女の胸に輝いていた、この胸飾り(ペンダント)が手に在りました」


『…ほおお』


 その当時の様子に熱弁を振るう彼の周りで、お付きの者達が涙を拭う。




 “おまい、しっかり意識あったんとちゃうんかい”



 捕まり、丁度背後のイイ位置に縄で縛られ転がされた不審者を、笑顔を見せながら踵でグリグリと踏み躙り、当の“命の恩人”は憂さをしっかり晴らしていた。


 さて、いつ名乗り出るか。そのタイミングを計っていると、

「もしや、この近辺の娘さんでは無いかと、万が一の奇跡に頼って、暇を見つけてはこうして探していたのですが──────貴女はとても彼女に似ている」



 よっしゃ、今だッ‼︎



『…実は、あたし、そのお話に心当たりが』

 そう書き掛けた、まさにその時。


「もしも、“彼女”が貴女なら、是非とも私の妃になって戴きたいのです」


 ぴたり、と綴る手が止まった。ざくっと消す。



 今、この王子様あんちゃん、何っつーた?



「海の中に可愛らしく白いそのかんばせを見て、私は思わず冷たい海に沈む恐怖を忘れました。

 そうして、彼女が愛らしい唇で息を分けてくれた時…私は恋に落ちたのです」


 スズは仰け反って引っ繰り返りたかった。


 ああ、だから“噂を聞きつけて”“本物を詐称する姫君”がいたワケ‼︎


 ちらりと“王子様”を一瞥する。将軍の代行が出来る程の身体は、見事に引き締まっていて、夫としての資質になんら遜色は無い。

 なるほど、明るい陽の下でもその美しさは損なわれる事も無く、まるで育ちの良い猫の様。

 少し、素直過ぎるきらいはあるが(大体一介の姫君や町娘が嵐の海を泳ぎ切り、尚且つ人名救助など、出来る筈も無かろう)、カズ兄の調査に抜かりは無い。

 だから、切れ者という触れ込みが間違いで無ければそれは邪気の無い相手に限られる筈だ。


 スズは今迄公式の場において、万事兄姉の後方に大人しく控えていた。

 彼女が采配を揮う様な事態も起こらなかった。

 こんな全オーラ消しな上にあざとく勝手気儘な自分が“唯の商人の娘”では無いなどと見破られはしないだろう。


 さて、王子様の黒曜石の瞳には抑えきれない期待が見え隠れし、お供の者達にはこちらに対する警戒心が渦巻いている。


 うんうん、いい従者に恵まれているじゃないの。さて、どう切り抜けるか。

 スズはにっこりと微笑った。


『残念ながら、近海といえど嵐の夜の海に飛び込み、男性一人をお助け出来る程泳ぎが達者ではありせんの。それよりも、そのペンダントの意匠に見覚えがある気がするのです。

 見た所、そう高価な物では無い様ですし、各地に流通する宝石細工師の手やもしれませんね。何れにせよ、兄に見せればより詳しい事が分かるかと。

 良ければ暫くお預かり出来ませんでしょうか?是非、お力になりたいのです』


 スズは大事な免許をドサクサに紛れて奪われた恨みを忘れていなかった。

 恩人は自分だと告げてペンダントを取り返し、断るか、様子次第では形だけ婚約をして、さっさと海に帰るのが良策ベストだとも分かっていた。


 しかし、幾ら小憎らしい相手でも、そんな残酷な真似がスズに出来よう筈も無かった。

 次策ベターだが、数日時間を稼げれば、カズヤに偽物を用意して貰える。

 これは高価な宝石などでは無い。

 ベースが同じ宝石いしを用意すれば、お坊っちゃんには見抜けはしないだろう。


 そんな物騒な内心を綺麗に隠して、そっと手を差し出すと、

「いえ、これは彼の女性ひとが見つからぬ今、私の命の次に大事な物なのです。貴女を信用しない訳では無いのですが、一時たりとも手放す訳には…ですが、八方塞がりな状況に確かに何か手掛かりは欲しいですね」


