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ただいま新婚満喫中!【最終話】

『裏面』最終話です。

「……」

『……高志?』

「……あ?ああ……」

『どうしたの?』

「うん?ああ、そうだな。頑張れ、お前なら出来る」

『……ありがとー!頑張るねっ!』







** ** **







ごっくごっくごっく。

ぷっはー!


「あんだよ」


俺が睨むと、一気にジョッキを空ける様子を黙って見守っていた本田が、真面目な顔で首を振った。

しかし次の瞬間。堪えきれないように口元を歪めたかと思うと、クルリと顔を背けて口を抑え震え出した。


くっそー!


「笑えばいいだろ?どーせ、俺の勇み足だよ!」

「いや……笑ってなんか、うっくくく……」


そんな中途半端に笑いを我慢されるくらいなら、豪快に笑われた方がマシだ!

いや……実際爆笑されたら、かなり腹立つけどな。


「どうせ、お前と違って女慣れしてねーよ」


ピタっとイケメン王子が笑いを止めた。

本田が形の良い眉を寄せて、俺を睨んだ。


「俺だって、別に慣れてはいないよ」


分かってるけどな。苦労してるの大学で目にした事あるし。

とは言っても、小学校から彼女のいる本田と最近やっとちゃんと彼女と言う存在と向き合えるようになった俺とは―――女性に接したキャリアが違うと思う。

それなのに、本田は俺の方がスゴイと言う。


「この間もお前の方が、ずっと女の人の事分かってるなって思い知ったし」

「ええ?俺がぁ?冗談だろ」


彼女の『結婚したいサイン』が出たと勘違いして張り切った末、肩透かしをくらったこの俺が、女性心理の何を把握していると言うのか……全く分からん。

本田は焼酎のお湯割りを一口含んで、溜息を吐いた。


どうでも良い事だが、女性職員が近くに居てその様子を目にしたら、きっと眩暈を起こすだろうなと思った。それくらいイケメン王子の憂いを帯びた溜息は色気があった。


「いやー、お前に言われてガツンと来たよ。俺、そう言えば色々好き勝手やってて、彼女の気持ちに配慮が足りなかったなって」

「ああ……」


前回『コイツ彼女に甘やかされてるなぁ』と思った事を言っているのか。本田が俺の突っ込みの後、何やら考え込んでいたのを思い出した。


「でも彼女も別に文句は言ってないんだろ?」

「うん……でも、一回だけ揉めた事があったんだ」

「え?」


一回だけ?―――逆に、驚くわ。一度しか彼女と揉めなかったって事?長い間付き合ってて?!

それに大学でも本田はモテまくってた。彼女が居ても構わないとか奪ってやるとか言う女も居たかもしれない。現に今だって河合って性質たちの悪い女に絡まれている。彼女は嫉妬とかしないのだろうか?こんな男が彼氏だったら、揉める要素満載のような気がするが。……いや、本人が真面目なのは十分知ってはいるのだけれど。


本田は俺が驚いた部分にはまるでピンと来ていないようで、そのまま真面目な表情で話を続けた。


「高校の時航空大行くって言ったら、彼女も一緒に受験するって言われて……無理だよって笑ったら悲しい顔されてさ」

「ああ、彼女も飛行機好きとか?」

「いや、全然?ただ俺と一緒にいたかったんだって」

「あ、ああ~……」


サラリと言われて若干引いてしまう。


「まず身長が足りないしさ。機械とか得意なタイプじゃないんだよね。だから有り得ないなーと思ってそのままそれを口にしたんだけど……最終的には泣かれてしまって」

「そりゃあ……なあ」


彼氏と一緒に居たいからって、簡単に行ける学校とこじゃない。

俺も本田と基本的には同意見だが……きっと彼女が言いたかったのはそう言う事じゃないんだろう。航空大で本田は訓練のために地方をアチコチ回った筈だ。高校生の女の子にしたら、彼氏と遠距離となると聞いてショックを受けたのだろう。―――いや、今でこそ俺もそう言う事に気付けるようになったが……高校生の頃は俺だって本田と同じで、女の子の不安に気付けなかっただろうな。


「離れるのが寂しかったんだろ?」

「うん、そう言ってた。だけどすぐ納得してくれて―――その後大学も離れちゃったけど、彼女も楽しそうにしてたからそれほどその事を思い出す事も無かったんだ。だけどこの間お前に言われて……当時の事、色々思い出したんだ。俺、大学選ぶ時も航空大行ってパイロット行く時も自分で決めた通りの進路を進んだんだけど、そう言えば彼女に尋ねられるまで、それを伝えたり相談したりってして無かったなって」

「へー、じゃあお前ってもともと彼女と長く付き合うつもり無かったんだ?意外だな」


ピタリと本田は固まった。

そして「え?」と何故か聞き返して来た。


「だって、そうだろ?二年も遠距離になるのに、彼女に相談もしないなんて。本当は別れるつもりだったんだ?」

「……」

「職業にしてもそうだよな。パイロット狙いの女って一杯いるけど―――実際勤務も不規則だし一旦出勤したらなかなか帰って来ないし、帰って来たら来たで疲れてるわ勉強で忙しいわで、奥さんえっらく大変だろ?健康管理もして、普段はほぼ母子家庭みたいなモンらしいし。パイロットの浮気で離婚って言うのも良く聞くけど、実際は生活がすれ違って耐えきれなくなって……てのが多いって言うし。いつも一緒に居たがる彼女って、普通はパイロットの妻にはどうかって思うよな。お前も高校の時点では、彼女と結婚するなんて考えてもみなかったんだろ?」


三年もこの業界にいれば、色んな話を聞く。

実際パイロットの離婚率は高いらしい。一括りにはできないが、とにかくパイロットの妻になるのはかなり大変だって言うのは分かる。すれ違い生活の弊害で、パイロットの浮気だけじゃなく、奥さんが寂しくて浮気するってパターンもあるらしいが。

勿論浮気もしないパイロットもいるし、仲の良い夫婦も多い。遊び人はCAキャビンアテンダントの情報網でも要注意人物として警戒されているらしい。仕事でトラブルがあると手一杯になって時折綾乃もほったらかしにしてしまう俺なんかは、逆にあんなにハードな仕事の合間によく浮気できるなーと感心したものだ。

結局何が言いたいかって言うと、とにかくパイロットってのは大変な職業だという事だ。命がけだし、放射線の影響で短命になるリスクもある、飛び立つ前のブリーフィングや何かあった時のイメトレや……1フライトごとストレスは大きいし、不規則。家族とのんびりできないわ、半年ごとのチェックの為に体調も精神も維持しなければならないし、一年ごとの資格試験の勉強もやり続けなければならない。離婚率が高いのも仕方無いのかもしれない。


「でも良かったな。今は理解してくれてるんだろ?」


ポン、と肩を叩いたら、ドシャッと本田がカウンターに突っ伏してしまった。


え?そんなに飲んだっけ?うっすい焼酎ちびっと舐めたくらいで?!




「あー……ヤバい」




本田が突っ伏したまま、頭を抱えてしまった。

俺には何が『ヤバい』のかサッパリ分からなかった。


高校生の頃、お子様な考えしかできなかった彼女が、成長してパイロットになる本田を支えようと決意してくれたって事だよな?だから高校を卒業した後も付き合いを続ける事ができて、家族も祝福してくれてお祝いムード一杯で―――何が『ヤバい』んだ??


「俺って……そう言うヤツなのか……」

「は?」

「―――そうだよな、勝手に二年も遠距離にする事決めて、相手に負担の多い職業を選んで、違う道を行けって放置して置いて、結婚したら相手に合わせて貰うのが普通って―――それをその当人に相談もせずに……」

「彼女が改心してくれたんだろ?だから結婚するんだろ」

「改心……」


本田は俺をジッと見て蒼白な顔をした。


「甘えたがりの彼女と、まさかここまで長く付き合えると思って無かったんだろ?結果的に彼女も大人になってくれて良かったな」


目を見開いて、本田は更に絶望的な表情になった。

整っている顔でそんな表情されたら、かなり怖いんだけど。


「まさか―――全く『別れる』って考え頭に無かったよ」

「え?」


素朴な疑問が口から出た。




「それなのに彼女に進路の相談、何もしなかったのか?」




何の気なしに放った俺の言葉が、グサッと本田を抉った音が聞こえた気がした。

本田は苦し気に呻いて、眉を落とした。


「いつも彼女、ニコニコして楽しそうで。俺を責めたりしないから―――本当に高校のその時だけで……俺との付き合いで大変だとか不安だとか言われた事、無い」

「―――」


空いた口が塞がらなかった……が。


まあ、でも―――俺だって、仕事を一通り経験した後綾乃と付き合う事になって―――やっと相手の仕事の大変さも想像付くようになったってだけで。だから今はそうスンナリ言えるだけなのかもしれない。

何と言えば良いのか分からなくなって、言葉を探した。




「えっと……彼女、『良い彼女』だな?」




そうとしか言いようが無かった。




「うん……改めて、そう思う」




そう言ったきり、本田は何だか考え込んで言葉少なになってしまった。


すっかり、立場が逆転してしまったな。

俺が愚痴ってた筈なのに、最後には本田が地の底まで落ち込んでしまった。


こういうのも『マリッジ・ブルー』って言うのだろうか??







** ** **







落ち込む本田を見て、俺も腹を決めた。


相手の気持ちを推し量ったり、勝手に決めつけたりするのは止めだ。

自分が想像している通りに相手が考えているなんて―――ただの妄想でしかない。


『彼女が望んでいるから』『助けてあげたい』


結婚の動機が相手にあるような振りをして―――本当は違ったんだ。

最初に考えた事が、本当に本当。俺の正解だ。




『一緒に住めたら』




彼女と一緒に住みたいのは、俺。

結婚したいのも、俺。


照れて、下手な男のプライドに隠れていたら、いつまで経っても自分の希望は伝わらない。


元々彼女は結婚に後ろ向きだった。


理由は分からない。

好かれているとは思う。電話してくるのも、何処かへ誘うのもいつも向こうから。電話ではいつも楽しそうに話し―――割と口下手な俺は、聞き役になる事が多い。


なのに、結婚の話題になると急に後退る。

仕事に夢中でまだ当分結婚について考えられないって事か?