 彼の目がキラリ、と嬉しそうに光った。

 胡散臭い程に爽やかに。


「やはり、王宮へ来て戴きましょう。さ、こちらへ。

 ──────誰ぞ、馬を引け」


 伸ばした手をするりと取られ、従者が慌てて引いて来た駿馬にあっという間に引き上げられた。


 掲げたボードに『兄があああああッ‼︎』と流れる様に書き込むと、

「この周辺の宿屋と両替商に早速腫れを出しておきますから。大丈夫、大丈夫。安心して下さい。第一砂浜での出会いだけで貴女、一体何文字使わせる気ですか」



 何の話だ、何のッ⁉︎



 問答無用で城に向かって馬を走らせる彼に、ボードをしっかりと抱え込み、剰え横乗りにさせられている以上、人魚姫は王子にしがみつくしか無い。


 その髪の香りをそっと吸い込んで、美青年は意味ありげに小さく呟いた。




「───────乾くと、そんなフワフワのウェーブなるんですね」




 それは風に攫われて、彼女の耳には勿論、届かなかった。






  ★



「あー、案の定カッ攫われて行っちゃったよ、アイツ…」


 波間から躍り出たのは若者らしい格好をしたカズヤだった。

 軽く宙に投げられ、再びパシリ、と手に握られたのは、スズの免許ペンダントのレプリカ。

 今し方、使いの者から手渡された代物だった。


「まあ、都に店を構えたい“野心家”の兄としては王家と繋がりが持てるなんて願ったり、の筈だな。急いで迎えに行ってもおかしか無いだろう」


 柔らかい茶髪を伝う雫を払って、前方に聳える城を目を眇めて見ると溜息を一つ落とす。


「ヤな予感がする。王子にもだが、…同情していらん事までするんじゃねぇぞ?」


 今は居ない面倒臭がりのクセに妙な所はお人好しな娘に向けて、兄はそう言うと、馬を得る為に近くの村に向かって歩き始めた。








 白亜の城は大きかった。見応えは充分だ。

 だが見上げる城門を潜り、馬から抱き下ろされたスズはもう身体が限界だった。


 今日初めて得たばかりの“足”は駆ける動物の振動に耐えられなかった様だ。

 ふにゃふにゃとへたり込みそうになって、シズマのしなやかな腕の中に再び収まった。


「馬は初めてでしたか?──────済みません、無理をさせてしまった様ですね」

 

 至近距離から低い良い声を浴びせられ、人魚スズは男の色気を感じて、ぞくり、とした。

 あっという間に膝裏を掬い、彼女を抱き上げると、王太子はしっかりと腕の中の温もりを抱え込んだ。

 重さなど感じない様に中庭を抜け、居室を目指す。


『えーと、あたしの事は部下の人に任せた方が誤解が無くていいと思うんですけど』


 彼女が身動いで指差した先には、謁見室らしい立派な扉の部屋があり、待たされた各国の使者やら町娘達の親やらが列を成していた。


「ああ、心配いりませんよ。本物は一人だけ。ならば後の人は全部、騙りという訳ですからねぇ」


 途端、笑みの質が変わる。流石に国を代表する使者は面の皮だが、民の中には耳にした王子のその発言に少なからず動揺する者も現れた。


「侍従長、王に取り次ぐまでも無い。例の質問を連れて来られた娘御や、滞在中の姫君に直接、口頭で答えて戴きなさい。

 そして、全問正解者以外はお引取りを願うよう申し付ける」


 白い立派な髭を蓄えたキリリとしたお爺さんにそう言い放ち、スズを抱いたまま背中を向けた。


「──────畏まりました。おそれながら、シズマ様。昼食後、謁見室までお出で戴くよう陛下より御伝言を預かりましてございます。

 今回の顛末を聞かせよ、と大層お怒りのご様子で」

「父が私の前で機嫌が良かった事など一度もありませんがねぇ」


 シズマ様ッ‼︎と咎める様な声が飛んだと同時に、彼は笑いながら頷いた。


「分かってますよ。それより私の隣に此方の御婦人の部屋を整えなさい。“今日の”命の恩人だ。暫く滞在なさる」


 ひやりとする言葉の響きに人魚姫は目を見張った。


『よろしいの?何処の誰とも知らぬあたしをそんなに身近に置かれても。貴方様はもそっと御身の身辺を用心なされた方がよろしゅうございますよ?

 それに…あれは何をなさってるんですの?」


 小者が紙を受け取ると、シズマの言う通り読みながら質問している。


「ああ、あれは私が溺れた当時の状況を短く纏めた質問ですよ。

 ご覧なさい、時と場所と天候と。質問全てに答えられる女性は一人も居ない」


 そうして彼は彼女に軽やかに微笑むのだ。



「貴女にも答えられる事なのに」



 スズの身がカチン、と凍った瞬間だった。

.

配役

スズ→義妹、鈴子(通称リン)。本編のヒロイン

シズマ→義兄、静馬。迷惑な溺愛の人

カズマ→本編では静馬の親友。番外編ではスズの兄

ミヤコ→本編では静馬達の同期で過去に彼に振られた経験のある美女。番外編では音痴な海の魔女。足と引き換えにスズの声をレンタルする

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