それともただ単に、恋人としては良くても俺は結婚相手としては考えられないって言う……。


だから俺は、余計に焦っていたんだ。

彼女が弱みを見せた時、これ幸いと結婚に引き込もうとした。しかも―――相手の為になる事だからって、自分に言い訳をして。




俺が守りたいのは、彼女では無く自分のプライドか?

そんな自分の考えに気が付いて、途端に恥ずかしくなった。




本田もかなり落ち込んでいたが―――その様子を見て、冷静に我が身を振り返る事が出来た。


一旦腹を決めれば、やる事は決まっている。

でもこれは自分だけの事じゃない、直ぐにでも一緒に暮らしたいのは山々だが、焦らずじっくり腰を据える事にした。


それと色々あって忘れていたが―――俺は鼻もちならないあの女に、俺の彼女に散々迷惑を掛けまくってくれやがったお返しをしてやる事にした。


本田が副操縦士の試験に合格した後、若い奴等を集めて祝賀会をしようと決めた。無駄に目立つのが嫌な本田は「そう言うのはちょっと……」と固辞しようとしたが、俺の企みを聞くと同意してくれた。


サプライズで本田の婚約者を紹介したのだ。

いまだに諦め悪く本田を狙い続けている河合の面前で。

本田は彼女にべた惚れだから、何も画策しなくても当てつけまくってくれたし。


河合は以前、綾乃のネタで本田に突き放されてから―――返って本田に本気になってしまったようだ。いつも男どもにチヤホヤされていたから、キッパリ自分をはねつけた本田が余程新鮮だったのかもしれない。


俺の彼女を『オバサン』呼ばわりした腹いせだった。

でも河合にも結果的に良かった筈だ。万が一にも付け入る隙の無い相手に片思いを続けるより、現実を認識して早めに諦めた方が身のためだ。




それから本田のお祝いが終わって暫くした後、俺は綾乃にプロポーズをした。

本田と彼女が幸せそうにしているのを見て目を細めていた綾乃は、どうやら結婚自体を嫌がっている訳じゃないと確信したからだ。


じゃあ『俺自体が嫌なのか?』って―――そんな風にグダグダ悩むのは、止めた。

まだ彼女の決心が固まらなかったのなら、少しくらいなら待てる……本当に少しだけどな……。


プロポーズの後、綾乃は顔を真っ赤にして―――キョロキョロ視線を彷徨わせ、動揺で口をパクパクし―――あちこちウロウロ歩き回って、俺の目の前に戻って来て。

漸くそこで、コクリと頷いた。




「お前、俺と結婚すんの嫌なのかと思ってた」




ホッとして俺がこう漏らすと、綾乃が微かに頷いたので頭が冷えた。




「うん―――あの……」

「え?本当にそうなの?」




もしやと思っていた事を肯定されて、ちょっといや、かなりショックだった。

真顔になった俺に、綾乃がブンブンと首を振って慌てて言い訳を捲し立てた。


綾乃が言うには―――どうやら、俺の『苗字』になるのが嫌だったらしい。




「はあ?!」

「ゴメン!どうしても恥ずかしくって―――っ!勇気が……」




その後、そのネタで少しだけ俺が機嫌を損ねて、暫くちょっとだけギクシャクした。


そんなこんな色々些末な問題はあったけれども。


婚約指輪を選び(本田達が買ったのと同じメーカーだ。ドンピシャで『綾』って言う結婚指輪が合って、それと対になる物を購入した)、お互いの家に挨拶に行き休みを合わせて新婚旅行を兼ねた親類だけの結婚式を沖縄で上げ(勿論、自社の飛行機を使った。チェックインカウンターで、彼女の友人がニヤニヤしていたのでかなり恥ずかしかったが)、じっくり探した空港まで一時間以内で行ける物件(不動産会社を経営している本田の母親が相談に乗ってくれた)に引っ越した。勿論式の前に彼女の名前を冠された結婚指輪も手に入れた。


結婚しても―――生活サイクルに、それ程変化は無い。

仕事場の外で途端に大雑把になる綾乃より俺の方が家事が上手いくらいなので、生活が大幅に楽になるとかそんな都合の良い事はあまり無い。ゴミの捨て方とか服の干し型とか畳み方が違ったりとか……返って思いも寄らない所で衝突する事も、シバシバだ。




けれども早出の俺が起きた時、遅出勤務で後から潜り込んできた綾乃が隣でスヤスヤ眠っているのを見ると―――『幸せ』ってこういう心の状態を言うんだな……と、改めて実感してしまうのだった。







【ただいま転職検討中!『裏面』・完】


本作はこれにて終了です。

お読みいただき、有難うございました。

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